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 まずい、まずい。全身の毛がゾワゾワして、立つ感じがしてお尻がジュクンと疼くのを感じた。……え、オレがあの人を求めている? ……この場にいてはと、オレは後退りしてシンギとマヤがいる方へ足を進めた。

 あの人のそばにいては"駄目だ"と警報が頭の中に響く。だが、その考えとは裏腹に体はあの人を求め……熱くゾク、ゾクした。あの人をもう一度だけ見たい。オレは男性が気になり振り向くと、綺麗な切れ長の青い瞳が見つめていた。

 ドキッ⁉︎ それと同時に香りがした。

(な、なに? このスパイスのような刺激的な香りは。この香りを嗅ぐと……体がますます熱くなる)

 こんな事は初めてだ。心はざわつき、己の体の変化にオレは驚くしかなかった。だって、5日前にヒートは終わったばかり。それなのに――まるで、ヒートが始まるときに似ていた。

「どうされました、フォルテ様?」

 オレを見つめ、足を止めている男性に側にいた豹の騎士が声をかけた。――フォルテ? 耳のいいオレに男性の名前と二人の会話が聞こえた。どうやら、フォルテという人はオレのことが気になっているらしい。

「そこにいる、小さな黒ウサギは誰だ?」
 
「ウサギ? ああ、あの者は熊クマ食堂で働くタヤと言う、黒兎族の青年です」

「熊クマ食堂で働く黒兎? そうか、一瞬あの人かと思ったが……彼からした香りは甘い香り。私が探している彼は柑橘系の香りだったな。姿が似ているが――人違いだな」

(あ、甘い香り⁉︎)

 あの男性に、サロンナ特性の魔導具のブレスレットが効いていない? 「タヤ、よくお聞き。強いアルファにこの匂い消しのブレスレットは効かない。気をつけなさい」と、サロンナばあさんがくれる時に言っていた。

 ――となると。

 あのフォルテとかいう男性は強いアルファ? じゃ、王族、上流貴族のどちらか? 彼らに見つかると、オメガのオレは連れていかれる……これ以上、彼に近寄らない方がいいだろう。

(でも、あれがアルファなのか)

 オレは初めて見たアルファが気になってしまい、つい目で追ってしまった。ザワッ――ふたたび森の中を心地の良い風が吹き、さらにオレを刺激する香りを届けた。

「クッ!」

 この香りを嗅いではダメだ。だが、その考えに行き着くのが遅く、オレはもろにその香りを深く嗅いでいた。

 ――うわぁ。体が燃え上がり、完全にヒートを起こして、足元から崩れ落ちた。

(まってくれ。今朝、薬まで飲んできたのに……こ、こんなにも強いアルファは凄いのか。それに、この場所でヒートを起こすなんて、知らない奴らにヒートの姿を見られたくない……けど、体が動かない)

「タヤ? 大丈夫か、タヤ!」
「タヤ!」

 崩れ落ちるようにその場に座ったオレのところに、シンギとマヤが駆け寄ってくる姿が見えて安心したが、それよりも早くオレの体は宙に浮いた。

「えっ、な、なに?」  

 オレを持ち上げた人物は、オレの首筋をクンクン嗅いだ。

「やめろ……」

「先ほどより匂いが濃い。……お前ヒートを起こしているな。……なんだ? 甘い桃の香りの中に微かな柑橘系な香りもするな? ――そのブレスレット? ああ、匂い消しか?」

 オレを肩に担ぎ上げて、スピスピ鼻を鳴らし匂いを嗅いだのは……さっきまで見ていたフォルテという男性だ。その男性はオレから、さっきまで言っていた甘い香りではなく、桃のような甘い香りがすると言った。

 ヒートのときの俺の香り。サロンナばあさん特製の柑橘系の腕輪の効果がかき消されて――オレのフェロモンが漏れている。

「あ、あの、いますぐ……シンギさんとマヤさんのところへ帰らないと。すみません、下におろしてください」

「ダメだ。騎士団はアルファの者が多い、その中に君を下ろせない……そこの熊クマ食堂の者、しばらくこの黒兎を借りる」

 オレを借りると言ったフォルテに、シンギとマヤは眉をひそめながらも、2人はその場で足を止めて深深く頭を下げた。

「えっ、どうして? シンギさん? マヤさん?」

「すまない、タヤ」
「ごめんね……」

 謝る2人をオレは呆然と眺めた。フォルテはフウッと息を吐くと、側にいる騎士にも声をかける。

「ロイ、カハ、しばらく私の天幕に誰も近付けるな!」

「はっ、かしこまりました」
「かしこまりました!」

 フォルテは騎士2人にそう言い残して、オレを肩に担いだまま、自分の天幕へと歩き出した。
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