虹色の季節

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14、虹――装う笑顔

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―――



研次はふと目を開けた。見覚えのない白い天井が見えて、戸惑いながら起き上がる。

「ここは…?」
ただっ広い白い部屋。壁も天井も白く、目立った調度品はない。
研次がたった今まで寝ていたのは簡易ベッドのようで、シーツももちろん白。ぷ~んと漂ってくる消毒液の匂いでようやくここが病院だという事に気づいた。

「起きられました?」
目の前のカーテンが開き、春香が入ってきた。手にタオルと売店のパンを携えていた。
「あ、すみません。僕……」
「顔色が良くなかったのでここにお連れしたんです。そしたら余程疲れていたんでしょうね、横になった途端ぐっすり 。」
笑いを堪えた顔でそう言われ、研次も思わず笑ってしまう。ベッドから両足を下ろして端に座った。

「お忙しかったんですね。中途採用って中々難しいって聞きますし…」
言いにくそうに言葉を濁すので、研次は逆に明るく返した。

「そうなんですよ、中々ね。でもまぁ、貯金もまだあるし、地道にやっていきますよ。」
「そうですか。あ、でもお体には気をつけて下さいね。」
わざと渋い顔を作って言うので噴き出してしまう。春香もすぐ笑顔になってタオルとパンを差し出してきた。

「これどうぞ。下の売店で買ってきたんです。あとこれ。濡れタオルです。お手拭きに使って下さい。」
「あ、ありがとうございます。」
「じゃあ私、仕事に戻りますね。しばらくしたらまた様子見にきますので。」
「あぁ、いえ。僕もう帰りますので……」
「ダメです。それ食べてしばらく休んでからにして下さい。」
「でも……」
「看護師の言う事は聞くもんですよ。」
「…はい。」

意外に鋭い視線を浴びて少々ビクつきながら、大人しくパンを食べた。
それを見た春香は自分が戻ってくるまでここにいるよう念を押すと、慌ただしくカーテンを閉めて行ってしまった。
そんな春香の後ろ姿を見送っていた研次は、自分の手元を見てふっと微笑んだ。

「……こういうのも悪くないな。」
ぼそりと呟くと再びパンにかじりついた。

お互いに辛い事を思い出さないようにしていたのを胸の奥で感じながら……



―――

「色々ありがとうございました。それにお仕事の邪魔してしまったみたいで…」
「いえ、これも仕事の内です。」
病棟の入り口で二人は向かい合わせで立っていた。

研次はパンを食べ終わった後、余計に腹が減ってきたので自分で売店に行って弁当を買って食べた。すっかり満腹状態になった頃春香が戻ってきて、空の弁当の容器を見て一瞬驚いた顔をした後大笑いしたのだ。
最初は恥ずかしかった研次も一緒になって笑った。久しぶりに笑った気がした。そしてお互いに核心に触れないまま、会話もほとんどなくここまで歩いてきた。

「あの……」
「はい?」
「その…えっと、何ていうか……」
聞きたい事、聞かなければならない事は山ほどあった。
例えば隣町の病院の場所や、これから時田さんがどうなるのか。家族はいないと言っていた。亡くなったばかりのご主人以外は……

「これ。」
春香はおもむろにポケットから封筒を取り出して研次に差し出した。
「何です?」
「時田さんから貴方に宛てた手紙です。」
「え!」
「時田さんの病室を片付けていて見つけたんです。枕元に置かれていました。」
震える手でそれを受け取り、『福島さんへ』と書かれた達筆な字を呆然と眺めた。

「時田さんの事は心配いりません。遠縁の親戚の方がいらっしゃって、その方がお二人を引き取っていったそうです。きちんと弔ってくれるでしょう。」
泣き笑いのような表情でそう言う。研次も自分の顔が同じような表情になっていくのを感じていた。
春香がそっとクリアファイルを差し出してくれる。それを手にして封筒をそっと中に挟んだ。

「本当に色々とお世話になりました。」
研次は改まった調子で頭を深々と下げた。春香は無言で俯いただけだった。
「では。」
一言そう言うと、持ってきた傘を手にして外に出た。雨はすっかり上がり、夕方の気配が街中を染めていた。

「あ…虹だ。」
大きな虹が目の前の夕焼け空に広がっている。どこか懐かしい思いに駈られ、足を止めた。

子どもの頃に見てはしゃいだ虹は希望に満ちていたように思う。
いつから大人になったのだろう。
一体いつから間違ったんだろう…俺は……

「いや…」
そうだ、目の前の虹は絶望の虹なんかじゃない。あの頃と同じ、希望に満ち溢れた虹なのだ。
そして人生は何度でもやり直せる。そう…生きてさえいれば……

研次は手に持っていた封筒が入ったファイルを掲げる。
あの人のたった一つの形見にそっと触れながら、いつまでもその虹を眺めていた……


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