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忘れさりたい事件(後編)

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 笑顔で聞かれた国王は嫌な予感しかしていない。
 
 天真爛漫、自由奔放な王妃が何を言い出すか不安でしか無いが、国王は許可を出した。側近達から「王妃に甘すぎる」といつも苦言を呈されている事はあまり世間には知られていない。


 座って話しても許される立場の王妃であるが、おもむろに立ち上がり舞台の端から歩き出した。
 ウォーレンの真似をしたいだけだとすぐに分かる。すぐにこの舞台が聖地巡礼の人で溢れるようになるかもしれない。

「今からわたくしが言う罰と、陛下が仰った罰、どちらか選んでちょうだい」
 まるで自分が名探偵になったかのように高揚する。
 
「貴女が平民になりたく無いのなら、デイモンと結婚せずに子爵令嬢のままでいいわ」

「え!? 本当ですか!? ありがとうございます!」
 何処までも自分に都合良く考えるアイリーンは、王妃から許されたと思ってその話しを受け入れた。そんなはず無いとは誰しもが分かっている事だが。


「そのかわり、これから10年、貴女がお茶会やパーティーなど公の場に出る時は今着ているそのドレス以外着ることは許しません」


 会場の男性陣はそれの何が罰なのかとポカンとするが、女性達は恐れおののいた。

「貴女が誰と結婚しようと構いませんが、ウェディングドレスも今着ているそのドレスしか認めません」

 ついに会場から悲鳴があがった。


 腹の探り合い、騙し合い、権謀術数うずまく社交界において、ドレスは女の武器であり、鎧である。
 今流行している物が3ヶ月後には陰で笑われるような流行遅れの物になる可能性だってあるのだ。それでは社交界での立場も悪くなる。
 それが10年ともなると……。

「流行は回ると言いますから、10年後にはそのドレスが最先端の流行になる可能性もあるわよ」
 
 なんの慰めにもならないその言葉にアイリーンが震えて王妃を見ると、『あなたの言いたいことは分かるわ』という意味の笑顔を見せてうなずく。
「そんなに心配しないで。貴女のそのドレスは私が守ります。この場に居るご婦人方、令嬢方、このドレスを汚したり破いたりする事は禁じます。故意で無かったとしても、罪に問います。このドレスだけで10年保たせなければならないし、結婚式の晴れ舞台を綺麗な状態で迎えてほしいですからね」

 そして、満面の笑みで告げる。
「10年過ぎてから結婚式を挙げるならそのドレスではなくウェディングドレスが着られるわよ」
 その言葉に会場の令嬢が気を失ったのだろう、バタンと倒れる音がいくつか響いた。令嬢の最大の晴れ舞台、結婚式に純白のウェディングドレスが着られないなんて……。
 

 
「そんな……、そんな事って……」
 アイリーンは必死に脳内で計算を繰り広げる。

 貴族の身分と特権は保たれるが、社交界では針のむしろだ。パーティーには参加できなくなるだろうし、まともな結婚も望めないだろう。
 子爵家当主である父から勘当される可能性だってある。
 
 ではデイモンと結婚する道はどうかと言うと、平民という身分以上にデイモン自体が問題だ。
 王子という身分にあぐらをかき、すべて自分の思い通りになると傍若無人に振る舞ってきたのだ。
 市井に降りてまともに働くとも思えず、酒に溺れて暴力を振るわれる未来しか見えない。

 どちらの罰を受け入れたとしても、どちらとも詰んでいる。
 アイリーンはガクッと膝を折り崩れ落ちた。


「大切な将来の事ですもの。慌てて答えずにゆっくり考えてよろしくてよ」と、なぜかキメ顔で王妃が告げる。

 
「陛下、このような案ですがよろしいですよね?」

「ああ、さすがは我が妃。素晴らしい采配だ」と笑顔で褒め称える国王。

 この2人は王族にしては珍しく大恋愛の末に結ばれた。後付けながら政略結婚としても意義はあったので、特に問題とはされなかった。
 20年経った今も新婚当時のような雰囲気を失わずにいる。
 側近達にとっては当たり前の光景だが、会場の一般貴族たちにはそのような姿は珍しいものだった。
 

「さて、皆の者、騒がせて済まなかった。卒業式はこれにて終えて、パーティーを楽しもうぞ。騒がせた詫びに王家秘蔵のワインを蔵から出そう」

 主に会場の保護者席から歓声が上がる。
 国王は楽しみにしていたワインが無くなる寂しさを、やや引きつった笑顔で隠した。


「ちょっと待ってください!」
 大きな声で場を止めたのは王妃だ。

「ウォーレン様、最後の決め台詞がまだですわよ!」

 会場からも期待の声があがる。

「え? 決め台詞とは何の事ですか?」
 分かっていないウォーレン。


「もしかしてわたくしに譲ってくださるという事? 直接聞きたいけど、言ってみたくもありますし……」

 多少の逡巡の後、会場を見渡し、手を広げて声を上げる。

 
「これにて、この物語は終幕です」


 うなだれる2人を除き会場は大きな拍手と歓声に包まれた。

「それ、決め台詞のつもりはないんだけど……」というウォーレンの言葉は拍手にかき消されて誰の耳に届く事もなかった。
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