死にたがりの悪役令嬢

わたちょ

文字の大きさ
上 下
48 / 48
第二部

トレーフルブランとグリシーヌ

しおりを挟む


「ここで泣いているお前を見たんだったな……」
 懐かしそうに先生が呟くのに昔の話を持ち出すのはやめてくださいとか細い声が出ました。恥ずかしいではないですかと抗議すれば先生はうっすらと微笑みます。それがあんまり美しくて顔を背けてしまいました。
 先生は学園にいた頃とはすっかり見た目が変わってしまっていて、長くボサボサだった髪は短く整えられ、分厚い眼鏡も取ってその秀麗な顔を隠すことなく押し出していました。タキシードを来ている姿は目に毒なぐらい格好よくて……。まさに王様と云うような風貌を漂わせていました。
 そう王様、先生はドランシス国の国王になっていたのでした。
「何で、」
 小さな声が落ちました。聞こえなかったのではないかと思えるような声はちゃんと届いていたようで何だと先生は聞いてきてくれます。聞きたくて、でも怖くてまだ聞けずにいたことを聞こうと顔をあげました。先生の深い黒の目がじっと私を見つめていました。
「何も言わずに消えてしまったのですか。それに……どうして王になどと……。貴方が消えたときその可能性は真っ先に考えましたけど、でも……」
 貴方は恐れていたではありませんかと言いたくて言えずに口を閉じてしまえば、先生は恐れていたさと言ってきました。
「恐れていた。各地で争いが起きていたのを治めて王になれたのはもう二ヶ月も前だがずっと自分に自信がないまま。俺がしていることが正しいことなのか間違っていたらどうしようといつもびくびくしている。
 でもお前が傍に居てくれるのだろう。それならきっと上手く行くから。だから今日お前を迎えに来た」
 先生の言葉に嬉しくなりながらでも不満も募りました。
「それならば言ってくだされば良かったじゃありませんか」
「心配させるだろ」
「何も言われずに消えられる方が心配いたします」
「そうだな……。だが王になると言って出かけてもし無理だったら格好がつかないだろう」
「何ですか。それは……」
「弱いところばかりを見せてしまったからな、最後ぐらいはちゃんと格好をつけたかったんだ。俺も男だ。好きな人には格好良く思われたいと云う欲もある。弱いがな」
 困ったやつだろうと先生は言いました。本当ですわと口にしながらもでもとも言いました。私にとって先生はいつも優しくて格好良かったですと。先生がふんわりと微笑みありがとうと低い声が囁くのに鼓動が早くなってしまいました。
「でも、この半年とても大変だったのではないですか。格好つけたかったのは分かりましたが、やはり言って欲しかったです。私だって貴方の役にたつことができたかもしれませんのに……」
「お前ならそう言うと思ったがでも無茶をさせるわけにはいかなかったからな。お前と俺は付き合ってるわけでもない。それなのに俺のせいで狙われたりするようなことになるのは避けたかった」
「そんなの私は「気にするだろ。お前は」
 トレーフルブラン・アイレッドは。気にしなくては駄目だろうと先生が言ったのに言い返すことが出来ませんでした。気にしないと言えれば良いのに、言えないのが実情でした。
「だから俺は王になった。
 あの国を良くするだけなら王にならなくとも他の方法だってあった。だけどそれでも俺はもう一度王になる道を選んだ。お前と一緒になりたかったから。この地位なら俺がお前を奪い取ってもアイレッド家の評判が落ちることはない。ドランシス国が豊かな国なることができたなら国交の強いパイプとして今より高い地位にあがれる筈だ。
 だから俺を選んでくれるか」
 知っていたのですねと言えばお前の両親を考えれば大体見当はつくと返ってくる声。婚約者がいることを知られたくないと思っていたのですが、まあ、そうですわよね。辛いですが、私を奪うために王にまでなってくれたのだと思うとそれは嬉しかったです。一度婚約破棄になり魔王まで憑いてしまった私は学園では尊敬されていても、社交界での評価などはボロボロでそれに伴ってアイレッド家の地位も危うくなっていました。それなのにまた婚約破棄になれば私の評価は完全に地に落ちてアイレッド家も五代貴族から転落するところでした。だからこそ私は婚約に関してだけはずっと受け入れるつもりだったのです。
 でも、今の先生ならば……。
「はい」
 先生がホッとした顔をしました。よかったと呟くのにでもねと私は囁きます。その心配実はもうなくなりかけていたのですよ。ブランリッシュがとてもよく頑張ってくれて仮に一度転落したとしても彼がすぐに取り返してくれるんですから。そのようだな。昨日この国に戻ってきて知った。だけど良いんだ。俺がお前をほしかったから俺の力で手にする権利を手にいれたかった。それにやはりお前は王妃であるのが、人の上にたち人を守る姿が似合うから。その姿をずっとみていたい。
 先生の言葉にぽっと頬が染まりました。見つめてくる黒い目は柔らかくそれでいてとても強い力を感じます。
「ずっと前から俺はセラフィードが羨ましいと思っていた。お前はまるで王妃になるために産まれたかのように完璧な存在でそんなお前が傍にいてくれるやつが羨ましく、贅沢ものだと思っていた。もし幼かった俺にお前のような奴がいてくれたなら何かが変わったんじゃないかって何度も考えたことがある。
 だけど初めてお前が涙を見せたときにそれが間違いであったことに気付いた。お前は完璧な存在ではなく弱いところもある。人なのだと。それからそれまで以上にお前をみていた。お前は俺が思っていたのよりずっと弱くて脆くて……それでも強くあろうとする姿が眩しかった。いつの間にかお前に惹かれていた。
 あの日は頷くことはできなかったが、でも俺はお前が告白してくるずっと前から好きだった」
 胸がぎゅっと震えました。愛しているとは言われていたものの、先生のちゃんとした思いを聞くのは初めてでした。私が思っていた以上にずっと思われていて嬉しかったです。胸が張り裂けそうなほどで私も何かを言わなければと先生がどれ程好きか云おうと思ったのに言葉になりませんでした。言おうと必死に先生を見上げる私を先生の腕が引き寄せました。口づけをされる。
 何度も何度も触れてくるそれに私からも求めました。言葉にできぬ思いを全てそこに込めました。
「好きです」
 たったひとつ溢れた言葉。先生が幸せと言うように笑うのが幸せで私も笑みを浮かべました
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜

湊未来
恋愛
 王に見捨てられた王妃。それが、貴族社会の認識だった。  二脚並べられた玉座に座る王と王妃は、微笑み合う事も、会話を交わす事もなければ、目を合わす事すらしない。そんな二人の様子に王妃ティアナは、いつしか『お飾り王妃』と呼ばれるようになっていた。  そんな中、暗躍する貴族達。彼らの行動は徐々にエスカレートして行き、王妃が参加する夜会であろうとお構いなしに娘を王に、けしかける。  王の周りに沢山の美しい蝶が群がる様子を見つめ、ティアナは考えていた。 『よっしゃ‼︎ お飾り王妃なら、何したって良いわよね。だって、私の存在は空気みたいなものだから………』  1年後……  王宮で働く侍女達の間で囁かれるある噂。 『王妃の間には恋のキューピッドがいる』  王妃付き侍女の間に届けられる大量の手紙を前に侍女頭は頭を抱えていた。 「ティアナ様!この手紙の山どうするんですか⁈ 流石に、さばききれませんよ‼︎」 「まぁまぁ。そんなに怒らないの。皆様、色々とお悩みがあるようだし、昔も今も恋愛事は有益な情報を得る糧よ。あと、ここでは王妃ティアナではなく新人侍女ティナでしょ」 ……あら?   この筆跡、陛下のものではなくって?  まさかね……  一通の手紙から始まる恋物語。いや、違う……  お飾り王妃による無自覚プチざまぁが始まる。  愛しい王妃を前にすると無口になってしまう王と、お飾り王妃と勘違いしたティアナのすれ違いラブコメディ&ミステリー

貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。

もふっとしたクリームパン
恋愛
「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」 隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。 「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」 三年間通った学園を無事に卒業して、辺境に帰ってきたディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘である彼女の元に辺境伯の敷地内にある離れに住んでいたジャン・ボクスがやって来る。 ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。 妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。 本編九話+オマケで完結します。*2021/06/30一部内容変更あり。カクヨム様でも投稿しています。 随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。 拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

処理中です...