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第一章
懐かしい場所で
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「あ~あ…ひっでぇ顔……」
昨日浩輔に会った後、俺は家で酒を浴びる程飲んだ。どんどん大きくなる、名前もわからない気持ちを追い求めるように。
「あ~あ……」
俺はもう一度鏡を覗き込んだ。飲み過ぎでむくんだ顔、寝不足でくまが目立つ目元。
俺は頬をピシャリと叩いて、顔を洗った。
「さてと……帰るか。」
ついさっきまでやってたレコーディングの後は、今日はもう何もない。俺は帰り支度をすると控え室から出た。
ふと思いついて俺の足は駐車場ではなく、廊下の奥に向く。キョロキョロしながら歩き回って、やがて一つのスタジオで足を止めた。
「ここだ……」
そこは今はもう古くなって使われなくなったスタジオ。俺達『STAR』が初めてレコーディングをした場所だ。老朽化して新しいスタジオが出来てからは誰も寄りつかない場所になってしまったから、古い機材や床に埃が溜まっている。俺は懐かしさに負けて吸い込まれるように中に入った。
「うわ~、変わってねえなぁ。」
すっかり色褪せてしまっているが、中に流れる空気はあの時のままだ。そっと耳をすますと、楽しかった思い出が鮮明に甦ってくる。
「思い出すな、あの頃。」
感慨深げに呟きながら、どんどん奥へと進む。ふと人の気配を感じ、俺は後ろを振り向いた。
「辻村!」
そこには俺と同じく懐かしげな顔でスタジオを見回している辻村の姿があった。
「よぉ!」
「な、何してんだよ。こんな所で……」
しどろもどろになりながら、辻村に問いかける。辻村は天井からぶらさがっている照明器具を見上げながら言った。
「さっき廊下でお前見かけたから後つけてきたら、こんな懐かしいとこに入ってくからさ。俺もつい入ってきちまったってわけ。」
「後つけてきたって……何で?」
「いや……最近お前とあんまり話してないなぁって思ってな。たまにはゆっくり二人で話したいなって思って。」
「あ、そう……」
「つぅか実はさ、浩輔から言われたんだよ。仲本が最近悩んでるみたいだから話聞いてやってくれないかって。俺にだったら話してくれるんじゃないかって言ってたから。」
辻村の話を聞いて、俺は気付かれないようにため息をついた。
くっそ…浩輔のやつ……余計な事言いやがって!よりによって辻村に告げ口かよ……
いくら何でも当の本人に言える訳ねぇ~だろが……
「あ、いや……浩輔のやつさ、何か勘違いしてるんだよ。俺は別に……」
「そうかぁ?やけに深刻な顔してたぜ。だから俺心配して来たんだよ。」
本当に心配している様子の辻村に、俺は思いがけずドキッとした。
「心配してくれたのは本当嬉しいよ。うん、ありがとな。」
さすがに悩みを本人に打ち明ける訳にはいかず、俺はとりあえず礼を言った。
「でもお前が思ってる程深刻じゃねぇし、まぁ大丈夫だからさ。」
「そっか、大丈夫ならいいけど。でもお前一人で抱え込む癖あるからな~本当に辛くて誰かにすがりつきたくなったら、迷わずに俺のとこに来いよ。」
「……あぁ。」
辻村の優しい言葉に、俺は妙な期待感が胸の中に広がった気がした。全ての現実から目を逸らして、俺は自分でも気付かないうちにこう口走っていた。
「あ、あのさ辻村。」
「ん?」
「お前さ、俺の事どう思ってんだよ?」
後から思えば、この時の俺はどうかしてたんだ。だけど懐かしい場所で辻村と久しぶりに話をして彼の優しさに包まれた俺は、どうしても聞きたかったんだ。
彼の気持ちを……
「どうって……お前は俺にとってかけがえのない大切な親友、だな。」
ちょっと照れたような顔で笑う辻村を見て、一瞬で夢から覚めた心地だった。一気に天国から地獄へと真っ逆さまに落ちた感じが俺を襲う。そして俺は確信した。
俺はこいつの事が好きなんだと。がむしゃらに愛してるんだと。
だけど辻村は俺の事をただの親友だと思ってる。そんな事はわかっていたはずだったのに、一瞬でも期待した俺が馬鹿だった。
でもこうやって辻村の何気ない一言で確実に傷ついている自分がいるという事で、ずっと見ないフリしていたこの気持ちの正体をようやく認める事が出来た……
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