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悪役令嬢は死を望む
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休み時間の終わりの鐘がなった。
もう生徒たちは皆教室に戻っただろう。ずっと手を繋いでイチャイチャしていた二人も鐘がなると離れ、名残惜しそうにしながらもそれぞれの教室へと向かった。私と別れる時はあんな風に惜しむことなんて一度もなかったくせに。
もはや嫉妬かどうかすらわからない感情でその光景を見送った私は先ほどまで二人がいた中庭に向かう。人目の付きづらいその場所はちょっとしたテラスになっていてこの学園でも一部のものしか入ることは許されない。勿論ヒロインは許されていない。それなのにここにいたのはセラフィードが招き入れたから。
ふつふつと湧き上がるのは怒りなのだろうか。
今は自分の感情さえよく分からなかった。前世の頃の思いと今が交じり合って判別がつかない。ただ胸の中一杯に押し込まれた感情の名前はちゃんと分かる。
それは悲しみと苦しみ。そして空しさだ。
備え付けの椅子に座りこれからどうするかを考える。外に置かれている椅子の癖にふわふわで抜群の座り心地を持つこの椅子にも後数か月もしたらおさらばだろう。何せ私はこの学園から追い出される身。まだ今からなら間に合うと助かりたい僅かな部分が声を上げる。確かに今ならまだ間に合うだろう。
ヒロインに対して色々と強く当たってしまったがまだ非人道的な犯罪となるようなことはしていない。それはこれからする筈だったこと。
それをせずにヒロインとセラフィードの事を認めて素直に身を引けば、肩身は狭くなっても居場所をなくすまではいかないだろう。家の悪事がばれて一族路頭に迷う事もない。
むしろうまくやれば婚約者を取られた悲劇の令嬢として同情を集め二人の評価を著しく損なうこともできる。演技は得意だ。
だけど……。それは必要だろうか。
それをして私はどうなる。愛した人を奪われた空しさを抱えて一人生き続けるのか。二人が幸せそうに暮らすのをずっと見つめて。
そんなのはごめんだ。
どうせこの先私を愛してくれるような人も私が愛せるような人も現れない。
それならもういっそすべて捨ててしまった方がましじゃないか。奪われた恨みをヒロインにぶつけ、婚約をしているにもかかわらず他の女に心を移したセラフィードにも怒りを投げつけて。それですべてを捨ててしまった方がずっとずっとましなんじゃないか?
やるならもっと完璧に一族路頭なんて生ぬるいどうせなら全員が死刑になるような事をやってやれば胸にすくう全ての感情をなくすことができるかもしれない。
どうせ先のない身なのだから……。
「愛と魔法の物語」
私が前世でやっていたゲームのタイトル
舞台は魔法国家マモニール。その上流社会、貴族の子供達が通う学園になっている。
ある日その世界に一人の少女が降ってくることから物語は始まる。突如現れたその少女は強い魔法の力を秘め異世界からやってきた。行く場所もない彼女は学園に保護されることになる。この少女こそヒロインであり学園で出会う数名の男たちと恋をしていくことになるのだ。
その一人にしてメイン攻略対象キャラセラフィード・マモニール。名前の通りこの国の王子それも第一継承者だ。
そんな彼には婚約者がいた。
国の中でも五つの指に入るほどの名門貴族アイレッド侯爵家の令嬢トレーフルブラン・アイレッド。
彼女は眉目秀麗文武両道。魔力の腕もさることながらピアノやバイオリン、お茶に手芸、政治に経済学医学に剣術武術ありとあらゆることを学びすべての分野で右に出るもののいない多彩な才能の持ち主であった。だがその分性格もきつかった。
セラフィードに近づくヒロインが気に食わず何かあれば不必要なほど強く当たり、取り巻き連中を使って苛めまがいの事もする。それに屈さずときにはそれが後押しにもなったりしてヒロインは距離を縮めていくわけだが、ゲームをしている時は兎に角うざく何なんだこいつはと思ってしまうようなキャラだった。最後何もかも失う姿を見て何度胸がすくわれたか。
だが、違ったのだ。
そうトレーフルブランになることで分かった。彼女は失いたくなかっただけなのだ。たった一人自分を肯定して守ってくれると約束した王子を。
トレーフルブラン・アイレッド。
彼女はアイレッド家の長女として生まれる。
その時点で多くの者の羨望の的となるような幸せな人生が与えられたも同然だった。何も知らない外の人々からしたら。だが実際には違った。
彼女の家族は血統や家柄にしか興味がなく家を継ぐことのできないトレーフルブランには毛ほどの興味も抱かなかった。そのうちどこぞの有力貴族と結婚させて家に金を入れてくれたらそれでいいと云う考え方。だから教養などの勉強はさせられたがそれ以外は何も。使用人は沢山いてもそのすべてが金のため云うなら義務で働いているだけ。トレーフルブランの事など誰一人見ようともしなかった。
物心つく前からずっと一人ぼっちだった彼女。そんな彼女に転機が訪れる。
セラフィードとの出会いだ。
親に愛され周りに慕われ沢山の愛を与えられて育ったセラフィードはトレーフルブランには眩しく彼女は彼に自分の寂しさをぶちまけてしまう。そこでセラフィードはこういうのだ。
なら僕が守ってあげる。ずっと傍にいるよ。ねえ、僕のお嫁さんになって。
恋の始まりだった。
そしてその話が両家で纏まり正式なものとなる。トレーフルブランの両親はそりゃあもう喜んだ。何とか五大貴族と呼ばれる地位を維持してはいるが落ち目にあった我が家。そんな我が家も王族と結婚すれば将来安泰。何の心配もいらなくなると。
見向きもしなかった娘に目を向けあれやこれやと可愛がった。何もかもが嬉しくてトレーフルブランはその日から王子の婚約者として恥じない己になるよう精進へと走った。
教養の勉強だけでなく、王となるセラフィードを支えるため政治に経済学などを習うようになり、いざと言う時自分の身とセラフィードを守るために剣も魔法も身につけた。自分の容姿を磨くことも忘れない。女としても人としても完璧な己を作り上げた。
そしてセラフィードが王子として周りになめられないよう笑われないよう彼の振る舞いを窘めるようになっていき……そのあたりからおかしくなり始めた。
自分より優秀で自分の行いにも一々口を出してくるトレーフルブランをセラフィードが疎ましく思い始めたのだ。そこに来てのヒロイン登場。トレーフルブランはたった一人自分を守ると云ってくれたセラフィードを奪われたくない一心で悪に身を落としたのだ。
たとえもうそこに愛がなくとも一時でも愛してくれた存在をなくしたくはなかった。
「その思い分かるよ」
私は思わず呟いていた。もう私となってしまったトレーフルブランの気持ちが痛いほどわかった。
だって私もそうだった。
私もずっと一人だった。
両親はろくでなしの飲んだくれ。毎日暴力を振るってはまともな食事も与えられず最後には人身売買の組織に私を売った。いかれた男に買われて地獄のような日々を過ごし警察に保護されたものの、その後が最悪。預けられた児童施設では腫れもののように扱われ一人。誰も彼も気味悪がって近寄ってこなかった。
小中高ずっと一人で大人になってさえも一人。
仕事だけはできたからお金がどんどん貯まって使い処のないそれを消費するためゲームに走った。乙女ゲームはよかった。まるで現実味がなく様々なイケメンから愛される。最高だった。
そんな私も恋をしたことはある。
向こうから好きだと言われてころりと。トレーフルブランのようにあっさりと落ちた。が、トレーフルブランと同じ、嫌それ以上にひどかった。何せ結婚詐欺師だったのだ。多額の金を貢いだ後にぽいと捨てられ一人ぼっちだった私は現実を信じることができなかった。悲しいとか悔しいとかでなくまず信じられなかった。
信じられない挙句に相手を刺した。
そして自分の腹もさして川にドボン。
心中した。
そんな最後の後がこれだ。もういいじゃん。トレーフルブラン。あんな男を追い求めても恋に生きても幸せになんてなれないんだよ。私の男が私の王子様でなかったようにあんたの男もあんたの王子様ではなかったんだ。
私は私の中のトレーフルブランに言い聞かせる。
それは私に言い聞かせるも同じだ。
私はもうトレーフルブランなのだから。生きていたってもう何一ついいことなどないのだ。私は一人。王になり王妃になった二人を見つめ続けるだけ。
それなら。全ての愚か者に精一杯のお返しをしてから死んでやりましょう。
ねぇ、トレーフルブラン。貴方だって本当はそうしたかったんでしょう
もう生徒たちは皆教室に戻っただろう。ずっと手を繋いでイチャイチャしていた二人も鐘がなると離れ、名残惜しそうにしながらもそれぞれの教室へと向かった。私と別れる時はあんな風に惜しむことなんて一度もなかったくせに。
もはや嫉妬かどうかすらわからない感情でその光景を見送った私は先ほどまで二人がいた中庭に向かう。人目の付きづらいその場所はちょっとしたテラスになっていてこの学園でも一部のものしか入ることは許されない。勿論ヒロインは許されていない。それなのにここにいたのはセラフィードが招き入れたから。
ふつふつと湧き上がるのは怒りなのだろうか。
今は自分の感情さえよく分からなかった。前世の頃の思いと今が交じり合って判別がつかない。ただ胸の中一杯に押し込まれた感情の名前はちゃんと分かる。
それは悲しみと苦しみ。そして空しさだ。
備え付けの椅子に座りこれからどうするかを考える。外に置かれている椅子の癖にふわふわで抜群の座り心地を持つこの椅子にも後数か月もしたらおさらばだろう。何せ私はこの学園から追い出される身。まだ今からなら間に合うと助かりたい僅かな部分が声を上げる。確かに今ならまだ間に合うだろう。
ヒロインに対して色々と強く当たってしまったがまだ非人道的な犯罪となるようなことはしていない。それはこれからする筈だったこと。
それをせずにヒロインとセラフィードの事を認めて素直に身を引けば、肩身は狭くなっても居場所をなくすまではいかないだろう。家の悪事がばれて一族路頭に迷う事もない。
むしろうまくやれば婚約者を取られた悲劇の令嬢として同情を集め二人の評価を著しく損なうこともできる。演技は得意だ。
だけど……。それは必要だろうか。
それをして私はどうなる。愛した人を奪われた空しさを抱えて一人生き続けるのか。二人が幸せそうに暮らすのをずっと見つめて。
そんなのはごめんだ。
どうせこの先私を愛してくれるような人も私が愛せるような人も現れない。
それならもういっそすべて捨ててしまった方がましじゃないか。奪われた恨みをヒロインにぶつけ、婚約をしているにもかかわらず他の女に心を移したセラフィードにも怒りを投げつけて。それですべてを捨ててしまった方がずっとずっとましなんじゃないか?
やるならもっと完璧に一族路頭なんて生ぬるいどうせなら全員が死刑になるような事をやってやれば胸にすくう全ての感情をなくすことができるかもしれない。
どうせ先のない身なのだから……。
「愛と魔法の物語」
私が前世でやっていたゲームのタイトル
舞台は魔法国家マモニール。その上流社会、貴族の子供達が通う学園になっている。
ある日その世界に一人の少女が降ってくることから物語は始まる。突如現れたその少女は強い魔法の力を秘め異世界からやってきた。行く場所もない彼女は学園に保護されることになる。この少女こそヒロインであり学園で出会う数名の男たちと恋をしていくことになるのだ。
その一人にしてメイン攻略対象キャラセラフィード・マモニール。名前の通りこの国の王子それも第一継承者だ。
そんな彼には婚約者がいた。
国の中でも五つの指に入るほどの名門貴族アイレッド侯爵家の令嬢トレーフルブラン・アイレッド。
彼女は眉目秀麗文武両道。魔力の腕もさることながらピアノやバイオリン、お茶に手芸、政治に経済学医学に剣術武術ありとあらゆることを学びすべての分野で右に出るもののいない多彩な才能の持ち主であった。だがその分性格もきつかった。
セラフィードに近づくヒロインが気に食わず何かあれば不必要なほど強く当たり、取り巻き連中を使って苛めまがいの事もする。それに屈さずときにはそれが後押しにもなったりしてヒロインは距離を縮めていくわけだが、ゲームをしている時は兎に角うざく何なんだこいつはと思ってしまうようなキャラだった。最後何もかも失う姿を見て何度胸がすくわれたか。
だが、違ったのだ。
そうトレーフルブランになることで分かった。彼女は失いたくなかっただけなのだ。たった一人自分を肯定して守ってくれると約束した王子を。
トレーフルブラン・アイレッド。
彼女はアイレッド家の長女として生まれる。
その時点で多くの者の羨望の的となるような幸せな人生が与えられたも同然だった。何も知らない外の人々からしたら。だが実際には違った。
彼女の家族は血統や家柄にしか興味がなく家を継ぐことのできないトレーフルブランには毛ほどの興味も抱かなかった。そのうちどこぞの有力貴族と結婚させて家に金を入れてくれたらそれでいいと云う考え方。だから教養などの勉強はさせられたがそれ以外は何も。使用人は沢山いてもそのすべてが金のため云うなら義務で働いているだけ。トレーフルブランの事など誰一人見ようともしなかった。
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セラフィードとの出会いだ。
親に愛され周りに慕われ沢山の愛を与えられて育ったセラフィードはトレーフルブランには眩しく彼女は彼に自分の寂しさをぶちまけてしまう。そこでセラフィードはこういうのだ。
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恋の始まりだった。
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見向きもしなかった娘に目を向けあれやこれやと可愛がった。何もかもが嬉しくてトレーフルブランはその日から王子の婚約者として恥じない己になるよう精進へと走った。
教養の勉強だけでなく、王となるセラフィードを支えるため政治に経済学などを習うようになり、いざと言う時自分の身とセラフィードを守るために剣も魔法も身につけた。自分の容姿を磨くことも忘れない。女としても人としても完璧な己を作り上げた。
そしてセラフィードが王子として周りになめられないよう笑われないよう彼の振る舞いを窘めるようになっていき……そのあたりからおかしくなり始めた。
自分より優秀で自分の行いにも一々口を出してくるトレーフルブランをセラフィードが疎ましく思い始めたのだ。そこに来てのヒロイン登場。トレーフルブランはたった一人自分を守ると云ってくれたセラフィードを奪われたくない一心で悪に身を落としたのだ。
たとえもうそこに愛がなくとも一時でも愛してくれた存在をなくしたくはなかった。
「その思い分かるよ」
私は思わず呟いていた。もう私となってしまったトレーフルブランの気持ちが痛いほどわかった。
だって私もそうだった。
私もずっと一人だった。
両親はろくでなしの飲んだくれ。毎日暴力を振るってはまともな食事も与えられず最後には人身売買の組織に私を売った。いかれた男に買われて地獄のような日々を過ごし警察に保護されたものの、その後が最悪。預けられた児童施設では腫れもののように扱われ一人。誰も彼も気味悪がって近寄ってこなかった。
小中高ずっと一人で大人になってさえも一人。
仕事だけはできたからお金がどんどん貯まって使い処のないそれを消費するためゲームに走った。乙女ゲームはよかった。まるで現実味がなく様々なイケメンから愛される。最高だった。
そんな私も恋をしたことはある。
向こうから好きだと言われてころりと。トレーフルブランのようにあっさりと落ちた。が、トレーフルブランと同じ、嫌それ以上にひどかった。何せ結婚詐欺師だったのだ。多額の金を貢いだ後にぽいと捨てられ一人ぼっちだった私は現実を信じることができなかった。悲しいとか悔しいとかでなくまず信じられなかった。
信じられない挙句に相手を刺した。
そして自分の腹もさして川にドボン。
心中した。
そんな最後の後がこれだ。もういいじゃん。トレーフルブラン。あんな男を追い求めても恋に生きても幸せになんてなれないんだよ。私の男が私の王子様でなかったようにあんたの男もあんたの王子様ではなかったんだ。
私は私の中のトレーフルブランに言い聞かせる。
それは私に言い聞かせるも同じだ。
私はもうトレーフルブランなのだから。生きていたってもう何一ついいことなどないのだ。私は一人。王になり王妃になった二人を見つめ続けるだけ。
それなら。全ての愚か者に精一杯のお返しをしてから死んでやりましょう。
ねぇ、トレーフルブラン。貴方だって本当はそうしたかったんでしょう
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