婚約破棄ですか？ では、最後に一言申しあげます。

婚約破棄ですか？

　今宵。学園最後の舞踏会が王城の広間でおこなわれる。
　わたくし公爵令嬢ミロール・ギャクシーは、婚約者のエスコートもなく舞踏会の広間に訪れた。

　その、わたくしの到着を待っていたかのように。
　王太子となられる婚約者アカロア・マナカーサは、噂の男爵令嬢シシリア・サルビアーナをつれて、わたくしの前に立ちふさがった。

「待っていたぞ。私、王太子アカロアは公爵令嬢ミロール・ギャクシーとの婚約を破棄する！」

　彼は大勢の貴族たちのなかで、そう告げた。
　事前に専属メイド、側近にこの話を聞いていたので動じなかった。

「わたくしと婚約破棄ですか？　アカロア殿下、そのワケをうかがってもよろしいでしょうか？」

「え、ミロール嬢は驚きもしないのか？　まあいい、私は"真実の愛"をみつけた――シシリアは私を王子という呪縛から解き放ち、優しくしてくれ、たくさんの癒しをくれる。いつも王子らしくしろ、背中を伸ばせなど、口うるさいミロール嬢とは違う！」

「…………さようでございますか」

　これも側近の報告どおり。
　
　アカロア殿下はお家のためにと望む結婚ではなく、政略結婚の多いわたくしたちの前で真実の愛をかたるなんて、バカなのかしら？

　昨夜、メイドがいっていた「頭の中はお花畑」の話を思いだしたわ。
　長年――きびしい王妃教育に耐えてきた、わたくしによく言えたものね。

「真実の愛ですか？　わたくしも殿下の様な方の隣になんて立ちたくありません。その婚約破棄うけたまりました。婚約のときに交わした契約書、書類など翌日にお送りいたします」

　そう返事を返したあとすぐ。メイド、側近に目配せして舞踏会にきている両親、お兄様に知らせてもらい。
　わたくしは二人に淑女らしく礼をした。
　今宵の舞踏会で噂どおり婚約破棄を言い渡されたのなら。
　お父様は財務省をやめ、お母様は王家の教育係をやめ、お兄様は騎士副団長を退任して、わたくしたち一家は領地にさがり――今後一切、王家との関わりをもたない。

　もし、国が傾いたのなら隣国に移りすみ、屋敷を買って。
　お父様は庭の手入れ、お母様は料理、お兄様は冒険者になりたいと言っておられました。

　先に広間をでた両親と兄の後を追い。
　わたくしも広間を去ろうとして、殿下に呼び止められた。

「まだ、わたくしにごようですか？」
「忘れたのかミロール嬢？　シシリアにした数々の意地悪はどう謝る？　酷いことも言ったらしいじゃないか」

「そうよ、礼儀がなっていない。食べるときは音をださない。婚約者でもないのに同じ人と踊るなと言われたわ」

「…………え？」

　それ、淑女としてあたりまえのことを申しただけじゃないかしら？
　彼女はわかってらっしゃらなかったのですね。

「ミロール嬢、シシリアをいじめていたと認めて、この場で謝罪しろ！」

　――謝罪？

「お言葉ですがアカロア殿下……わたくしは本当のことをシシリアさんに申しただけですわ。あなたの礼は品と優雅さがなく、食事をする姿は大きな口を開け、音をたて口のまわりが汚い……ダンスのことも、あなた以外の淑女なら誰でも知っているマナーですわ」

「う、嘘よ。わたしとアカロア様の仲がよくて……嫉妬してるから…………そんな、イヤミことが言えるのよ」

「わたくしが嫉妬？　嫌味？」

　なぜ、わたくしがするの？

　訳がわからず彼女をみつめると「怖い、またイジメられる」と、アカロアの後ろに隠れた。アカロアも彼女を守るように背に隠す。

「ミロール嬢、そう睨むな。シシリアがこわがる」

「わたくし睨んでなどおりませんわ。ただ、呆れているのです。わたくしもアカロア殿下の婚約者でなければ彼女に何もいいません。国王陛下から選ばれたあなたの婚約者だから、仕方がなく注意したまでです」

　正直、婚約者に選ばれたくなかった。
　七歳のわたくしは選ばれたとき、ショックでお父様にしがみつき「嫌だ」と泣いた。

『お父様、お断りしてくださいませ』

『すまない。無理なんだ……ミロール』
『え？』

　わたくしはこのとき絶望な言葉をお父様から聞いた――陛下からの勅命は断れないと。
　だから、たくさん泣いて……選ばれたのなら、わたくしは努力すると決めた。

「わたくしは自分の行いが正しいとおもっております。シシリアさんは品がない」

「ひっ、ひどい……」
「貴様はほんとうに人間か？　よく、そんな酷いことを言える」

「酷いこと？　本来なら、殿下が言わなくてはならないことですのよ。馴れ馴れしい、王子の自分にたやすく話しかけるな、ですか？　それなのにひざまくら、ご一緒に食事をする、ご自身の部屋で二人きり過ごす。王子としての格式をなくして、笑顔しか取りえない男爵令嬢と仲良くされるなんて……バカ」

「き、貴様、私を侮辱するとは不敬罪だぞ」
「不敬罪？　もうすぐ王子、王太子ではなくなるあなたが？　フフ、笑えますわ」

　クスクス笑うわたくしに。

「私が王子、王太子じゃなくなるだと？　嘘をつくな。おい誰か、この女を捕らえよ！」

　と、アカロアは広間で声を上げた。
　しかし、騎士はアカロアの命を聞かず、誰一人とうごかない。


「どうしてだぁ？」
　

　殿下のあげた声の後。
　広間に凛とした声が響く。

「まったく我が息子ながら情けない……ミロール嬢がいっていたとおりか。アカロア、お前には失望した……そんなに王子でいるのが辛く、余が決めた婚約者が嫌で、その男爵の娘が良いのなら絶縁してやろう。次の王太子は第二王子シャーロンとする」

「絶縁？　ち、父上？」

　アカロアが何度呼びかけても、陛下はいちども振り向かず広間をあとにした。
　まだ婚約者のいない第二王子が王太子になると聞き、湧きあがる広間。

　目の前の現実に、くずれ落ちるアカロア殿下と、呆然とするシシリア。
　それを横目に。

「ルル、カルバ、わたくしも帰りましょう。明日、領地にもどるから荷物をまとめないといけないわ」

　メイドと側近に声をかけ二人と合流した。
　そのわたくしたちにうつろな瞳のアカロアが近より。

「ミロール嬢、君との婚約破棄を取りやめにすから……父上のところへ行こう。君と結婚して側室にシシリアを迎える」

　呆れた……どこまでもお花畑、もうアカロア殿下は手遅れね。

「なぜ、あなたと結婚しなくではならないの？　お断りいたしますわ」

　ほんらい王太子になれなくても――爵位をもらい公爵、伯爵となり、王家を支える役目と、王家が所有する領地をもらえる。

　公爵、伯爵でもまだ男爵のシシリアとの結婚はむずかしい。
　でも、絶縁されてアカロアは王子ではなくなり平民になれば、周りの反対がなくシシリアと結婚ができる。

　わたくしは極上の笑顔をむけ。

「真実の愛でしたかしら？　お二人ともよかったですわね、これで周りの反対がなくスムーズに結婚できますわよ。ご結婚おめでとう」

　何か言いたげな二人を残して、わたくしは広間を後にした。