上 下
2 / 44

勇者、攫われる

しおりを挟む
 その日は珍しく魔族の進軍がなく勇者は荒れた大地の復興を手伝っていた。いくら直したところで魔族に襲われてしまえば一溜まりもなく、戦いが終わらぬ限り真の復興は果たせない。それでも直していかなければ大勢のものの住む場所がなくなってしまう。合間を見つけられれば勇者はいつも復興の手伝いにせいをだしていた。
 体を動かしながら勇者は思うのだ。
 早く戦いを終わらせなければと。
 壊された建物の瓦礫、抉られた大地、傷ついた人々。その姿をしっかりと目に焼き付けてこれ以上魔族に苦しめられる者がでないように早く魔王を倒さないとと。現在実力さがありすぎて本当に倒せるのか弱気になることもあるけどそれでも諦めず戦い。できるだけ早く倒そう。そう心に誓うのだ。
 思いを胸に抱きながら地面に転がる瓦礫を拾い上げていた……はずだった。



だったのだが、現在勇者は周りを魔族に取り囲まれていた。思い出すのは意識あるかぎりの数分前。瓦礫を運んでいた勇者はいきなり頭上から落ちてきた岩を避け、その先にあった穴に落ちた。そこからの記憶はない。目を開けたら周りに魔族がいた。つまり……これは、
(俺、拐われた???)
 そう言うことである。
 何でと叫びそうになるのを堪えて勇者は前を見据えた。暗い部屋。その奥一番暗いところにいるためはっきりとは分からないが、勇者が睨み付ける先に魔王がいた。
 黒く長い髪。頭から生える大きな角。極めつけはあの細身にも関わらず周囲を焼き尽くすような強いオーラ。間違いなく魔王だ。
 睨み付けていると魔王が一歩前にでた。その端正な顔はいつものごとく仏頂面でなんの感情も感じさせない。
「勇者」 
 低い声が魔王からでた。なんだと緊張を含ませた声で勇者が返す。緊迫した空気が二人の間を包む。
「マーナに、私の娘に何をした」
 普段の凛とした張りのある声とは違うどろどろとしたおぞましい声が響く。背筋が凍りつきそうな声に肩を震わせた勇者は一拍置いた後はぁ?  と声をあげた。
「娘ってえ?」
(娘いたの? 魔王に娘いたとか聞いたことないんだけど)
 それもさもあらん。魔王の娘に関しては魔族しか知らない魔界の秘密なのだ。いきなり娘などと言われても分からない。そんなことも忘れ魔族たちは魔王も含め殺気だっていた。
「娘は娘だ。六年前に産まれた私の子だ。あの子に何をした」
「嫌々何をしたってなにもしてないけど!今日今日はじめて娘のこと知ったし!? それに六年前に産まれたって六歳じゃん! いくら敵の子供だろうが六歳の子に何かするほど俺は落ちぶれてねえ! と言うかその子がなんだって言うんだよ」
 魔王の威圧するオーラが漂う室内。只人なら失禁して気絶しそうなその場所でも勇者は強気に声をあげた。縛られた状況でも胸を張る。
「…………なら、何故だ」
 仏頂面だ。変わらぬ仏頂面だ。なのに何故だろう魔王の声が一気に萎んで迷子の子供のように一瞬見えてしまった。そんなはずはないと勇者は心のなかで首を振る。
 勇者の前で苦悩に魔王が体を揺らめかせた。大袈裟なほどに苦悩を表す魔王の顔はだけども一ミリも表情筋が動かない。
「何故マーナはお前が好きだなんて言い出したんだ! 結婚したいだなんて……何故だ。何故だ、勇者!! 答えろ!!」


「いや? え? ええ? なんて?」
 勇者は白目を向いた。自分から声が漏れたことすら分かっていない。信じられないと魔王を見て周りの魔族たちを見る。殺気だっている彼らに冗談を何て言える雰囲気ではない。困惑する勇者。それをおいてけぼりに魔王はボソボソと言葉を繋いでいく
「マーナが産まれてから私はずっと見守り続けてきた。お前との戦い以外は片時もマーナから離れず愛らしい笑顔を守り続けてきた。マーナがほしいと言ったものは何でも与えてきた。毎日のように抱き締めてほっぺにキスして大切にそれはもう大切にしてきたのだ。それが何故お前なんかを好きなるんだ!どうしてだ!
 ……………………お前を殺したい。お前を殺してマーナの目を覚ましてやりたい。だけど……お前を殺したら私はもしかして嫌われるのか?どう思う。勇者」
 いや、知らないけどとは答えられなかった。何を言われてるのか未だ勇者は理解しきれていない。何処かで嘘じゃないのかと思ってる。魔王の様子からしてそうでないとわかるけど。仏頂面のわりに声だけは感情がこもっている。
「人間の子は思春期とか言うものがあって父親のことを大嫌いとか言い出す日があるらしいがそんな風に大嫌いと私も言われるのか?お前を殺しただけで。
 だとしたら私はお前を殺せない。殺したい。死ぬほど殺したいがお前を殺したら私がマーナに嫌われて死んでしまう。だとしたら我慢するしかないのか。マーナが今お前をおめかしをして待っている。そこにつれていくしかないのか? ないのだろう。
 だから勇者……
 何でもいい何でもいいからあの子に嫌われるようなことをして勇者なんて大嫌い。お父様勇者を殺してて言い出すようなことをしてきてくれ!
 一生のお願いだ」
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

決めたのはあなたでしょう?

みおな
恋愛
 ずっと好きだった人がいた。 だけど、その人は私の気持ちに応えてくれなかった。  どれだけ求めても手に入らないなら、とやっと全てを捨てる決心がつきました。  なのに、今さら好きなのは私だと? 捨てたのはあなたでしょう。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

処理中です...