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第三章 昔の自分を救いたかったら
07.
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お盆明けの八月二十一日は登校日だというのに、学校は閑散としていた。
この日はお昼までのホームルームだけで授業もないし、登校しなくても欠席扱いにはならないからだ。夏休み中に規制や家族旅行に出かけるご家庭への配慮らしい。
というのは普通の生徒にとっての話。私にとっては絶対に休めない一日だ。何しろ放課後に追追試が待ち構えているのだから。
朝は登校してからずっと自作のノートを読んでいたし、ホームルーム中も青木先生の話はガン無視して内職に努めた。
お昼に解散した後、青木先生は教卓から「鶴崎」と私を呼びつけた。
「午後一時に進路指導室だ。準備はいいな?」
「先生こそ、慰謝料の準備はできてますか?」
「んなくだらねえこと覚えてる脳みそあったら年表の一行も叩き込んどけ!」
「正直、頭は既にパンク寸前です」
「おまえの頭ならまだまだ入るだろ。……ああ、それとな鶴崎」
「はい?」
去り際に、先生はこう付け加えることを忘れなかった。
「内職はもうちょいバレないようにやれ」
お昼ごはんは空き教室でとることにした。鹿島くんから教わったルーティーンだ。いつも通りの習慣を身に着けておき、テスト前にもそのいつも通りをこなすことで、落ち着きを取り戻す。私にとってのルーティーンは、空き教室に来ること、レネの顔を見ること、そして……。
一応職員室に行ってみたが、やはり既に鍵は借りられていた。そしてこれまた予想通り、空き教室には鹿島くんがいた。
「やっぱりいたね」
「僕のルーティーンだからな」
と、鹿島くんは机の上の国語辞書をぽんぽんと叩いてみせた。
鹿島くんの隣の席で、世界史のノートを見ながらお弁当を食べる。
食後も数学ⅡBのノートを読んでいたけれど……。
「今更ノートを見て落ち着くか?」
「……無理」
鹿島くんの言う通り、残り時間十五分で数学の公式や演習問題を見返したところで、どうにかなる気がしない。
「この期に及んだら、心身の準備の方が大事だろ」
「そうね、もう悪あがきは止め!」
ということでスマホを取り出し、『アイスト』を起動する。もうここまでの指の動きに淀みなんて一切ない。
画面の向こう、控え室にいるレネはいつも通り『今日も一日、頑張っていきましょう!』と自分に気合を入れている。
「よし!」
私も気合いを入れて立ち上がる。
「自信持って行ってこい」
「あ、うん!」
試験前にトイレに行こうとしていただけとは言えず、私はそのまま荷物を持って空き教室を後にすることになった。
廊下に出たところで、私は一度立ち止まり、鹿島くんから借りた箴言メモを取り出した。
『最後に見直し、最後の最後は見直しの見直し』。
「……うん」
それからもう一度小さく気合いを入れ、私はまずトイレへと向かった。
追追試は数学ⅡB、化学、世界史の順番で行われた。
進路指導室に青木先生と二人きりで缶詰にされるという、捕虜の尋問か拷問かといったシチュエーションだったけれど、これまで一ヶ月の勉強で身につけた力は私を裏切らなかった。
最初から最後まで、手も足も出ない問題は一問もなかった。
ここ一年ほど、テストの時間というのは退屈な時間だった。何となく分かる問題に適当な答えを書いて、よく分からない問題を飛ばして、さっぱり分からない問題を見なかったことにして、選択問題では第六感を働かせる。大体どのテストも、半分の時間で回答は終わり、残りは睡眠時間に充てていた。
今回は違った。どのテストも五十分中四十分ほどで回答を終え、残りの時間は見直しに費やした。退屈している暇なんてまるでなかった。
特に苦手な世界史でも、今回は最後まで集中できた。事前に鹿島くんと猛特訓した甲斐があったというものだ。
正確には、猛特訓が効いたというより、その最中に鹿島くんが見せてくれたスーパープレイ(笑)に助けられた。鹿島くんは以前『選択問題が大の苦手』だと言っていたが、その言葉に嘘は一片たりともなかったのだ。
一言一句まで覚えている選択問題だったら、鹿島くんは落とさず確実に正解する。
しかし、僅かでも勘を働かせる必要がある時、彼は必ず間違えた。二択までは確実に絞り込み、そこから百パーセント間違える。
そうして勘を外して落ち込んでいる姿を思い出し心の中で笑っていると、世界史のテストに抱いている苦手意識を忘れ、回答に集中することができた。
三教科が終わったとき、そこには確かに充実感があった。
「やりきったって顔だな」
回答用紙を回収した青木先生が、にやりと笑ってそう言った。
「はい。もう一生分、勉強しました」
「おまえ今日死ぬのか? 二学期は最初からちゃんと勉強しろ!」
そして進路指導室から出た後、青木先生は、
「もう来るなよ」
とヤクザ映画みたいなセリフを口にした。
こうして私は三時間の刑期を終え、無事に出所した。
この日はお昼までのホームルームだけで授業もないし、登校しなくても欠席扱いにはならないからだ。夏休み中に規制や家族旅行に出かけるご家庭への配慮らしい。
というのは普通の生徒にとっての話。私にとっては絶対に休めない一日だ。何しろ放課後に追追試が待ち構えているのだから。
朝は登校してからずっと自作のノートを読んでいたし、ホームルーム中も青木先生の話はガン無視して内職に努めた。
お昼に解散した後、青木先生は教卓から「鶴崎」と私を呼びつけた。
「午後一時に進路指導室だ。準備はいいな?」
「先生こそ、慰謝料の準備はできてますか?」
「んなくだらねえこと覚えてる脳みそあったら年表の一行も叩き込んどけ!」
「正直、頭は既にパンク寸前です」
「おまえの頭ならまだまだ入るだろ。……ああ、それとな鶴崎」
「はい?」
去り際に、先生はこう付け加えることを忘れなかった。
「内職はもうちょいバレないようにやれ」
お昼ごはんは空き教室でとることにした。鹿島くんから教わったルーティーンだ。いつも通りの習慣を身に着けておき、テスト前にもそのいつも通りをこなすことで、落ち着きを取り戻す。私にとってのルーティーンは、空き教室に来ること、レネの顔を見ること、そして……。
一応職員室に行ってみたが、やはり既に鍵は借りられていた。そしてこれまた予想通り、空き教室には鹿島くんがいた。
「やっぱりいたね」
「僕のルーティーンだからな」
と、鹿島くんは机の上の国語辞書をぽんぽんと叩いてみせた。
鹿島くんの隣の席で、世界史のノートを見ながらお弁当を食べる。
食後も数学ⅡBのノートを読んでいたけれど……。
「今更ノートを見て落ち着くか?」
「……無理」
鹿島くんの言う通り、残り時間十五分で数学の公式や演習問題を見返したところで、どうにかなる気がしない。
「この期に及んだら、心身の準備の方が大事だろ」
「そうね、もう悪あがきは止め!」
ということでスマホを取り出し、『アイスト』を起動する。もうここまでの指の動きに淀みなんて一切ない。
画面の向こう、控え室にいるレネはいつも通り『今日も一日、頑張っていきましょう!』と自分に気合を入れている。
「よし!」
私も気合いを入れて立ち上がる。
「自信持って行ってこい」
「あ、うん!」
試験前にトイレに行こうとしていただけとは言えず、私はそのまま荷物を持って空き教室を後にすることになった。
廊下に出たところで、私は一度立ち止まり、鹿島くんから借りた箴言メモを取り出した。
『最後に見直し、最後の最後は見直しの見直し』。
「……うん」
それからもう一度小さく気合いを入れ、私はまずトイレへと向かった。
追追試は数学ⅡB、化学、世界史の順番で行われた。
進路指導室に青木先生と二人きりで缶詰にされるという、捕虜の尋問か拷問かといったシチュエーションだったけれど、これまで一ヶ月の勉強で身につけた力は私を裏切らなかった。
最初から最後まで、手も足も出ない問題は一問もなかった。
ここ一年ほど、テストの時間というのは退屈な時間だった。何となく分かる問題に適当な答えを書いて、よく分からない問題を飛ばして、さっぱり分からない問題を見なかったことにして、選択問題では第六感を働かせる。大体どのテストも、半分の時間で回答は終わり、残りは睡眠時間に充てていた。
今回は違った。どのテストも五十分中四十分ほどで回答を終え、残りの時間は見直しに費やした。退屈している暇なんてまるでなかった。
特に苦手な世界史でも、今回は最後まで集中できた。事前に鹿島くんと猛特訓した甲斐があったというものだ。
正確には、猛特訓が効いたというより、その最中に鹿島くんが見せてくれたスーパープレイ(笑)に助けられた。鹿島くんは以前『選択問題が大の苦手』だと言っていたが、その言葉に嘘は一片たりともなかったのだ。
一言一句まで覚えている選択問題だったら、鹿島くんは落とさず確実に正解する。
しかし、僅かでも勘を働かせる必要がある時、彼は必ず間違えた。二択までは確実に絞り込み、そこから百パーセント間違える。
そうして勘を外して落ち込んでいる姿を思い出し心の中で笑っていると、世界史のテストに抱いている苦手意識を忘れ、回答に集中することができた。
三教科が終わったとき、そこには確かに充実感があった。
「やりきったって顔だな」
回答用紙を回収した青木先生が、にやりと笑ってそう言った。
「はい。もう一生分、勉強しました」
「おまえ今日死ぬのか? 二学期は最初からちゃんと勉強しろ!」
そして進路指導室から出た後、青木先生は、
「もう来るなよ」
とヤクザ映画みたいなセリフを口にした。
こうして私は三時間の刑期を終え、無事に出所した。
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