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悪役令嬢を見つめる者
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「あああああああああああああああああああああああああああああああ!」
それを見たとき何が起きているのか理解ができなかった。
悲鳴が聞こえ急いで駆け付けたその場所には物凄い魔法の力が渦巻き竜巻となって周囲を破壊していた。それは信じられないほど黒く毒々しいものだった。近づくだけで肌が焼ける。このままではやばいと魔力で防御しながら渦の中に向かった。そこにいるのはトレーフルブランたった一人。彼女を襲っていたであろう相手はもう逃げた後なのだろう。
それでも止まらない魔法の力。
中心にいる彼女は狂ったように叫んでいた。
魔力の暴走である。
精神に一定以上の負荷がかかると身を守るために魔法の力が意志とは関係なく吹き出すことがある。大抵は数分かそこらで終わるうえ、被害もたいしたことはない。だがトレーフルブランの魔法の力は常人よりも遥かに強い。一度暴走すると被害は大変なこととなる。
壁が破壊され床も抉られていく。俺も魔法で防御をしていなければとっくに死んでいた。
しかも数分どころか数十分経ってもこの暴走は収まりそうにない。このままではトレーフルブランの体が持たないと彼女に手を伸ばした。名前を呼んで彼女を抱きしめる。
彼女の魔法に合わせるように俺の魔法をコントロールする。彼女の魔法を俺の魔法で包み込み、ゆっくりと彼女の中に戻していく。泥泥とした重苦しい何かが俺の中に入ってくる。
その感覚に驚く。
彼女の魔法の力は俺の知るものから随分と変質していた。しばらく前から不安定にはなっていたがそれともまた違う。不安定さは感じなくなっているのに彼女のものだとは思えないほど別の色をしていた。
不審に思いながらも彼女の中に魔法の力を戻していくと悲鳴も止んでくる。
意識を取り戻したトレーフルブランは俺を見て目を見開いた。
「離して!!」
体を突き飛ばされる。
それだけなら良かったもののトレーフルブランはまた恐慌状態に陥っており、離れた途端に魔法の暴走が始まる。
「トレーフルブラン!」
せめて手だけでも何処かに触れようと伸ばしても彼女に拒絶される。
「いや! いや! いやああああああああ!」
耳をつんざく悲鳴。
正直な話自分が何を見ているのか、ここが今どこでどう云った状況なのか。全てが理解できなくなっていた。
あの強い女がこんなにも弱くなるのか。襲われたとはいえこんな風に人におびえた姿を見せるものなのか。あの完璧な令嬢の姿が見る影もないほど無残に崩れている。
なんだこれはと現状を理解できない。したくもないのかもしれない。
だが聞こえてきた声で我に返る。
「助けて。誰か!」
言葉は確かにそう云っていた。そしてそう云ったのは間違いなくトレーフルブランの声だった。
彼女の手を掴む。振りほどかれそうになるそれを引き寄せて抱きしめる。
「大丈夫だ。トレーフルブラン」
叫んで腕に力を込める。魔法を無理矢理押し込んだ。ピリピリとした痛みが肌を刺す。体中が焼けるように熱を持った。
見る見るうちに暴走していた魔法は収まる。無理矢理力を抑え込まれたトレーフルブランは茫然と何処かを見つめていた。彼女の名を必死に呼んだ。
腕の中の彼女が身じろぎ荒くなっていた息を抑えようとしているのが伝わってくる。彼女の意識が戻ったことに気付いて安堵した。整え終えた所で声を掛ける。その問いに大丈夫ですと返事が返ってきて良かったと胸を降ろす。無意識に抱きしめる腕に力を籠めてしまった。取り繕うために言い訳じみた言葉を話す。
嫌がられるかとも思ったが疲れていたのだろうトレーフルブランは静かに身を預けてきた。その体と心が少しでも休めるようにと願う。
その後はトレーフルブランの怪我を俺の部屋で治療し家まで送っていた。
魔法の暴走により壊れてしまった廊下は残った時間で何とか直した。あんなことの後に見せるのも酷だろうとトレーフルブランには廊下を見せることはしなかった。魔法で誤魔化したので翌日知られて落ち込まないよう頑張った。
あの日から数日。
馬鹿共の馬鹿はますますひどくなってセラフィードとそのお共、それにさやかは学園の中で孤立していた。流石にセラフィードとお共に仕掛ける者はいないがさやかには嫌がらせを仕掛ける者も続出していた。その度に馬鹿共が騒ぎ立てるので魔法で学園の中を覗いていなくても事件は把握してしまう。このままだと誰かがセラフィードとお共にもしだしてしまうのではないかと思っていたらトレーフルブランの妙な行動が目についた。
トレーフルブランが落とし穴を作っていたのだ。
しかもそこに詰めるは詰める。何処から持ってきたのか馬糞に虫をこれでもかと云うほど詰める。悪意どころか憎しみすら感じるほどに詰め込んでいた。それで終わりでもなかった。次に何をするのかと思えばセラフィード達の着替えを別のものに取り替えていて……。途中、間違って召喚してしまった下着を落とし穴の中に落としてから戻していた。
やり終えてさっさと帰っていく姿を呆然と見つめてしまった。
「先生! 見た! なあみた!昨日合ったっていう奴
その翌日、始業が始まる前にルーシュリックの奴が部屋にやってくる。荒々しく扉を開けた奴の目は子供のように輝いていた。
「俺見れなかったんだけど話聞いただけで面白くて。なあなあ、先生は見ただろう。先生だもん!」
この人と関わることのない男ですら話を聞いているとは。かなりの速さで噂が出回っているのが分かる。まあ、ただでさえ不満が貯まっていたところにあれだ。そりゃあそうなる。あんなことがあったにも関わらず学園にやってきたセラフィードとお共には賞賛を送りたいぐらいだ。だからこそ疑問もわくのだが。
映像の中で彼らの周りで多くの生徒たちがクスクスと笑っている。
ふっと考え込んでしまう所をなあなあと横から元気が有り余る騒ぎ声で掻き消される。そんな男を満足させるため俺は魔法を使う。学園を映す映像とは違う映像が映し出される。そこにはかぼちゃパンツを履いたセラフィードの姿。昨日の映像を記録し残しておいたものだ。
「ヒィ―――――! さすが先生! やる――! にしてもこの格好おもしれぇ」
げらげらとルーシュリックの笑い声が部屋の中に響く。一応魔法で防音対策を施してあるが外まで聞こえてしまっているんじゃないかと思えるほどの声だ。あまりにもうるさいので俺は魔法で耳栓をした。
「 」
音が聞こえないので何を言っているのか分からないが、あんなキラキラした目を見れば大抵は予想できる。俺はその辺の紙に映しているセラフィードの姿をコピーした。大げさに喜び飛び跳ねるルーシュリック。こいつこんなにセラフィードのこと嫌いだったかと不思議に思うがまあ、奴なりに思うことがあるのだろうと思う事にする。ルーシュリックがまた俺を見て何か聞いてくる。声は聞こえないが何を言いたいかは察して魔法の鍵がかかっている扉を開く。
中には大量の紙。
ルーシュリックの笑い声が響いた。
一頻り笑い終えたルーシュリックが部屋から出ていき俺はようやく魔法を解いた。思考の海に潜りながら奴が来る前まで覗いていた学園の映像を覗く。もうすぐ授業が始まる所だった。
俺はそれを見つめ……、授業が終わるころになって立ち上がっていた。
「アイツら馬鹿じゃねえの!馬鹿じゃねえの! ばっかじゃねえの」
「うるさいぞ。ルーシュリック」
狭い部屋の中で喚き立てる馬鹿に俺は仕事をしている手を止めず注意する。心の中ではルーシュリックの言葉に賛同しているがそれは言わない。
「だってよ、先生!
彼奴ら馬鹿なんだもん! なんなのアイツら、俺なんかより数倍勉強できる癖に何で回りの事とか分かんねぇの!? それにさやかの事も全然守れてねえ。もう良い! こうなったら俺が守る。
先生犯人誰!」
詰め寄ってくるルーシュリックは魔法の壁を作ってはじく。騒がしい奴だとは思うがその理由は分からんでもない。こいつがベクトルはどうあれ大切にしているさやかが危ない目にあっているのだ。そりゃあ怒るだろう。しかも守ると思っていた奴が守らないのだから余計に。とはいえここで騒がなくてもいいだろうとは思うが。
「なあ、先生。先生なら知ってんだろう! 見てんだろ! てか、先生が止めてくれよ」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ声がうるさい。全く馬鹿なことをしてくれたなとどこぞの馬鹿に思う。馬鹿だ馬鹿だとは思っていたがここまで馬鹿な行動をしてくれるとは。
「分かっているが俺は止めん。お前も余計なことはするな」
「なんで! 犯人誰!」
一つ俺は考える。言っていいのかどうか。言えばこいつは怒る。だが言わなければこいつは勝手に行動してさらに場を混乱させる。それはそれで何がどうなるのか気になるが……。だがやはり。
「セラフィードだ」
「へ? セラフィード」
考えての決断
「はあ? なんで!」
一拍遅れて部屋が騒がしくなるがしかたないだろう。
「なんで、なんでなんで! はぁ!? ふざけんじゃねえぞ、なあなんでだよ先生!」
馬鹿の行動理由を俺に聞くなと云いたいが分かっているので教えてはやる。ヒントだけだが
「考えたら分かるだろう。考えもしない馬鹿は出ていけ」
「考えたら分かるって分かるわけ……、あ、もしかしてトレーフルブラン?」
「そうだ」
「え……。馬鹿じゃねえのアイツら。それ絶対トレーフルブランに分かるだろう。意味ねえじゃん。逆にアイツら恥かくぞ」
「だと良いんだがな」
「え?」
俺は映像でトレーフルブランを映し出す。相も変わらず完璧な笑みを浮かべている女。その胸の内を読むのは難しい。映し出した映像を見てルーシュリックは首を傾げる。俺が何を言いたいのか考えているのだろう。分かると言いがと思っていればあっと思いついたように声を上げる。その反応に違う方向に意識が向いたのが分かった。
「なんかさトレーフルブランの魔法の力また変わったよな。あの……俺がセラフィードと絶縁した次の日からさ。ぶれぶれだったのが安定したんだけど前に戻ったわけじゃなくて質が変わったっていうか……。何だろうな。なんかこう足りなくなった。妙な感じ。
あ、それから気のせいかもしれないけどこの前がらりと変わってたことがあってさ。何だったんだろうなあれ? 遠目で見ていただけだからよく分からなかったんだけど全然違うものになっていたような。でもやっぱりトレーフルブランので……
ん~~。兎に角アイツちょっと変だよな」
「セラフィード達の事はどうした」
変なのはお前だとは言わなかった。まあある意味ではそれもこの件に関わっていると俺は思っている。むしろ重要なことなのかも……。
「ふぇ?」
間抜けな声を出して瞬きを一つ二つ。あ――と叫び出す愚か者。
「そうだそうだ。えーーだといいがなってどういうことだよ先生。トレーフルブランならアイツらのしようとしてることなんて分かるだろ」
「分かってはいるだろうな」
間違いなく分かってはいるはずだ。でなければわざとアイツらに自分のものを盗ませるような隙を作ることはしないはず。だが分かっていて何故そんな事をする?
逆に証拠を掴むため?
アイツらが馬鹿な行為をすることを証明するのか。
いや、そんな事はしない。あれはこの国の事を思う王妃だ。幾ら愚かな王とはいえ王をけなすようなことだけはしない。
ではなぜ……。
一つだけ考えられることもあるが……、そうだとは思いたくない。もしそうだとしたら……。
それにあれは不可解なことが多すぎる。王妃であることは間違いないのだが……、そうでない何かがある。あれではまるで……
「先生?」
思考に沈んでいたのをルーシュリックの声が浮上させる。俺はその馬鹿を見てため息を吐く。なんなのねえなんなのうるさいほどに目が語っていた。
「トレーフルブランが何を考えているのかが分からん。こいつは妙なことが多すぎる。今回の事も分かっていながら何もしないつもりかもしれん」
「それて……」
「トレーフルブランが何を考えているのか知りたい。だから俺は何もせん。多分あの愚かな男のことだ。大勢の元でトレーフルブランを追い落とすため年度末のパーティーの時に仕掛けるだろう。 それまでは見守るだけにするつもりだ。
お前も何もするな。
お前流に言うなら俺はトレーフルブランに「興味がある」」
声がかぶさる。ルーシュリックはにんまりと笑っていた。
「そうか。そうか。そーーいうことか。なら了解だ。
さやかの事は心配だけど彼奴も自分で選んだ道だもんな。俺も大人しく見守ることにする」
声を弾ませるルーシュリック。こいつ自身もトレーフルブランに興味を持っているから観察できるのが嬉しいのだろう。もしかしたら何かが分かるのかもとわくわくしている。
俺にはわくわくはない。むしろ知りたくもないと思ってしまう。それでも知らなくてはと思った。
そしてパーティーの日。愚かな馬鹿共が馬鹿を起こす
それを見たとき何が起きているのか理解ができなかった。
悲鳴が聞こえ急いで駆け付けたその場所には物凄い魔法の力が渦巻き竜巻となって周囲を破壊していた。それは信じられないほど黒く毒々しいものだった。近づくだけで肌が焼ける。このままではやばいと魔力で防御しながら渦の中に向かった。そこにいるのはトレーフルブランたった一人。彼女を襲っていたであろう相手はもう逃げた後なのだろう。
それでも止まらない魔法の力。
中心にいる彼女は狂ったように叫んでいた。
魔力の暴走である。
精神に一定以上の負荷がかかると身を守るために魔法の力が意志とは関係なく吹き出すことがある。大抵は数分かそこらで終わるうえ、被害もたいしたことはない。だがトレーフルブランの魔法の力は常人よりも遥かに強い。一度暴走すると被害は大変なこととなる。
壁が破壊され床も抉られていく。俺も魔法で防御をしていなければとっくに死んでいた。
しかも数分どころか数十分経ってもこの暴走は収まりそうにない。このままではトレーフルブランの体が持たないと彼女に手を伸ばした。名前を呼んで彼女を抱きしめる。
彼女の魔法に合わせるように俺の魔法をコントロールする。彼女の魔法を俺の魔法で包み込み、ゆっくりと彼女の中に戻していく。泥泥とした重苦しい何かが俺の中に入ってくる。
その感覚に驚く。
彼女の魔法の力は俺の知るものから随分と変質していた。しばらく前から不安定にはなっていたがそれともまた違う。不安定さは感じなくなっているのに彼女のものだとは思えないほど別の色をしていた。
不審に思いながらも彼女の中に魔法の力を戻していくと悲鳴も止んでくる。
意識を取り戻したトレーフルブランは俺を見て目を見開いた。
「離して!!」
体を突き飛ばされる。
それだけなら良かったもののトレーフルブランはまた恐慌状態に陥っており、離れた途端に魔法の暴走が始まる。
「トレーフルブラン!」
せめて手だけでも何処かに触れようと伸ばしても彼女に拒絶される。
「いや! いや! いやああああああああ!」
耳をつんざく悲鳴。
正直な話自分が何を見ているのか、ここが今どこでどう云った状況なのか。全てが理解できなくなっていた。
あの強い女がこんなにも弱くなるのか。襲われたとはいえこんな風に人におびえた姿を見せるものなのか。あの完璧な令嬢の姿が見る影もないほど無残に崩れている。
なんだこれはと現状を理解できない。したくもないのかもしれない。
だが聞こえてきた声で我に返る。
「助けて。誰か!」
言葉は確かにそう云っていた。そしてそう云ったのは間違いなくトレーフルブランの声だった。
彼女の手を掴む。振りほどかれそうになるそれを引き寄せて抱きしめる。
「大丈夫だ。トレーフルブラン」
叫んで腕に力を込める。魔法を無理矢理押し込んだ。ピリピリとした痛みが肌を刺す。体中が焼けるように熱を持った。
見る見るうちに暴走していた魔法は収まる。無理矢理力を抑え込まれたトレーフルブランは茫然と何処かを見つめていた。彼女の名を必死に呼んだ。
腕の中の彼女が身じろぎ荒くなっていた息を抑えようとしているのが伝わってくる。彼女の意識が戻ったことに気付いて安堵した。整え終えた所で声を掛ける。その問いに大丈夫ですと返事が返ってきて良かったと胸を降ろす。無意識に抱きしめる腕に力を籠めてしまった。取り繕うために言い訳じみた言葉を話す。
嫌がられるかとも思ったが疲れていたのだろうトレーフルブランは静かに身を預けてきた。その体と心が少しでも休めるようにと願う。
その後はトレーフルブランの怪我を俺の部屋で治療し家まで送っていた。
魔法の暴走により壊れてしまった廊下は残った時間で何とか直した。あんなことの後に見せるのも酷だろうとトレーフルブランには廊下を見せることはしなかった。魔法で誤魔化したので翌日知られて落ち込まないよう頑張った。
あの日から数日。
馬鹿共の馬鹿はますますひどくなってセラフィードとそのお共、それにさやかは学園の中で孤立していた。流石にセラフィードとお共に仕掛ける者はいないがさやかには嫌がらせを仕掛ける者も続出していた。その度に馬鹿共が騒ぎ立てるので魔法で学園の中を覗いていなくても事件は把握してしまう。このままだと誰かがセラフィードとお共にもしだしてしまうのではないかと思っていたらトレーフルブランの妙な行動が目についた。
トレーフルブランが落とし穴を作っていたのだ。
しかもそこに詰めるは詰める。何処から持ってきたのか馬糞に虫をこれでもかと云うほど詰める。悪意どころか憎しみすら感じるほどに詰め込んでいた。それで終わりでもなかった。次に何をするのかと思えばセラフィード達の着替えを別のものに取り替えていて……。途中、間違って召喚してしまった下着を落とし穴の中に落としてから戻していた。
やり終えてさっさと帰っていく姿を呆然と見つめてしまった。
「先生! 見た! なあみた!昨日合ったっていう奴
その翌日、始業が始まる前にルーシュリックの奴が部屋にやってくる。荒々しく扉を開けた奴の目は子供のように輝いていた。
「俺見れなかったんだけど話聞いただけで面白くて。なあなあ、先生は見ただろう。先生だもん!」
この人と関わることのない男ですら話を聞いているとは。かなりの速さで噂が出回っているのが分かる。まあ、ただでさえ不満が貯まっていたところにあれだ。そりゃあそうなる。あんなことがあったにも関わらず学園にやってきたセラフィードとお共には賞賛を送りたいぐらいだ。だからこそ疑問もわくのだが。
映像の中で彼らの周りで多くの生徒たちがクスクスと笑っている。
ふっと考え込んでしまう所をなあなあと横から元気が有り余る騒ぎ声で掻き消される。そんな男を満足させるため俺は魔法を使う。学園を映す映像とは違う映像が映し出される。そこにはかぼちゃパンツを履いたセラフィードの姿。昨日の映像を記録し残しておいたものだ。
「ヒィ―――――! さすが先生! やる――! にしてもこの格好おもしれぇ」
げらげらとルーシュリックの笑い声が部屋の中に響く。一応魔法で防音対策を施してあるが外まで聞こえてしまっているんじゃないかと思えるほどの声だ。あまりにもうるさいので俺は魔法で耳栓をした。
「 」
音が聞こえないので何を言っているのか分からないが、あんなキラキラした目を見れば大抵は予想できる。俺はその辺の紙に映しているセラフィードの姿をコピーした。大げさに喜び飛び跳ねるルーシュリック。こいつこんなにセラフィードのこと嫌いだったかと不思議に思うがまあ、奴なりに思うことがあるのだろうと思う事にする。ルーシュリックがまた俺を見て何か聞いてくる。声は聞こえないが何を言いたいかは察して魔法の鍵がかかっている扉を開く。
中には大量の紙。
ルーシュリックの笑い声が響いた。
一頻り笑い終えたルーシュリックが部屋から出ていき俺はようやく魔法を解いた。思考の海に潜りながら奴が来る前まで覗いていた学園の映像を覗く。もうすぐ授業が始まる所だった。
俺はそれを見つめ……、授業が終わるころになって立ち上がっていた。
「アイツら馬鹿じゃねえの!馬鹿じゃねえの! ばっかじゃねえの」
「うるさいぞ。ルーシュリック」
狭い部屋の中で喚き立てる馬鹿に俺は仕事をしている手を止めず注意する。心の中ではルーシュリックの言葉に賛同しているがそれは言わない。
「だってよ、先生!
彼奴ら馬鹿なんだもん! なんなのアイツら、俺なんかより数倍勉強できる癖に何で回りの事とか分かんねぇの!? それにさやかの事も全然守れてねえ。もう良い! こうなったら俺が守る。
先生犯人誰!」
詰め寄ってくるルーシュリックは魔法の壁を作ってはじく。騒がしい奴だとは思うがその理由は分からんでもない。こいつがベクトルはどうあれ大切にしているさやかが危ない目にあっているのだ。そりゃあ怒るだろう。しかも守ると思っていた奴が守らないのだから余計に。とはいえここで騒がなくてもいいだろうとは思うが。
「なあ、先生。先生なら知ってんだろう! 見てんだろ! てか、先生が止めてくれよ」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ声がうるさい。全く馬鹿なことをしてくれたなとどこぞの馬鹿に思う。馬鹿だ馬鹿だとは思っていたがここまで馬鹿な行動をしてくれるとは。
「分かっているが俺は止めん。お前も余計なことはするな」
「なんで! 犯人誰!」
一つ俺は考える。言っていいのかどうか。言えばこいつは怒る。だが言わなければこいつは勝手に行動してさらに場を混乱させる。それはそれで何がどうなるのか気になるが……。だがやはり。
「セラフィードだ」
「へ? セラフィード」
考えての決断
「はあ? なんで!」
一拍遅れて部屋が騒がしくなるがしかたないだろう。
「なんで、なんでなんで! はぁ!? ふざけんじゃねえぞ、なあなんでだよ先生!」
馬鹿の行動理由を俺に聞くなと云いたいが分かっているので教えてはやる。ヒントだけだが
「考えたら分かるだろう。考えもしない馬鹿は出ていけ」
「考えたら分かるって分かるわけ……、あ、もしかしてトレーフルブラン?」
「そうだ」
「え……。馬鹿じゃねえのアイツら。それ絶対トレーフルブランに分かるだろう。意味ねえじゃん。逆にアイツら恥かくぞ」
「だと良いんだがな」
「え?」
俺は映像でトレーフルブランを映し出す。相も変わらず完璧な笑みを浮かべている女。その胸の内を読むのは難しい。映し出した映像を見てルーシュリックは首を傾げる。俺が何を言いたいのか考えているのだろう。分かると言いがと思っていればあっと思いついたように声を上げる。その反応に違う方向に意識が向いたのが分かった。
「なんかさトレーフルブランの魔法の力また変わったよな。あの……俺がセラフィードと絶縁した次の日からさ。ぶれぶれだったのが安定したんだけど前に戻ったわけじゃなくて質が変わったっていうか……。何だろうな。なんかこう足りなくなった。妙な感じ。
あ、それから気のせいかもしれないけどこの前がらりと変わってたことがあってさ。何だったんだろうなあれ? 遠目で見ていただけだからよく分からなかったんだけど全然違うものになっていたような。でもやっぱりトレーフルブランので……
ん~~。兎に角アイツちょっと変だよな」
「セラフィード達の事はどうした」
変なのはお前だとは言わなかった。まあある意味ではそれもこの件に関わっていると俺は思っている。むしろ重要なことなのかも……。
「ふぇ?」
間抜けな声を出して瞬きを一つ二つ。あ――と叫び出す愚か者。
「そうだそうだ。えーーだといいがなってどういうことだよ先生。トレーフルブランならアイツらのしようとしてることなんて分かるだろ」
「分かってはいるだろうな」
間違いなく分かってはいるはずだ。でなければわざとアイツらに自分のものを盗ませるような隙を作ることはしないはず。だが分かっていて何故そんな事をする?
逆に証拠を掴むため?
アイツらが馬鹿な行為をすることを証明するのか。
いや、そんな事はしない。あれはこの国の事を思う王妃だ。幾ら愚かな王とはいえ王をけなすようなことだけはしない。
ではなぜ……。
一つだけ考えられることもあるが……、そうだとは思いたくない。もしそうだとしたら……。
それにあれは不可解なことが多すぎる。王妃であることは間違いないのだが……、そうでない何かがある。あれではまるで……
「先生?」
思考に沈んでいたのをルーシュリックの声が浮上させる。俺はその馬鹿を見てため息を吐く。なんなのねえなんなのうるさいほどに目が語っていた。
「トレーフルブランが何を考えているのかが分からん。こいつは妙なことが多すぎる。今回の事も分かっていながら何もしないつもりかもしれん」
「それて……」
「トレーフルブランが何を考えているのか知りたい。だから俺は何もせん。多分あの愚かな男のことだ。大勢の元でトレーフルブランを追い落とすため年度末のパーティーの時に仕掛けるだろう。 それまでは見守るだけにするつもりだ。
お前も何もするな。
お前流に言うなら俺はトレーフルブランに「興味がある」」
声がかぶさる。ルーシュリックはにんまりと笑っていた。
「そうか。そうか。そーーいうことか。なら了解だ。
さやかの事は心配だけど彼奴も自分で選んだ道だもんな。俺も大人しく見守ることにする」
声を弾ませるルーシュリック。こいつ自身もトレーフルブランに興味を持っているから観察できるのが嬉しいのだろう。もしかしたら何かが分かるのかもとわくわくしている。
俺にはわくわくはない。むしろ知りたくもないと思ってしまう。それでも知らなくてはと思った。
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