上 下
22 / 108

19

しおりを挟む
 嬉しい、久しぶりにシエル先輩と過ごせる。 
 今日の夕食の親子丼をトレーに乗せて、店を施錠したあと、二階の自分の部屋に先輩を案内した。

 先輩は仕切りに、俺は男だと言っているけど、今日は聞こえない振り。

 ーーだって、会いたかった。

「早く、先輩こっちです。あ、暗いので足元には気をつけて、階段をのぼってください」

「おい、ルー、そんなに急ぐなって」
「大丈夫です。シエル先輩、早く」

 部屋の鍵をあけた。

「ここが私の部屋です」

 先輩は玄関で部屋の中を見回し、一息つくと「……お邪魔する」と入ってくる。

「いらっしゃいませ、シエル先輩、子犬ちゃんの座布団はコレね。水出し紅茶持ってくるから、好きなところに座って待っていてください」

 夕飯をテーブルに置き、冷やし庫から作りおきの水出し紅茶を持ってくる。窓を開けたり、次は? と動こうとする私を先輩は止めた。

「ルー、少しは落ち着け」

「落ち着いてますよ。いま、お茶菓子だしますね」

「…………」

 タンスの前に座り、一番下の段を引っ張り出した。この中には私の好きなクッキー、ビスケット、チョコと、港街のお菓子問屋で見つけた、珍しいお菓子で詰まっているのだ。

「また随分と、ため込んだな」

「そうですか? これでも少ない方です……あ、これ、先輩みてください。この国にはない珍しいお菓子なんですって」

 港街のお菓子問屋でみつけた、花柄のクッキーを見せながら自信満々に言うと。先輩も気になったのか、タンスを漁る私の横にしゃがみ込み覗いた。

 先輩はラングドシャを手にとり。

「お、俺、この菓子好き。あ、これも」

 私が手に持っているカゴに入れていく。先輩が選ぶお菓子はラングドシャ以外、ここから遠い国のめずらしいお菓子ばかり。

 ーー先輩も、甘いもの好きだものね。

「フフ、私もこのアーモンドクッキー好きです。このキャラメルもチョコも」

「キュッ、キュッ」

 私達と一緒にお菓子入れをのぞく子犬ちゃん。

「なになに、子犬ちゃんはこれがいいの? こっちも?」

「子犬、食べ過ぎだ」
 
「キューン」

 タンスの前に並んでお菓子選びを楽しんだ。







 先輩、子犬ちゃんと楽しいおしゃべり、作りおきしていた、水出し紅茶は切れてしまい。

「先輩、水でもいい?」

 と聞くと。
 
「いいや、紅茶は俺がいれよう」

 とかえってきて、先輩が床をトンと床を叩いた。すると床に魔法陣が浮かびあがり、カシャンと音を出してティーセットが目の前にあらわれた。

 ーーこれって、シエル先輩の魔法!

 私は魔法に心を奪われ先輩の隣に座る、その姿にシエル先輩は笑い。

「あいかわらず、魔法が好きは変わらないな」

「そう簡単に変わりませんよ。魔法好きはシエル先輩もでしょ?」

「ククッ、ルーの言う通りだな」

 先輩がパチッと指を鳴らせば、ポットとティーカップはプカプカと空中に浮いた。

「浮いたわ。ハァ……いつみても、すごい」

 もう一度、指をパチンとならせば、ポットから温かい紅茶が浮いたままのカップに注がれる。カップに紅茶が注ぎ終わると、先輩はそのカップを手に取り。

「ルーは砂糖とミルク、レモンどれが欲しい?」

 と聞いた。

「私は砂糖なしで、レモンが欲しいです」

「レモンだな、分かった」

 輪切りのレモンを魔法でだして、紅茶の中に落とした。他の空いているカップにも紅茶を注ぎ、自分の前と子犬の前にも紅茶を置いた。

「え、シエル先輩?」

「ん、どうした?」

「キュ」

「いただきます」といったのか? 子犬ちゃんはペロペロ、カップの中の紅茶を舐めはじめる。

「うそ、子犬ちゃんが紅茶を飲んでいるわ」

「普通、飲むだろう?」
「……先輩、普通の犬は紅茶飲みませんよ」

「そうなのか?」
「そうです」

 子犬ちゃん、はじめはペロペロ可愛く飲んでいたのに、ティーカップに顔を突っ込みガブガブ飲みだした……なんで、豪快な飲みっぷり。

(やっぱり、子犬ちゃんは誰かの使い魔か、召喚獣……なんだ。飼い主さんは魔法使いか、召喚士ね)

「ルー、なに、ニヤニヤしてるんだ? 紅茶が冷めるぞ」

「……は、はい、いただきます」

 一口飲むと、口いっぱいにレモンの香りが広がった。私のとは違い、茶葉もいいところのなのだろう、先輩のいれる紅茶はいつでもおいしい。

「美味しい、ありがとう先輩」

 それに、心がほんわか温まる。このレモンティーに合うお菓子は甘めのパイがいいかな? クッキーも捨てがたい。

「キュ」

「なんだ、どの菓子を取るんだ」

「キュ、キュキュ」

 私がとろうとしたリンゴのパイのお菓子を、子犬ちゃんは前足でカゴをさし、シエル先輩に取ってもらい。そのパイを器用にかじっている。  

 ……りんごのパイ。
 
 次はチョコクッキー、お煎餅とお菓子が子犬の胃袋に消えていく。

「まって、子犬ちゃん食べ過ぎ、それは私のクッキーです」

「キュン?」
「ルー?」

 子犬ちゃんが紅茶を飲んだとか、お菓子を食べたとか、どうでも良くなり必死に止めた。

「一人で、ぜんぶ食べちゃダメだよ。みんなで食べるの」

「ククッ、ルーの言う通りだ。ディーガはすこし遠慮したほうがいい」

「キュ、キュン」

(あれっ? いま、先輩は子犬ちゃんのことを"名前"と呼んだ?)

 先輩は魔法使いだから、知っていてもおかしくないかな。

「ねえ、ディーガって子犬ちゃんの名前? 先輩は飼い主さんを知っているの?」

「あ、いいや……今日、魔法屋で仲良くなって……名前を聞いたんだ」 

「そうか……きみの前はディーガって言うんだ。よろしくね、ディーガ君」
 
「キュン」

 返事をかえす子犬を見つめると、目の前にモヤのようなものが掛かり、肌にピリッと痛みが走った。

 ーーいたっ、いまのは、な、何?  

 その、モヤが晴れてくると子犬の体に何か、紋様なものが浮かび上がって見え、それに触れようとした。

「なに、黒い魔法陣? ……なにこれ?」

「ルー、それに触るな、見るな!」

 シエル先輩がいきなり声を上げて手を掴み、私の目を両手で覆い魔法を素早く唱えた。

「シエル先輩? いきなり魔法を使ってどうしたの?」

「いや、あのな……子犬を魔法で止めようとしたが。いま、ルーのどんぶりに顔を突っ込んだ……」

 どんぶり?

「それって私の夕飯! 待って食べないでぇ」

「すまん、あの勢いは俺には止められん」

「……そんなぁ」

 しばらくして、シエル先輩の手が離れて見えたのは……空っぽの丼と、お腹いっぱいにして、幸せそうに床に転がる子犬の姿だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

お飾りの私と怖そうな隣国の王子様

mahiro
恋愛
お飾りの婚約者だった。 だって、私とあの人が出会う前からあの人には好きな人がいた。 その人は隣国の王女様で、昔から二人はお互いを思い合っているように見えた。 「エディス、今すぐ婚約を破棄してくれ」 そう言ってきた王子様は真剣そのもので、拒否は許さないと目がそう訴えていた。 いつかこの日が来るとは思っていた。 思い合っている二人が両思いになる日が来ればいつの日か、と。 思いが叶った彼に祝いの言葉と、破棄を受け入れるような発言をしたけれど、もう私には用はないと彼は一切私を見ることなどなく、部屋を出て行ってしまった。

下げ渡された婚約者

相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。 しかしある日、第一王子である兄が言った。 「ルイーザとの婚約を破棄する」 愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。 「あのルイーザが受け入れたのか?」 「代わりの婿を用意するならという条件付きで」 「代わり?」 「お前だ、アルフレッド!」 おさがりの婚約者なんて聞いてない! しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。 アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。 「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」 「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

悪役令嬢が行方不明!?

mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。 ※初めての悪役令嬢物です。

婚約破棄されたので、論破して旅に出させて頂きます!

桜アリス
ファンタジー
婚約破棄された公爵令嬢。 令嬢の名はローザリン・ダリア・フォールトア。 婚約破棄をした男は、この国の第一王子である、アレクサンドル・ピアニー・サラティア。 なんでも好きな人ができ、その人を私がいじめたのだという。 はぁ?何をふざけたことをおっしゃられますの? たたき潰してさしあげますわ! そして、その後は冒険者になっていろんな国へ旅に出させて頂きます! ※恋愛要素、ざまぁ?、冒険要素あります。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 文章力が、無いのでくどくて、おかしいところが多いかもしれません( ̄▽ ̄;) ご注意ください。m(_ _)m

処理中です...