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真実の愛とはいったいなんでしょう

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「バルゼディッチ公爵……まさか、あなたは!?」

 彼の名乗りに一拍遅れて――けれども先に反応したのはユリアだった。彼女の顔は真っ青になっていて、まったく寒くないはずなのに体が震えている。まあこれでユリアが反応しなかったら正真正銘の馬鹿だが、そこまでではなかったようでひとまず安心した。
 しかし、事情を飲み込めてない様子のユージンはどういうことだと尋ねるが、答えられる様子ではなかった。

「あなたの妻であるユリア・フォルツァンガ侯爵令嬢の元婚約者――の本家当主であり、仲介役ですよ」

 その代わりにレオが私から説明させていただきましょうと親切丁寧・・・・に説明を始める。

「彼女は我が家門下の伯爵との婚約話をいきなり破棄した挙句、抗議のときに遣わした別の伯爵に横恋慕。当時皇帝陛下の姪、リヒト皇太子殿下の従妹と結婚していたヤツもそれに乗っかって、離婚しようとしたものですから、それはもう大変なことに。三年経った今も、あなた方からの公式的な謝罪はまだいただいておりませんよね?」

 当時社交界デビューしたての彼女は、その血筋・・を買われて王国・・側から出した婚約話をただ『まだ結婚したくないから』という理由で破棄した。
 それも予兆なしに。
 ちなみに王国を追放され、バルゼディッチ公爵家に匿われた後に、血縁の上では姉であるアメリアも謝罪したのだが、公式的な謝罪ではないと突っぱねられたこともある。
 レオは少し言葉を濁したものの、ここには当時を知るものだけしかおらず、ユリアはそのすべてから白い眼を向けられている。むしろそんな体たらくで『こちらとしては良好な関係を送りたい』なんてよく言えたものだよなと、先ほどの発言には呆れていたくらいだった。
 そんな話は聞いていないとユージンはユリアに嘘だよな!?と問い詰めるが、黙り込むユリア。それが真実であると突き付けられた彼はお前、なにやってくれたんだとつかみかかろうとするが、レオに止められる。

「陛下の御前、そしてアメリア嬢の目の前で申し訳ないのですが、忍び込ませておいた間者によれば、この女は十人以上の男と関係を持っている・・・・・らしいですね。そして、その罪をアメリア嬢になすりつけたようで……ああ、ちなみに贅沢の件も横領の件もすべてユージン王太子殿下とそこの娘によるものだと既にこちらには確たる証拠を持って報告があがっていますよ?」

 止めたのは温情、同情ではない。ただ本題に入る前に内輪もめをされたくなかっただけだ。『確たる証拠がある』という言葉にヘタレる二人。
 そもそもほかに子供がいないからしょうがなかったのだろうが、この王太子がなにもなければ王位に就く予定だった・・・のだから、王国の未来は無いに等しかった。アメリアでもどうしようもないほどに腐りきっていたのだ。

「ちなみになぜバドス王国ではなく、帝国でこんな茶番劇・・・をしているのか、理由はわかりますか?」

 優しくユージンに問いかけるレオだが、先ほどまでの失態を繰り返さないためか、彼はごにょごにょと小声でアメリアを婚約破棄したからか?それとも、ユリアが婚約破棄したからか?と聞き返すだけだった。
 しかし、ええ、両方とも合っていますが、残念なことに本命・・は違いますよと嗤うレオ。その通告にどういうことだ?とユージンは尋ね返す。

 すっと息をついたレオは、目を細めて告げる。


「あなたの祖母、先の国王の妻であるレティシア王太后殿下の命によるものですよ」


 は?
 皇帝と皇太子、そしてアメリア以外はだれしもが耳を疑った。血のつながった人から売られた形になったユージンは顔色をなくしてしまった。

「ちなみにあなた方、王国が――いえ、国王とあなた・・・・・・の命によって偽造エメラルドを作製、そして販売、流通させていたことは王太后殿下も把握されていて、すでに帝国の兵士たちが現地に向かっていますし、関わった貴族や職人、商人たちももう処罰され始めているころでしょう」

 偽造エメラルドの製造販売。
 個人ではなく国家ぐるみで行っているという事実。こんな国から早く出ていてよかったと改めて思ってしまったアメリアだが、まだ帝国が膿をだしてくれていると思うと頭が下がる。
 そんな彼女とは対照的に自分たちの裏側をあぶりだされ続けていき、膝から崩れ落ちるユージン。

「王太后殿下は夫、先代国王亡き後の国の腐敗を思い、帝国にすべてを託されていたのです」

 もはやレオの独壇場となっている大広間。
 ユージンもユリアも彼に反論できる様子ではない。

「こちらがその手紙となります」

 リカルドの姿をしたマリアから受け取り、それを見せるレオ。レティシア王太后の紋印であるスズランの花が描かれているのに気付いたユージンは、レオの言葉がでたらめではないことをまざまざと突きつけられていた。

「ああ、言い忘れておりましたが、アメリア嬢の追放劇も茶番だったみたいですね」

 思いだしたように告げられた言葉に、王太子やユリアも驚いて本人を見るが、その本人であるアメリアでさえ驚いてしまっていた。
 彼女自身もその事実は初耳だった。どういうことなのかレオの話を聞きたく、続きを促した。

「前の宰相殿は王太后殿下の甥だそうで、アメリア嬢が更迭されたときに王太后殿下に泣きついて、処分を軽くしてもらう代わりに殿下の子飼いとして動いていたそうですよ。すでに腐っていたあなた方親子から彼女と宰相殿を解放するために、あえて追放してほしいと演じていたそうですよ」

 なるほど。
 最初から王太子から、そして王国から解放するために、更迭した人物でさえ使っていたようだ。そして自分は王国の滅亡に殉じるつもりだったのか。
 王太后の手腕に喝采を送らざるを得なかったアメリアだったが、反対にまさか自分と結託していた人物が王太后の間者スパイだと告げられたユージンはそんな馬鹿な!と言い返す。

「まさかフォルツァンガ侯爵夫妻が洗脳されているとは知らなかったので、彼女を引き取るところだけはごたついてしまいましたし、まさかあなた方から出向かれるとは思っていなかったので、丁重・・なおもてなしができなくて残念ですが」

 とどめにニッコリと言いきったレオの言葉に感情はなかった。

「まあ、いいでしょう。もうこちらですべて処理していいと殿下から書面でいただいておりますので、あなた方を捕縛させていただきます」

 そう言って手をたたくと、アメリアが先ほどまでいた場所とは反対側の脇から、武装した兵士たちが次々と現れて先にユリアを縛るが、ユージンは捕縛される寸前にアメリアに助けを求める。

「おい、アメリア! 助けてくれよ! お前の婚約者だっただろ?」
「そうよ、お姉さま! 何とかして助けてくださいますよね?」

 夫の嘆願に触発されたユリアも必死になって叫ぶが、アメリアは無感情で断る。

「お断り申し上げますわ、ユージン様、ユリア。私はすでにこの国の人間ですし、なによりあなた方に捨てられたんですよ。どうして助けなければならないんでしょうか?」
「ああ、助けなくていい」

 レオもしっかりとアメリアの肩を抱いて、その判断に頷く。そして中断されていた捕縛作業が再開されたがすぐに、ユージンの名前を呼ぶレオ。
 自分を追い落とした男に憎悪の視線を向けながら、なんだ?と唸るユージン。その表情にはもう、王太子としての矜持は見られなかった。

「アメリア嬢をさんざん貶していましたが、すべてはあなた方による茶番。彼女に謝罪していただけませんでしょうか?」

 いつの間にか、音もなく抜いていた細剣レイピアをユージンの首元に突きつけるレオ。もしここで自分が答えを誤ったら即座に貫かれるだろうと判断したユージンは、すまなかったと小声で言う。
 レオにどうだと目で問いかけられたアメリアは構わないという視線を送り、彼の一言によって兵士たちによってユージンたちは引っ立てられていった。


 扉が閉まったのを確認したレオは皇帝と皇太子に向かって頭を下げる。

「お手間をかけさせて申し訳ありませんでした」

 本当に予告なく来たのは想定外だったが、彼らが来るように仕向けたのもまた、レオとアメリアだった。だからこの茶番劇・・・も皇帝たちは承知の上で行っているし、二人を捕らえたのも、皇帝の許可があってのことだった。
 しかし、皇帝は問題ないと笑う。

「いや、これからあなたにも働いてもらわなければ困るから、これしきのこと、気にするでない」
「それよりもアメリア嬢、体調は大丈夫か」

 ホッと一息ついたアメリアにリヒトが声を掛けるが、苦笑いを返されてしまった。

「お気遣いいただき、ありがとうございます。ですが、おなかの子もあの決闘を見ているときに元気に蹴飛ばすくらいには元気ですわ」

 彼女は膨らみ始めているおなかに手を当てながらしっかりと言う。
 ユージンやユリアは気づかなかったようだが、彼女はすでに人妻になっている。二年前、帝国に逃れてきたときに荒れていた彼女を落ち着かせたのは隠匿者レオ
『真実の愛なんてくだらない』と言っている彼女だが、自分が真実の愛に落ちていることに気づくにはそう、時間はかかっていなかった。

「そうか、それは重畳だな。我が帝国の重臣のだ。元気に過ごしてもらわなければ困る」
「まったくです。早く自宅へ戻りたいのですが、よろしいでしょうか?」

 レオののろけに重臣たちも生暖かい目で見て、リヒトなんかは帰れ帰れと茶化していた。





 そしてこの後、アメリアはレオに似た男児を生み、すでに併合していたバドス王国の一部分に領地を賜って暮らすことになった。
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