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十一歳
ソレが見えたら終わり(違)
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まさかこういう形で自宅に戻ってくるとは思わず、馬車が停まったときには少しだけデジャブというか既視感があった。多分、『ラブデ』の中でも比較的まともなエンディング、リリスかミスティア王女殿下が悪役令嬢のルートにでもあったのだろう。
あまり詳しく描かれなかった悪役令嬢たちのそのあと。
今のアリアにしてみればそんなのはヌルいとしか思えない処分だったのだろうが、それでも、この感覚だけは味わいたくなかった。
「ただいま、お母様」
すでに王妃かディートリヒ王から連絡があったのだろう。母親が玄関で待っていて、アリアが家の中に入ってくると同時に抱きしめられた。
「心配したわ。でも、元気そうでよかった」
母親からしてみれば『つい昨日出て行ったばかりの娘がナニか問題起こして帰ってきた』と思えるだろうが、さすがは殿下もしくは陛下だろうし、母親も状況判断能力は高いと言えよう。多分、大丈夫だろうが、念のため安心させるように抱きしめ返したアリアは荷物を置いてきますと言って自室へ向かった。
荷ほどきを終えたはいいけれど、やっぱりその日はだるくて動く気になれなかった。仕方なくあのノートを開いたが、それになにも書き込むこともない。最終的に自分の中で出した答えはスフォルツァ家の中庭を散歩することだった。そうすれば、なにかやりたいこともみつかると思ったし、なにより一番気が紛れると思ったから。
少し暖かい格好をして外に出てると、ここしばらく見慣れた景色だったのに、違和感を覚えた。
多分、自分の頭の中ではまだ侍女としての気分から抜け出せてないんだろう。頭の中はすっきりとしてないけれど、体は動くようだ。
筆頭公爵の家だけあって比較的広いこの家の中庭をなにも考えずに歩いていると、普段、見ているはずの景色であっても、新鮮さを感じる。
王宮の喧騒とは違って風の音しか聞こえない環境で歩いていると外から騒がしい声が聞こえてきた。
「だーかーらー、なんで、俺がこんなもやし野郎の相手なんかしなきゃいけねぇってんだろうが!」
声はまだ若い。アリアと同じか少し下か。その声は近くの茂みの向こう側から聞こえていて、どうやら剣術の練習時間中であるユリウスとセルドア、そして、灰色の髪の少年がいた。
まさか。
その少年を見たアリアは気づいてしまった。ウィリアム・ギガンティア、そう『ラブデ』内の攻略対象の一人でのちの平民宰相、だと。おそらく声の質的に彼が怒声を発したのだろうと理解できたが、不思議と不敬だと言う気分にならなかった。そもそもセルドアが先に拳骨を落としていたというのもあったのだろうが。
突然の乱入者に驚きつつも、セルドアはお久しぶりです、レディと挨拶し、ユリウスも言葉はなかったものの、頭を下げた。そして、とうのウィリアムといえば。
「はじめまして、アリア・スフォルツァ公爵令嬢」
彼は先ほどまでの剣幕とは打ってかわってにっこりと笑って、そう軽く挨拶した。済んだ蒼色の眼が美しい、と思ったが、いきなり初対面でアリアの肩を抱き、左頬に口づけた。
一瞬、誰もなにが起こったのか分からなくシンと鎮まりかえり、その後、パチンと乾いた音が響いた。ウィリアムの左頬は赤く腫れあがり、アリアの右手が上がっている状況から察すると、ウィリアムの頬を平手打ちしたようだった。
「マナーを学びなさいね」
アリアの気迫にウィリアムも怯んだようで、少し後ずさっていた。その彼の肩をギューっと握りしめたセルドアは笑顔のまま、躾けなおすように言っておきます、と彼女に謝罪した。
「あら、コクーン卿の部下ではなかったのですね」
彼女は驚いたように言ったが、内心ではそんなに驚いてなかった。記憶が間違ってなければ『ラフデ』では公開謁見の際に取り立てられるきっかけを出したのはサポート役のクレメンスだ。だから、彼の関係でこの家に来たのだろう。
あまり詳しく描かれなかった悪役令嬢たちのそのあと。
今のアリアにしてみればそんなのはヌルいとしか思えない処分だったのだろうが、それでも、この感覚だけは味わいたくなかった。
「ただいま、お母様」
すでに王妃かディートリヒ王から連絡があったのだろう。母親が玄関で待っていて、アリアが家の中に入ってくると同時に抱きしめられた。
「心配したわ。でも、元気そうでよかった」
母親からしてみれば『つい昨日出て行ったばかりの娘がナニか問題起こして帰ってきた』と思えるだろうが、さすがは殿下もしくは陛下だろうし、母親も状況判断能力は高いと言えよう。多分、大丈夫だろうが、念のため安心させるように抱きしめ返したアリアは荷物を置いてきますと言って自室へ向かった。
荷ほどきを終えたはいいけれど、やっぱりその日はだるくて動く気になれなかった。仕方なくあのノートを開いたが、それになにも書き込むこともない。最終的に自分の中で出した答えはスフォルツァ家の中庭を散歩することだった。そうすれば、なにかやりたいこともみつかると思ったし、なにより一番気が紛れると思ったから。
少し暖かい格好をして外に出てると、ここしばらく見慣れた景色だったのに、違和感を覚えた。
多分、自分の頭の中ではまだ侍女としての気分から抜け出せてないんだろう。頭の中はすっきりとしてないけれど、体は動くようだ。
筆頭公爵の家だけあって比較的広いこの家の中庭をなにも考えずに歩いていると、普段、見ているはずの景色であっても、新鮮さを感じる。
王宮の喧騒とは違って風の音しか聞こえない環境で歩いていると外から騒がしい声が聞こえてきた。
「だーかーらー、なんで、俺がこんなもやし野郎の相手なんかしなきゃいけねぇってんだろうが!」
声はまだ若い。アリアと同じか少し下か。その声は近くの茂みの向こう側から聞こえていて、どうやら剣術の練習時間中であるユリウスとセルドア、そして、灰色の髪の少年がいた。
まさか。
その少年を見たアリアは気づいてしまった。ウィリアム・ギガンティア、そう『ラブデ』内の攻略対象の一人でのちの平民宰相、だと。おそらく声の質的に彼が怒声を発したのだろうと理解できたが、不思議と不敬だと言う気分にならなかった。そもそもセルドアが先に拳骨を落としていたというのもあったのだろうが。
突然の乱入者に驚きつつも、セルドアはお久しぶりです、レディと挨拶し、ユリウスも言葉はなかったものの、頭を下げた。そして、とうのウィリアムといえば。
「はじめまして、アリア・スフォルツァ公爵令嬢」
彼は先ほどまでの剣幕とは打ってかわってにっこりと笑って、そう軽く挨拶した。済んだ蒼色の眼が美しい、と思ったが、いきなり初対面でアリアの肩を抱き、左頬に口づけた。
一瞬、誰もなにが起こったのか分からなくシンと鎮まりかえり、その後、パチンと乾いた音が響いた。ウィリアムの左頬は赤く腫れあがり、アリアの右手が上がっている状況から察すると、ウィリアムの頬を平手打ちしたようだった。
「マナーを学びなさいね」
アリアの気迫にウィリアムも怯んだようで、少し後ずさっていた。その彼の肩をギューっと握りしめたセルドアは笑顔のまま、躾けなおすように言っておきます、と彼女に謝罪した。
「あら、コクーン卿の部下ではなかったのですね」
彼女は驚いたように言ったが、内心ではそんなに驚いてなかった。記憶が間違ってなければ『ラフデ』では公開謁見の際に取り立てられるきっかけを出したのはサポート役のクレメンスだ。だから、彼の関係でこの家に来たのだろう。
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