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〈第1章 春、彼女と出会う〉

第1話

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「君、文芸部に興味ない?」

 不意に、声を掛けられた。それは、とてもはっきりとした少し高めの声で。

 それを聞いて立ち止まった僕はすぐ、声を掛けてきた彼女にこう返したのだ。

「えっと……もしかして、僕?」

 そこにあったのは、文芸部のブース。そして、そのブースの中に置かれたパイプ椅子には多分僕に声を掛けた女性が腰かけていた。

「うん。そうだよ? 君の付けている校章は今年の新入生が付けるものだから、声を掛けてみた」

 なんだか、不思議な感じの女性だった。彼女の制服に付いてある校章は自分のものと色が違う。確か先生が挨拶の際に校章の色は学年によって色が違うという話をしていた。

 つまり、彼女の年齢は多分僕より一つ上以上……つまり先輩だという事だ。彼女が言った事を考えると部活勧誘だろう。

 何せ、今は部活歓迎会イベントを校舎の中で開催しているのだからそれしかない。

「……えっと、あなたは……先輩は文芸部で合ってます?」
「ん、そう。ちなみに三年生の人はいないから、私が部長」

 へ、へえ、と相槌を返す。何だろうこの人は。常人とは何か雰囲気が違う。
 更に、改めて彼女の顔を見るとはっきりとわかる事がある。美人だ。どちらかというと可愛い系というより、冷静な大人系だ。体つきもその顔立ちに似合う細身、体の凹凸は弱い方で長髪。

 そのような容姿が余計に常人と雰囲気が違うと僕が感じる要因となった。

「えっと、文芸部ってあれですよね? 小説とか、そういうの」
「ええ。君のイメージ通りかもしれないけれど、とりあえず説明するとこのようなものになる」

 すると、彼女はブースの机にあったパンフレットの様なモノを渡してくる。ちょっと押し付けがましい動作だったのは気のせいだと思う。

「これは……?」
「見た通り、文芸部の説明用パンフレット」
「ですよね……」

 要は、これを開いてみたらどういうここの文芸部はどういった部活内容かわかる、という事だ。なんだろう、口で説明するのではないのか……と困惑する気持ちがある。

 とりあえず、そんな事でくよくよしても話が進まないのでとりあえず渡されたパンフレットを開く。そこに書かれていたのは大まかに分けるとこんな内容だった。

 一,毎月配る文芸冊子の作成
 二,小説の内容やテーマに関する議論
 三,自分達で小説や論文を書いて品評会に近い催しを行う

 ざっと分ければ、この様なものらしい。

「あの、文芸冊子にはどんなものを掲載するんですか?」
「そりゃあもちろん、部員の書いた小説や面白い考えを書いた論文の様なものだよ」

 三つめの催しというものを考えたら、まあ文芸冊子に使うためにする事なんだろうとは思った。

「とりあえず、君にはパンフレットを渡したからこれ以降は君の判断だ。イエスかノーか。どちらかはっきり言うまで時々様子見に行くから、新入生君」
「それ、ストーカーじゃないですか」

 ……この先輩、ちょっと変だ。というか、

「そういえば、お互い名前知らないんじゃないんですか?」
「……そういえば、名前言ってなかった。それじゃあ君から」

 さらりと、僕から言う様促されている。

「ちょっと、それ何でですか」
「君から名前の事を話したなら、まず君から名乗った方が良いと思ってね」
「う……」

 思わず唸りを上げたのはこの先輩の言ってる事に同意をしてしまったからだ。いつも、こういう時は大体名前の事を話した相手から名乗る事が相場なのだから。
 この流れだったら、自分から名乗るしかないと諦めて自分の名前を言った。

「僕は、神代薫《こうしろかおる》って言います」 
「へえ……カオルくんって言うのね。ちょっと可愛い名前ね」
「……先輩の感想はいいです。というか、先輩も名乗ってください」

 そうだった、とうっかりしていたと目を僅かに見開かせる。……この先輩、ちょっと変わっているな。

「私は金住《かなずみ》やすみって言うわ。宜しくね、カオルくん」
「は、はあ……」

 手を差し伸べられた。これは、つまり握手しようっていう事なのか……?

「……握手は?」
「……本当に、そうなら言ってくれないとわかりませんよ」

 これはすまない、と笑いながら金住先輩は謝った。……僕は彼女の独特な言葉遣いや行動にやや困惑していたが、とりあえず先輩の差し伸べられた手を軽く握って握手をする。
 先輩の手はとても綺麗で僕の手より、小さかった。その肌触りも女性のものなのだとはっきりわかるくらい柔らかかった。ただ、彼女の手は少し冷たかった。

「それじゃあ、よろしく頼むよ」

 喧噪の中、金住先輩は僕の手から自分の手を離した。その動きが何だか目を離せない。

「君みたいな人、中々見つけられないからね」

 離し際に、彼女はそんなことを呟いていた。僕はその時、彼女が何故そんな事を言ったのかを知るのは後々の事だ――

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