探偵ウォーレン・グローヴァーの事件簿

マーサ

文字の大きさ
上 下
3 / 4

忘れさりたい事件(後編)

しおりを挟む
 笑顔で聞かれた国王は嫌な予感しかしていない。
 
 天真爛漫、自由奔放な王妃が何を言い出すか不安でしか無いが、国王は許可を出した。側近達から「王妃に甘すぎる」といつも苦言を呈されている事はあまり世間には知られていない。


 座って話しても許される立場の王妃であるが、おもむろに立ち上がり舞台の端から歩き出した。
 ウォーレンの真似をしたいだけだとすぐに分かる。すぐにこの舞台が聖地巡礼の人で溢れるようになるかもしれない。

「今からわたくしが言う罰と、陛下が仰った罰、どちらか選んでちょうだい」
 まるで自分が名探偵になったかのように高揚する。
 
「貴女が平民になりたく無いのなら、デイモンと結婚せずに子爵令嬢のままでいいわ」

「え!? 本当ですか!? ありがとうございます!」
 何処までも自分に都合良く考えるアイリーンは、王妃から許されたと思ってその話しを受け入れた。そんなはず無いとは誰しもが分かっている事だが。


「そのかわり、これから10年、貴女がお茶会やパーティーなど公の場に出る時は今着ているそのドレス以外着ることは許しません」


 会場の男性陣はそれの何が罰なのかとポカンとするが、女性達は恐れおののいた。

「貴女が誰と結婚しようと構いませんが、ウェディングドレスも今着ているそのドレスしか認めません」

 ついに会場から悲鳴があがった。


 腹の探り合い、騙し合い、権謀術数うずまく社交界において、ドレスは女の武器であり、鎧である。
 今流行している物が3ヶ月後には陰で笑われるような流行遅れの物になる可能性だってあるのだ。それでは社交界での立場も悪くなる。
 それが10年ともなると……。

「流行は回ると言いますから、10年後にはそのドレスが最先端の流行になる可能性もあるわよ」
 
 なんの慰めにもならないその言葉にアイリーンが震えて王妃を見ると、『あなたの言いたいことは分かるわ』という意味の笑顔を見せてうなずく。
「そんなに心配しないで。貴女のそのドレスは私が守ります。この場に居るご婦人方、令嬢方、このドレスを汚したり破いたりする事は禁じます。故意で無かったとしても、罪に問います。このドレスだけで10年保たせなければならないし、結婚式の晴れ舞台を綺麗な状態で迎えてほしいですからね」

 そして、満面の笑みで告げる。
「10年過ぎてから結婚式を挙げるならそのドレスではなくウェディングドレスが着られるわよ」
 その言葉に会場の令嬢が気を失ったのだろう、バタンと倒れる音がいくつか響いた。令嬢の最大の晴れ舞台、結婚式に純白のウェディングドレスが着られないなんて……。
 

 
「そんな……、そんな事って……」
 アイリーンは必死に脳内で計算を繰り広げる。

 貴族の身分と特権は保たれるが、社交界では針のむしろだ。パーティーには参加できなくなるだろうし、まともな結婚も望めないだろう。
 子爵家当主である父から勘当される可能性だってある。
 
 ではデイモンと結婚する道はどうかと言うと、平民という身分以上にデイモン自体が問題だ。
 王子という身分にあぐらをかき、すべて自分の思い通りになると傍若無人に振る舞ってきたのだ。
 市井に降りてまともに働くとも思えず、酒に溺れて暴力を振るわれる未来しか見えない。

 どちらの罰を受け入れたとしても、どちらとも詰んでいる。
 アイリーンはガクッと膝を折り崩れ落ちた。


「大切な将来の事ですもの。慌てて答えずにゆっくり考えてよろしくてよ」と、なぜかキメ顔で王妃が告げる。

 
「陛下、このような案ですがよろしいですよね?」

「ああ、さすがは我が妃。素晴らしい采配だ」と笑顔で褒め称える国王。

 この2人は王族にしては珍しく大恋愛の末に結ばれた。後付けながら政略結婚としても意義はあったので、特に問題とはされなかった。
 20年経った今も新婚当時のような雰囲気を失わずにいる。
 側近達にとっては当たり前の光景だが、会場の一般貴族たちにはそのような姿は珍しいものだった。
 

「さて、皆の者、騒がせて済まなかった。卒業式はこれにて終えて、パーティーを楽しもうぞ。騒がせた詫びに王家秘蔵のワインを蔵から出そう」

 主に会場の保護者席から歓声が上がる。
 国王は楽しみにしていたワインが無くなる寂しさを、やや引きつった笑顔で隠した。


「ちょっと待ってください!」
 大きな声で場を止めたのは王妃だ。

「ウォーレン様、最後の決め台詞がまだですわよ!」

 会場からも期待の声があがる。

「え? 決め台詞とは何の事ですか?」
 分かっていないウォーレン。


「もしかしてわたくしに譲ってくださるという事? 直接聞きたいけど、言ってみたくもありますし……」

 多少の逡巡の後、会場を見渡し、手を広げて声を上げる。

 
「これにて、この物語は終幕です」


 うなだれる2人を除き会場は大きな拍手と歓声に包まれた。

「それ、決め台詞のつもりはないんだけど……」というウォーレンの言葉は拍手にかき消されて誰の耳に届く事もなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

その国が滅びたのは

志位斗 茂家波
ファンタジー
3年前、ある事件が起こるその時まで、その国は栄えていた。 だがしかし、その事件以降あっという間に落ちぶれたが、一体どういうことなのだろうか? それは、考え無しの婚約破棄によるものであったそうだ。 息抜き用婚約破棄物。全6話+オマケの予定。 作者の「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹が登場。というか、これをそっちの乗せたほうが良いんじゃないかと思い中。 誤字脱字があるかもしれません。ないように頑張ってますが、御指摘や改良点があれば受け付けます。

婚約破棄された私と、仲の良い友人達のお茶会

もふっとしたクリームパン
ファンタジー
国名や主人公たちの名前も決まってないふわっとした世界観です。書きたいとこだけ書きました。一応、ざまぁものですが、厳しいざまぁではないです。誰も不幸にはなりませんのであしからず。本編は女主人公視点です。*前編+中編+後編の三話と、メモ書き+おまけ、で完結。*カクヨム様にも投稿してます。

姉の陰謀で国を追放された第二王女は、隣国を発展させる聖女となる【完結】

小平ニコ
ファンタジー
幼少期から魔法の才能に溢れ、百年に一度の天才と呼ばれたリーリエル。だが、その才能を妬んだ姉により、無実の罪を着せられ、隣国へと追放されてしまう。 しかしリーリエルはくじけなかった。持ち前の根性と、常識を遥かに超えた魔法能力で、まともな建物すら存在しなかった隣国を、たちまちのうちに強国へと成長させる。 そして、リーリエルは戻って来た。 政治の実権を握り、やりたい放題の振る舞いで国を乱す姉を打ち倒すために……

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...