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十一歳

信頼と救い

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「今日はあの工房でいただいた腸詰とチーズを使った料理にしてみました」
 その晩、マクシミリアンはみずから二人への料理を作っていた。

 腸詰の方は季節の野菜と一緒に煮こんだポトフ風のスープにしてあり、野菜のうまみが引き出されていた。しかし、サワークリームではなく、ヤギ乳で作られたホイップバターがのせられていた。チーズの一部はトマトと同じ大きさに切りそろえて、小麦粉で作られた記事に載せられてカナッペになっていた。

 今はその仕上げをしていて、昨日とは違ってメイドではなく、彼自身がサーブしていた。
「美味しそうね」
 アリアは『涼音』であったころから、料理というものとの相性がよくなく、料理とはを定義するのならば、ただ提供されるものであり、おいしければそれでいいものだと理解していた。だけども、マクシミリアンが公爵ながらこうやって料理しているのを見ると羨ましくもあり、少し複雑な気分だった。
 アリアからの賛辞を素直に受け止めた彼は、にっこりと笑ってアリアの皿にかなりきれいに飾り付けたものをのせる。隣にはクリスティアン王子もいるのに、わざわざ自分の皿にのせた彼にちょっとと文句を言おうとしたが、それをクリスティアン王子みずから制する。
「いいんだ」
「え」
 彼の言おうとすることがわからず、マクシミリアンを見るが、彼も彼でツンとしたすまし顔をしている。
 すべての料理を盛りつけ終わったのだろう。彼もまた、席に着く。
「では、お待たせしました。食べましょう」
 三人は食べはじめた。彼が盛りつけた料理は見た目どおりにおいしく、できることならば自分も挑戦してみたいとは思うのだが、ダンスと同じで『涼音』のスペックを引きついでいるのはすでに判明している。だから、成人前や成人したてならばともかく、すでに成人して三年目。屋敷を含めまわりに迷惑をかけるわけにいかない。

「フェティダ公爵は社交シーズンには王都に来られるのですか?」
 話題を変えるべくアリアはマクシミリアンに尋ねる。ここの調整役になるということは聞いていたが、彼はまがりなりにも公爵だ。成人も済ませているわけで縁談のひとつやふたつ、きていてもおかしくない。アリアのかかわるとことではないし、じゃあアリア自身はどうなんだよとツッコまれてもおかしくない話なのだが、マクシミリアンはそうですねと考える。どうやらこの部分は考えていなかったようだ。クリスティアン王子もそういえばと彼をしっかりと見る。
 現公爵家はあわせて十二。その中でアリアやマクシミリアンと同年代の直系・・かつ爵位に絡んできそう、もしくは絡んでいる子女がいるのはスフォルツァ、バルティア、フェティダの三家、アリアを含めて五人だけだ。そんな中でのほほんと暮らしているわけにはいかない、いかなくなる。それを危惧してのアリアの質問だったが、思いのほか、マクシミリアンは悩みはじめた。
「そうですね。すくなくともこの領地のことを考えられる人でなければなりませんしね。そもそもこの領地はいつ内乱が起きてもおかしくない場所であるからなにが起きても肝が据わっていることと同時に、僕がなにをしていても怒らない人、というのが条件でしょうか。あとは無駄な野望を抱かない人」
 それに該当する人間なんてこの世の中に存在するのだろうか。アリアはそう思ってクリスティアン王子を見るとなるほどなぁと少し遠い目をしながら頷く。それを見た彼はですよねぇと苦笑いする。

「この屋敷のあるじもこの地方の領主も僕です。だから、信頼できる家人たちもいるので、彼らに任せれば僕とも連携をとることも容易です。ですが、ここから離れていないところに重罪人が一人いるんですよね」

 彼の言いかたに違和感を覚える。たしかに『彼』は民族感情なども考慮されてここの教会に幽閉というかたちでおさまったとは聞いていたが、あまりにも息子からの情というものを感じられない。
「重罪人……――」
「ええ、重罪人です」
 きっぱりと言いきった彼の目には一切、自分の肉親いう感情はみられなかった。
「その人の監視を含め、できれば何かあったときの対応を行いたいので、僕のほうからはあちらに出むく機会は少ないでしょう。それがどんな結果を産もうとも」
 そう言いきった彼の感情は凪いでいた。ゲーム内でみられたような、ところどころ王太子でさえも見下すような話しかたではなかった。
「そう、ですか」
 今一度、自分の置かれた立場を再確認させてしまったようで、なんだか申し訳ないことをしたなと思ってしまった。

「また遊びに来てもいいか」
 重くなってしまった空気を打ち壊すようにクリスティアン王子がここの加工品、おいしかったなとアリアに話題をふる。それにマクシミリアンも破願する。
「ええ、またお越しください。またおふたりにチーズや腸詰を食べてほしいです」
 どうやら彼はアリアが今まで出会った攻略対象の中で、一、二を争うくらい良い人なのかもしれない。

 食事が終わった後、メイドが作ったというチーズジェラートを賞品にさまざまなカードゲームをして遊び、日付が変わるころにようやく寝た。

 翌朝、日が昇ると同時にアリアとクリスティアン王子はフェティダ家を立った。本来ならば当主であるマクシミリアンも見送りに来なければならないが、朝早すぎることと、もともと仰々しくない方が良いという理由で事前に断っていた。
 行と同じように同じ馬車に乗った二人だが、アリアはどうしてもクリスティアン王子に尋ねておきたいことがあった。
「あの」
「なんだ」
 彼はイラついているとも、それとはまた別の感情ともつかぬ声でアリアに返す。もちろん、そこで引くようなアリアではないが。
「あの、やはり昨日のことを怒っていらっしゃいますか」
 アリアの質問にクリスティアン王子はため息をつく。

「確かに怒っている。いや、怒っていたという方が正しいな。言いたいことは全部、マクシミリアンアイツが言ってくれたからな。もう俺からは言うことはない。だが、ひとつだけ聞かせろ。なぜあのような態度をとったんだ。お前は賢い・・賢くない・・・・俺の隣に立ってもらいたくないほどにな」
 だからこそ、アイツに言った理由を聞かせてほしい。

 彼の言葉は嫌味なようにも聞こえたが、アリアにはそれは違うと判断できる。彼はもともと自己評価が低い。あの女のせいで、父親と将来重要な役割を担うはずの国政からは遠ざけられ、自分の好みではない女と結婚させられそうになれば、そりゃあネガティブな感情が生じるだろう。

「俺にはお前がなすこと全てに意味があるのだと、断言できる。だが、俺が言葉をまとめている間に、マクシミリアンアイツが言葉をかっさらっていきやがって、そして俺の立ち位置までかっさらわれたのが許せなかっただけだ。そして、その状況を作った自分自身にも、な」
 クリスティアン王子は彼自身の頭をかきむしった。どうやらネガティブだったうえに、口下手だったのだろう。
「なあ」
 彼は救いを求めるような目でアリアを見つめている。
「何ですか」
「俺はいろいろ言いつつも、この子ども・・・だけの視察は楽しかったと思うが、お前はどうだ。なに役に立てたか」
 彼は少し恥ずかしそうに聞いた。アリアは満面の笑みを浮かべた。答えはひとつしかないだろう。
「もちろん、楽しかったですよ」
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