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日常に潜む不穏な動き

山での出会い

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―――

 翌日、蘭は父親代わりの森可成に仲介を頼んで、初めて顔を合わせた大広間で信長と面会した。
 もちろん、タイムマシンの残骸を拾いに行く為に外に出る許可を取りつけるという目的で、だ。

 しかしオーラが半端じゃない信長と話すのはまだ慣れない。まぁ、三回目だからしょうがないが、最初に挨拶してからもう数分が経過しているのに一向に顔を上げる気配のない蘭だった。いい加減しびれを切らした信長は、不機嫌な声を出す。

「俺は忙しいんだ。用件は早く言え。それとも自分の口からは言えないから、どうぞ心の中を視て下さいって事か?そういう事ならやぶさかではないぞ。」
 そう言って途中からは嬉しそうな表情になって、こちらに手を翳してくる。蘭は慌てて顔を上げて手を振った。

「いえ!ちゃんと話すので勘弁して下さい!」
「そうか、残念だ。で?用件は何だ?」
「はい!今日一日、出かける許可を頂けないでしょうか?ちょっと…用事があって……」
「用事とは?仕事を投げ出してまでの大切な事なのか?」
「うっ……そ、それは……」
 言葉に詰まる。『やっぱりダメか……』と項垂れた時、声がした。

「良くわからんが、大事な用事なら仕方がないな。他の者には、蘭丸は風邪気味だから今日は休むと伝えておこう。……サル。」
「お呼びですか、信長様。」

『サル』の『ル』の時にはもう既に隣に秀吉がいた。知っていてもビックリする程の早業に、蘭は仰け反った。

(やっぱりこの人、人間じゃねぇ!)

「蘭丸は今日は風邪気味で仕事ができないそうだ。台所番の面々に伝えといてくれ。」
「……はっ!畏まりました。」
 一瞬こちらを見て、『どこが風邪だ。どこからどう見ても健康じゃないか。』とでも言いたげな顔をしたが、信長が風邪と言ったら風邪という事にしないといけないのだろう。家来というのも大変である。

「それでは、これで。」
「あぁ。」
 短く会話を交わすと、秀吉は部屋を出て行った。

「…………」
 もう用件は済んだが、蘭は中々立ち上がる事ができなかった。
 その理由は、昨日蝶子が言っていた事が不意に頭を過ったからだ。

(本当に信長は俺達が何処から来たのか、詳しく知らないんだろうか……?助けてくれたのも何か考えがあっての事なのか?それにこの世界がパラレルワールドだなんて、そんな事があるのか?いや、でも待てよ。タイムマシンを作ったのは親父だ。本当ならちゃんと過去に行くところを、何処かで時空の境目を越えて違う世界に来ちまったっていう事もあり得る。う~ん……)

 と、蘭が悩んでいると信長が言った。

「お前も学習能力がないな。そんな風に無言で百面相していたら、また悪戯心が湧いてしまうだろう。」
「えっ!?あ、すみません!これはあの……」

(ヤバい!これはさすがに読まれるとマズイかも!)

 慌てて再度手を振って誤魔化すと、信長は上げかけていた手を着物の袖に入れていつもの扇子を取り出した。パチンッと良い音がする。

「心配しなくてもむやみやたらに力を使う気はない。市にも言われているし、俺自身への負担もあるからな。」
「そ、そうですか……」
「この力は『心眼』といって、織田家の嫡男に代々受け継がれているものなんだ。従って俺の親父にもこの力があった。」
 どこか苦々し気な表情で語る信長を首を傾げながら見る。

「この力が嫌いなんですか?」
「当たり前だろう。人の本心を視るなど、悪趣味にも程がある。こんな力を持って産まれてきた運命を呪いたいぜ。」
「で、でも……そう思っているのに使ってるんですよね?」
「自分が生き残る為には仕方がない。俺だってあっさり殺されたくはないからな。」
 信長の瞳が鋭い光を放った。それを見てしまった蘭は息を飲む。

(そうだ……ここは別次元だろうとなかろうと、戦国時代なんだ。やらなきゃやられる。そういう世の中。生きる為なら嫌いな能力も使って、敵を欺かないといけないんだろう。)

「安心しろ。お前達が何処から来たのか詮索するつもりはないし、こうしてお前達を受け入れたのはちょっとした気紛れだ。」
「そうですか、良かっ……ん?」
 安心しかけた蘭だったが違和感を覚えて動きが止まる。信長を見るとニヤニヤと笑っていた。

「ちょっと!やっぱりさっき心の中視たでしょう!?」
「さあて。何の事やら。」
 天下の織田信長に向かって失礼な言い方をしたのも気づかずに動揺する。一方信長はそんな蘭を怒る事もなく、むしろ楽しんでいた。

「それはそうと、用事とやらはいいのか?時間が無くなるぞ。」
「はっ!そうだった……それでは失礼します。」
「気をつけろよ。山には猪や狼がいるぞ。」
「へ……?」
 信長の言葉に踏み出した足が止まる。振り向くと肩を大きく震わせた信長がいた。

「冗談だ。猪や狼がいるのは反対側だ。」
「!!ご忠告ありがとうございます!」
 勢い良く戸を閉めた瞬間我に返ったが、謝りにいったところでどうせ爆笑しているに違いない。蘭は気を取り直すと裏山に向けて出発した。



―――

「何ていうか、織田信長のイメージが変わったなぁ。一言でいうと掴みどころがないって感じ。さっきのだって本心なのかからかってるだけなのかわかんないや。はぁ~……俺も欲しいな。『心眼』の力。」

 ため息をつきながらてくてくと森の中を歩く。森といってもほとんどハゲ山みたいな山だから、そんなに木は多くない。切り株が少ない事から、伐採して無くなったのではなく、戦火で焼失したのだろう。その光景からも現実を突きつけられた。

「でも、力の事を嫌いだって言ったのは本音なのかも。」
 代々受け継がれてきた能力だと言っていた。それはきっと産まれた瞬間から備わっていたものなのだろう。物心ついた時に自分には人と違う力があるって気づいた時、一体どんな気持ちだったんだろう。
 もしかして、信長が結婚したくない理由って……

「あれ?誰かいる……」
 ふと顔を上げた時、少し先に人影を見つけた。タイムマシンの残骸がある頂上はまだまだ上だったが、気になったので蘭は声をかけてみる事にした。

「あの~…こんな所で何してるんですか?」
「何だ、お前は?」
 振り向きざまにギロリと睨まれて若干怯むも、その人物の背格好が自分と同年代であると思った蘭は構わず話し続けた。

「俺、そこのお城で家来やってる森蘭丸っていいます。貴方は?」
「……兄上の家来か。家来が何でこんな所にいる?仕事を怠けたら後できつい処罰を受けるぞ。早く帰った方がいい。」
「あ、その辺は大丈夫です。ちゃんと許可は取ったんで。っていうか、今『兄上』って……?」
「あぁ。俺は織田信長の弟の織田信勝。少し離れた所にある末森城の城主だ。」

(末森……?どっかで聞いた事ある言葉だな。……そうだ!捕まった時秀吉が言ってた。『末森からの密偵か?』って……)

「自己紹介しといて何だが、ここで俺と会った事は兄上には内緒にしといてくれないか。」
「へ?どうして?」
「兄上は俺の事、嫌いだから。……まぁ、お互いさまだけどな。」
 そう言うと、踵を返して山を降りていく。蘭はその後ろ姿を呆然と見送った。

「仲悪いのか?兄弟なのに?」

 蘭はひとりっ子だから兄弟の事は良くわからないが、今の信勝の言い方は気になった。

 しばらく見送った後、一度肩を竦めると頂上に向かって歩き始めた。



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