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16.バリカタの果実

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 某SNSの投稿で見かけたのだが、「誹謗中傷の果実」と言う言葉をご存じだろうか?ほとんどの読者様がご存じないと思うし、私もそんな言葉はご存じではない。ネットスラングか何かだろうか?
 子供の頃、「刑事コロンボ」がまあまあ好きだったせいか、こまかいことが気になると夜も8時間程度しか眠れない。安眠出来る日々を取り戻すべく、少し考えてみた。まずは先の言葉が出て来た投稿の全文を紹介しよう。なお、投稿された状況はSNSでお馴染みの光景、レスバトルと言う名の口喧嘩の真っ最中。バトルの相手にからかわれてる投稿者が憤って書き綴った感情剥き出しの文章だ。

 「リスクなしで誹謗中傷の果実を得られるなんて思うなよ」

 しかし、SNSをやってて驚くのは、穏やかな農耕民族的性格を有する多くの日本人の中にレスバトルを渇望するような闘争本能が隠されていた事だが、これはまた別のお話。またの機会にでもお話ししよう。
 さて、これでもまだ意味不明だ。何を言いたいのかさっぱり分からない。第二次世界大戦でドイツが使用していた暗号機・エニグマによる暗号文の可能性さえ出てきた・・・なんて事を考えてたら、私の脳の記憶庫に数十年以上眠っていた単語が急に浮かんできた。これは民法に出てくる『果実』を投稿者が間違って解釈してるかもしれない。
 法律用語としての「果実」は「物から生じる経済的収益」の事をいう。分かりやすく言えば牛から採れる「牛乳」や、貸家でもらえる「家賃」なんかだ。きっと、投稿者はそれを拡大解釈して経済的収益だけではなく、プラスになる事は何でもかんでも果実になると勘違いしているのではないだろうか?それでは、投稿者が自身をからかってる相手が愉快な気持ちになってる事を果実だと勘違いしている前提で先の投稿をもう一度見てみよう。

 「リスクなしで誹謗中傷で『愉快になれる』なんて思うなよ」

 どうだろう?それに他の投稿を見るとすぐに「訴える」とか「訴えてこい」と言ってるので、投稿者は「法律とか裁判に憧れてる系」と推理されるので、おそらくこれが正解と思われる。
 きっと書店で薄っぺらい「よくわかる民法」なんて本を購入し、覚えたばかりの「果実」って言葉を使いたくてしょうがなかったのだろう。
 
 しかし、実に危うい投稿だ。SNSは大勢の人間が他人の間違いを指摘、嘲笑しようと互いに監視しあっているディストピアだ。今回は彼のミスに気付いたのが私のような善良な人間だけだったから良かったものの、私以外に見つかったら「誹謗中傷の果実?日本語おかしくない?w」とネタにされ、 猫が捕まえたネズミで遊ぶようにとことんいたぶられるのがオチだ。この投稿者も命拾いをしたものだ。
 しかし、穏やかな農耕民族的性格を有する多くの日本人に獲物をいたぶる狩猟本能が隠されていたとは・・・と、考えさせられる案件だが、これもまた別のお話。

 まあ、知ったかぶりの知識を披露すること自体ちょっと恥ずかしいし、更にそれが間違った使い方なら赤面もの、穴があったら猫まっしぐらで入りたいってやつだ。だが、読者諸兄よ、彼の事を「ダサいなw」なんて笑わないで欲しい。誰にだって覚えたばかりの言葉を使いたくなる衝動はある。私も例外ではない。私も豚骨ラーメンで麺の硬さを指定する際の注文法として「バリカタ」という言葉があると知った時、早く使いたくてウズウズしたものだ。

 豚骨ラーメンの本場・福岡では麺の固さを選べるお店が多い。名称については諸説あるが、筆者が調べたところでは下記の様になる。

バリやわ
やわ
普通
カタ麺
バリカタ
ハリガネ
粉落とし

 下に行くほど茹で時間が少なくなり、麺が硬くなる。本場のお店ではないものの、若い頃から豚骨ラーメン屋に通っていたので「やわ、普通、カタ麺」は知っていたが、「バリカタ」以降は知らなかった。「バリカタ」、それに「ハリガネ」・・・なんて通っぽい響きだろう。「粉落とし」に至っては口にするだけで必殺技的な勢い、必殺技的な高揚感を感じる響きだ。

 生まれつき人間(特に男性)は通っぽく見られたがる生き物だ。皆さんもきっと経験があると思う。味も分からないのにワインを飲んだ際にはきまって「力強いボディだね」と言ってみたり、他のコーヒーとの味の違いなんかさっぱり分からないのにわざわざお値段が張るブルーマウンテンを頼んだり、アムロが乗ってるモビルスーツを「ガンダム」ではなく「RX-78」と型式で言い換えたりした経験が。
 ちなみに筆者は若い頃、吉野家で通っぽさを演出するために「つゆだく」を多用していた時期がある。当時は注文時に牛丼をカスタマイズ出来る事があまり知られてなかったので、私が颯爽と「牛丼並盛、つゆだくで」と注文すると、近くの席で食べてるお客たちは決まって「何それ?」と不思議そうな顔をした。「つゆだくという謎の注文法」の秘密を解き明かそうと、私の丼をチラ見する彼らに対して通っぽさ、そして牛丼リテラシーの高さをひけらかして優越感に浸ったものだ。
 まあ、実際そんなにつゆだくが好きじゃないし、普通の牛丼より熱々な状態で提供されるので猫舌の私としては食べるのがつらかった。若さゆえの過ちだな。
 
 
 さて、バリカタの存在を知ってから初めての豚骨ラーメン屋。早速、スタイリッシュに「豚骨ラーメン大盛り、バリカタで」と注文してみた。
 いきなり大技の「粉落とし」から挑戦する選択肢もあったが、注文時に怯んでしまった。「粉落とし」だぞ。粉を落としてるだけで茹でてないかもしれない。そう思わせる響きだ。さすがにこれを頼む度胸はない。
 そうやって頼んだ「バリカタ」だったが、結論から言うと失敗だった。えらいもん喰わされる破目になった。「生兵法は大怪我の基」とはよく言ったものだ。

 一口に「福岡の豚骨ラーメン」と言っても、その味や濃厚さ、麺の太さ、トッピングは地域やお店で結構違う。食べまくって豚骨リテラシーが高くなった人からすれば別ジャンルくらい違うし、ジャンル分けもかなり細かい。感覚的にはヘヴィメタルという音楽がトラディショナルメタル、ブリティッシュメタル、スラッシュメタル、パワーメタル、デスメタル、ドゥームメタルetcと細かくジャンル分けされているのに近いのだが、今回のバリカタの件を簡単に説明するために敢えて下記の様に大雑把に分けさせて頂く。 

①博多ラーメン・・・お馴染みの濃いめのスープ。獣のような臭いがする。麺の太さは細麺。
②久留米ラーメン・・・白濁でかなり濃厚なスープ。獣のような臭いがする。麺の太さは普通。
③長浜ラーメン・・・他の二つと比べればあっさりしているが、常識的に考えればこれでも普通に濃いスープ。獣のような臭いがする。麺の太さは極細。

 これもまた諸説あるが、そもそもバリカタは長浜ラーメンを食べる際に使われる注文法らしい。極細麺なので極端に短い茹で時間でもそれなりに芯に火が通るからだ。
 残念な事に私がバリカタを注文したお店はどちらかと言えば久留米系、豚骨ラーメンにしては麺が太いお店だった。コーラを飲んだらゲップが出るのが確実な様に、普通の麺を極端に短い時間しか茹でなかったら芯が残るのは確実だ。出て来た麺はアルデンテを遥かに超越した状態、ガッツリと芯が残っていた。それは待ち時間の5分が待てなくて3分経過後に食べたどん兵衛に近い不快な食感で、更に火が通ってないためか噛み始めのガムみたいに芯が歯にネチャネチャとくっついて実に不愉快だった。

 しかも恐ろしい事にこの注文ミスはリカバリーする方法がない。待つことで芯は柔らかくなるが、芯が柔らかくなった頃には周りが延びてブヨブヨになる。急いで食べてもダメ、ゆっくり食べてもダメ。完全に詰みの状態だ。
 新しい食感、未知の味に挑戦しようという農耕民族らしからぬフロンティアスピリッツは我ながら評価したいものの、バリカタへの理解度が浅かった点は否めない。こうして人生初のバリカタ体験は惨憺たる結果で幕を閉じた。

 だが、私は「バリカタ」を諦めない。諸説あるが博多にある「元祖長浜屋」というお店が長浜ラーメンの聖地らしいので、旅行に行く機会があったら必ずリベンジするつもりだ。
 これまた諸説あるが、そこに通い詰める常連さんたちに言わせると「ベタナマネギオオメ」と店員さんに伝える注文法が「長浜を理解している通の頼み方」なのだそうだ。ちなみにこの「ベタナマネギオオメ」という呪文は分解すると「ベタ」が脂、「ナマ」はバリカタの元祖長浜屋での呼び方、「ネギ」はもちろん葱、「オオメ」は脂と葱を沢山、となるらしい。
 しかし、バリカタという専門用語を更に元祖長浜屋の専門用語であるナマと言い換えての注文だ。まさに通っぽさの二重構造と言うべきだろう。
 近所のラーメン屋さんでのバリカタは失敗したが、博多ではナマを堪能したいと思う。「バリカタの敵をナマで討つ」ってやつだ。「バリカタの果実」を得るその日まで、私の戦いは終わらない。

 
 さて、最後までこの記事をお読みに下さった福岡出身の読者の皆様にお願いしておきたいのだが、豚骨ラーメンの説明に関して誤りがあっても寛容な精神で見逃して頂きたい。そういう願いも込め、文中に「諸説ある」を多用して逃げ道を確保させて頂いた。
 控えめに言ってSNSは戦場だ。地元で愛されている食べ物について地元民以外が講釈を垂れるのを好まないし、内容に少しでも誤りがあると一斉に集中砲火を喰らって立ちどころに炎上させられる紛争地帯だ。
 しかし、憲法第9条を誇りに思い、平和を愛し争いを避ける民族と思われている日本人も、地元グルメの事になると甚だしく好戦的になるとは・・・と考えさせられる案件だが、これもまた、別のお話。
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