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第16章 金髪の魔女

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「艦隊との距離は……!」
 オクタヴィアがナビゲーターに訊ねた。
「〇・八光時! 五十分後に戦闘エリアに入ります!」
 戦闘エリアとは、高出力レーザー砲の射程距離を基準とする戦闘可能エリアのことである。
「艦長、要塞から入電! メイン・スクリーンに投影します!」
 別のオペレーターが叫んだ。全員が一斉に第一艦橋の五百インチ立体スクリーンに視線を移した。

「お初にお目にかかる。私は、宇宙平和連邦軍GPS方面機動要塞<パルテノン>司令長官、イグバシオ=ブルーノ中将だ」
 初老の高級将官が、威厳に満ちた声で告げた。
「去る銀河標準歴七月九日、我がSHL大統領ロバート=グローバルが暗殺された事件は記憶に新しいと思う。我々はその実行犯であるテア=スクルト元GPS少佐の身柄を、明後日正午までに差し出すことを要求する。それを拒否した場合には、SHLはGPSに対し、宣戦を布告するものとする!」

「な、何ッ……!」
「そんな……!」
 信じ難い驚愕が、<フェニックス>の将官たちを包んだ。彼らの誰一人として、宣戦布告という最終手段をSHLが選択するとは考えてもいなかったのである。

「貴艦には既に探知されたと思うが、SHL宇宙軍一万二千隻は、既に戦闘態勢に入った。もう一度繰り返す。明後日、銀河標準時間十二時をもって、我々の要求が入れられない場合には、GPSに対し宣戦を布告する!」
 ブルーノが無表情に告げた。彼の内心は、その冷徹な表情からは読み取ることは不可能であった。

「待ちたまえ、イグバシオ」
「……! フランコ総帥か?」
 ブルーノがユーリ=フランコの姿を認め、驚きの声を上げた。
「一別以来だな、イグバシオ准将。いや、今は中将になられたのか?」
 ユーリ=フランコとイグバシオ=ブルーノは、かつて銀河連邦軍(GPSの前身)でDNA戦争を共に闘った戦友であった。

「お久しぶりであります、フランコ総帥」
 ブルーノがかつての上官に敬礼した。
「私は銀河系監察宇宙局GPSの代表として、宇宙平和連邦SHL大統領ロバート=グローバル氏の葬儀に列席する為にやってきたのだよ。その事は事前にガーレン副大統領へ告げてある。貴官の先程の言葉は、ガーレン副大統領の命令かね?」
 ユーリ=フランコが、敬礼を返しながら訊ねた。

「副大統領に……?」
 彼の眼が驚きに大きく開かれた。ブルーノは明らかにその事実を知らされてはいなかった。
「……」
 ユーリ=フランコが彼の様子を鋭い視線で観察した。

「私が告げたことは、SHL緊急評議会で決定した内容です。いわば、副大統領をはじめとするSHL上層部の決定です」
 ブルーノが苦々しく告げた。元々、彼は今回の宣戦布告には反対であった。宣戦布告の時間を独断で一日延ばしたのも、SHL上層部にその愚を再認識させたいが為であった。もちろん、軍事裁判は覚悟の上の行為であったが……。

「そうか……。SHL上層部は、あのDNA戦争の悲劇を再来させたいのか……」
「……」
 ブルーノが言葉に詰まった。彼にもGPSとSHLの全面戦争が生み出す大混乱が、まざまざと見えていたのである。
「イグバシオ、私とガーレン副大統領の会談を実現させてもらえないかね?」
 ユーリ=フランコが不意に申し入れた。

「今回のGPS元少佐によるグローバル大統領暗殺については、ある程度の経済的な制裁は覚悟しよう。だが、いきなりの軍事行動はいささか常軌を逸している。ロバートが喜ぶとでも思っているのかね?」
「……。フランコ総帥、貴方はよい部下をお持ちだ」
 ブルーノが不意に微笑んだ。
「どういう意味だ……?」
 ユーリ=フランコが、彼の真意を理解できずに訊ねた。

「貴方と同じ意見を持つGPSの将官が、私に向かって言いましたよ。『銀河系人類三千億人の生命を黙殺するのか』とね……」
 ブルーノが右横を向いて頷いた。彼の承諾を得て、一人の女性がブルーノの右隣に現れた。

「……! ジェシカッ?」
 オクタヴィアが、ブルーノの横に現れた女性を見て叫んだ。
「彼女、ジェシカ=アンドロメダ大尉は、この戦争を回避するために努力しています……」
 ブルーノが辛そうに言った。その言葉の裏側で彼は、彼女の努力が報われる可能性があまりにも低いことを示唆していた。

「フランコ総帥、オクタヴィア司令……。ロバート=グローバル大統領暗殺の犯人は、テア=スクルトではありません。彼女は無実です。私はその証拠を掴んでおります!」
 ジェシカが真剣な表情で話し始めた。
「私は親友であるスクルト元少佐の依頼により、この戦争勃発を防ぐ為にSHLへ潜入しました。この戦争は<テュポーン>によって仕組まれた罠です。彼らのプロジェクトの第一幕なのです!」

「<テュポーン>だと……!」
 ゼリュード上級大将が呟いた。彼はGPS宇宙軍第一艦隊司令長官として、幾度となく銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>と闘ってきたのである。

「しかし、SHL上層部が宣戦布告を決定した今となっては、私の力ではこの戦争を回避することは不可能です。そして、フランコ総帥とガーレン副大統領との会談も、いかにブルーノ司令長官に働きかけて頂いたとしても、実現することは出来ないでしょう。何故なら、<テュポーン>の魔手は……」
 ジェシカが言葉を切った。彼女は周囲を見回した。

 彼女がいる場所は、SHL機動要塞<パルテノン>の艦橋である。たとえ、ブルーノ中将が彼女の味方となっているとはいえ、宣戦布告をしようとしている敵陣の真っ只中にいるのである。
 彼女は次の言葉を告げるのに、死を覚悟した。ブルーノ中将を誹謗したとして、彼女に銃を向けた将官たちにとって、彼女が告げようとする言葉は、確実に彼らの忍耐の限界を超えるものだったからである。

 しかし、ジェシカはそれを告げずにはいられなかった。確たる証拠があるわけではない。だが、SHとして、そしてESPとしての彼女の本能が、その事が真実であることを教えていたのである。
 ジェシカはもう一度周囲を見渡すと、意を決したように告げた。

「<テュポーン>の魔手は、既にガーレン副大統領に及んでいると思われます! 副大統領は既に、<テュポーン>のESPにサイコ・コントロールされている可能性が大きいと思われます!」
 ジェシカの言葉に対するSHL将校の反応は、迅速だった。

「……!」
「何だとッ、貴様……!」
 将校の一人が激昂して、ジェシカの胸ぐらを掴むと同時に殴りかかった。
「ぐッ……!」
 ジェシカが左頬を張り飛ばされて、床に倒れ込んだ。漆黒のロング・ヘアーが乱れ、唇の端から鮮血が流れ出た。

「何しやがるッ……!」
 シュン=カイザードが、彼女を殴った将官の腹部に蹴りを入れた。
「貴様ッ!」
「ぐぁッ!」
 別の将官が、シュンの左肩をレイガンで撃った。その反動で、シュンは計器板に激突し、鮮血を撒き散らした。

 機動要塞<パルテノン>の艦橋が、一気に騒然となった。次の瞬間、<フェニックス>への通信がブラック・アウトした。
「ジェシカッ!」
 <フェニックス>の第一艦橋に、オクタヴィアの悲鳴が響きわたった。
 彼女の碧眼は、通信が切れる瞬間に、レイガンの閃光がジェシカの左腹部を射貫いたのを捉えたのであった。


「ギャアッ!」
 断末魔の絶叫と共に、男が倒れ込んだ。
「アンデスッ!」
 エレナ=マクドリアが、ESPシールドを張りながら倒れた男を抱き起こした。
「しっかりして、アンデス!」
 エレナは男を一目見て、愕然とした。九ミリ・パラペラ弾の直撃を腹部に受け、鮮血とともに内臓がはみ出していた。

「跳ぶわよ!」
 彼女は倒れた男を連れて、イリス宮殿の一室にテレポート・アウトした。
「今、手当するわ」
 エレナは男の腹部に両手を添えると、ESP波を当て始めた。生体エネルギーを注入することにより、代謝速度を上げて傷を修復するためである。

「……エ……レナ……」
 アンデスは生気を失った声で、呟くように彼女の名を呼んだ。
「大丈夫、助かるわ!」
 アンデスが唇の端でかすかに笑った。
「アンデス……」
「……死ぬ……なよ……」
 アンデスがエレナに告げた。それがこの世で最期の彼の言葉であった。

「アンデースッ!」
 エレナは涙を流しながら絶叫した。
 アンデスは彼女にとって十年来の戦友であった。それも、男女の関係を超えた親友であった。
(許せないッ! あの女、絶対に殺してやる!)
 激烈な怒りと共に、エレナは再び戦場に向けてテレポートした。


 エレナたち<イシュタール>隊は、イリス聖王家第一王位継承者アラン=アルファ=イリスとともに、ロザンナ王女を救出するためにイリス宮殿カレドール塔に潜入したのであった。

 カレドール塔は本来、聖都オディッセアの凶悪犯罪者を収容する目的で建設された塔である。地上十五階、地下五階のブロックを有し、その目的のために窓はおろか入り口一つとして設置されていない。従ってカレドール塔に通じる入り口は、隣にそびえるフランデール塔の地下五階に設置された一カ所のみであった。

 フランデール塔は聖都オディッセアの行政機関である「惑星警察局」が設置されている塔であり、当然のことながら防衛システムは厳重を極めている。何重にも張り巡らされた各種シールドをはじめ、対ESPシールドさえも設置されていた。
 アランは、その二つの塔の動力源を破壊することを選択した。

 もちろん、メイン動力が停止しても、すぐに予備の自家発電動力が稼働するシステムになっている。しかし、その間には、何百分の一秒のタイムラグがあるはずであった。
 アランが狙ったのは、まさにその瞬間である。
 彼自身はESPではなかったが、彼の率いる特殊工作隊<イシュタール>の五人は、何れも優秀なESPであった。よって、ESPシールドさえ停止すれば、その瞬間にフランデール塔を経由することなく、直接カレドール塔内部にテレポート出来るはずである。

 惑星イリスの聖都オディッセアには、五つの塔が存在し、その全てはイリス宮殿を中心としてそれを取り囲むようにそびえてた。そして、それらの塔に送電されるエネルギーは、イリス宮殿の地下三階にある総動力炉から送電されているのである。
 アランは、五人のイシュタール隊を二手に分けた。

 まず、イシュタール隊隊長ジャック=アルバートと、元GPS兵器開発局員のイル=フランケルに、総動力炉を破壊する様に指示した。この二人は、何れもBクラスのESPである。
 そして、自らはイシュタール隊副隊長のエレナ=マクドリアと、アンデス=ゲールを率いて、カレドール塔に潜入した。

 だが、この計画は失敗に終わった。
 ジャックとイルは、総動力炉を破壊することが出来なかったのである。それどころか、イリス宮殿にさえ、潜入出来ずにいたのである。


「何てESPだ……」
 イルが愕然として呟いた。
 彼はBクラス・ランクγの能力者である。GPSに登録されている全てのESPは、その能力レベルによって、Σナンバーを筆頭にAからEまで六段階に分類されている。そのうちのBクラスは、ESP指数八十パーセント以上の強力なレベルであった。数万人いる登録ESP中、上位五百名に入る能力である。
 その彼が、ESPを完全にブロックされていた。

「イル、俺のESPはブロックされている。テレパシーでエレナに連絡できるか?」
 イシュタール隊隊長のジャック=アルバートが訊ねた。彼のESPレベルも、Bクラス・ランクπである。
「無理です! 我々のESPは完全にブロックされています!」
 イルの答えに、ジャックは死を実感した。

 ESP同士の戦闘は、いかに相手の能力をブロックできるかにその勝敗がかかっている。だが、Bクラスの能力者を多少なりともブロックできるのは、Aクラス、それも上位ランクのESPだけであった。それでも完全なブロックは難しい。
 それが、現実に二人のESPが完全にブロックされている。この事実は、相手の能力がAクラスを凌駕していることを意味していた。

(Σナンバー……)
 ジャックの脳裏に、一人のESPの名前が浮かんだ。
 Aクラスを超える能力者……。
 ESPレベル最強のΣナンバー……。
 そして、<銀河系最強の魔女>……。
(まさか……。奴が、こんなところにいるわけがない!)
 彼はその名前を、戦慄とともに否定した。

「隊長、相手のESPはΣナンバーかも……」
 イルが恐怖に引きつった声で告げた。
「ΣナンバーのESPは、全銀河系で一人しかいないはずだ。そいつが、ここにいるはずはないさ!」
「でも、我々BクラスのESP、それも二人の能力を完全にブロックしているんですよ! たとえ、Aクラスでもこんな事は不可能です!」
 イルが叫ぶように言った。

「落ち着け! 相手はAクラス・ランクαだろう。傍受されるのはやむを得ないが、通信でエレナに応援を頼むんだ。エレナのESPレベルは、Aクラス・ランクρだ。我々二人の能力を同調シンクロすれば、相手がどんなESPでも勝てる!」
「了解!」
 イルがインターコムに向かって叫んだ。

「エレナ副隊長、聞こえますか?」
『……』
「エレナ副隊長、応答願います!」
『……こちら、エレナ』
 インターコムから、エレナ=マクドリアの声が聞こえた。
(助かった!)
 イルは狂喜した。その為、エレナの声が普段と違うことに気づかなかった。

「エレナ副隊長、応援願います。敵にESPをブロックされています。すぐに来て下さい! 場所は……」
『無理よ……』
 イルの依頼は、エレナの沈痛に満ちた声に中断された。
「どうした、エレナ?」
 ジャックが驚いて通信に割り込んだ。

『敵に強力なESPがいるわ。おそらくΣナンバー。私のESPもブロックされている……』
「……!」
「何だとッ?」
 ジャックたちは驚愕した。Aクラスのエレナを含む三人のESPをブロックしている。そんな能力者がいるとは信じられなかった。だが、エレナの次に告げた言葉は、彼らを希望を粉砕するには充分すぎるものであった。
『王子がテレポートで誘拐されたわ! そして……、アンデスが殺された!』
 悲痛なエレナの言葉に、ジャックたちは言葉を失った。

 その時……。
「私を捜しているのかしら……?」
 美しいソプラノの声が、ジャックの背後から響いた。一人の女性が、彼らの背後にテレポート・アウトしてきたのである。
「誰だッ……!」
 二人は驚いて振り向いた。ジャックたちは、たとえESPがブロックされていようが、戦闘のプロフェッショナルである。その彼らにして、まったく気配を感じることが出来なかったのだ。

「兄上の誇る<イシュタール>も堕ちたものね。覚醒したばかりのESPに翻弄されるようでは……」
 金髪碧眼の美しい女性が告げた。
 豊かなブロンズに、宝石をちりばめたヘアバンドが輝いている。透き通るような白い肌を薄紫色のトーガで包み込んだ姿は、伝説の処女神イリスその人のように見えた。
 ジャックたちは彼女をよく知っていた。彼女こそは、彼らが探し求めていた者だったのである。

「ロザンナ……王女!」
「貴方が何故……?」
 ジャックたちの疑問に答えたのは、怒りに燃えるエレナ=マクドリアの声だった。
『敵のESPの名は、ロザンナ=アルファ=フィオナ。ロザンナ王女は裏切り者よ! 彼女がアラン王子をさらい、アンデスを殺した犯人よ!』
 インターコムから流れるエレナの言葉に応えるかのように、ロザンナが悠然と微笑んだ。


「SHL宇宙軍が、パルテノン宙域において戦闘態勢に入った。その数、実に一万二千隻だ。パルテノン宙域には、一昨年にSHLが極秘建設した例の機動要塞がある……」
 男がソファに深く腰掛けながら言った。惑星ドヌープのライリアット革製の高級ソファである。そして、七百㎡をはるかに超える部屋にある全ての装飾品が、それに恥じないものばかりであった。

 白亜の壁には、過去の有名美術家の手によって描かれた本物の絵画がかけられていた。それ一枚で、数億クレジットは下らないはずであった。また、広い床に引き詰められた毛足の長い絨毯は、古代ペルシャ模様に編み込まれており、数千万クレジットはすると思われる。
 そして、極上の大理石のテーブル上には、SD一一二九年製のフランデタール・ワインが置かれ、二つのグラスに紅色の液体を満たしていた。

「それに対してGPSの方は、僅か一艦隊二百八十隻ほどの戦力だ。戦闘が開始されれば、ものの三十分と持たないだろう」
 男がワイングラスを手に持った。年齢は五十代半ばくらいである。しかし、その年齢に反して贅肉は認められず、引き締まった肉体と鋭い眼光が印象的な男であった。

「あなたはどちらにつくおつもりかね?」
 男の正面に座っている青年が訊ねた。こちらは、二十八,九歳くらいか。男とは親子ほどは離れている。しかし、彼の全身から発するプレッシャーが、どちらかと言えば目の前の男さえも圧していた。

 黒い髪、良く日焼けした精悍な顔。百九十センチを超える堂々たる体躯を黒いスーツに包んでいる。また、彼の漆黒の瞳は、凄まじいほどの戦慄を見るものに与えた。それは、強烈な自意識が放つ閃光であった。
「我々はどちらにもつく意志はない。いわば、中立を守るつもりだ」
 ワインの芳香を味わいながら、男が告げた。

「中立……? 無駄なことを言う……」
 青年が右手でワイングラスを弄びながら、嘲笑うように告げた。
「GPSとSHLの全面戦争に、たかが自由惑星同盟FPが中立など出来るとお思いか?」
「……!」
 青年の言葉に、男の顔色が変わった。

自由惑星同盟フリー・プラネッツと言えば聞こえがいいが、所詮GPSとSHLからあぶれた辺境惑星の集まりではないか? ずば抜けた軍事力を誇るではなく、かといって経済力も彼らには遠く及ばない。まして、二年ごとに持ち回りの盟主制を採っている為に、所属国家全てをその権力の元に抑えることすら出来ないあなたに、何が出来るとお思いか?」
「な……何だとッ!」
 男が怒りのあまり、ソファから立ち上がりかけた。それを手で制すると、青年が話を続けた。

「そこで我々が力を貸そうと申し出たのだ。我々の目的は、GPS、SHL、そしてFPに分かれたこの銀河系を、一つに統一することだ」
「銀河系の……統一……?」
「そう。その為に、君を利用させてもらう!」
「利用だと? 貴様、黙って訊いておれば、銀河統一だとか、私を利用するだとか、夢でも見ているんじゃないか!」
 怒りにまかせて、男がグラスの中身を青年にぶちまけた。紅色の液体が、青年の顔に躍りかかった。

 その瞬間……!
「な、何ッ?」
 男の瞳が驚愕に大きく開かれた。
 ワインが、青年の顔の数センチ手前で停止したのである。何かにぶつかって弾かれたのではなく、液体が空中で停止したのである。

「私がESPだと知らなかったのかね? 自由惑星同盟盟主レオナルド=ガイザーク殿」
 青年の漆黒の瞳から、強烈な閃光が放たれた。
「……」
 その閃光を眼にした途端、レオナルド=ガイザークの瞳から全ての意志が消え失せた。
「お前には、私の傀儡となって貰う」
 青年は、液体を空中で停止させ、ガイザークの一瞬の驚愕をつくことによって、彼に瞬間催眠をかけたのである。

 SD一三〇六年九月。
 SHL副大統領ドナルド=ガーレン。
 自由惑星同盟盟主レオナルド=ガイザーク。
 銀河系を三分する勢力のうち、二大勢力の統率者が<テュポーン>の手に落ちたのであった。
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