上 下
27 / 55
第三章 昔の自分を救いたかったら

09.

しおりを挟む
 翌日の朝、カフェオレ二杯を入れた紙袋を抱えて登校し、空き教室のドアに手をかけるところまではいつもの通りだった。

 ドアには鍵が掛かっていた。スマホを取り出しホームボタンを押したところ、時刻は八時二十五分。いつもより特別早いわけでもない。それなのに鹿島くんがまだ来ていないなんて。

 珍しい。寝坊かな? 後で鹿島くんが来たらたっぷり嫌味を言い返さないと。

 そんなことを企みながら職員室まで鍵を借りに行く足取りは軽かった。

 この日は一日かけて追追試の自己採点と復習をした。どんなに厳しく見ても九割以上はできている。合格ラインは六割。何だ、やればできるんだ。今更ながらの手応えに満足を覚えながらも、私は満たされずにいた。この結果を、早く報告したいのに。空き教室は、一人では広すぎた。



 結局、この日鹿島くんは現れなかった。

 急用ができた。急にサボりたくなった。急に家出したくなった。急に私の勉強をみるのが面倒になった。

 色々な可能性が頭に浮かんだけれど、それを確かめることはできなかった。

 何しろ私は鹿島くんの連絡先を知らないのだから。以前待ち合わせをしたときも、連絡は安曇経由でとった。

 かといって安曇に訊くのは躊躇われた。たった一日来なかっただけで『鹿島くんどうしたの?』なんて大騒ぎしているみたいで……。

 それに、最近安曇とは連絡をとっていない。普段も放課後は一緒にいたけれど、土日に出かけたりはしなかった。それが夏休みになって急に一緒に遊んだりするようになるわけがないし、何もなくとも連絡を取り合う仲になるわけもない。

 だから、『鹿島くん』というトピックについて安曇と話をしたことは殆どない。安曇と鹿島くんとの関係性がよく分からないこともあり、私の鹿島くんに対するスタンスはまだ決められていない。

 というわけで、私は一人でカフェオレを二杯飲み、お昼にお弁当を食べ、職員室に鍵を返して学校を後にした。



 その後も、鹿島くんは姿を現さなかった。

 八月のカレンダーは一日一日とその寿命を減らしていった。

 その間、私は毎日カフェオレを二杯持って空き教室へ行き、鍵を借り、スマホ越しにレネに会い、一学期と一年生の復習をして、お弁当を食べ、窓外の空に広がる夏の騒がしさが薄れていくのを見送り、職員室に鍵を返した。

 そして夏の最後の日。夕焼けの赤い気配が忍び込む空き教室で、私は安曇にメッセージを送った。

『鹿島くん、どうしたの?』

 返事はなかった。



 九月一日の朝。

「あ、そういえば今日から二学期なんだっけ? 舞夕ちゃん、ずっと学校行ってたから、あんまり実感ないね」

 出掛けの季帆さんから言われた通り、朝家を出るまでは夏休み中と何も変わらなかった。

 ただ、吉祥寺の駅まで向かう道にも、井の頭線のホームにも学生服が多くて、そこでようやく今日が九月であることを実感した。

 いつものように空き教室へ向かおうとする足を押し留め、二年一組の教室へ向かう。

 八時二十五分の教室には、既に大半の生徒が集っていた。

 そして、その中には私の求める彼女の姿もあった。

「ねえ、安曇。鹿島くんはどうしたの?」

 挨拶とか前置きとか、そんなことに費やしている時間が勿体なかった。

 この十日間、ずっと待ち焦がれていた答えがすぐそこにあるのだから。

 安曇は徐に顔を上げ、私の顔を見ると、
「そんな深刻な顔しちゃって」
 と薄く笑った。何もかも全てどうでもいいとでも言いたげな、胡乱で投げ遣りな笑みだった。

「……深刻な事態ではないのね?」

 私がそう問うと、安曇は顔を背けた。

「鶴ちゃんが心配するようなことじゃないよ」

「じゃあ今、鹿島くんはどうしてるの?」

 どのくらいだろう。暫くの沈黙があった。

 数秒か、数分か。

 それから安曇は「ふん」と鼻で笑い、ようやく私の問に答えを返した。

「怜央、今は入院してる」

 夏休みの残滓を引きずった教室内の喧騒が、耳に届かなくなった。

 代わりに、高周波のような耳鳴りと、安曇の静かな声だけが私の聴覚を埋め尽くした。

「もうすぐ死ぬよ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クーデレお嬢様のお世話をすることになりました

すずと
青春
 クラスメイトの波北 綾乃は美少女である。  だが、無表情で無機質でコミュニケーション能力が不足している美少女だ。  そんな性格でも彼女はモテる。美少女だから。  確かに外見は美しく、ドストライクでタイプだが、俺はそんな彼女が正直苦手であった。   だから、俺と関わる事なんてないだろう何て思っていた。  ある日清掃代行の仕事をしている母親が熱を出したので、家事が出来る俺に清掃代行の仕事を代わりに行って欲しいと頼まれた。  俺は母親の頼みを聞き入れて清掃代行の仕事をしに高層マンションの最上階の家に向かった。  その家はなんと美少女無表情無機質クールキャラのクラスメイト波北 綾乃の家であった。  彼女の家を清掃プラスで晩御飯を作ってやると彼女の父親に気に入られたのか「給料を出すから綾乃の世話をして欲しい」と頼まれてしまう。  正直苦手なタイプなのだが、給料が今のバイトより良いので軽い気持ちで引き受ける事にしたがーー。 ※小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

婚約破棄を、あなたのために

月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの?

はじまりのうた

岡智 みみか
青春
「大丈夫よ。私たちは永遠に、繰り返し再生するクローンなんだもの」 全てがシステム化され、AIによって管理されている社会。スクールと呼ばれる施設に通い、『成人』認定されるため、ヘラルドは仲間たちと共に、高い自律能力と倫理観、協調性を学ぶことを要求されていた。そこへ、地球への隕石衝突からの人類滅亡を逃れるため、252年前に作りだされた生命維持装置の残骸が流れ着く。入っていたのは、ルーシーと名付けられた少女だった。 人類が知能の高いスタンダード、人体再生能力の高いリジェネレイティブ、身体能力の優れたアスリート種の3種に進化した新しい世界の物語

(完結)私の夫は死にました(全3話)

青空一夏
恋愛
夫が新しく始める事業の資金を借りに出かけた直後に行方不明となり、市井の治安が悪い裏通りで夫が乗っていた馬車が発見される。おびただしい血痕があり、盗賊に襲われたのだろうと判断された。1年後に失踪宣告がなされ死んだものと見なされたが、多数の債権者が押し寄せる。 私は莫大な借金を背負い、給料が高いガラス工房の仕事についた。それでも返し切れず夜中は定食屋で調理補助の仕事まで始める。半年後過労で倒れた私に従兄弟が手を差し伸べてくれた。 ところがある日、夫とそっくりな男を見かけてしまい・・・・・・ R15ざまぁ。因果応報。ゆるふわ設定ご都合主義です。全3話。お話しの長さに偏りがあるかもしれません。

青夏(せいか)

こじゅろう
青春
 小学校生活最後の一年から始まる青春ラブコメ

(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。 なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと? 婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。 ※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。 ※ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※元サヤはありません。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

処理中です...