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「ちょっと待ってろ、いまラエルを今ここに呼ぶ」

 シエル先輩は壁の前で鍵を出して、魔法屋に繋がる扉を出してノックした。

「おーい、ラエル、ラエル。いまから、ルーの家に来てくれ」

「いいけど、少し待って」

 しばらくして扉が開く。そこには寝起きで、魔法使いが着てそうなパジャマを着た、シエル先輩の弟さんがあらわれた。

「フワァ、おはよう、兄貴」

「寝ていたところをすまん。もうすぐ、ルーの朝の仕事が始まる時間なんだが……まだ、ルーがハムスターのままなんだ」

 と、肩に乗る私を見せた。
 弟さんはねむそうな目で。

「あーほんとだ。一晩たってもルーチェさんにかかった、術が消えなかったか……じゃあ兄貴、頑張れ」

「ん? ラエル、俺が頑張るとは?」

 弟さんは先輩を手招きして、肩にいる私に聞こえないよう、こそこそと耳元で話した。話が終わると先輩は「はぁ? マジか……」と声を上げて頬をみるみる赤くした。

 ――2人でなに話したんだろう?

「さあ、ちゃっちゃと、やっちゎうよ」

「いわ、待て、お前はなんてことを言いだすんだ! お、俺がルーになるだと……無理だ、そんなことは絶対にムリだ!」

「でも、兄貴、早くしないとルーチェさんの仕事が始まるよ」

 部屋の時計を指差す弟さん。
 時計をみた先輩は……渋い顔。

「それは、そうだが……クソッ、ルーがハムスターになったのは俺のせいだ――そう俺のせい、グヌヌヌ…………わ、わかった準備する」

 先輩は肩に乗っていた私をベッドの上に乗せ、膝を折り、目線を私と同じ高さにした。私の目の前に怒ったような困ったような表情、耳まで真っ赤なシエル先輩がいる。

 ――そして、シエル先輩は。
 
「ごめん、ルー。先に謝っておく……俺は見たくて、見るわけではないからな。ほんとうだからな……」

 私に謝ると、先輩はいきなり立ち上がりシャツを脱いだ。きゃっ、私は驚きでベッドの上でひっくり帰り目を瞑った。
 

 その、先輩が"あれっ?"とつぶやき。
 

「おい、ラエル、ちょっと見てくれ」 
「兄貴、どうしたの? ……え、うそ、兄貴のヤケドの痕がない? 消す魔法でも作ったの?」

「そんな魔法は作っていない……いつの間にか消えたんだ」

 先輩と弟さん――二人は"何かが消えた"と言っている。気になってチラッと目を開けて見ると、見えたのは先輩の後ろ姿と私を見下ろす。

「子犬ちゃん?」
「キュン」

 子犬ちゃんはひと鳴きしてペロンと私を舐めた。気付かなかった、一緒に弟さんについて来ていたんだ。

「おはよう、子犬ちゃん」
「キュン、キュン」
 

「おい! ルーにじゃれるな、じゃれるなら下におりろ」
 

 ローブを羽織った先輩が子犬ちゃんを見下ろし、部屋の奥では弟さんが白いチョークの様なものを持ち、床に魔法陣を描いていた。

 子犬ちゃんは"キュン"と鳴き、先輩の言うことを聞いて、大人しくベッドの上でおとなしくなる。弟さんの手の中でサラサラと描き上がる魔法陣。私はベッドを飛び降り、それに引き寄せられるかのように近付いた。

「ルー、魔法陣に近付くのはいいが、踏むなよ」
「うん、わかってる」 
「それと、俺の足元には来るなよ」

「え、足元? どうして?」

 と聞いても、先輩は黙ってしまって、ワケを教えてくれない。そこに魔法陣を描き終えた弟さんがやってきて。

「兄貴はいま、ローブの下は裸なんだ。ルーチェさんにみられるなが恥ずかしいから、見るなって言っているんだよ」

「ええ、シエル先輩、いま、は、裸なの?」

  先輩に近付こうとしていた足を一歩、二歩下げて、後ろを向いた。

「ご、ごめん」
「別にあやまらなくていい。ラエルはそんなこと教えるなよ」

「なんで? 偶然に裸を見られるよりはいいでしょ? さあ、時間もないし始めるよ」

「わかった、ルーと子犬は俺たちから離れて」


 私達が離れるのを確認して。描き上がった魔法陣を挟むように、シエル先輩と弟さんが立った。そして互いの手を掴み詠唱をはじめた。すると、先輩の体が赤く弟さんは青くひかる。二人の詠唱が進むにつれて、それが混じり魔法陣が紫に光る。

 そして――先輩の髪が黒から銀色に変わり長くなり、男らしい体の線は女性のように丸くなっていく。そばで見ている私はそれが不思議でたまらない。だって、男性の先輩がまぎれもなく女性の姿に――それも私になっているのだから。
 

「ふぅ、これでどう?」
「どうだ、ルー?」

 確認のためなのか、シエル先輩がこちらを向いた……私の前に銀色の長い髪、サファイア色の瞳……背丈も体付きも私。

「す、すごい、シエル先輩が私になった……」
「そうか、ラエル、変化の術は成功だ」

 喋り方は先輩のままなのに声まで私だ――先輩は私になったけど一つ疑問が浮かぶ。いまから女将さんと、店の仕込みをするのだけと、シエル先輩って料理ができるのだろうか? 先輩と魔法の話ばかりで、料理の話はしたことがない。

「ねぇ、シエル先輩って料理できるの?」

「ん? 凝った料理は無理だけど、一通りはできるぞ。城ではいつも自炊しているし」

 ――あの本と紙にあふれた部屋で? シエル先輩が自炊?

 
「……そっか、だったら安心だね。よろしく、先輩」
「ああ、わかった。それで服はどれを着るんだ?」

「タンスの横の壁にかかっている、店の制服だけど……その、ローブの下は裸だよね」

 そうだと頷く先輩。

「だったら、そのままシャツを着ちゃダメです。ちゃんと、下着を付けないとシャツに肌が透けます」
 
 
「はぁ? 下着だと」


 私以外、みんなは男性で気付かなかったのだろう。先輩の頬がふただび真っ赤になり、部屋の中でシエル先輩が嫌だと無理だと騒ぐ。

「俺が、ルーの下着を着けるなんて、無理だって!」

「下は自分のを履けばいいの。だけど上は――タンスの2番目を開けて、ブラとキャミソールはぜったいに着て!」

 ――シャツに胸が透けるなんて一大事!

 先輩にそうお願いすると。シエル先輩は自分の下をさっと履き逃げた、その後ろを私は"お願い"と追っかける。そのまま部屋の中をクルクル走り回った。

 そんな私達にみかねた、子犬ちゃんと弟さんが先輩を捕まえる。

「こら、離せ! 子犬、ラエル、男ならわかるだろう!」

「キュン、キュン」
 
「わかるけど、子犬の言う通りだよ。着てあげなよ、ルーチェさんが恥ずかしいおもいをするよ」

「クッ、お前らは人ごとだと思って……あーくそっ! わかった、着ればいいんだろ!」

 シエル先輩はタンスの2段目を乱暴に開けて、ダンスの中身に、目をギュッと瞑ってそっと閉めた。

「うわぁ、ピンク、ブルー? リボン、ヒラヒラ? どれも可愛すぎて、わからん!」

 こんなに焦る、シエル先輩をみたのは初めてだ。


 しばらくして、落ち着いた先輩は私を肩に乗せ、もう一度、タンスを開けた。

「ルー、どの下着をつけるんだ?」

「タンスの左側の白のレースのチューブトップと、その隣の白のキャミソール」

 チューブトップは伸びる素材だから、シエル先輩でもつけやすいだろう。先輩はサッと、そのニつを取りだし着替えを終えた。
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