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本編
2話:温かいお茶が飲み放題なのはこの食堂だけ
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旧校舎が利用されていたときから存在していた食堂がある。
今も利用されているが、新しい食堂と異なって、今現在利用されている校舎からは遠い。
人が少ないからこそ、この食堂を利用する学生は僅かにいる。
食堂内では、それぞれ領地が決まっているのか、利用者はそれなりの間隔で散って座っている。
食堂の窓側の隅に座る小柄な少女は、雨音さえ聞こえ無さそうな大きなヘッドホンを付けていた。
「ハンバーグにケチャップなんて、なんか懐かしいというか……、デミグラスソースじゃない違和感?」
食堂内にいつもより人が少ないことを確認して、少女は独り言を呟く。
注文口には写真が飾ってあり、まさかどんな料理が出てくるのか知らなかったわけではあるまい。
「温かいお茶が飲み放題なのはこの食堂だけなのです」
少女は箸でハンバーグを小さく切ると、一旦お茶を啜った。
少女は温泉に浸かった直後に出る、声が混じった息を吐く。
雨が降ると体が冷える。
寒い体が温かさに包まれる感じが温泉と似ていたのであろう。
少女は近くでガタッという音が鳴ったことはもちろん、隣のテーブルに三人組の人物がやって来たことにも気づかない。
木製のトレイを置く音が鈍いことに気づいていれば、少女はなんとか逃げ出すこともできたかもしれないが。
「こんなにのんびりしちゃって、まるで老後じゃのおー」
そう言いながら、少女はヘッドホンを取った。
定食に付いてくる味噌汁のわかめをご飯の上に乗せると、少女は固まった。
「あ、もしかして聞いてた? ……緋色ちゃん」
緋色とその少女――もとい真由香の間には、大粒の水を纏った傘が置かれていた。
「え、……あ」
緋色は真由香のことを見ていたにも関わらず、今気づいたかのような呆気ない反応をする。
それもそのはず、緋色は今度真由香と会うときには、『大嫌い』とか『目の前からいなくなれ』のような緋色が考える中で一番ひどいことを言おうと意気込んでいたのである。
しかし今回ばかりは、緋色の隣には二人の学生がいた。
「あれ、もしかして鳴海さんの高校の後輩ちゃん?」
「ん?」
真由香の思考は一瞬止まる、が、
「あ、そうです」
すぐに嘘で返した。
真由香は配信のことを説明したくなかった。
「えええ?」
緋色の表情は引きつっていた。
緋色からすれば、何としてでも配信の誘いをするために、周りに仲いいアピールをするように見えた。
「私、高校の時から地味で華やかさなんてなくて」
真由香は必死に頭を動かした。
「真由香さん、ごめんなさい。もう私に関わらないでくれる? それに、配信なんてやめた方がいいと思うの」
緋色はトレイを持って遠くのテーブルに移動してしまった。
真由香は緋色が怒っていることは分かっていたし、緋色から急に拒絶される言葉を聞いて泣きそうだった。
それでも泣かないでいられたのは、緋色が一人移動したときに、テーブルに残っていた二人から『鳴海だって地味じゃん。後輩に調子乗って』なんて言葉が聞こえてきたからだった。
真由香から見ても緋色の拒絶は急だった。
真由香は、緋色にとって嫌な言葉を言ってしまったのかもしれないと思った。
ただ、真由香には、遠くで食事をする緋色が無我夢中で箸を動かしているように見えた。
「緋色ちゃん?」
真由香は再びヘッドホンを付けて食事を始める。
ここで二人の物語は終わるはずだったし、少なくとも緋色は終わると思っていた。
しかし結論から言えば、緋色は真由香を甘く見ていた。
緋色が真由香の隣のテーブルから離れなければ、せめて傘をテーブルに置いていかなければ、この物語はきっと終わっていたのだ。
今も利用されているが、新しい食堂と異なって、今現在利用されている校舎からは遠い。
人が少ないからこそ、この食堂を利用する学生は僅かにいる。
食堂内では、それぞれ領地が決まっているのか、利用者はそれなりの間隔で散って座っている。
食堂の窓側の隅に座る小柄な少女は、雨音さえ聞こえ無さそうな大きなヘッドホンを付けていた。
「ハンバーグにケチャップなんて、なんか懐かしいというか……、デミグラスソースじゃない違和感?」
食堂内にいつもより人が少ないことを確認して、少女は独り言を呟く。
注文口には写真が飾ってあり、まさかどんな料理が出てくるのか知らなかったわけではあるまい。
「温かいお茶が飲み放題なのはこの食堂だけなのです」
少女は箸でハンバーグを小さく切ると、一旦お茶を啜った。
少女は温泉に浸かった直後に出る、声が混じった息を吐く。
雨が降ると体が冷える。
寒い体が温かさに包まれる感じが温泉と似ていたのであろう。
少女は近くでガタッという音が鳴ったことはもちろん、隣のテーブルに三人組の人物がやって来たことにも気づかない。
木製のトレイを置く音が鈍いことに気づいていれば、少女はなんとか逃げ出すこともできたかもしれないが。
「こんなにのんびりしちゃって、まるで老後じゃのおー」
そう言いながら、少女はヘッドホンを取った。
定食に付いてくる味噌汁のわかめをご飯の上に乗せると、少女は固まった。
「あ、もしかして聞いてた? ……緋色ちゃん」
緋色とその少女――もとい真由香の間には、大粒の水を纏った傘が置かれていた。
「え、……あ」
緋色は真由香のことを見ていたにも関わらず、今気づいたかのような呆気ない反応をする。
それもそのはず、緋色は今度真由香と会うときには、『大嫌い』とか『目の前からいなくなれ』のような緋色が考える中で一番ひどいことを言おうと意気込んでいたのである。
しかし今回ばかりは、緋色の隣には二人の学生がいた。
「あれ、もしかして鳴海さんの高校の後輩ちゃん?」
「ん?」
真由香の思考は一瞬止まる、が、
「あ、そうです」
すぐに嘘で返した。
真由香は配信のことを説明したくなかった。
「えええ?」
緋色の表情は引きつっていた。
緋色からすれば、何としてでも配信の誘いをするために、周りに仲いいアピールをするように見えた。
「私、高校の時から地味で華やかさなんてなくて」
真由香は必死に頭を動かした。
「真由香さん、ごめんなさい。もう私に関わらないでくれる? それに、配信なんてやめた方がいいと思うの」
緋色はトレイを持って遠くのテーブルに移動してしまった。
真由香は緋色が怒っていることは分かっていたし、緋色から急に拒絶される言葉を聞いて泣きそうだった。
それでも泣かないでいられたのは、緋色が一人移動したときに、テーブルに残っていた二人から『鳴海だって地味じゃん。後輩に調子乗って』なんて言葉が聞こえてきたからだった。
真由香から見ても緋色の拒絶は急だった。
真由香は、緋色にとって嫌な言葉を言ってしまったのかもしれないと思った。
ただ、真由香には、遠くで食事をする緋色が無我夢中で箸を動かしているように見えた。
「緋色ちゃん?」
真由香は再びヘッドホンを付けて食事を始める。
ここで二人の物語は終わるはずだったし、少なくとも緋色は終わると思っていた。
しかし結論から言えば、緋色は真由香を甘く見ていた。
緋色が真由香の隣のテーブルから離れなければ、せめて傘をテーブルに置いていかなければ、この物語はきっと終わっていたのだ。
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