しずかのうみで

村井なお

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第九章 凪の日

53.糸

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「……どうして!?」

 拝殿の戸は神札の結界で開けないはずなのに!
 もしかして、みちるさんの術が、姫神さまのご加護が破られた?

 黄泉醜女が拝殿に一歩を踏み入れる。

 床から一気に幽気が吹き出す。

 反射的に駆けだし、ニオの前に立つ。
 もちろん隣にはのどかが来る。

 考えることは同じ。神札の問題は先送り。幽気は後まわし。
 今はとにかく目の前のこいつだ!

 わたしが大幣をかまえる横で、のどかが守り刀をかまえる。

 姫神さまが辺津宮へつのみや神社でやったことを思い出す。
 姫神さまは黒づくめのまとう幽気を御寧めしていた。
 黄泉醜女は幽気とともにあるもの。
 身にまとう幽気を全部御寧めしてしまえば、現世にはいられなくなるはず。

 なら、わたしたちも!

 のどかと二人、同時に踏みだし、祭具を叩きつけるようにして幽気を払う。

 でも、まるで解れない。

 黄泉醜女はわたしたちにかまわず、無造作に歩いてくる。

 こうなったら!

「はああああああ!」

 大幣を振りかぶり、黄泉醜女の肩に直接叩きつける。

 すると大幣の紙垂しではじゅくじゅくと真っ黒に腐り落ち、白木の祓串はらえぐしまで溶けてきた。

「ひっ!」

 思わず手をはなす。

 黄泉醜女が被衣かづき越しにわたしを見る。

 そして、ゆっくりと手を払う。

 黒いかすみの暴風が吹く。

 わたしの体は床をはなれ、宙を横切り、そして拝殿の壁に打ちつけられた。

「かはっ……」

 背中からお腹に衝撃が走り、肺の空気が押し出されて口から出ていった。

 ……視界が、暗くなって、何だか楽に……。

「……だあっ!」

 首に力を入れ、床に頭を打ちつける。

 寝てる場合じゃない!

 痛みで意識は戻っても呼吸が整わない。身を起こすのがやっとだ。

 拝殿の真ん中では、のどかが膝をついている。

 黄泉醜女がニオに手をのばし、ニオを抱きかかえた。

 その腰にのどかがすがりつく。

 黄泉醜女がのどかを振りはらう。

 それでものどかは諦めない。
 黄泉醜女が身にまとう幽気に両腕を突っこむ。

 黄泉醜女がくるりと向きを変えた。単衣ひとえと被衣がひるがえる。

 黄泉醜女を見上げていたのどかが目を見開いた。

 と、巻きおこった幽気の風がのどかをはじきとばした。

 黄泉醜女はニオを抱えたまま、一歩ずつゆっくりと拝殿から外へと出ていく。

 拝殿の中から、音が消えた。

 寝そべったまま、腕だけで前に進む。

「……ニオ。……のどか」

 声がかすれる。息が切れる。

 体がついてこない。足も手も少しずつしか動かない。

 拝殿の中央で寝転んでいたのどかには、黒い幽気がまとわりついている。

「今、御解し、するから」

 のどかの脇に落ちていた守り刀を拾う。

「……待って」

 のどかが左手を挙げる。

 その小指には、幽気の糸が結ばれていた。

 もしかして。

 拝殿の入口を見る。

 黒くて血のように紅い幽気が、長く、細く、しかし確かに糸を引いている。

「この先に、いるから……」

 のどかはそれだけ言って目を閉じた。
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