悲隠島の真実

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エピソード1:運命の輪

運命の輪

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「や、やだなぁ~植本さん。僕は刑事ですよ?知り合いって言ったら警察関係者か犯罪者です。この中にいないですよね、そんな人。」
「そうですよ。僕は清廉潔白な代議士。クリーンなイメージで売ってるんだから変な事言わないで下さいよ。」
 大和刑事と服部さんが反論する。それに対して疑いの眼差しを向けながらも植本さんは続けた。

「そうか。しかしわしにはいますよ。早乙女さんもそうだがもう一人関わりのある人物が……」
「えっ!?それって誰……」
「皆さん!大変です!早乙女さんが……」
 坂井さんが腰を浮かせた時、廊下側のドアから慌てた様子の小泉さんが飛び出してきた。

「ど、どうしたんですか?」
「早乙女さんに落ち着いて頂こうとコーヒーをお持ちしたんですが、部屋の中から呻き声が聞こえて慌ててドアを開けたら早乙女さんが倒れていて……」
「何だって!?」
「早く見に行きましょう。」
 気色ばんだ大和刑事とどこまでも冷静な相原さんを先頭に、僕達は早乙女さんの部屋に向かった。

「早乙女さん!」
 開いたままのドアからぞろぞろと部屋の中になだれ込む。最後の方にいた僕は首を伸ばしながらきょろきょろと周りを見渡した。
「しっかりして下さい!早乙女さん!!」
 部屋の真ん中辺りに倒れている早乙女さんの手首を取って大和刑事が叫んでいる。だけどすぐに首を振った。

「ダメだ……亡くなってる。」
「そんな……」
「アーモンド臭がする。おそらく青酸性の毒が死因でしょう。」
 大和刑事が早乙女さんの口元に少し顔を近づけて言う。瞬間場がざわついた。
「毒だって!?まさかさっき食べた物の中に混ざっていたのか?」
「でも孝人。皆同じ物を飲んだり食べたりしたのよ?何で早乙女さんだけ死んじゃったの?」
「違った事と言えば早乙女さんだけチョコレートを食べなかった事だけど……」
「一人だけ違う物を食べたっていうならわかるけど食べなかったっていうのはどういう事でしょうな。」
 新谷さんと白藤さん、坂井さんと相原さんが揃って顎に手を当てる。僕も早乙女さんの遺体の方をあまり見ないようにしながら頭を働かせた。

 確かに早乙女さんは一人だけチョコを食べなかった。苦手だからって言ってわざわざビスケットを小泉さんに持ってこさせて。それだけ見ればビスケットに毒が仕込んであったと思うけど、その後星美さんが大皿で持ってきたビスケットを何人かは食べていた。もちろん僕も食べた。でも誰も体に支障をきたしていない。時間差があるにしてもそろそろ誰かが倒れてもおかしくないのに。これは一体……?

「ねぇ、あれを見て。」
 その時震えながら壁に凭れていた帝叔母さんが机の方を指差した。皆でそっちの方を向く。
「タロットカード?これは女教皇だわ。それと運命の輪。」
 星美さんが机に近づいてそのカードをまじまじと眺める。
「斉木さんの部屋にあったのと同じような配置だわ。女教皇に被さるように運命の輪のカードが置いてある。女教皇の方は正位置ね。意味は知性、聡明、神秘、英知、判断。まさに早乙女先生にぴったりな言葉ばかり。」
「運命の輪っていうのは?」
 植本さんの素朴な疑問に星美さんは咳払いをした。

「神獣が輪を取り囲んでいる運命の輪のカードは、大きな運気の流れを表しています。正位置だと良い方向への一時的な変化を意味していて、状況が好転する事を表します。だけど一転逆位置になるとまるで谷を転げ落ちるかのように急に悪化する可能性があります。このカードはまさに逆位置。状況は最悪な状態になっていくという事を犯人は言いたいんだと思います。つまり、運命の歯車は回ってしまったというところでしょうか。」
「それはこれから一週間、いえ六日の間にまた何かが起こるという意味でしょうか。」
 小泉さんが遠慮がちに聞くと星美さんは微かに頷いた。

「誰が陽子の名を騙って私達をここに閉じ込めたのかはわかりませんが、これで終わり。という訳ではなさそうだという事です。」
「いやあぁぁぁぁ~~!!」
 突然誰かの叫び声が響き渡る。全員が驚いて声のした方を向くと帝叔母さんが蹲って頭を抱えていた。

「次はきっと私よ!何で?どうして?陽子の事は小さい頃から可愛がってきたのに何でこんな目に合わなきゃいけないのよ!?」
「落ち着いてください、楠木さん!」
「死にたくない!嫌よ、死にたくない!誰か助けて、助けてよ!!」
「落ち着いて下さいってば!」
 坂井さんが宥めるもどんどん暴れていく帝叔母さん。坂井さんは大和刑事と顔を見合わせて溜め息をこぼすと、帝叔母さんの両腕をそれぞれ持って無理矢理立たせた。

「取り敢えず部屋に運びましょう。小泉さん、早乙女さんの部屋に鍵をかけて下さい。皆さんはダイニングに先に戻っていて下さい。」
「はい。」
 僕達は大和刑事の指示で鍵を取り出した小泉さんに急かされながら部屋を出る。そして戸惑いながらもダイニングに戻った。

「一体何がどうなってるの?どうして早乙女先生だけが……」
「さぁ?俺にもさっぱりだ。」
 ブツブツ言いながら歩いて行く新谷さんと白藤さんの後ろを歩きながら、僕も疑問に思っていた。
 同じ物を食べて飲んでいた中で一人だけが青酸性の毒で亡くなった。唯一違う事といったら早乙女さんだけチョコを食べなかった事。それがこの事件のカギだとは思うけど僕にも何が何やらさっぱりわからない。

「本当に順番通りに人が死んでいくのかな……」
 ぼそりと呟いた星美さんの言葉が僕の耳にいつまでも残った……


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