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第14章 汎銀河戦争勃発

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 何故、人は殺し合うのか?
 数万年の歴史を持つ人類の中で、その質問に対する明確な解答を示唆した者はいたのであろうか。

 全ての宗教がその本質において<愛>を説いているにもかかわらず、人類の歴史は戦争の歴史であると言っても過言ではない。
 人類が種として、あまりにも未成熟なのか。それとも、闘争と殺戮とが、人類の背負った宿業なのか。

 SD一三〇六年九月。
 千五百七十四億の生命を奪った第二次DNA戦争から二十年を経ずして、銀河系はより多くの新たな犠牲を要求していた。


「……。分かりました。では……」
 深い苦悩に満ちた表情で、男が恒星間ヴィジフォーンのスイッチを切った。
「司令長官……」
 ジェシカ=アンドロメダは愕然として男を見つめた。男の名はイグバシオ=ブルーノ。宇宙平和連邦SHL宇宙軍中将であり、GPS方面機動要塞<パルテノン>の司令長官である。

「聞いたとおりだ、大尉。残念だが、私では君の力にはなれそうもない……」
「……」
 ジェシカは言葉を失った。ブルーノ中将は、今の通信で十歳は老け込んだかのように見えた。

「今のが……SHL首脳部の、最終決断なのですか……」
 ジェシカが訊ねた。あまりの衝撃に、言葉が震えた。激しい怒りと絶望が、彼女の蒼白な表情から読み取れた。
 ブルーノ中将の通信相手は、SHL副大統領ドナルド=ガーレンであった。

 そして、ガーレン副大統領が告げた最終決断とは、銀河標準時間で二十四時間後に、銀河系監察宇宙局GPSに対し宣戦布告をすることであった。SHL軍二万八千隻は、既にこの<パルテノン>要塞に向けて集結を開始したとのことである。
(遅かった……。<テュポーン>の魔手は、ガーレン副大統領を手中に収めていたんだわ……)
 ジェシカが唇を噛みしめた。

「SHL宇宙軍総司令長官は、ブライアン提督でしたよね」
 シュン=カイザードが、ブルーノ中将に訊ねた。
「そうだが……」
 ブルーノ中将は、周知の事実とも言えることを訊ねてきたシュンに、戸惑いを覚えながら答えた。

「……!」
 ジェシカの黒曜石の瞳が輝いた。横にいるシュンを見つめた。彼の質問はブルーノ中将に向けられたものでなく、ジェシカにこれからの行動を示唆するものであったのである。
 シュンがジェシカの顔を見つめながら頷いた。

「ブライアン提督が到着するのは、いつ頃ですか?」
 彼女は新たな希望に興奮する心を、できるだけ抑制しながら訊ねた。
「予定通りならば、銀河標準時間で明日の午前三時頃だろう」
「ブルーノ司令長官、お願いします。私をブライアン提督と面会させて下さい。この戦争勃発を避ける為に!」
 ジェシカが必死の表情で叫んだ。

「それは……できん……」
 ブルーノ中将が苦悩に満ちた表情で告げた。
「ブライアン提督は我がSHLにおいて、今やガーレン副大統領と並ぶVIPだ。宣戦布告が決定した以上、私の一存でGPSの将官と面会はさせられん」

「この戦争が始まれば、第二次DNA戦争以上の犠牲は確実です。GPSとSHLが戦争に突入すれば、自由惑星同盟FPも中立ではいられません。銀河系全てが戦乱に巻き込まれるのは間違いありません。銀河系人類三千億人の生命がかかっているのですよ! それをあなたは黙殺なさるのですか!」
 ジェシカは、相手がSHL宇宙軍中将であることも忘れて怒鳴った。

 ガチャ!
 ガシャ!
 ジェシカの豹変ぶりに驚いたSHLの将校たちが、一斉に彼女に銃口を向けた。
「……!」
 ジェシカとシュンは、ハッとして身構えた。

「ブルーノ司令長官に対する不敬罪だ! この二人を拘束しろ!」
 将校の一人が怒鳴った。
 ジェシカたちは、数十の銃口に囲まれた。一瞬のうちに、<パルテノン>要塞の第一艦橋は一触即発の状態となった。

「やめろッ!」
 ブルーノ中将の威厳に満ちた低い声が、険悪なムードを一掃するかのように艦橋に響き渡った。
「アンドロメダ大尉は私の客人だ。たとえ、我々がGPSと戦争に突入したとしても、彼女には何の責任もない。まして、今の彼女の発言は、戦争を回避したい赤心からの言葉だ。私を侮辱したのではない!」
「はッ!」
 将校たちは一斉に銃口を収めた。だが、彼らの表情には、不満がありありと現れていた。

「司令長官、お願いがあります。二人きりで話をさせて頂けませんか?」
「バカを言うな! 貴様がGPSのスパイ、いや、暗殺者アサシンだという可能性もあるのだぞ!」
 将校の一人が激昂して叫んだ。
「フェイ少佐、構わんよ。私はアンドロメダ大尉を信頼しておる。彼女の毅然とした態度を見ておれば、そんな疑惑など持てと言う方が難しい」
 ブルーノ中将が右手を挙げて、フェイ少佐を止めた。

「しかし、……」
「君たちが私の身を案じてくれていることは良く分かっている。だが、私を信頼してくれているのならば、私の直感も信頼して欲しいものだ」
 ブルーノ中将はそう告げると、フェイ少佐以下すべての部下を、第一艦橋から退出させた。

「ありがとうございます、司令長官」
 ジェシカが笑顔を浮かべながら、ブルーの中将に敬礼した。
「私も退出致しましょうか?」
 ジェシカの左横に立っていたシュンが、ブルーノ中将に訊ねた。

「君にはアンドロメダ大尉を護衛する責任があるのではないかね」
「はい。では、お言葉に甘えて同席させて頂きます」
 シュンも、ブルーノ中将に好感を抱いて敬礼した。
「さて、アンドロメダ大尉、人払いをしてまで私に話したいこととは何だね」
 ブルーノ中将が切り出した。

「司令長官、この度の宣戦布告を決定づけた本当の原因は何ですか?」
 黒曜石の瞳に真剣な光を浮かべると、ジェシカが率直に訊ねた。
「……! どういう意味だね?」
「ガーレン副大統領を始めとするSHL評議委員会は、GPSに対し経済的な報復措置を採らず、実力行使という最も劣悪な政策を選びました。これは、今までのSHL首脳部からは考えられない決断です。それに踏み切った本当の理由は何だとお思いですか?」
 ジェシカの黒曜石の瞳が、真っ直ぐにブルーノ中将を見つめた。

「正直に答えよう……。実は、私にも見当がつかないのだよ。本来であれば、君の言う通り、まずGPSに対して輸出入制限を設けるか、関税率を引き上げるなどの経済政策を採るのが普通だ。それもせずに、いきなり宣戦布告とは……、私も非常に驚いているのだ」
 ブルーノ中将は、気の強い孫娘に教え諭すように言った。実際、彼は一昨年前に死別した孫娘の姿を、ジェシカに映していたのである。

「私がその疑問に対する答えを持っているとしたら、どうなさいますか?」
「……! どういう意味だ?」
 微笑みを浮かべながら告げたジェシカの言葉に、ブルーノ中将が驚いて訊ねた。
「これをお見せしたくて、人払いをお願いしたのです。実はこの中に、私がブライアン提督にお会いしなくてはならない理由があるのです」
 ジェシカは、テア=スクルトが託したマイクロ集積回路MICチップを取り出し、ブルーノ中将に手渡した。


「……以上で良かったのかな?」
 ブルーノ中将との通信を終えて、男が訊ねた。
 年齢は六十歳前後、中肉中背で頭髪は見事に禿げあがっている。贅肉にゆるんだ頬とは対照的に、陰険ともとれる光を浮かべた眼が印象的な男であった。

「上出来ですわ、ガーレン副大統領」
 若い女が答えた。こちらは、ファッション雑誌のグラビアを飾るほどの美しい女だった。年齢は二十七,八歳。良く日焼けした小麦色の肌、強い意志を秘めたダークブラウンの瞳、そして、短くカットした紅色の髪。百七十センチを超える長身に見合うグラマラスなプロポーションを、黒いスペース・スーツに包んでいた。

「グローバル大統領が亡くなった後、SHL大統領の椅子に座るのは、あなたしかいませんわ。その為には、SHL国民の誰もが納得する政策を採り、それを実行させなければなりません。今、国民が望んでいる事は、偉大なるグローバル大統領の仇敵討ちですわ。つまり、GPSを完膚なきまでに叩きのめすこと……」
「そして、わしは銀河連邦(GPSの前身)以来、この銀河系を一つにまとめる英雄となるわけだな、紅いサソリスコーピオン殿」
 ガーレン副大統領が、デスクの引き出しから秘蔵のシャンパンを取り出しながら微笑んだ。

「銀河史に残る英雄ドナルド=ガーレン……。悪くないな」
「……」
 紅いサソリと呼ばれた女……<テュポーン>のファースト・ファミリーの一人、ソルジャー=スコーピオンが笑みを浮かべた。
(野心を持つ人間ほど、サイコ・コントロールしやすい……)
 彼女は内心の嘲笑をおくびにも出さず、ガーレン副大統領が満たしたシャンパングラスを掲げた。

「近いうちに、私があなたに素晴らしいプレゼントを差し上げますわ」
「プレゼント? SHL大統領の椅子ならば、頂いたも同然だが……」
 ガーレン副大統領が笑って言った。
「銀河系を統一されたあなたには、大統領など似合いませんわ。あなたに相応しい地位は……」
 ソルジャー=スコーピオンが魅惑的な微笑を浮かべて、言葉を切った。

「わしに相応しい地位……?」
 ガーレン副大統領が、シャンパングラスを掲げながら訊ねた。
「あなたに相応しいのは……、銀河皇帝の椅子です」
「……! な、何だと……?」
 ガーレン副大統領は驚愕して叫んだ。

「そう、初代銀河皇帝ドナルド=ガーレン。宇宙平和連邦SHL銀河系監察宇宙局GPS自由惑星同盟FPを統一した偉大なる男……。それが、あなたです」
「銀河……皇帝……」
 ガーレン副大統領が茫然と呟いた。
「未来の銀河皇帝に、乾杯……!」

(愚かなピエロに、そして、我々のプロジェクトの成功に、乾杯……!)
 ソルジャー=スコーピオンは、ガーレン副大統領に対する嘲笑と自らの覇気を、茫然自失している彼のグラスにぶつけた。
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