11 / 69
十歳
サポート役の登場
しおりを挟む
あの日以来、アリアはデビューの夜会に向けたダンスを学んでいた。
今回のシーズンではベアトリーチェはデビューをしないので、ひたすらマダム・ブラッサムとバイオレット氏の講義を受けつつ、アリアの侍女として生活していた。
ちなみに、涼音が前世でプレイしていた『ラブデ』の中では、家庭的事情でベアトリーチェはデビューしていない。
ちょうど今頃には特定の主人を持たない下級侍女として王宮に勤め始めていた。
そんな彼女はある宴会で、接待係として割り振られたのがきっかけで、王太子に酒を注いだ時に彼に一目ぼれされ、彼はベアトリーチェを王妃付きに指名した、というのが王太子クリスティアンのルートだ。
ちなみに、このベアトリーチェの役職名である『下級侍女』。
王宮の侍女という名がつくだけあって、待遇が良いのかといえばそうではない。
没落貴族や裕福な商人の娘が生計を立てるために働く場合や、上級侍女となるためには少し身分が足りない場合になる役職である。
このため、中貴族以上の女性が自分より身分が上の貴族の侍女として修行する場合のお飾りでの役職である上級侍女と比較されがちであり、蔑まれることが多い。
もちろん、仕事内容も違う。
下級侍女の仕事は上級侍女と比較して、貴人の側にいる時間は少なく、上級侍女には逆らうことはできない。
一方の上級侍女は貴人のそばでの仕事となり、着付けや化粧などといった雑務や貴人の話し相手となる。
現実的にはその原因となるセレネ伯爵家の没落の可能性はアリアが今、潰しにかかっている。
もちろんこの先はどうなるかはまだ、わからない。
だけども、困窮のために彼女が下働きと同じ扱いの下級侍女として王宮に勤めなければならない未来はないだろう。もし、仮にセレネ伯爵の冤罪が晴らせなくても、その時はアリアたち、スフォルツァ家も一連托生。
どちらも下級侍女として出仕するほかない。
だから、仮に今後、王宮で働くことになっても、スフォルツァ家の後ろ盾のもとに上級侍女として働けるか、もしくはアリアと一緒に下級侍女で働く、という未来しかない。どちらであっても、アリアがいじめることはないので、少なくともアリアがいじめをした、と認定されることはない、だろう。
「アリア嬢、何か迷われごとでも?」
銀縁眼鏡の若い男性が次のステップを踏み出さないアリアの方を見て尋ねた。
一般的な知識とマナーについては、何とか前世の知識をうまく使えたから問題なかったのだが、ダンスだけは致命的な問題――超絶なまでの運動音痴――があった。
そのため、ほぼ完ぺきと称賛されたマナーの時間を大幅に削って、ダンスの時間に割り当てられることになった。
その担当はセレネ伯爵家の遠縁の親戚であり、母親の知り合いでもあったクレメンス・ディート伯爵という目の前の青年が受け持つことになった。
ちなみにその彼、クレメンスは『ラブデ』において、サポートキャラとして登場している。そのサポートキャラの登場に少しだけガッツポーズをしてしまったアリア。
隠し攻略対象がないゲームだけれど、彼の人気はすさまじいもので、王道キャラであるクリスティアンの次に人気であり、アリアの精神体である相原涼音もアラン・バルティアの次に好きなキャラクターだった。
「ええ、少し。申し訳ありません」
アリアは前世でも苦労した運動について、少しばかりか甘い考えを持っていたが、現実はそうでなかったと、かなり落胆したという恥ずかしい思い出もある。
となるとアレも、もしかして――――――
前世で苦手だったものがもう一つある。
だけれど、公爵令嬢、という立場である以上、それを調べるのには少々、難しい。
まあ、今後の展開に期待するほかないわね。
現実的にそれをしなくてもよくなるように、今は行動するしかない。
こんな高位の貴族に転生って面倒ね。昔の涼音だったら、勉強だってそこそこできればいいけど、今は貴族として恥ずかしくないような教養やマナーを身につけなくてはならなんだから。
でも、知識とマナーを身に着けているから、平民やそれを学べなくなったベアトリーチェ達を見下していい、という論理にはならないわね。
アリアはそう考えながら、練習を続けた。
「なかなかアリア嬢は、私が見てきた中で一、二を争うくらい飲み込みが早いですね」
クレメンスはニヤリと笑いながら、アリアに声をかけた。その軽口にわざと怒ったふりをしてアリアは返した。
「それは、私のダンスの技術がとても下手だったということかしら」
その返答にクレメンスは間髪いれずにそうですよ、と答えた。
アリアは悔しくなりながらも、間違ったことではないので、言い返せずにいた。
「それは否定できませんね」
その言葉に唖然としながら、悔しかったから足を踏んづけてやろうと思ったが、いかんせん、まだ練習を始めて僅か。
彼に足をすっとどけられた挙句、踏んづけようと思った足がもつれ、転んでしまった。
「なかなかあなたもやりますね」
クレメンスは相変わらずニヤニヤ笑いながらそう言った。
アリアは悔しかったが、自ら招いた事故だったので、文句は言えなかった。
「あなたが足を差し出して、踏んづけられる瞬間まで、気づきませんでしたよ。では、今日はこれでおしまいにしましょう」
クレメンスはアリアの頭を撫でながら、そう言った。
「あなたはまだ十歳。なにも急いで王太子の婚約者にならなくてもよいのではないのですか」
今までアリアをからかっていたクレメンスは急に、真剣な表情でそう尋ねた。
しかし、その質問はアリアを驚かせるには十分だった。
何故、彼はそれを知っているのだろう
アリアはその話題を今まで、誰にもしたことはないし、されても、今はまだ、と言うつもりだった。
だけれども、彼は何かを知っている。
得体の知れない気持ち悪さと、自分自身への最終目標を問われているための緊張感が一度に襲ってきた。
今回のシーズンではベアトリーチェはデビューをしないので、ひたすらマダム・ブラッサムとバイオレット氏の講義を受けつつ、アリアの侍女として生活していた。
ちなみに、涼音が前世でプレイしていた『ラブデ』の中では、家庭的事情でベアトリーチェはデビューしていない。
ちょうど今頃には特定の主人を持たない下級侍女として王宮に勤め始めていた。
そんな彼女はある宴会で、接待係として割り振られたのがきっかけで、王太子に酒を注いだ時に彼に一目ぼれされ、彼はベアトリーチェを王妃付きに指名した、というのが王太子クリスティアンのルートだ。
ちなみに、このベアトリーチェの役職名である『下級侍女』。
王宮の侍女という名がつくだけあって、待遇が良いのかといえばそうではない。
没落貴族や裕福な商人の娘が生計を立てるために働く場合や、上級侍女となるためには少し身分が足りない場合になる役職である。
このため、中貴族以上の女性が自分より身分が上の貴族の侍女として修行する場合のお飾りでの役職である上級侍女と比較されがちであり、蔑まれることが多い。
もちろん、仕事内容も違う。
下級侍女の仕事は上級侍女と比較して、貴人の側にいる時間は少なく、上級侍女には逆らうことはできない。
一方の上級侍女は貴人のそばでの仕事となり、着付けや化粧などといった雑務や貴人の話し相手となる。
現実的にはその原因となるセレネ伯爵家の没落の可能性はアリアが今、潰しにかかっている。
もちろんこの先はどうなるかはまだ、わからない。
だけども、困窮のために彼女が下働きと同じ扱いの下級侍女として王宮に勤めなければならない未来はないだろう。もし、仮にセレネ伯爵の冤罪が晴らせなくても、その時はアリアたち、スフォルツァ家も一連托生。
どちらも下級侍女として出仕するほかない。
だから、仮に今後、王宮で働くことになっても、スフォルツァ家の後ろ盾のもとに上級侍女として働けるか、もしくはアリアと一緒に下級侍女で働く、という未来しかない。どちらであっても、アリアがいじめることはないので、少なくともアリアがいじめをした、と認定されることはない、だろう。
「アリア嬢、何か迷われごとでも?」
銀縁眼鏡の若い男性が次のステップを踏み出さないアリアの方を見て尋ねた。
一般的な知識とマナーについては、何とか前世の知識をうまく使えたから問題なかったのだが、ダンスだけは致命的な問題――超絶なまでの運動音痴――があった。
そのため、ほぼ完ぺきと称賛されたマナーの時間を大幅に削って、ダンスの時間に割り当てられることになった。
その担当はセレネ伯爵家の遠縁の親戚であり、母親の知り合いでもあったクレメンス・ディート伯爵という目の前の青年が受け持つことになった。
ちなみにその彼、クレメンスは『ラブデ』において、サポートキャラとして登場している。そのサポートキャラの登場に少しだけガッツポーズをしてしまったアリア。
隠し攻略対象がないゲームだけれど、彼の人気はすさまじいもので、王道キャラであるクリスティアンの次に人気であり、アリアの精神体である相原涼音もアラン・バルティアの次に好きなキャラクターだった。
「ええ、少し。申し訳ありません」
アリアは前世でも苦労した運動について、少しばかりか甘い考えを持っていたが、現実はそうでなかったと、かなり落胆したという恥ずかしい思い出もある。
となるとアレも、もしかして――――――
前世で苦手だったものがもう一つある。
だけれど、公爵令嬢、という立場である以上、それを調べるのには少々、難しい。
まあ、今後の展開に期待するほかないわね。
現実的にそれをしなくてもよくなるように、今は行動するしかない。
こんな高位の貴族に転生って面倒ね。昔の涼音だったら、勉強だってそこそこできればいいけど、今は貴族として恥ずかしくないような教養やマナーを身につけなくてはならなんだから。
でも、知識とマナーを身に着けているから、平民やそれを学べなくなったベアトリーチェ達を見下していい、という論理にはならないわね。
アリアはそう考えながら、練習を続けた。
「なかなかアリア嬢は、私が見てきた中で一、二を争うくらい飲み込みが早いですね」
クレメンスはニヤリと笑いながら、アリアに声をかけた。その軽口にわざと怒ったふりをしてアリアは返した。
「それは、私のダンスの技術がとても下手だったということかしら」
その返答にクレメンスは間髪いれずにそうですよ、と答えた。
アリアは悔しくなりながらも、間違ったことではないので、言い返せずにいた。
「それは否定できませんね」
その言葉に唖然としながら、悔しかったから足を踏んづけてやろうと思ったが、いかんせん、まだ練習を始めて僅か。
彼に足をすっとどけられた挙句、踏んづけようと思った足がもつれ、転んでしまった。
「なかなかあなたもやりますね」
クレメンスは相変わらずニヤニヤ笑いながらそう言った。
アリアは悔しかったが、自ら招いた事故だったので、文句は言えなかった。
「あなたが足を差し出して、踏んづけられる瞬間まで、気づきませんでしたよ。では、今日はこれでおしまいにしましょう」
クレメンスはアリアの頭を撫でながら、そう言った。
「あなたはまだ十歳。なにも急いで王太子の婚約者にならなくてもよいのではないのですか」
今までアリアをからかっていたクレメンスは急に、真剣な表情でそう尋ねた。
しかし、その質問はアリアを驚かせるには十分だった。
何故、彼はそれを知っているのだろう
アリアはその話題を今まで、誰にもしたことはないし、されても、今はまだ、と言うつもりだった。
だけれども、彼は何かを知っている。
得体の知れない気持ち悪さと、自分自身への最終目標を問われているための緊張感が一度に襲ってきた。
0
お気に入りに追加
499
あなたにおすすめの小説
婚約破棄の茶番に巻き込まれました。
あみにあ
恋愛
一生懸命勉強してようやく手に入れた学園の合格通知。
それは平民である私が貴族と同じ学園へ通える権利。
合格通知を高々に掲げ、両親と共に飛び跳ねて喜んだ。
やったぁ!これで両親に恩返しできる!
そう信じて疑わなかった。
けれどその夜、不思議な夢を見た。
別の私が別の世界で暮らしている不思議な夢。
だけどそれは酷くリアルでどこか懐かしかった。
窓から差し込む光に目を覚まし、おもむろにテーブルへ向かうと、私は引き出しを開けた。
切った封蝋を開きカードを取り出した刹那、鈍器で殴られたような強い衝撃が走った。
壮大な記憶が頭の中で巡り、私は膝をつくと、大きく目を見開いた。
嘘でしょ…。
思い出したその記憶は前世の者。
この世界が前世でプレイした乙女ゲームの世界だと気が付いたのだ。
そんな令嬢の学園生活をお楽しみください―――――。
短編:10話完結(毎日更新21時)
【2021年8月13日 21:00 本編完結+おまけ1話】
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます
葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。
しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。
お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。
二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。
「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」
アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。
「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」
「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」
「どんな約束でも守るわ」
「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」
これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。
※タイトル通りのご都合主義なお話です。
※他サイトにも投稿しています。
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
〖完結〗私が死ねばいいのですね。
藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。
両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。
それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。
冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。
クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。
そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全21話で完結になります。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる