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3.お日様のハーブティー

逃げなかった代償

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 中断していた食事をとり終え、先ほどの会場に戻った調香師たち。すでにフレグランスオイルは片づけられ、ただの部屋に戻っていた。調香師全員が国ごとに座り、各国の調香院長、エルスオング大公国調香院の理事たち、そして五大公が揃うと、シャルロッタ院長が切りだした。その声は拡声器メガホンを使わなくてもよく響いた。
「では、これより第百二十八回調香師会議の閉幕式ならびに、フレグランスコンテストの授賞式を行います。まずフレグランスコンテストの受賞者の発表です」
 物音ひとつなく、しんとなった会場内に緊張が走る。

「優秀賞。フリードリヒ・ゼーレン=フォン=バルブスク第一級認定調香師の作製したフレグランス『森林の国 ミュードラ』。タイトル通りにハーブの香りとウッディな香りが非常に相性良く、花の香りを思わせる甘い香りが特長的で、各国院長、副院長の計十名の全会一致により決定しました」

 そのシャルロッタ院長の言葉に驚いていたのはほかでもないフリードリヒであり、アイゼル=ワード大公国の調香師たちから冷やかしの声が沸きあがった。ドーラも硝酸の拍手を他の人たちと同様に惜しみなく送る。いつかはじぶんもとってみたいと夢を見ることにした。
「そして、入選。各国調香院長から推薦、エルスオング大公香調香院理事を含めた四分の三以上の同意をもって決定しました」
 選ばれた五人の調香師たちに次々と惜しみない賛辞が送られる。ドーラはオルガたちを見返してやるためにせめて、入選作には入っていたいと思っていたが、無理だったようだ。
「最後に各大公賞。午前中の特別審査にて選ばれたものです。五大公国、それぞれの国はバラバラでしたが、各国ひとつずつの受賞になります」
 その院長の言葉に調香師たちは色めきだつ。もしかしたら、自分のものが選ばれるのではないかと期待して。
「まずエルスオング大公賞。出品番号二十番。エルスオング大公国南部の漁港の栄え方、そして特産物である柑橘が取れるイメージしたものであり、華やかな柑橘をふんだんに使っているとともに、あとからくる薔薇の香りがそのイメージを払拭するような重厚さを醸しだしています」
 表彰されたのはアイゼル=ワード大公国の調香師が作製したものだった。
「続いてカンベルタ大公賞。出品番号十五番カンベルタ北部の田園風景をうかべられるスモーキーな香りとウッディなベースを軸にした部分を評価されました」
 次のものはカンベルタ大公国をイメージしたもの。それを作ったのはゲオルギーで、知りあいが次々と受賞していくのにまた少し、彼らとの距離を離れさせるのには十分だった。
「アイゼル=ワード大公賞」
 その名が呼ばれたとき、一瞬ドキリとしたドーラだった。もし彼女が選んでくれるのなら嬉しいが、そうなった場合、一種の取引のようにも疑われかねない。緊張しすぎて手をかたく握り、爪を立ててしまった。

「出品番号二十二番。アイゼル=ワード大公邸、通称『白亜の宮殿』をイメージしたさっぱりとした印象を持たせるハーバルの香り、そのあとからくるウッディな香りがうまく調和がとれています。そして、なにより。一番評価されたのは手軽に手に入れやすいこと」
 選ばれたのは自分のものだった。

 最後の理由に一瞬、静かになったのち、エルスオング大公国調香師たちから盛大な拍手を送られた。まさかドーラも最後の理由である『手軽に手にいれやすいこと』という部分が評価されるとは思っていなかったので、その部分に対して特に驚きを隠せなかった。オルガを見ると悔しそうな顔をしてフェオドーラを見ていたが、すぐに正面を向いた。エルスオング理事たちの方向を見ると、ポローシェ侯爵がにこやかに小さく手を振っていた。
 ひとしきり盛り上がったのち、場内が鎮まる。シャルロッタ院長の言葉が続く。ミュードラ大公国はミュードラ大公国の調香師の作製したものだった。

「そしてフレングス大公賞。出品番号七番。社交界の華やかさと闇をひとつの瓶で表現できており、それと同時に人の一生を表現できている重厚さが評価されました」
 フレングス大公賞はオルガの作品のようだった。先にドーラの方が発表されているせいか、勝ち誇った様子はなかったが、それでも背筋がすっと伸びたことから、嬉しいのだろう。背中しか見れなかったが、そう感じられた。

 各受賞者の発表が終わると、表彰にうつった。優秀賞はこの会議の責任者であるシャルロッタ院長から、入選はエルスオング大公国調香院理事長から、そして、五大公賞は各国大公から賞状と副賞が手渡しされる。
 はじめはミュードラ大公。あの物語から出てきた王子様のような大公、パトリス・フォン・デ=デュートリン・ミュードラはかたい表情のまま賞状と副賞を渡す。渡されている調香師も表情がかたいままだったので、よほど緊張しているのか、それとも別の理由でもあるのだろうか。表彰されていた調香師は席に戻る途中、ようやくホッとした表情になっているのを誰もが気づいた。
 次にフレングス大公。エルスオング大公とは違った渋さがあるクロード・デューリンド=フレングスは、おめでとうと柔らかく微笑みながらオルガに賞状と副賞を渡す。それを受けとったオルガは凛々しく、ドーラの方を一瞥したものの、なにもせずにそのまま席に戻っていった。

 そして、ドーラの番になった。緊張している足をなんとか動かし、前に進みでた。今いるところの近くには各国調香院長やエルスオング調香院理事たちがいて、奥の方には五大公のうち四人が揃っている。そして、目の前にいるのはかつて彼女が治療した大公、テレーゼ・アイゼル=ワード女大公。緊張しないわけがない。後方にいる多くの調香師たちの中から選ばれた今、逃げるわけにはいかない。逃げないよう自制しながら、読みあげられた賞状と副賞を受けとる。
「ありがとう」
 かすかに聞こえたその言葉はあたたかさを含むものだった。ドーラは応えこそしなかったが、小さく首を横に振り、元の席へ戻った。
 カンベルタ大公。がたいがいい、軍人のような大公、コンラート・フンブリッツ・セレンワードがゲオルギーに渡す。賞状と副賞をもらった彼は、不敵にもにやりと大公にむかって笑いかけ、そのまま席に戻った。
 最後はエルスオング大公。もっとも一般人のような彼、アンゼリム・エルスオングは満足げな表情でアイゼル=ワードの調香師、たしかフリードリヒとともにいた、に渡す。しっかりと頭を下げた彼はしっかりとした足取りで元の席に戻る。
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