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そんな中、父親は流石に2人よりは少しだけ現実が見えていた。
イレーナには何を言っても反論され論破されるので可愛げはまったくないが、学院での成績は超が付くほど優秀なのは認めざるを得ない。
「婿入り」の条件が無くなれば高位貴族の嫡男が望んでくる可能性が高いだろう。
更に高位貴族との繋がりはできるが、領地経営できる者が居なければ家が取り潰しの危険性だってある。
今までハンナ可愛さゆえに目を背けてきたが、ハンナの学院での成績は下から指折り数えて片手の指で足りてしまう順位だ。
今さらながらハンナを甘やかしてきた事について後悔が湧いてきていた。
そんな夫の葛藤など意に介さず母親が言葉を重ねる。
「社交の場には伯爵家の顔として可愛いハンナが出て、面倒な仕事はイレーナが家に籠もってやれば全て丸く収まりますわ」
「お母様、その通りですわ! お姉さま、商会の仕事もされていてそういうの得意ですものね! 華やかな社交は可愛い私に任せて、お姉さまは書類の山に埋もれるのがお似合いですわ!」
『あれが伯爵家の顔って、伯爵家の顔に泥を塗るの間違いでは……』
『当主は伯爵家を潰そうとしてるのか……?』
伯爵家の顔となる以前に、伯爵家として醜態を晒している事に気がつかない3人である。
さすがのイレーナも口を挟むタイミングを掴めない怒濤の展開だったがこれ以上放置はできない。「そういった事は家で話そう」と切り出そうとした時、横から声をかけてくる者がいた。
「イレーナ嬢、楽しそうな話をしてるね」
「エドヴァルド様?」とイレーナが驚く。せっかく家族の暴走を止めようというタイミングに横槍を入れられ、イレーナはふくれっ面をしてみせる。それだけで2人が気安い仲だと分かる。
「お! 王太子殿下!?」
父親が慌てて礼をほどこす。この男は権威こそがすべて。身分が下の者にはどこまでも強く、上の者には絶対的に弱い。
「エドヴァルド様、たった今婚約破棄を言い渡されたところです。楽しい話しではありませんよ」
「うん、聞いてた聞いてた。だから嬉しくてつい文官に指示出しちゃったよ」
「……指示ですか?」
二人は同学年でトップを争っている。
エドヴァルドは生徒会会長でもあるし、学院では一緒に居る機会が多いため仲が良かった。
王太子という最高の身分と、まるで彫刻のような眉目秀麗さにハンナは心を奪われ、フリッツの事など忘れ去りアプローチを始める。
「エドヴァルド様! そんな地味で可愛くなくて話しがつまらないお姉さまなんかと話してないで、私とお話しいたしましょう!」
ハンナが目を潤ませながらエドヴァルドにしなだれかかろうとする。
「ハンナ! 王族の方に許可もなく話しかけてはいけません! しかも初対面で名乗る事すらせず、あまつさえ身体に触れようとするなんて!」
「エドヴァルド様、このようにいつもお姉さまにいじめられているのです。助けてください!」
ハンナはここぞとばかりに取り入ろうと自身が可愛いと信じる「涙目で縋り付く」ポーズをしてみるがエドヴァルドに避けられてしまう。
「ハンナ嬢。今イレーナ嬢が言った事は普通は子供の頃に教わる常識なんだが、それがなぜ苛めになるんだい?」
「そんな……! エドヴァルド様まで意地悪しないでくださいませ」
ハンナの返事は問いかけに対する回答になっていない。
「それに貴女には名前で呼ぶことを許可していない。名前は家族かごく親しい友人のみしか呼ばないのだ。敬称で呼んでくれ」
「え? でも、お姉さまはお名前で呼んでるではありませんか?」
「イレーナ嬢は親しい友人なので、そう呼んでくれるよう私から頼んだのだよ」
「お姉さまが許されているなら、私もお名前で呼んで良いという事ですよね……?」
これは流石に才気溢れるエドヴァルドでも理解できなかった。ハンナとしては姉と同等以上でないと自尊心が許さないのだが、そんなちっぽけなプライドなど他者が理解できるはずもない。
「ヴィルタ伯爵、先ほどからハンナ嬢に話しが通じないんだが、姉が許されていたらなぜ妹が許された事になるのか説明してくれ。そなたの娘なんだから理解できるだろう?」
「は! つまり……、その……、姉妹の仲が良いので姉の物は妹の物、と言いますか……」
「つまり、私は服や文房具などのように気軽に姉妹で貸し借りできる物だと?」
「め! 滅相もありません! そんな意図はまったく!」
滝のような汗が噴き出し拭うハンカチもすぐに絞れる程だ。
「……まぁ良い。今は非常に機嫌が良いので、不問にしよう」
「ははっ!有り難き幸せ!!」
ホッと一息つく父親。
「ハンナ嬢、名前ではないが、特別に世界で君だけが呼ぶことの出来る呼び方を許そう」
「え!? そんな!! まさか!? 嬉しいです!! では……」
頬を赤らめうれしさに舞い上がるハンナ。
「これからはこう呼んでくれ」
「旦那様!!」
「お義兄様と!!」
イレーナには何を言っても反論され論破されるので可愛げはまったくないが、学院での成績は超が付くほど優秀なのは認めざるを得ない。
「婿入り」の条件が無くなれば高位貴族の嫡男が望んでくる可能性が高いだろう。
更に高位貴族との繋がりはできるが、領地経営できる者が居なければ家が取り潰しの危険性だってある。
今までハンナ可愛さゆえに目を背けてきたが、ハンナの学院での成績は下から指折り数えて片手の指で足りてしまう順位だ。
今さらながらハンナを甘やかしてきた事について後悔が湧いてきていた。
そんな夫の葛藤など意に介さず母親が言葉を重ねる。
「社交の場には伯爵家の顔として可愛いハンナが出て、面倒な仕事はイレーナが家に籠もってやれば全て丸く収まりますわ」
「お母様、その通りですわ! お姉さま、商会の仕事もされていてそういうの得意ですものね! 華やかな社交は可愛い私に任せて、お姉さまは書類の山に埋もれるのがお似合いですわ!」
『あれが伯爵家の顔って、伯爵家の顔に泥を塗るの間違いでは……』
『当主は伯爵家を潰そうとしてるのか……?』
伯爵家の顔となる以前に、伯爵家として醜態を晒している事に気がつかない3人である。
さすがのイレーナも口を挟むタイミングを掴めない怒濤の展開だったがこれ以上放置はできない。「そういった事は家で話そう」と切り出そうとした時、横から声をかけてくる者がいた。
「イレーナ嬢、楽しそうな話をしてるね」
「エドヴァルド様?」とイレーナが驚く。せっかく家族の暴走を止めようというタイミングに横槍を入れられ、イレーナはふくれっ面をしてみせる。それだけで2人が気安い仲だと分かる。
「お! 王太子殿下!?」
父親が慌てて礼をほどこす。この男は権威こそがすべて。身分が下の者にはどこまでも強く、上の者には絶対的に弱い。
「エドヴァルド様、たった今婚約破棄を言い渡されたところです。楽しい話しではありませんよ」
「うん、聞いてた聞いてた。だから嬉しくてつい文官に指示出しちゃったよ」
「……指示ですか?」
二人は同学年でトップを争っている。
エドヴァルドは生徒会会長でもあるし、学院では一緒に居る機会が多いため仲が良かった。
王太子という最高の身分と、まるで彫刻のような眉目秀麗さにハンナは心を奪われ、フリッツの事など忘れ去りアプローチを始める。
「エドヴァルド様! そんな地味で可愛くなくて話しがつまらないお姉さまなんかと話してないで、私とお話しいたしましょう!」
ハンナが目を潤ませながらエドヴァルドにしなだれかかろうとする。
「ハンナ! 王族の方に許可もなく話しかけてはいけません! しかも初対面で名乗る事すらせず、あまつさえ身体に触れようとするなんて!」
「エドヴァルド様、このようにいつもお姉さまにいじめられているのです。助けてください!」
ハンナはここぞとばかりに取り入ろうと自身が可愛いと信じる「涙目で縋り付く」ポーズをしてみるがエドヴァルドに避けられてしまう。
「ハンナ嬢。今イレーナ嬢が言った事は普通は子供の頃に教わる常識なんだが、それがなぜ苛めになるんだい?」
「そんな……! エドヴァルド様まで意地悪しないでくださいませ」
ハンナの返事は問いかけに対する回答になっていない。
「それに貴女には名前で呼ぶことを許可していない。名前は家族かごく親しい友人のみしか呼ばないのだ。敬称で呼んでくれ」
「え? でも、お姉さまはお名前で呼んでるではありませんか?」
「イレーナ嬢は親しい友人なので、そう呼んでくれるよう私から頼んだのだよ」
「お姉さまが許されているなら、私もお名前で呼んで良いという事ですよね……?」
これは流石に才気溢れるエドヴァルドでも理解できなかった。ハンナとしては姉と同等以上でないと自尊心が許さないのだが、そんなちっぽけなプライドなど他者が理解できるはずもない。
「ヴィルタ伯爵、先ほどからハンナ嬢に話しが通じないんだが、姉が許されていたらなぜ妹が許された事になるのか説明してくれ。そなたの娘なんだから理解できるだろう?」
「は! つまり……、その……、姉妹の仲が良いので姉の物は妹の物、と言いますか……」
「つまり、私は服や文房具などのように気軽に姉妹で貸し借りできる物だと?」
「め! 滅相もありません! そんな意図はまったく!」
滝のような汗が噴き出し拭うハンカチもすぐに絞れる程だ。
「……まぁ良い。今は非常に機嫌が良いので、不問にしよう」
「ははっ!有り難き幸せ!!」
ホッと一息つく父親。
「ハンナ嬢、名前ではないが、特別に世界で君だけが呼ぶことの出来る呼び方を許そう」
「え!? そんな!! まさか!? 嬉しいです!! では……」
頬を赤らめうれしさに舞い上がるハンナ。
「これからはこう呼んでくれ」
「旦那様!!」
「お義兄様と!!」
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