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魔王の娘と約束

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 勇者の家にお泊りした日から実に一か月後、マーナは勇者の元へ遊びに来ていた。昨日のうちに行くと使者を送り伝えているが、いざ近くまで来たマーナは本当に言っていいのか悩んで足が動かなくなっていた。
 勇者の家の近くで立ち尽くして固まってしまう。そのままで時間が過ぎていく中、冷たい秋風にさらされてマーナの体は冷えていく。
 冷たくなっていくのに今日はもう帰ろうかななんて、そう思いもしたけど、それを実行に移す前勇者の家の扉が開いていた。中から勇者が出てきて、外にいるマーナを見てその目を見開く。え、マーナちゃんどうしたの。来たなら言ってくれたらよかったのにとそんな風に言いながらマーナの元まで駆け足で近寄ってきていた。
 いつからいたの。寒かったでしょう。問いかけてくる勇者をマーナはただ茫然と見上げていた。何も言えず立ち尽くしていればどうしたのと勇者は首を傾けてマーナを見つめる。村の人に何か言われた。それとも魔王と何かあったと聞かれて首を横に振る。勇者のすむ村の人や近くの町の人はマーナが魔物でも勇者に会いに来ていることを知っているから遠巻きに見るだけで何かを言ってくることもしてくることもない。魔王はいつでもマーナの味方だった。
 とりあえず家に入ろうかと手を引かれて勇者の家までマーナは歩いていく。とぼとぼとした足取りに勇者は合わせてあるいていた。何かあったのなら教えてね。俺でよければ力になるからと勇者は何度もマーナに声をかけていた。
 マーナはその度に瞳を揺らして勇者を見た。
 勇者の顔はどうしていいのか困っているように眉が寄っているがそれは決してマーナの事を面倒に思ってのものではなかった。
 大丈夫と家に入ってからも勇者が問いかけてくる。俯きながらもマーナは勇者をじっと見ていた。勇者様とマーナは口を開けて勇者を呼ぶ。
 どうした。何があったと勇者はマーナのことを真っ直ぐにみた。何でも言ってくれ。力になるからと力強く伝える勇者。勇者様ともう一度マーナは勇者を呼ぶ。
「勇者様は……、マーナと婚約したこと嫌だと思っていますか」
 言いながらマーナはまた俯いていた。まともに勇者の顔が見られず床だけを睨む。えっと勇者の目は見開いていた。何をとその口は動いて閉じる。勇者が何も言わなくなって沈黙が二人の間に落ちた。静かさにマーナの肩が震えて目はますます下を向いた。
 あーーと勇者から声が出ていく。
「嫌、と言えば嫌かな」
 マーナの肩がまた大きく震える。手のひらをぎゅっと握りしめた。そんなマーナの手を勇者の大きな手が包んでいた。
「でもそれはマーナちゃんが嫌いとかそういう事ではないんだ。ただ俺もう二十代だから、さすがに年の差が気になりすぎるかなって言うのとマーナちゃんはまだまだ小さいからどうしていいのかが分からないんだ。
 婚約とか言われても正直こんな大事なことを今決めるべきでもないと思ってしまうし……。
 マーナちゃんも何か不安に思うことができたのかな」
 膝をついた勇者の目がマーナをのぞき込む。大きな目は優しい色をしていて何が不安か問いかけるかの如く微笑んでいた。
 じっと見つめてこられるその目を前にしてマーナは逃げることもできず頷いていく。その唇が動いたものの何かを言うことはなかった。言おうとしても言えなかった。ならと勇者は優しく続ける。
「婚約は一度なかったことと考えてみるのはどうかな。破棄とまではいかなくてもいいけど、本当にこれでいいのかこれから考えてみよう。マーナちゃんの未来はこれからなんだ。これから俺なんかじゃないもっと素敵な人を見つけるかもしれない。俺のことを嫌いになるかもしれない。
 だから今は一旦なかったことにして、婚約者じゃなくてそうだな、友達として過ごそう。何年か後に答えが出せたらどうするか決めよう。
 俺は……マーナちゃんの意思を尊重するよ」
 ねえとささやく声。ぎゅっと手を握り締められる。伝えようとしてくるその姿にマーナは一つ静かに首を縦に振っていた。そうしながらでもという。
「勇者様も私と婚約者であること嫌なんじゃないんですか。なのに、それだと……」
「……まあ、嫌なわけだけどでもマーナちゃんが嫌いなわけじゃないし、他に誰か好きな人がいるわけじゃないから……。きっとこの先もできないからだからまあいいかなって言うか。マーナちゃんがもし何年かごに俺の事好きで婚約者としてこのままいたいってなったのならその意思を尊重しようかなって」
 手を震わせたマーナから出てきた小さな声に勇者は頬を掻いて曖昧に笑っていた。だから気にしないでなんてそんなことを言う勇者にマーナは目を見開いて。それでは駄目ですと少し大きな声を出した。勇者様と勇者の目をじっと見る。
「それじゃあ、駄目なんです。
 ……もし私が勇者様を好きになって婚約者のままでいたいと思っても勇者様が嫌な時は解消するようにいたしましょう」
「え、……でも」
 マーナの目は揺れていた。そうでありながらぎゅっと勇者を睨むよう強く見つめてくる。
「そうじゃないときっといけないんです」
 両手を握り締めマーナが告げる。しばし固まったのちに勇者にできたのは分かったと頷くことだけであった
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