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五章 イライラと血ノ盟約と ③

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 ここはどこだろう。草原には見えるけれど、こんな景色、見たことがない。行ったこともないのに。
 あれは、父様と母様?
 母様、顔色が悪い・・・ってことは、私が生まれた後のこと?
 なぜこんな情景が。

ーーーねえ、貴方。貴方は、私がいなくなった後も平気?
ーーーそんな訳ないだろう?何度君を、口説いたと思っている?
ーーーふふふっ。貴方ではないわ。あかちゃんに言ったのよ。
ーーーでもそうね。でもきっと、貴方は泣くわね。
ーーーこの子を生んだら私は、✕✕✕に見つかって滅っされる。
ーーーきっと、泣いて暮らす事になるわ。だって。私はヒトではない吸血の民。
ーーーでも、この子を生みたかったのよ。だって、あなたと私の子だもの。

 ■

 桜がどこからか舞ってきたと思うと、目の前の草原が消える。
 風景は、実家の庭へと変貌している。
 あの夕顔と、木のモノノケのようなモノが、両親の前に唐突に顕れて、恐ろしい顔で見つめていた。

 『見つからないとでも思ったか、クロエ。いや、黎依・ボージャ。』

 『その腹はなんだ?子をなしたか。ヒトとの間の子を生めばどうなるか解っているだろうに。生むつもりか?』

 「ヌシらは黙れ。黎依、か。よくも周りを謀けたものよ。お前が逃げ回っている間に、どれだけまがいモノが蔓延っているのか解っているのか?喰らい、闇へ還すのが我らの使命だというのに。これは、お前の罰だ。その腹の子に呪いをかける。」

 「だめっ!そんな事はさせ ぐっ!」

 母様は腹を抱えながら崩れ落ちる。母様!いやだ、母様! 
 横で、父様は母様を心配しているようで寄り添っている。
 なぜ?私の中の父親なんて、ただ無関心でしかなかったのに。

 「クロエ!クロエ!」

 「う・・・、あ・・・、ああああ・・・嫌、いや、わたしの赤ちゃん、死んじゃだめ、」

 母様は、不安に思ってか、死んじゃ嫌だと連呼している。私は、望まれて生まれたの? 

 『これは死にはせぬわ。まあ余程弱いモノならそういう事もあるがもしれないが。これは、お前達の代わりに使命を果たさせる為の目印となる。いずれそのやや子が成長した時、もし監視者として目醒める事があれば。その時こそ、我らの為の足とさせてもらおうぞ。』

 「そんな・・。」
 「貴方は、自分でやればいいとは思わないの が!!」
 「貴方!」

 木のモノノケに攻撃され、父様は庭から部屋の中へと飛ばされている。
 
 『何も知らぬ人間がよく吠える。これは逃れることのできぬ倣わしよ。
 血の盟約とも言う。その流れる血が同じモノ、それか近しいモノでない限り、やり遂げることができぬ呪いとも言う。我らは、妾と、こいつらは吸血の民の頭とその血筋。その親子の血とは違うのだ!』

 どこかやり場のない怒りをぶつけているかのようにも見える。

 木のモノノケは夕顔の怒りに反応しているのか、そのまま母様の胸に鋭くなった幹の部分を貫いていく。

 瞬間、また背景が変化する。

 ここは母様の寝室のようだ。

 「クロエ!クロエ!死ぬな!」

 「・・・、だん、なさ、ま、ごめ、なさ、、やや子、だけでも、救っ、て、あの、夕顔達、から、頭らから、かく、して。おね、が、」

 かろうじて、心の臓は寸出のところで避けられたようだが、それでも傷は深いようで、母様は、弱音を吐いている。

 「旦那様!心の臓は無事です!が、傷が深すぎる・・・!お腹の子、腹を切って取り出さないと、彼女が持ちません!」

 「なんだと?!まだ、生まれる月はまだ先だろう?!」

 「しかし、彼女は、ヒトではない。そのヒトではない力に賭けるしかありません・・・!」

 「解った・・・彼女を、子供を、死なせないで、くれ。金はいくらでも用意する・・・!」

 医者と、父様の話し合いが決まり、急遽私が、赤ちゃんが、腹から取り出される事になる。
 蘭学を少しかじっているらしい医者は、急いで助手たちに足りないモノを用意させて、出産の時へと向かっていった。

 しかし、それはとても困難なものだった。
 元より胸には傷がある。ただの些細な傷かと想いきや、同類とも言える者からの強襲の傷だからか、器としての体の傷だけでない何か・・・吸血の民としての器も傷つけられているのだろう。時折苦しそうにしていた。

 一応、胸元は処置はされていた。だが、私からは黒い、胸全体をもやのようなものが、見えていて、器の傷つけられたところは、そのもやが、掠れ薄い色になって見えた。きっと、あれは母様の力の源のようなものが傷つけられた後だ。
 心の臓はかすった程度だとしても、あれが傷つけられているのであれば、おそらくは長くは持たない。
 腹は無事に開かれている。が、母様はどんどんと顔色が悪くなっていっていて、なんだか怖くなった。

 おぎゃああ、と部屋中に泣き声を響かせて生まれた赤子である私。
 助手の人が手際よくささっと手ぬぐいをお湯で濡らし、体を綺麗にすると、大きめの布で体を覆わせ、父様に渡す。

「クロエ!ほら、君と私の子供だ・・・!」
 そっと、生まれたばかりの私を母様に見せる。

「・・。私の、あか、ちゃん・・・、女の子、ね?」

「そうだ。きっと、君に似て、美しい子に育つ。だから・・・!」

「ええ・・・。まだ、名前も、決めてないもの、生きる・・・生き。るわ」

「クロエ!!」

 涙目になる父様の前で、母様は、そのまま意識を手放した。


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 この五編は少し長くなりますが、現在夢を通して、過去を見るターンになっています。
 
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