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日常に潜む不穏な動き

命令

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―――

「えっ!?じゃああの真面目そうで誠実そうな光秀さんが、信長を裏切って殺しちゃうの!?」
「ちょっ!声が大きいって……」

 所変わって、ここは蝶子の部屋。先程市の部屋を後にした二人は真っ直ぐここに来た。自分は光秀が起こした本能寺の変で信長と一緒に死んでしまう『森蘭丸』という事にされたと蘭から聞かされた蝶子がビックリして大声を上げて、慌てた蘭がその口を手で塞いだという訳である。

「誰が聞いてるかわかんないんだから気をつけろよ……」
「ごめん、ごめん。でも急にそんな事言われてビックリするなって方が無理でしょ。」
 肩をいからせて注意する蘭とは正反対に、蝶子は冷静に反論する。廊下に誰もいない事を確認すると、とりあえず戸を閉めて座った。

「壁薄いから声は小さくな。」
「わかってるわよ。」
「史実通りにいくならあと20……何年かは無事にこの世界にいられるはずなんだ。この間におやっさんがタイムマシンを作って助けに来てくれれば、本能寺で死なずに済む。」
「でも来なかったら?いくら父さんでも私達が今何処にいるかなんてわからないでしょ。」
「それは……そうだけど…」
「それに私思ったんだけど、何かこの世界変じゃない?」
「変って?」
「私達がここに来たのは偶然よね?」
「当たり前だろ。たまたまタイムマシンに乗っちまって、行き着いた先がここだったってだけで……」

『ここ』と畳を指先で叩く。それを見て蝶子は大きく頷いた。

「そう。私達はいわゆるイレギュラーな存在のはず。なのに殺されもせずに、こうして上手く溶け込んでる。その為に何人もの人が口裏を合わせて、事実をねじ曲げて……こうまでして私達がここにいる意味って何なんだろう?」
「……どういう事?」
「何か裏があるんじゃないかって思うの。あの信長って男……本当に私達が何処から来たか知らないのかなぁ?」
「何だよ、それ!信長が嘘を言ってるって事かよ!」
「ちょっと!声でかい……」
「あ、あぁ…すまん……」
 今度は蘭が注意されて小さくなる。蝶子はため息を一つついた。

「嘘を言ってるっていうか、隠してる気がする。本当は私達が何処から来たのか、何者なのか透視して全部知ってるとか。」
「何の為に隠してるの?」
「さぁ?」
 冷たく首を振る蝶子に、蘭はがっくりと項垂れた。

「それにおかしな事はまだあるわ。」
「今度は何……?」
「それこそ超能力の事よ。透視とか瞬間移動とか、あり得ると思う?22世紀の時代でもそんなの実在しない。それが560年も前の時代に普通にあるなんて、信じられない。」
「…………」

(確かに……色々あり過ぎてあんま深く考えてなかったけど、冷静になってみればあり得ない事だらけだ。メンタリストやマジシャンは人の心理を読んでさもわかった風な事を言うけど、あれはタネがあったり人を操る技術があるだけの事。本当に人の心を読む事などできない。だけど信長は、何もしていないのに心を読んだ。蝶子に至っては心の奥の想いとやらも暴かれた。秀吉の瞬間移動については最早人間離れしている。単なる超能力と納得しかねるところはあるけど……)

「じゃあ蝶子はどうだと思うんだ?あの超能力にタネも仕掛けも存在するとか?」
「何言ってるの?タネも仕掛けもある訳ないじゃない。」
「はぁ?さっきと言ってる事が違うぞ?」
 呆れて言うと、蝶子は何故か胸を張って言い放った。

「だから!ここは560年前の日本じゃないの。超能力が普通に存在する世界。つまり、パラレル・ワールドね。」



―――

 説明しよう。


 パラレル・ワールドとは、ある世界から分岐し、それに並行して存在する別の世界を指す。並行世界、並行時空ともいう。

「異世界(異界)」、「魔界」、「四次元世界」などとは違い、パラレルワールドは我々の宇宙と同一の次元を持つ。この事は理論物理学の分野からもその可能性について議論されている。



―――

「パラレル・ワールド!?」
「あり得ない話じゃないでしょ。以前父さんの書斎で読んだSF小説にそういうやつ、あったわよ。タイムスリップしたら元いた世界とそっくりな世界に辿り着いて、安心したのも束の間、そこは全然別の文化やしきたりがある世界で、主人公は苦労しながらそこに馴染もうと奮闘するんだけどこれが中々大変でね。でも努力家な主人公は必死に頑張って運命の人とも巡り合って子どもも授かって……しかも子だくさんなものだから経済的にはちょっと苦しかったけれど、家族皆で一生幸せに暮らしたっていう感動の物語……」

「一生暮らしてんじゃねぇか!最後は帰れるんじゃねぇのかよ!」
 思わず突っ込んでしまった蘭を目をパチパチさせながら見る。そして気を取り直すように深呼吸すると、口を開いた。

「やだ。この話は戻れずにその世界で一生過ごすって内容だったけど、私達までそうとは限らないじゃない、もう。それに今のは小説の中のお話。私達がいるのは現実の世界よ。これからの生き方次第で未来は変わるって思わなきゃ。パラレル・ワールドは何が起きても元の世界には何の影響も及ぼさないはず。だからこの世界で本能寺の変とやらが起きないように画策すれば死ぬ事はないし。」
「でも助けが来なきゃ、どっちみち帰れないぞ……?」
 弱気な事を言う蘭の頭を蝶子が思いっ切り小突いた。

「いてっ!」
「何弱気な事言ってんの!父さんにばっかり頼らないで自分でも何とかしようと思わないの?」
「だってさ……」
「はぁ~……仕方ないわね。いいわ、私が調べてみる。」
「調べるって何を?」
「あの裏山に放置してきたタイムマシンの残骸。蘭、明日あれを拾ってきて。」
「えぇ!?俺が?一人で?」
「当たり前でしょ?私は今お姫様……ううん、織田信長の御正室なんだから。私が行く訳にはいかないでしょ。これは命令よ、『蘭丸』!」

 傲然と言い放った蝶子を、鬼でも見たような顔で見つめる蘭だった……



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