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十歳

距離

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「我が愚息、クリスティアンも本来ならば今回、成人させるべきだった。しかし、私が間違ってしまったばかりに、あの女の一味を増長させてしまった。あいつらにとって正当な出自であるクリスティアンは目の上のたん瘤だ」

 ディートリヒ王は王族の内部事情を話しだした。自分はいくら王族に近い立場といえども、聞いていい話ではないだろうと思った。
 だけども、先ほどの話どおりならば、これも王宮に出仕するためには聞いておいた方がよいだろうと踏んだのだろう。
 すでに覚悟は決めている。だから、彼の話をしっかりと聞くことができた。

しかし、よくよく考えると、ディートリヒ王はフレデリカのことをあの女、と読んだ。これに王妃がなにも言わないところを見ると、すでに二人の間ではそのことは解決されているのだろう、見ることができる。

「あいつらはここ最近、どういう手を使っているのか知らないが、積極的にクリスティアンやシシィを排除するようになってきた」

 その発言にはアリアもさすがに驚いた。
 まさか、あの人はすでに王族殺しに手を出そうとしているのか。
 もちろん、自分が手を下したとは分からないようにするとは思うが、それでもリスクが大きすぎる。

「ここだけの話だが、この間の茶会でシシィとクリスティアンともに襲われかけた」

 下手人は捕まったがな、とディートリヒ王はこともなげにいうが、アリアはその言葉には言葉も出なかった。
 王妃を見ると、まつ毛を伏せており、そのときのことを思い出していたのだろう。少し苦しそうな表情だった。

「だからこそ、あの女が来る可能性を考慮して、物理的な被害だけではない、精神的な被害も出すわけにはいかなかった」

 彼の言葉に頷くしかなかった。
 さすがに王妃の不参加は様々な憶測を呼ぶ。しかし、成人前の王太子ならば、ある程度、言い訳が立つ。
 自分自身でさえ何もできないが、王族まで何も手出しができない、というところを見ると、協力せざるを得ないだろう。
 もちろん、全ての目的を達成するには苦しい展開だが、今の状況ならば、母親のサポートも得られるのではないだろうか。

「アリア・スフォルツァ公爵令嬢」

 ディートリヒ王は少しためらいがちにアリアの名前を呼んだ。
 国王に名前を呼ばれると、さすがのアリアもすっと背が伸びる。

「そなたは十歳。公爵令嬢、という立場からすると、すでに婚約者を定められても仕方ない年齢だ。だが、レーン、そなたの母親はそれをしていない。悪いがそれを利用させてもらってもよいか?」

 彼はあえて問いかけの形をとった。その真意はどこにあるのか分からなかったが、アリアの心はすでに決まっていた。

「もちろんでございます。王妃殿下の侍女として勉強しつつ、陛下の役に立てれば幸いと存じます」

 アリアはこの前とは違って、今度こそしっかりと返答した。その返答にディートリヒ王は満足したように笑ったが、どこか寂しそうでもあった。

「そういえば」
 話がひと段落した後、今度はシシィ王妃から声をかけられた。

「何でございましょうか?」
 まさか王妃にまで声をかけられるとは思わなかったので、ハッとした。

「ミスティアとこの後、会っていかないか?」

 シシィ王妃は少し固い声で尋ねた。もちろん、夫を狂わせたフレデリカのことは許せないだろうが、娘のミスティア王女についてもあまりその口から名前を聞いたことはない。だからこそ、余計にアリアは何があったのだろうかと尋ねたかったが、この場で聞けなかった。
 それでも最近、ミスティア王女に会っていなかったことをいまさらながら思い出したので、その提案に迷うことなくはい、と受けたアリアだった。



「アリアお姉さま」

 ミスティア王女の部屋は以前とは異なり、あの女が入り浸っておらず、どこか寂しさがある。まあ、この前の夜会の影響で王宮に引きこもって、ふんぞり返っているよりも、どこか自分を支援してくれる貴族の家にいて、密談しているのであろうとは容易く予想できたのだが。
 彼女はアリアが部屋に入るなり、抱き着いてきた。

「殿下。ここはまだ侍女たちがいますので」

 アリアも本当はミスティア王女に抱きつきたい。
 でも、今ここで軽率な行動をとったら、どうなるのか分からない、
 力の弱い彼女を軽く引きはがして、改めて挨拶した。そんなアリアの様子に、ミスティア王女は、
「お姉さまはどんどん私の手の届かない場所に行ってしまいますのね」
 と、寂しそうな笑みを浮かべていた。

 まだ、成人前の王女からしてみれば、そのように取れるのだろう。
 だけれども、動き出してしまった以上、引き返すこともできない。

「最近何かが変わって来ているみたいですね」

 ミスティア王女は夜会のことは知らされていないのだろう。『何か』というあいまいな言葉にも一つの線を感じた。アリアはどこまで言ってもいいのか分からなかった。だから、うかつに情報を伝えることができない。

「もし、あの母親を消すのに私が足枷になっているのでしたら私ごと消してください、お姉さま」
 窓の外を見ながら言われたその言葉に、アリアは固まった。

 もしや。
 侍女たちから漏れ聞いたのか。

 それとも。
 思ったよりもミスティア王女は大人なだけなのか。侍女や周囲の様子から、自分と母親の置かれた立場を理解しているだけなのか。

 そんな彼女にゆっくりと首を横に振りながら告げる。
「ミスティア王女殿下。あなたの母親を断罪することはありましても、罪のない殿下を断罪することはできません」

 アリアはあえてフレデリカのことを名前でも、今の肩書きでも呼ばなかった。

「多分、それは陛下や王妃殿下も同じだと思います。こうやって私がお会いできているので」

 確証はなかったが、王妃殿下の言葉からして、それであっているだろう。
 おそらくフレデリカのことは憎んでいても、まだこの目の前にいる年端もいかない少女のことは守る気があるのではないか。
 アリアにはそう感じてならない。

 ありがとうございます、そうミスティア王女は寂しそうに頭を下げた。
 少し突き放すには早すぎたかな、と後悔しながらも、これでいい、と思いながら、王女の部屋から退出した。
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