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第一章 春
第二十三話 夜道
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部活を終えた私は杏実ちゃんと二人で学校の近くの自転車屋さんを目指して自転車を押しながら歩いていた。
「ごめんね~、私の用事に千波ちゃんまで付き合わせちゃって」
「いいよ。杏実ちゃんにはいつもお世話になってるからね」
なんでも、杏実ちゃんの自転車は登校中にパンクしてしまったらしく、自転車屋さんに行きたいけど一人で行くのは心細いから付き合ってほしいとお願いされたので私も一緒に着いていく形になった。
時刻は午後七時。夏が近くなっているとはいえ、この時間はもうすっかり暗くなっている。そんな状況で女子高生が二人で自転車屋さんまでの裏路地を歩いていたのがきっと間違いだった。
学校からそこまで離れてない道の上でそれは起こった。
後ろからランニングをしている男性がやってきたので自転車二台で道を塞ぐ形になっていた私達は端に寄って人が通れるだけのスペースを作った。そのスペースである杏実ちゃんの横を男性が通る際に杏実ちゃんのお尻に男性の手が触れた。
あっ、と思った瞬間にはそれが起こっていて、お尻を触られた杏実ちゃんはすぐさま甲高い悲鳴をあげた。
道路には、その悲鳴が木霊していた。
部活を終えた俺は駐輪場へ向かい、帰ろうとすると、同じく丁度部活を終えたらしい碧と遭遇した。
「お疲れ。珍しく部活の終了が被ったな」
「あー、そうだね。部活後に佑と会うことって今まであんまりなかったね」
言葉を交わしながらお互いに自転車に荷物を載せ、自転車に跨ると、校門をくぐって右に進んで帰路に着く。
「そういえば今日の部活でさー、試合形式で練習したら相手のスマッシュが顔面に飛んできてさ───」
無言で帰るのもつまらない、と思い、他愛もない会話を始めた瞬間に。
俺達が向かおうとした反対側である校門の左側から悲鳴が轟いた。しかも、その悲鳴は何だか聞いたことのある声のような気がした。
一瞬顔を見合わせた俺と碧は、すぐさま自転車を反転させると、家路に背を向けて悲鳴の聞こえた方へと急いだ。
杏実ちゃんの悲鳴に驚いたのか、足を止めた男性を私は問い詰めていた。
「ちょっと、今何したんですか」
「え、あ、ち…違うんです!たまたま手が当たっただけで……」
「嘘ですよね。ただ当たっただけで杏実ちゃんがあんなに悲鳴を上げるわけないでしょう」
杏実ちゃんが被害を受けたということで、おろおろと言葉を並べる男性に対しての言葉が思わず強くなる。
そんな中、杏実ちゃんは自分に起こった事に対する恐怖で体を震わせて道端にうずくまっている。
私がいくら言葉を並べても言い訳を続ける男性に私はさらにまくしたてる。
「とにかく言い訳は後でいいので、そこの学校までついてきてください。そこで先生の前で言い分を話してみてくださいよ」
「いや、ほんとに違うんです!」
「だから!話は後で───」
「違うって言ってんだろぉ!!」
私が言葉を続けているうちに、私の言うことに納得がいかないらしい男性がキレて右腕を振りかぶる。
ああ、やってしまったな。普段はある程度冷静にいられているけど、友達に何かあった時なんかはつい頭に血が昇って冷静な判断ができなくなってしまう。
もう少しちゃんと相手の話を聞いた方が良かったな。
そんな後悔が押し寄せる中、距離的に考えて避けることができない拳が飛んでくる恐怖も押し寄せる。
そして、相手の拳が前方に動いた瞬間、覚悟を決めて目をつむる。
しかし、やってくると覚悟した衝撃はいつになっても訪れなかった。
悲鳴があがった方に碧と二人で猛スピードで向かうと、思った通り杏実さんがいた。うずくまっている様子から見るに、やはりあの悲鳴は俺の『推し』のものだったようだ。
うずくまっている杏実さんも心配だが、それよりも今は───その横でランニングシャツを着た中年男性と口論をしている俺の『想い人』だ。
千波が言葉を高速で展開していく中、男性があまり大きくない声で反論をしている。
それでも千波が相手をまくしたてている。まずいな、千波の悪い癖が出てしまっている。
「碧、杏実さんのケア頼む。俺はあっちの口論の仲裁に入る」
「おっけ、任せろ」
自転車を停めて、二人の言い合いの間に入り込もうとしたその時。中年男性が声を大にして右腕を振りかぶった。
まずい、ここからではあの拳を受け止めるのは距離が離れすぎていて間に合わない。だけどあれを止めないわけにはいかない。あのままやらせてしまうと千波に痛い思いをさせてしまうし、千波の美しい顔に傷が付いてしまう。
必死で頭を回して、突破口を練る、なんて時間もない。
何も考えず、咄嗟に停めた自転車の籠からヘルメットを掴み取るとそのまま男性に向かって投げつける。
それに気づいて、そっちを止めることに振りかぶった右腕を使ってくれれば、或いは相手の意識がそっちに向いた隙に千波がどうにか相手と距離を取ってくれれば御の字。
それくらい、細い希望に縋って放ったヘルメットに中年男性は気づかず千波に向かって腕を振るう。
ああ、止められなかった。
もう少し早く行動に移せていれば或いは。
そんな後悔が押し寄せて俯いた俺の耳に「バコッ、ガッ」という奇妙な音が届く。
何の音だ?人が殴られた音とは訳が違う。顔を上げると、ヘルメットが男性の足元に転がり、男性は千波を殴ろうとしていたはずの右腕をなぜか千波の横のブロック塀に打ちつけていた。
何が起こったか分からず俺も、千波も、男性も呆然としていると、驚愕に満ちた声で碧が呟く。
「信じられねぇ、突き出した拳に投げたヘルメットを当てて軌道をずらした……?どんなミラクルだよ…」
今の碧の言葉と、目の前の状況を照らし合わせた結果、一つの結論に辿り着く。
「俺が投げたヘルメットが相手の手に当たったおかげで相手の拳は千波の顔を逸れて代わりにブロック塀を殴った…?」
口の中で俺が呟いたこれが恐らく答えなのだろう。
それでも本当に信じられない。どんな奇跡的な確率なんだ。
と、いけない。相手が混乱している内に千波を助けに行かないと。
千波と相手の間に体を滑り込ませると、千波の肩を押して相手から離す。
急に割り込んだ俺を見て相手はようやく混乱から回復し、たっぷり棘の生えた声を投げつけてくる。
「なんだよ、あんた!これはそこの二人と俺の問題なんだから割り込むな!」
俺の『推し』に何かした上に『想い人』にまで手を出そうとした相手と言葉を交わすなんて、どう頑張っても怒りが混ざってしまう。
だけど、怒りのままに話してしまえば千波の二の舞を演じることになり、話が永遠に進まないので、必死で怒りを抑えて言葉を返す。
「ちょっと黙ってもらっていいですか?一回落ち着きましょうよ。昂った感情のままで話しても不毛なので」
「…………」
「あ、あと、手を出すのは無しですからね。それ以前に起こった事であなたに悪い点がなくてもその時点でそっちに非が発生するので」
ド正論を叩き込むと、相手から悪罵が返ってくる。
「……クソ。わかったよ」
そう言うと男性はその場にどっかりと腰を下ろした。
悪罵と共に「少し落ち着いてから話す」ということに対する了承もついてきたので一安心。先生を呼ぶための時間稼ぎは成功だ。
ほっと一息つき、千波に何があったのか詳しく聞こうと思い、男性に背を向けると後ろから声が飛んでくる。
「そういえば、急に割り込んできたあんたは何なんだよ」
そうかけられた声にぶっきらぼうに返事をする。
「そこの二人の友達……ですよ。…特別な」
そこまで大きくない声で言い放ったそれは、静まり返った裏路地にゆっくりと響いていった。
「ごめんね~、私の用事に千波ちゃんまで付き合わせちゃって」
「いいよ。杏実ちゃんにはいつもお世話になってるからね」
なんでも、杏実ちゃんの自転車は登校中にパンクしてしまったらしく、自転車屋さんに行きたいけど一人で行くのは心細いから付き合ってほしいとお願いされたので私も一緒に着いていく形になった。
時刻は午後七時。夏が近くなっているとはいえ、この時間はもうすっかり暗くなっている。そんな状況で女子高生が二人で自転車屋さんまでの裏路地を歩いていたのがきっと間違いだった。
学校からそこまで離れてない道の上でそれは起こった。
後ろからランニングをしている男性がやってきたので自転車二台で道を塞ぐ形になっていた私達は端に寄って人が通れるだけのスペースを作った。そのスペースである杏実ちゃんの横を男性が通る際に杏実ちゃんのお尻に男性の手が触れた。
あっ、と思った瞬間にはそれが起こっていて、お尻を触られた杏実ちゃんはすぐさま甲高い悲鳴をあげた。
道路には、その悲鳴が木霊していた。
部活を終えた俺は駐輪場へ向かい、帰ろうとすると、同じく丁度部活を終えたらしい碧と遭遇した。
「お疲れ。珍しく部活の終了が被ったな」
「あー、そうだね。部活後に佑と会うことって今まであんまりなかったね」
言葉を交わしながらお互いに自転車に荷物を載せ、自転車に跨ると、校門をくぐって右に進んで帰路に着く。
「そういえば今日の部活でさー、試合形式で練習したら相手のスマッシュが顔面に飛んできてさ───」
無言で帰るのもつまらない、と思い、他愛もない会話を始めた瞬間に。
俺達が向かおうとした反対側である校門の左側から悲鳴が轟いた。しかも、その悲鳴は何だか聞いたことのある声のような気がした。
一瞬顔を見合わせた俺と碧は、すぐさま自転車を反転させると、家路に背を向けて悲鳴の聞こえた方へと急いだ。
杏実ちゃんの悲鳴に驚いたのか、足を止めた男性を私は問い詰めていた。
「ちょっと、今何したんですか」
「え、あ、ち…違うんです!たまたま手が当たっただけで……」
「嘘ですよね。ただ当たっただけで杏実ちゃんがあんなに悲鳴を上げるわけないでしょう」
杏実ちゃんが被害を受けたということで、おろおろと言葉を並べる男性に対しての言葉が思わず強くなる。
そんな中、杏実ちゃんは自分に起こった事に対する恐怖で体を震わせて道端にうずくまっている。
私がいくら言葉を並べても言い訳を続ける男性に私はさらにまくしたてる。
「とにかく言い訳は後でいいので、そこの学校までついてきてください。そこで先生の前で言い分を話してみてくださいよ」
「いや、ほんとに違うんです!」
「だから!話は後で───」
「違うって言ってんだろぉ!!」
私が言葉を続けているうちに、私の言うことに納得がいかないらしい男性がキレて右腕を振りかぶる。
ああ、やってしまったな。普段はある程度冷静にいられているけど、友達に何かあった時なんかはつい頭に血が昇って冷静な判断ができなくなってしまう。
もう少しちゃんと相手の話を聞いた方が良かったな。
そんな後悔が押し寄せる中、距離的に考えて避けることができない拳が飛んでくる恐怖も押し寄せる。
そして、相手の拳が前方に動いた瞬間、覚悟を決めて目をつむる。
しかし、やってくると覚悟した衝撃はいつになっても訪れなかった。
悲鳴があがった方に碧と二人で猛スピードで向かうと、思った通り杏実さんがいた。うずくまっている様子から見るに、やはりあの悲鳴は俺の『推し』のものだったようだ。
うずくまっている杏実さんも心配だが、それよりも今は───その横でランニングシャツを着た中年男性と口論をしている俺の『想い人』だ。
千波が言葉を高速で展開していく中、男性があまり大きくない声で反論をしている。
それでも千波が相手をまくしたてている。まずいな、千波の悪い癖が出てしまっている。
「碧、杏実さんのケア頼む。俺はあっちの口論の仲裁に入る」
「おっけ、任せろ」
自転車を停めて、二人の言い合いの間に入り込もうとしたその時。中年男性が声を大にして右腕を振りかぶった。
まずい、ここからではあの拳を受け止めるのは距離が離れすぎていて間に合わない。だけどあれを止めないわけにはいかない。あのままやらせてしまうと千波に痛い思いをさせてしまうし、千波の美しい顔に傷が付いてしまう。
必死で頭を回して、突破口を練る、なんて時間もない。
何も考えず、咄嗟に停めた自転車の籠からヘルメットを掴み取るとそのまま男性に向かって投げつける。
それに気づいて、そっちを止めることに振りかぶった右腕を使ってくれれば、或いは相手の意識がそっちに向いた隙に千波がどうにか相手と距離を取ってくれれば御の字。
それくらい、細い希望に縋って放ったヘルメットに中年男性は気づかず千波に向かって腕を振るう。
ああ、止められなかった。
もう少し早く行動に移せていれば或いは。
そんな後悔が押し寄せて俯いた俺の耳に「バコッ、ガッ」という奇妙な音が届く。
何の音だ?人が殴られた音とは訳が違う。顔を上げると、ヘルメットが男性の足元に転がり、男性は千波を殴ろうとしていたはずの右腕をなぜか千波の横のブロック塀に打ちつけていた。
何が起こったか分からず俺も、千波も、男性も呆然としていると、驚愕に満ちた声で碧が呟く。
「信じられねぇ、突き出した拳に投げたヘルメットを当てて軌道をずらした……?どんなミラクルだよ…」
今の碧の言葉と、目の前の状況を照らし合わせた結果、一つの結論に辿り着く。
「俺が投げたヘルメットが相手の手に当たったおかげで相手の拳は千波の顔を逸れて代わりにブロック塀を殴った…?」
口の中で俺が呟いたこれが恐らく答えなのだろう。
それでも本当に信じられない。どんな奇跡的な確率なんだ。
と、いけない。相手が混乱している内に千波を助けに行かないと。
千波と相手の間に体を滑り込ませると、千波の肩を押して相手から離す。
急に割り込んだ俺を見て相手はようやく混乱から回復し、たっぷり棘の生えた声を投げつけてくる。
「なんだよ、あんた!これはそこの二人と俺の問題なんだから割り込むな!」
俺の『推し』に何かした上に『想い人』にまで手を出そうとした相手と言葉を交わすなんて、どう頑張っても怒りが混ざってしまう。
だけど、怒りのままに話してしまえば千波の二の舞を演じることになり、話が永遠に進まないので、必死で怒りを抑えて言葉を返す。
「ちょっと黙ってもらっていいですか?一回落ち着きましょうよ。昂った感情のままで話しても不毛なので」
「…………」
「あ、あと、手を出すのは無しですからね。それ以前に起こった事であなたに悪い点がなくてもその時点でそっちに非が発生するので」
ド正論を叩き込むと、相手から悪罵が返ってくる。
「……クソ。わかったよ」
そう言うと男性はその場にどっかりと腰を下ろした。
悪罵と共に「少し落ち着いてから話す」ということに対する了承もついてきたので一安心。先生を呼ぶための時間稼ぎは成功だ。
ほっと一息つき、千波に何があったのか詳しく聞こうと思い、男性に背を向けると後ろから声が飛んでくる。
「そういえば、急に割り込んできたあんたは何なんだよ」
そうかけられた声にぶっきらぼうに返事をする。
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