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八手目◇振り駒の前に
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家治は1七から5七までに並べられている5枚の歩をとり自身の手のひらに収め、それらを手のひらの中で振り混ぜる。
「倫子よ。
今、余が何をやっているか分かるか?
そうだ、先手と後手を決めるために行う振り駒だ。
これで、と金の数が多ければ余の先手となる。
そう言えば倫子。
よく考えたら、お前はお祖父様とは2年か3年ほどの関係だったのだよなぁ。
すまない、すっかりと忘れておった。
何だか、もっとずっと前から世を含めて三人はいつでも一緒だったような気がしてのう……
とは言ってもな、倫子。
お祖父様が、倫子と余のためにと様々なことを考えていたのは、お前にも理解できるだろう。
その考えは恐らく、余と倫子が出会うことになるもっと前から考えていたと思うぞ。
そもそも将軍と皇族の姫君との結婚と言うのは、幕府と朝廷だけではない様々な者の考えが交差することになる。
こう言ってはなんなのだが……
その考えを持つ者の中には、自身の欲望や心の乱れなどといった感情を優先させる者もいると言うのだから全くけしからんことだとは思わんか?
だがな、だからと言って徹底的にあぶり出して言うことも出来んのだ。
そして、そうなると結婚をするしないと言う決定は、自分達だけでは決められなくなってしまう。
話に聞くと今までの将軍の中には、初対面で更に会話もない内に結婚にまで至るしかなかった者もいるときく。
そんな状態で結婚をしたとしても、心を通わせることと言うのは簡単にできるのかのう?
人の心と言うのは思いの外、弱いものだ……
一度、義務や猜疑心といったもので塗り固められたならば、それを切り崩していくのは容易ではない。
特に自分達の意思のみで決められん将軍と正室の関係においては尚更と言えよう。
仮に余と倫子との関係が、そんな関係だったとしたら……
余は今、この場にいることができなかったかもしれん。
もしかしたらお祖父様は、そう言ったことを考えた上で余と倫子の二人を若い内から会わせることにしたのかもしれんな。
幼き倫子を多少無理してでも呼び寄せて、余と先に会わせておく。
仲の良い関係を築かせ絆を強める。
そんなことをお祖父様は、余と倫子の関係を考えていたのであろうな。
全く本来ならば、振り駒の前に駒を動かすなど、やってはいけないのだがな……
おかげで本来の将軍と正室の関係よりも、より長い間、より強い関係を築くことができた。
今となっては感謝しかないわ。」
ずいぶん長い間、出番をまたされてひたすら手のひらで振られていた駒たち。
さんざん焦らされたあげく、無造作に、そして他の駒の邪魔にならぬように盤上に優しく落とされる。
落とされた五枚の駒は、と金が2枚だった。
★★★
家治
987654321
香桂銀金玉金銀桂香一
飛 角 二
歩歩歩歩歩歩歩歩歩三
四
五
六
歩歩歩歩 七
角 飛 八
香桂銀金王金銀桂香九
吉宗
「倫子よ。
今、余が何をやっているか分かるか?
そうだ、先手と後手を決めるために行う振り駒だ。
これで、と金の数が多ければ余の先手となる。
そう言えば倫子。
よく考えたら、お前はお祖父様とは2年か3年ほどの関係だったのだよなぁ。
すまない、すっかりと忘れておった。
何だか、もっとずっと前から世を含めて三人はいつでも一緒だったような気がしてのう……
とは言ってもな、倫子。
お祖父様が、倫子と余のためにと様々なことを考えていたのは、お前にも理解できるだろう。
その考えは恐らく、余と倫子が出会うことになるもっと前から考えていたと思うぞ。
そもそも将軍と皇族の姫君との結婚と言うのは、幕府と朝廷だけではない様々な者の考えが交差することになる。
こう言ってはなんなのだが……
その考えを持つ者の中には、自身の欲望や心の乱れなどといった感情を優先させる者もいると言うのだから全くけしからんことだとは思わんか?
だがな、だからと言って徹底的にあぶり出して言うことも出来んのだ。
そして、そうなると結婚をするしないと言う決定は、自分達だけでは決められなくなってしまう。
話に聞くと今までの将軍の中には、初対面で更に会話もない内に結婚にまで至るしかなかった者もいるときく。
そんな状態で結婚をしたとしても、心を通わせることと言うのは簡単にできるのかのう?
人の心と言うのは思いの外、弱いものだ……
一度、義務や猜疑心といったもので塗り固められたならば、それを切り崩していくのは容易ではない。
特に自分達の意思のみで決められん将軍と正室の関係においては尚更と言えよう。
仮に余と倫子との関係が、そんな関係だったとしたら……
余は今、この場にいることができなかったかもしれん。
もしかしたらお祖父様は、そう言ったことを考えた上で余と倫子の二人を若い内から会わせることにしたのかもしれんな。
幼き倫子を多少無理してでも呼び寄せて、余と先に会わせておく。
仲の良い関係を築かせ絆を強める。
そんなことをお祖父様は、余と倫子の関係を考えていたのであろうな。
全く本来ならば、振り駒の前に駒を動かすなど、やってはいけないのだがな……
おかげで本来の将軍と正室の関係よりも、より長い間、より強い関係を築くことができた。
今となっては感謝しかないわ。」
ずいぶん長い間、出番をまたされてひたすら手のひらで振られていた駒たち。
さんざん焦らされたあげく、無造作に、そして他の駒の邪魔にならぬように盤上に優しく落とされる。
落とされた五枚の駒は、と金が2枚だった。
★★★
家治
987654321
香桂銀金玉金銀桂香一
飛 角 二
歩歩歩歩歩歩歩歩歩三
四
五
六
歩歩歩歩 七
角 飛 八
香桂銀金王金銀桂香九
吉宗
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