上 下
29 / 56
Ⅴ:神々とは如何に - ユキトの考証 -

故郷へ / END

しおりを挟む

     ◇

 爽やかな風が吹き抜ける中を、一人、静かに歩いていた。
 空。
 もう日は落ちていて、既に、深く暗い闇が広がっている。

「闇の中で心が落ち着く。やっぱり。ボクは根っからの悪人なのだろうね」

 など、独り言つ、夜の道。
 星の降る世界を見上げながら、黒いコートを靡かせて、ユキトはゆっくりと歩く。
 目的の宿はもう目の前だ。

「さてさて。アリスはちゃんと大人しくしているかな。いや。怒っているかな」

 いくら一日を貰ったとはいえ、日が落ちるまでかかるとは、アリスにも言っていないのだから。
 怒られたとしても文句は言えない。
 罵詈雑言を浴びせられるか。
 ぷりぷり怒っているか。
 大体は二択だろう。

「どっちでも良いけど。ね」

 ユキトは小さく微笑んだ。
 どうせ、ひとしきりに怒った後にはユキトのコトを許すのだから、別に構わない。
 彼女はユキトを手放さない。

 ……――アリスが、ユキトを反故にする、そういう未来が訪れない限りは。

 ユキトの心は平穏で在り続けるだろう。


     ◇


「アリス。ただいま」
「……――あら。お帰りなさい。ユキト」

 ふわり、と、椅子に座った少女アリスは小さく笑う。
 あれ、と、ユキトは大きく首を傾げた。
 おかしいのだ。

「ねえ。アリス。どうかしたの?」
「ん……」

 問いかけるユキトに対して、アリスは特に感慨もなく、ただ、小さく首を傾けた。
 心、ここに、在らず。
 そんな状態のままである。

「アリス……?」
「ふふっ――……。そうね。あまり無茶も言っていられないわ」
「?」

 直後、少女は小さく笑みを零す、それはまるで嘲笑のようであった。

「なんでもないと。そう思うのだけれどね。どうしてかしら――……?」
「(……?)」

 瞬時にアリスの言葉が理解できず、かみ砕いてもなお、アリスの言葉は理解出来ないままである。
 奇妙。
 アリスが滅茶苦茶であるコトは言わずもがな、しかし――……、意味不明な言葉を繰り広げるような少女ではない。
 つまり――。

「……――悩みがあるのなら。言わなきゃ駄目だよ。アリス」
「――――」

 その沈黙はつまり、ほぼ肯定と同義であり、首肯である。
 悩みがある。
 言外にアリスはそう言ったようなものである。

「ボクはどんなコトがあったって。アリスの味方で在り続けるし。なにを言われても別に構わないのさ」
「そうかも知れないわね。貴方は。そういう人だもの」

 ふぅ、と、彼女は小さく息を吐く。
 観念。

「次の神託の街の名前。貴方にはまだ言っていなかったわね。キチンと教えないと。駄目だもの」

 溜めてから、ぽつり、それは短い一言であった。

「〝ローナ〟」
「…………」

 たった三つの言葉である、が、それは非常に重い言葉であった。
 
 ユキトが生まれ育ち、そして、すべてを失った街の名前。

「そう。私とユキトの始まりの地。貴方と私が出会った場所でもある」
「……――そうだね。ボクとしては。まあ。意外でもないんだけどさ」

 西方の地を旅していれば、いつかは足を踏み入れるコトになる、そう思っていたのだ。
 当然のコトである。
 〝ローナ〟は西方の地で最大の王国、その中央都市の名称であり、通称を〝帝都〟と呼ぶ。
 〝皇帝〟が座する希有な街。
 その権力は他国の内部事情にすら通ずるとさえ言われている。
 なればこそ。
 〝粛正〟の対象は山のように存在する。
 いつかは踏まねばならぬ地。
 そう思っていた。

 ユキト=フローレスが生まれ育ち、そして、半生を過ごしてきた土地。

 ローナの地にフローレス有り。
 今となっては。
 名残程度であるのだが。

「で。アリスが情緒不安定になっていたのは。ソレが原因かい?」
「…………」
「別に。ボクは昔のコトなんて引きずっちゃいないし。今さら自分の身内がどうこうと言うつもりもないよ。早い話。どうでも良いんだよね。そんなコトは」

 今やボクの顔を覚えている者がいるかどうか。
 そう呟くユキト。
 なにせ八年も昔の話だ、十五歳の青少年は、今や立派な青年になったのである。
 そうでなくても、血を浴びすぎて、色々と変わってしまったように思う。
 純朴な貴族の次期当主は、今や、ただの人殺しに堕ちている。
 没落貴族である。

「(いやいや。笑い話だよねえ……)」

 ウケる。
 ユキトは一人で小さく笑っていた。
 そう、つまり、その程度のコトなのだ。
 アリスと共にいる。
 その方が、よっぽど、愉しいじゃないか。
 と。

「ぷっ。ふふっ――……」
「ふむ?」

 なぜだろう。
 笑うユキトを見て、今度は、アリスが小さく吹き出すのだった。
 なぜ?

「ユキト。一緒にご飯を食べましょう?」
「ん……」

 そう問いかける前に、アリスは、部屋に備え付けてある椅子から腰を上げ、立ち上がった。
 すすっ、と、ユキトの側まで歩いてきて。
 きゅっ、と、手を握るのだ。

「ね?」
「(ふぅむ……)」

 少女に手を引かれ、そのまま、ユキトは部屋の外へ連れて行かれた。
 うやむやにされた。
 そう思わなくもないのだが。

「そうだねえ――……。じゃあ。なにを食べようか?」
「今日は特に美味しいものが食べたいわ。ユキト。ご馳走して頂戴」
「ああ。エスコートはボク持ちなのね」
「当然でしょう。貴方はジェントルメンで私はレディなのだから。エスコートはされて然るべきだわ」
「ふふっ。はいはい……。分かりましたよ」

 笑う青年、彼は少女に手を引っ張られながら、歩みを進めていく。
 その思惑、その内側、深くまでは聞くまい。
 彼なりの気遣いだった。


 ただ――。
 と言えば聞こえは良いものの、ソレは、言ってしまえばただのである。


 追求すれば、あるいは、未来は変わったかも知れない。
 だが。
 変えられない。

 すぐに。彼は後悔をするコトになるのだ。ソレは定められた運命さだめである。

 手に握った少女の温もり。
 それは。
 刹那の中にあるただの夢。

 いや。初めから。すべてが夢で在ったのか――。

 そう思う、いつの日か、そんな彼の姿があった。
 遠い未来。
 面影、薄れる、そんな世界の中で。

 彼は。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

秋津皇国興亡記

三笠 陣
ファンタジー
 東洋の端に浮かぶ島国「秋津皇国」。  戦国時代の末期から海洋進出を進めてきたこの国はその後の約二〇〇年間で、北は大陸の凍土から、南は泰平洋の島々を植民地とする広大な領土を持つに至っていた。  だが、国内では産業革命が進み近代化を成し遂げる一方、その支配体制は六大将家「六家」を中心とする諸侯が領国を支配する封建体制が敷かれ続けているという歪な形のままであった。  一方、国外では西洋列強による東洋進出が進み、皇国を取り巻く国際環境は徐々に緊張感を孕むものとなっていく。  六家の一つ、結城家の十七歳となる嫡男・景紀は、父である当主・景忠が病に倒れたため、国論が攘夷と経済振興に割れる中、結城家の政務全般を引き継ぐこととなった。  そして、彼に付き従うシキガミの少女・冬花と彼へと嫁いだ少女・宵姫。  やがて彼らは激動の時代へと呑み込まれていくこととなる。 ※表紙画像・キャラクターデザインはイラストレーターのSioN先生にお願いいたしました。 イラストの著作権はSioN先生に、独占的ライセンス権は筆者にありますので無断での転載・利用はご遠慮下さい。 (本作は、「小説家になろう」様にて連載中の作品を転載したものです。)

ゆったりおじさんの魔導具作り~召喚に巻き込んどいて王国を救え? 勇者に言えよ!~

ぬこまる
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれ異世界の食堂と道具屋で働くおじさん・ヤマザキは、武装したお姫様ハニィとともに、腐敗する王国の統治をすることとなる。 ゆったり魔導具作り! 悪者をざまぁ!! 可愛い女の子たちとのラブコメ♡ でおくる痛快感動ファンタジー爆誕!! ※表紙・挿絵の画像はAI生成ツールを使用して作成したものです。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

レコンキスタ

琥斗
ファンタジー
美しき湖と山々に囲まれた【ティエーラ王国】。 世は戦乱の時。 かの小国の奮闘虚しく、湖に抱かれた王都は瞬く間に陥落。 【レグノヴァ帝国】の若き将軍アヴェルヌスの手に落ちてしまう。 碧湖守備隊(ノール・ヴァルト)兵士ティルスは ただ1人処刑を免れるも、戦争捕虜となった後 剣闘士としての生を強いられることになったが……!? ――此れは。 敗者の命に値がつけられ、道具として消費された時代の物語。 ◆注意◆ 基本的には古代ローマ&西洋風の世界観で、 主人公(ティルス)がヒロイン(アレリア)や仲間のために、 強大な帝国と戦っていくファンタジー戦記モノ&時々恋愛モノのお話ですが、 『剣闘士』『奴隷』『戦争』という題材を扱うにあたり、 ・流血表現 ・暴力/暴行を示唆する内容(性的な内容を含む) ・物語上の弱者が痛い目に合う描写 が含まれます。 苦手な方はあらかじめ観覧をお控えいただくか、 気分が優れない場合は、必要に応じて観覧を中断してください。 ≪小説×漫画について≫ 小説で書きたい場面は小説、 漫画にしたい場面は漫画で描いちゃう! という自由型創作をしています。 節タイトルに『◆』がついてるのが、挿漫画もしくは挿絵があるお話です。 ≪おまけ≫ この作品は、2009年に制作した読み切り漫画のリメイク続編となります。 元ネタ漫画(時系列・設定・名称が多少異なります) ↓ https://www.pixiv.net/artworks/77097159 ※リンク先は外部サイトとなります。

処理中です...