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異能の力を持つ者達

真相

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―――

 イチにそっくりな笑顔で微笑む姿を茫然と見つめながら、蘭はうわごとのように呟いた。


「お市の方…様……」
「いやだわ。まだ嫁入り前なのにそんな堅苦しい呼び方は止めて下さい。それにわたしはただの妹。凄いのはお兄様なのだから。先程みたいに呼び捨てでいいですよ。」
 あっさりとそう言う市に蘭は慌てて両手を振った。

「いえっ!そんな滅相もないです!……市様。」
「ふふっ……まぁ、それでよしとしましょう。」
 市は悪戯っぽい笑みを浮かべた。


 歴史のテキストには『お市の方様』と載っていたのでつい声に出してしまった。蘭は誤魔化すように咳払いをした。

(それにしても……本当に良く似ているなぁ~……)

 失礼にならない程度に観察しながら蘭は心の中で呟いた。


 イチは良く出来たロボットで、人間と区別がつかない程精巧に作られている。しかし中性的な顔立ちと作り物故の何処か冷たい印象の為、本物の人間ではないという事を何度か感じて悲しい思いをした事があった。

 家政婦という立場上、親しくはなっても友達や家族にはなれないんだな、と蝶子がボソッと漏らした事を思い出した。

 そんなイチにそっくりな人が今目の前にいる。普通の人間として存在している。その事を不思議に思う反面、懐かしさに涙が出そうになった。

 蘭達が急にいなくなって向こうはどうなっているのだろうか。きっと大騒ぎしているだろう。必死で二人を探してくれているイチの姿が見えるようだった。


「あの……」
 突然蝶子が右手を上げた。真剣な表情で真っ直ぐ市を見ている。その尋常じゃない雰囲気に慌てて蘭が肘でつついた。

「おい!余計な事言うなよ?」
「余計な事って、何よ?」
「い、いや…それは……」
「ただ聞きたい事があるだけよ。」
 そう言って表情を和らげた蝶子を見て、ホッと一息ついた。

「聞きたい事、とは?何かしら。」
「私達に用事があるって、さっきあのサルさんに言ってましたよね?早く用件を言ってくれませんか?」
「っ!?」
 全然柔らかくない物言いに、蘭は蝶子の肩に手を置いた。

「お、前っ!」
「余計な事は言ってないわよ。だってさっきから全然話が進まないから、こっちから聞いたんじゃない。」
「それにしても言い方ってもんがあるだろ!」
「えぇ~……」
 蘭に怒られて小さくなる蝶子。小声で『ごめん』と呟くと、徐に市に向かって頭を下げた。

「失礼な事を言いました。お許し下さい。」
「ごめんなさい!」
 隣で蘭も同じように頭を下げる。
 驚いた表情で固まっていた市はしばらく二人の後頭部を見つめると、盛大に吹き出した。

「ふふふっ!」
「へ?」
「面白い方ね。わたしに面と向かって意見したのは貴女が初めてよ。」
「す…すみません……」
「いいのよ。新鮮だったわ。……周りにいる家来達はみんな、腫れ物を扱うかのようにわたしに接するの。こんな生活、本当は息が詰まる。でもこれもお嫁に行くまでの辛抱。織田の家に生まれたからには仕方のない事と、もう半分諦めています。……あら、ごめんなさい。また関係ない話をしてしまいましたね。」
 少し淋しそうに笑って居ずまいを正す。蝶子はそんな市を見て、お姫様っていうのも大変なんだなと思った。

(腫れ物を扱うように、か。心を許せる人が近くにいないんだろうな。私には…イチがいたから。蘭の事もいつも相談に乗ってくれてたし。会いたいな、イチ……)

「さてと、無駄話はお仕舞い。本題に入ります。一度しか言いません。そしてこれは他言無用です。もし誰かに漏らしたら、即処罰です。いいですね?」
 先程とは打って変わった表情の市に気圧されて、二人は戸惑いながら頷いた。


「実はお兄様には秘密があるのです。」
「秘密?」
「はい。……『心眼』という能力の事は聞いた事ありますか?」
 お互いの顔を見合わせながら、二人共首を横に振る。

(心眼……?聞いた事ないぞ?どういう意味だろう。)

「『透視』と言った方がわかりやすいでしょうか。」
「透視!?」
「えぇ。お兄様の場合、特定の人物に焦点を合わせて、その人の過去や心に秘めている事が視えるのです。但し、全部が視える訳ではありません。その人が心に強く思っている事、その人が一番大事にしている想い。そういう事がわかってしまう。そんな特別な能力を持っているのです。」
「透視……そんな事が……」
「出来るのです。しかしその力もそう頻繁に使う事は出来ないようで、使い過ぎると体力を消耗してしまって、寝込んでしまわれます。今日は二度も使ってしまったので、疲れてもうお休みになられました。わたしはお兄様に頼まれて、お兄様の代わりにこの事を貴方達に伝える為に来たのです。」

 市の話が終わっても蘭の頭は混乱していた。

 あの織田信長に透視能力?信じがたい話だけどこの市が自分達に嘘を言う理由がまずわからない。それに何でこんな重要な事をわざわざ言いに来たのかもわからない。

 わからない事だらけで若干パニックになっていた時、蝶子がハッとした顔で言った。

「もしかしてあの時、蘭の事透視した……んですか?」
「え!?」
 驚いて市の顔を見ると静かに頷いた。

(た、確かにあの時……急に近づいてこられて……じっと見つめられたかと思ったら、額に手を翳されて……あの時心を透視されてたんだ!)

 思い出してみれば、その直後に部屋の用意と着替えの準備を家来に命じていた。


「じゃあ信長……様は私達が何処から来たのかご存知なんですか?」
「何処からというところまでは視えなかったそうですが、少なくともこの近辺ではない事は確かだそうです。格好や言葉遣いが違う事から、もしかしたら時空が歪んで別の世界から来たのかも知れないと申しておりました。」
「そこまでわかるのか……」

 あの時の蘭の心中をここまで透視出来るとは、信長の能力は相当なものなのだろう。
 納得しかけた蘭だったが、ふと思い出して市に向き直った。

「ちょっと待って下さい。それでは何故、蝶子を妻にするなんて言ったんですか?俺…僕は男だから家来でいいとして、蝶子は女だから妻にしようっていう安直な考えではないと思うんですが……」

 そう。透視が出来る程の人物がこんな簡単に結婚という大事な事を決めるだろうか。しかも織田信長ともあろう大物が、会ったばかりの、しかも何処の誰かもわからない女性を選ぶなど許されるのだろうか。

 そう思いながらパッと隣を見ると、蝶子が顔を赤くして震えていた。
 蘭はビックリして声をかけた。

「どうした!?具合悪いのか?寒いのか?」
「大丈夫、心配しないで……」
 力ない声でそう返すと、蝶子は市の方を向いた。


「信長……様は蘭だけでなく私の事も透視しました。その後です。突然妻になれって言ったのは。もしかして……」
「そうです。お兄様は視たんですよ。貴女の心の奥底にある想いを……」

 市の言葉に蝶子が苦笑いしながら目を閉じた……



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