死にたがりの悪役令嬢

わたちょ

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第二部

先生の過去、悪役令嬢が願うこと

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 グリシーヌ・ドランシス
 それがかつてのグリシーヌの名前であった。ドランシス王国と呼ばれる海に囲まれた国で生まれた。名前の通り彼はドランシスの王の家系のもので第一王位継承者、王子であった。グリシーヌの父親は国王であり、母親は王妃。そんな両親が死んだのはグリシーヌが十になって一ヶ月も経ったない時。二人は何者かによって殺された。背中に短剣が突き刺さっている母の姿を、切り裂かれた父の姿をグリシーヌはその目でみた。だが悲しむ気持ちは沸かなかった。彼は両親が嫌いであった。
 グリシーヌの父親は愚王だった。民草のことなど何一つ考えず己の欲だけを満たすことを考えていた。母親も同じだ。自分達だけがいい暮らしが出来たらそれでいいと思っていた。そしてそこにはグリシーヌは入っていなかった。教育係をつけられそれだけ。両親が自分の欲望のためだけにいきるのを、そしてそのせいで民草が傷つくのを幼いグリシーヌは見つめそして両親を愚かに思った。
 彼らに王である資格はない。絶対にいつか玉座から引き下ろし、そして自分の手でこの国にいきる人々の生活を豊かにするのだと考えていた。
 だから両親が死んでも涙などでなかった。それよりドランシス王国をどうやって豊かな国に変えていくか。それを考えるので忙しかった。両親の葬式は宰相の手で行われた。城の中で行われたそれはとても小さなものだった。ただでさえ荒れた国。国王の死が知れ渡ったらさらに荒れ大事になるからとグリシーヌの両親の死は隠し、グリシーヌが成人になるまでは生きていることにすることになった。異論はなかった。暴動が起きる可能性があるのを良くわかっていたから。でもそれが間違いだったのだと後になってグリシーヌは後悔することになる。
 その日からグリシーヌは朝も晩もずっと国をよくする政策を考えることに費やした。外にでることはなかった。両親を殺した犯人は翌日には捕まっていたが、取り調べをする前に自害してしまい真相のすべてが明らかになった訳ではなかったから。まだ国王暗殺を目論むものが居て外に出たら狙われるかもしれないと言う宰相の言葉を信じていた。
 宰相は両親などよりずっと良くできた男であった。国を良くしたいと憂い両親にも良く進言をしていた。聞き入れてもらえることはなかったが。どうしたらこの国が良くなるのかグリシーヌから相談したこともあった。少なくともあの頃のグリシーヌにとっては彼は国のことを考える同士だった。
 だけどそれが間違いだと、自分は信じてはいけない相手を信じていたのだとグリシーヌは知ることになる。それは両親が死んでから二年の月日が経った頃ここと。
 二年グリシーヌはありとあらゆる政策を考え、会議に出し、そして実行してきた。食料不足が続いていたので国庫の開放。高い税金を半分にまで抑え、今まで取りすぎ王家がためていたものの多くを国民に配った。孤児の為の施設や病気となって働けたくなった者の為の制度。色々なものを考え、実行し国は良くなったとグリシーヌは信じていた。周りのものも全員良くなったと口を揃えて言っていた。
 だからある日、グリシーヌは知りたくなった。
 今国がどんな様子なのか。兵士や教育係、宰相に聞いてある程度のことは知っていたが実際のことは知らなかったから。ずっと思いながら周りの目が厳しく行けなかった外の世界を見てみたいと言う気持ちがついに行動を起こさせた。いつも着いてくる教育係や護衛の目を掻い潜って城の外へと飛び出した。
 そこはグリシーヌが想像していたものとは百八十度違う世界だった。彼が夢描いた幸せな世界などそこにはなかった。両親が王だった頃と同じ世界がそこには広がっていた。愕然としながら彼は国のなかを回った。彼が打ち立てたはずの政策は何一つ等なされていなかった。
 何がなにかわからないまま彼は城へと戻った。探し回っていた兵士たちに適当なことを言った。外に出てなどいませんよねと言われるのに固まりかけながらもそんなはずないだろうと嘘を言った。その日の夜、自室に具合が悪いと言って閉じ籠ったグリシーヌのもとに教育係が訪れた。
 彼はグリシーヌに本当のことを語った。
 両親を殺したのは宰相であったこと。両親は自分達の欲を満たすことだけを考え、貴族たちすら蔑ろにし始めていた。それに怒りを覚えた貴族たちは両親を殺し、そして幼いグリシーヌを偽りの王として操る計画を立てたのだ。グリシーヌはその計画通りにまんまと踊らされた訳だった。外から隔離されたグリシーヌは真実をなにも知らず無意味な王様ごっこを繰り返していた。教育係は家族を人質に取られて従うことしかできなかったのだと言った。そしてグリシーヌに逃げろと言った。このままではいつか貴方も殺されてしまうと。でもグリシーヌはその言葉を聞き入れなかった。逃げないと言った。せめて自分のしてしまった過ちの後始末だけはつけると。
 城の外を見て回ったグリシーヌはもう民が王になんの期待もしていないことを知った。そして民の多くに革命の意思がありそのための準備を整えていることも。だからグリシーヌはひそかに管理が杜撰だった武器庫や食料庫からものを集め、革命軍のもとに届けた。警備体制を調べ最も隙のできる時間を教え、城の秘密通路も全部教えた。革命はもう止まらないだろう。幼いグリシーヌが何を言っても宰相もそしてその回りも国のことなど見ないだろう。だから一度国を崩壊させることにした。
 革命軍が城のなかに攻めてきた時、誰一人まともに対処することはできずに兵は破れあっさりと城は落ちた。宰相達が次々と捉えられていくなかグリシーヌは王の間で彼らが来るのを待った。例えお飾りとすら言えないものだったとして、それでも彼はドランシス国の王となる存在だった。だから逃げるつもりなどなかった。
 ドランシス国の象徴として多くの人の前に晒されて死ぬ覚悟をしていた。
 だがそうはならなかった。最後に教育係であった男が幼かったグリシーヌを無理矢理抱え、そしてグリシーヌすら知らなかった秘密の抜け穴を使って外に逃げた。小さな小舟が港から少し離れた所に隠れるように置かれていてグリシーヌはそのなかに押し込められた。生きてくださいと教育係は言った。貴方だけは生きてくださいと。その価値が貴方にはあると。そして海のなかにグリシーヌは放り出された。
 船には長期の食料や飲み物が積み込んであった。それを食べ命を繋ぎながら長い時間海を漂った。どうして生きているのかわからなかった。死ぬべきだった。死ぬべき存在だったと思いながらそれでも教育係の言葉が消えなかった。
 自分がなにもできない愚かな存在であることは良くわかった。それでも生きていたいと思った。
 そしてたどり着いたのが今いるこの国、マモニール王国であった。

「これで俺の話は終わりだ」
 つまらない話だっただろうと先生が自虐的に笑うのにいいえと私は言いました。そんなはずはありません。
「やっと分かりましたわ先生。先生が良く馬鹿は嫌いだと言っていたのは、他の誰のことでもなく貴方自身の事だったのですね。でもそれは仕方のなかったことですわ。先生はまだ幼く何もできなくて当然で……」
「年齢など関係ない。いくら幼くとも上に立つものであれば自らの行いに責任を持ったなければいけない。俺は空想ばかりして何もできていなかった。何一つ見えていなかった。
 責任すら果たしていない」
「でも、私は先生が生きていてくれて嬉しいですわ」
 先生の言葉に何も言えなくて一度口を閉ざしてしまいました。それは確かなことです。反論などできません。言えることなど何もなくでも言いたいことだけはありました。だからそれを口にすれば先生が小さく目を開いて私を見ました。苦しそうなだけどどこかホッとしたような表情を浮かべるのに、私の口はさらに言葉を紡ぎました。
「先生がもし死んでいたら何て考えたくもありません。生かしてくれたその教育係さんに感謝しますわ」
「あれはいい人だった。あの頃の俺には人を見る目なんてなかったがそれでも彼だけはいい人だと断言することができる。両親に見捨てられたような俺に色んなことを教えてくれた。俺が民のことを思えたのも彼がいてくれたからだ。
 ルイジェリアの父親が持っていると言う絵画も彼が画家を手配し描かせたんだ。毎年誕生日の時期に書いて城の廊下両親が良く通るところに並んで飾られた。あの頃はそんなことをするのが何のためにか何て分からなかったが今なら分かる。あれは俺を全然見ない両親への精一杯の抗議だったのだろう。この子はこんなに大きくなっているんだぞ。この子を少しでも見ろと言う彼なりの…
 だからこそ良く考えるあの人が何故俺をいかしたのか。俺が生きる価値とは何なのか」
 懐かしそうに目を細めた先生は語り、そして最後は辛そうに吐き出しました。私を見つめた先生が問いかける。
「トレーフルブラン。革命するものにとって最も大変なことは何だと思う」
「革命した後ですわ」
 突然のその問いにどうしてそんなことをと固まりながらそれでも答えると先生は一つ頷きました。
「その通りだ。共通の敵がいる間ならまだいい。だがそれが倒れ国を新しく作り直すことになったとき、彼らの中で争いが起きる。強いリーダーシップを持つものがいればいいがそうでなければ内部崩壊して国を作り直すどころではなくなる。幼い俺はその事にまで頭が回らずただ革命が成功すればいいと思っていた。そしたらきっと彼らの手でこの国は変わるだろうと。
 だけどそれは甘い考えで実際は十数年経った今ですら国は荒れたまま。争いを繰り広げ続けている。閉鎖されどの国とも国交がないゆえその事はあまり知られていないがな
 十数年、争いを続けるうちに王家を復権させようと言う意見がいつの頃からか出始めた。お前もこないだ会っただろう。真っ黒な服装をした男。あの男は王家復権派の一人。昔俺が作った気でいた政策を書かれた資料やら何やらをみて俺ならと思ったそうだ。俺ならあの国を変えられるのではないかと。それに反対する一派の刺客がお前を襲った男たちだ」
 語られた話。これですべてが分かりました。苦しげに語られたそれらに思うことは一つでそれを口にすれば先生はさらに苦しそうにしました。
「先生は、先生は戻らないのですか、ドランシス国に……」
「いまさら俺が戻って何ができる。俺はあの国を壊したのに」
「できますわ!確かに幼かった先生の取った行動には間違いがあったのかもしれない。でも先生がそれをしたのはドランシスを愛していたからなのでしょう。いまでもドランシスを愛しているのでしょう! でしたら何かできるはずですわ。
 それに幼い先生は何も見えていなかったかもしれませんが、今の先生は沢山の事が見えていますわ。この国の現状だって良く分かっていますし、わたくしのことだて見ていてくれました。今の先生でしたらきっとドランシス国を良くすることができる筈です」
 自分を憎むように言葉を吐き出すのに気づけば私は強い言葉を言ってしまっていました。何を上から目線でと思いながらそれでも止まりませんでした。先生が自分を嫌っているようなのが私にはとても辛かったのです。だって先生はとても素敵な人だから。
 先生の目が泣き出しそうに歪みました。
「そう思うか」
「はい。きっと教育係の方だって貴方には国を導く力があると思い、ドランシス国をいつか良い国にしてくれると思って貴方を生かしたんです」
 問い掛けられたのにはっきりと答えます。本当の事など分からないけれどそうであってほしいという思いと、こういえばきっと先生は少しでも自分のことを信じてくれるのではないかと思って言いました。
「でも、俺は間違うのが恐い」
 少し間を開けてその言葉が聞こえました。
「なら、私が傍にいますわ! 私では頼りないと思うかも知れませんが、でも私これでもこの国一の令嬢なのです。きっと先生を支えて見せます。間違うことがあれば私がただして見せますわ。先生が私にそうしてくれたように」
 反射的に叫んでいました。先生の傍にいたかったです。傷ついているこの人を守ってあげたいといとおしさが溢れていました。かつてそうしてくれたように今度は私が守りたいと。
「お前がいてくれるのか」
「はい」
 強い声で答えると先生がふいに微笑みました。泣き出しそうに崩れたでもとても柔らかな笑みでした。
「それは頼もしいな」
 安心したようなその声に私も安堵しました。なら、と言おうとしたのを遮られました。
「トレーフルブラン」
「せん」
 名前を呼ぶ声。頭に回った手。引き寄せられ気付けばすぐ近くに先生の顔があってとても優しい感触が唇に触れました。離れたそれがまた触れる。長く触れてそれから離れてそれがやっと唇であることに気付きました。頬を赤く染めてしまうのに先生がすまないと言いました。せつなげに眉を寄せてすまないと。
 もう一度触れる感触。ぎゅっと抱き締められ耳元に暫くこうさせてくれと言う声が聞こえました。どうしていいかわからずでも嫌ではなく私も先生に手を回しました。
 暖かな体温。聞こえてくる少し早い鼓動。
 不安が残りながらとても幸せな気分になりました。
 その日の夜は明け方近くまで二人抱き合っていました。
 そして朝、一度家に戻った私が学園に来たころにはもう先生は学園から消えてしまっていました
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