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いち熊 異世界に召喚?

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 森野聖(もりのひじり)二十一歳は困っていた。

 右を向いても、はたまた、左を向いても見たこともない森の中に私はいた。

 今日は花金。残業がなく定時上がりジムに寄った帰りだった。ひと汗かいてシャワーを浴び『運動したから、少しくらいカロリーとっても平気!』理論で、帰り道にあるコンビニに寄って、サラダチキンとチョコ、あたりめとキンキンに冷えたビールを購入する予定を立てたばかり。
 明日の土曜と日曜は家に引きこもって撮り溜めした、スラスラ、魔王城でたべるぞぉ、ニャンコでごめん。などなど異世界アニメを見るはずだった。

 ジムで体も動かしさっぱりして最寄駅に着く前『この国を助けてください!』と、声優のようなイケメンだろう男性の声が聞こえた、と同時に私の足元に金色に光る魔法陣が現れた。

「えっ、えぇ、嘘? きゃっ、だ、だ、誰か助けて!」

 その私の声に振り向いた人たちに半笑いで写真を撮られるし。帰りを急ぐ人々は聞こえない振りだし。

 誰にも助けてもらえず、私は魔法陣にずるずる引き込まれて行った。体半分くらい埋まったときに思ったよ。あ、都会の人って冷たいなぁって。

 それで、着いた先が見知らぬ森の中だし。

「どこだ、ここ? 勝手に人を召喚しておいて、誰もいない森の中って酷くないかい。誰かー私を元の世界に戻してよ!」

 森の中で散々喚いてみたけど誰も来ない。

「くそっ、撮り溜めしたアニメ見たかった……買いだめした漫画だって、ライトノベル、BL本だって読んでいないのに……」

 私って何のために召喚されたの? よくあるライトノベルなら着いた先が立派な城で、聖女召喚とか、勇者召喚、巻き込まれ召喚? 

 ……追放?

 はっ、森の中ということは既に追放されてた後なのでは? 

 私は城にちゃんと召喚されていたけど気絶していて、能力を勝手に調べたところ「こいつ呼んだ割に能力ないな、近くの森に捨ててこようぜ」的な。

 終了のお知らせがよぎ……いや、待て待て。

 私の他にもう1人召喚された人がいた、と言うより、私がいる魔法陣に突撃して来た人がいた。その人はいきなり走ってきて「私が貴方の代わりに異世界に行ってあげる、聖女ひゃっほぉう!」って魔法陣の中の私を突き飛ばした。

 いま思い出しても、あの人、凄い人相で怖かった。見た目からして私より年上の人だったかも、お肌の張りとか目尻のシワとか……。

 うーん、悪口かな? いや、突撃されたとき痛い思いしたし、本人いないし。それにさ、こっちは魔法陣に吸い込まれて慌てているのに、自分が都合で異世界に行きたいからって、見知らぬ人――私を突き飛ばすなんて酷い人だと思う。


 キョロキョロ


「……はぁ」


 やっぱり、待っていても……誰も来ないか。

「能力無しで追放されたのか……そうならそうで私も見知らぬ森の中で、うだうだしてても仕方がない。ライトノベルの主人公のように、この森を抜けて近くの村か町を探そう! そこで、ここが何処だか聞けばいいや」

 そうと決まれば右と左のどっちに向かう?

 そうだ、困った時はアレをやってみよう。鞄に入っている筆記用具の中からボールペンを出して、倒れる方に進む。前にライトノベルで召喚された男の子がやっていて、面白そうだったのよね。

 このボールペンはどっちに倒れる?

「あ、右に倒れたわ!」

 じゃー右に進もうとして、もふんともふもふの何かに、体がめり込み跳ね飛ばされた。


「きゃっ」

 いてっ、お尻を打って痛いけど。顔はもふんと、幸せな感触が襲った。

 もふもふ?

「……ごっ、ごめん。君、大丈夫?」

「はい、平気で、すぅ? ……えっ!」

 私がぶつかったもふもふは、手に草の入った籠を持った、2足歩行の森の熊さんだった。
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