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第11章 GPS緊急評議委員会

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 惑星インディスヴァーン。
 銀河系監察宇宙局GPSの総本部<グランド・フェニックス>があるおおいぬ座のライラプス太陽系第三惑星である。そのレヴァース大陸にそびえ立つ<グランド・フェニックス>の第二十七会議室に、上級大将以上の階級章を有するGPSの幹部が集結していた。

 その中でも、圧倒的な存在感を有する男がいた。GPS初代総帥ユーリ=フランコである。
 彼は二十五才にして、銀河連邦(GPSの前身)宇宙軍最年少の少佐となり、数々の惑星内乱やクーデターなどを鎮圧した軍歴を評価され、三十二才で少将となった。
 彼がGPS創設者と呼ばれるジョウ=クェーサーと知り合ったのは、三十三才の時であった。


 当時、ユーリ=フランコはDNAアンドロイド反乱軍を壊滅するよう命令を受け、百四十隻からなる銀河連邦軍第十七艦隊を指揮してアレクサンドロリア星域を航行していた。
 SD一二七四年のことである。
 もし、銀河連邦が存続していれば、ユーリ=フランコの名は「裏切り者」として銀河史の一頁を飾っていたであろう。

 アレクサンドロリア戦線で、ユーリ=フランコはDNAアンドロイド軍に完敗した。三万五千人の将兵のおよそ八割を失い、彼自身も重傷を負って捕虜となったのである。
 後に銀河史を彩ることになる歴史的な会合は、その時に行われた。ジョウ=クェーサーは彼に会った時、こう告げたのだった。
「あなたは今回の闘いで二万八千人の将兵を失われた。これが逆の立場であれば、DNAアンドロイドは全滅していたでしょう」

 当時の銀河連邦は、DNAアンドロイド軍の正確な人数を把握していなかった。ユーリ=フランコ自身も、DNAアンドロイド軍は数十万人いると思っていたのである。
「君はわずか三万人にも満たない同志を闘わせているのか? それも銀河連邦軍五億六千万人に対して……」
 ジョウ=クェーサーの言葉を聞いて、ユーリ=フランコが驚きのあまり目を見開きながら訊ねた。

「それは違う。私が闘っている相手は、銀河連邦ではない。我々DNAアンドロイドの人権を認めようとしない銀河系人類だ」
 その言葉に感銘を受けたユーリ=フランコは、傷が癒えた後もジョウ=クェーサーの元を離れようとはしなかった。

 第一次、第二次DNA戦争を経て、銀河連邦が崩壊し、銀河系は未曾有の大混乱に陥った。それを亜空間砲<アルテミス>の超絶な破壊力で収拾した後、ジョウ=クェーサーはユーリ=フランコをプライベート・ルームに呼んで言った。
「私は惑星インディスヴァーンの初代大統領となったが、あなたには銀河系監察宇宙局GPSの初代総帥となって頂きたい」
 だが、ユーリ=フランコは自身がDNAアンドロイドでないこと、そして、この改革当初からDNAアンドロイド軍に参加していなかったことなどを理由に、その申し出を固辞した。

「以前に私はあなたに告げたはずだ。この改革はDNAアンドロイドのためではないと……。あなたにはDNAアンドロイドの量産を禁止して頂きたい。我々のような危険分子は、これからの時代には不要だ。時代を動かすには我々の能力ESPが必要だったが、平和を確立するためには逆に災いとなる。これからの銀河系は、新人類と旧人類の完全な共存が望ましい。人類は今後、長い時間をかけて新人類へと進化する。だが、今はまだその過程に足を踏み出したに過ぎない。銀河の人々が我々新人類と共存することは、これからの人類の進化を促進することに繋がるはずだ」
 そして、ジョウ=クェーサーは全てをユーリ=フランコに託し、亜空間砲<アルテミス>を破壊して自殺したのである。


(ジョウ=クェーサーの遺児か……)
 ユーリ=フランコは、テア=スクルトに関する報告書に目を通し終えて述懐した。
「アルピオン大佐が出頭致しました」
 第二十七会議室のドアの外で、警備員の声が響いた。
「入りたまえ」
「失礼します。オクタヴィア=アルピオンであります」
 金髪碧眼の美しい女性士官が入室し、ユーリ=フランコに対して敬礼を施した。

 オクタヴィア=アルピオン。
 年齢三十八才。GPS特別犯罪課の司令長官であり、SHスペシャル・ハンターたちを統率する最年少の女性大佐である。ジェイ=マキシアンやテア=スクルトを始め、数々の優秀なSHを教育管理してきた実績は、GPS内でも高い評価を得ており、女性初の「准将」の地位も近いと噂されているキャリア・ウーマンでもある。

 オクタヴィアは、敬礼を済ますと周囲を見渡した。
 第二十七会議室には、GPS総帥ユーリ=フランコを始め、GPSのブレーンとも言えるVIPが集結していた。

 GPS統合作戦本部長アレキサンドル=ファレン元帥。
 GPS宇宙軍総司令長官キュゼル=マラドイカ元帥。
 GPS総参謀長官ミューゼ=クレドリア元帥。

 GPSを代表する三元帥である。その他に、十人の上級大将が一同に同席していた。これだけのメンバーが集まることは、GPS史上でも稀であった。
(GPSは、今回のテアの行為を許すつもりはないかも知れない)
 オクタヴィアは、萎縮しそうになる気持ちを抑制しながら思った。

「これから、SHL大統領ロバート=グローバル氏暗殺犯、元GPS少佐テア=スクルトの処分と、SHL政府に対する外交方針を決定する為のGPS緊急評議委員会を開催します」
 クレドリア元帥が開催を宣言した。

「アルピオン大佐……。貴官は、本評議委員会の議題の一つである元GPS少佐テア=スクルトの上官である。だが、あくまで参考人として出席していることを忘れるな。よって、貴官に発言権はなく、我々の質問にのみ答える義務を有する。よろしいか?」
「はい……」
 オクタヴィアが直立不動の姿勢で答えた。

「では、まず貴官に質問する。テア=スクルト元少佐は貴官の部下であり、昨年十一月にGPSを脱走している。その脱走理由についての説明を要求する」
 口調は丁寧であるが、クレドリア元帥の視線は冷たくオクタヴィアの心臓に突き刺さった。

「はい。脱走の理由については、正確には判りかねます。想像又は可能性の範囲で申し上げるならば、テア、いえ、スクルト元少佐は、殉職したジェイ=マキシアン准将の仇敵討ちをするために、GPSの管轄を離れたものと思われます」
 テアの最愛のパートナーであったジェイ=マキシアンは、生存中は中佐であったが殉職後、二階級特進して准将となっていた。

「本日、ここにGPS緊急評議委員会を開催した理由を、貴官は存じておるであろう。A級指名手配犯テア=スクルト元少佐によるSHL大統領暗殺について、SHLに対する今後の方針を決定するためである。その重要な会議の場で、想像だけで発言することは謹んで頂こう」
 ジロリとオクタヴィアを見据えると、マラドイカ元帥が冷たく言い放った。

「申し訳ございません。しかし、スクルト元少佐の脱走理由については、先程申し上げました様に、正確な理由は不明であります」
 オクタヴィアは恐れ気もなく、マラドイカ元帥のダークグレーの瞳を見つめ返した。
(私が萎縮していては、テアを守る者がいなくなってしまう)
 その想いが、彼女の勇気を裏付けていた。

「アルピオン大佐、貴官はテア=スクルト元少佐の生い立ちを御存知か?」
 それまで一言も発言することがなかったユーリ=フランコがオクタヴィアに訊ねた。
「はい……。彼女はSD一二八六年に、当時の銀河連邦技術本部長スクルト大佐の長女として生を受けました。その後、ギャラクシー・ユニヴァーシティを首席で卒業し、SD一三〇三年にGPS特別犯罪課特殊捜査官となっております」

 オクタヴィアは、GPSに登録されているテアの履歴を答えた。しかし、彼女の知る事実は違っていた。テア=スクルトは、DNAアンドロイド二世であった。父はDNA戦争の主犯ジョウ=クェーサー、母はその同志であるエマ=トスカである。DNA戦争後、両親の死と同時にスクルト博士の養女となったのだった。
 DNAアンドロイドは、SD一二五〇年に銀河連邦軍技術本部長アーサー=スクルト博士によって発明されたもので、彼の理論を要約すると次のようなものであった。

「人類が恒星間飛行を可能にした宇宙歴元年から、既に千二百五十年が経過している。その間、科学文明の進歩は目覚ましいものがあったが、人類自体は種としての進化を中断してしまっている。この状態では、人類の夢である星雲間航行は不可能に近い。何故ならば、たとえ科学文明が数千万光年彼方への宇宙航行を可能にしたとしても、その宇宙船に乗船する人間がいないからである」

「人類の寿命は現在平均百一年である。それを分析すると、地上生活者の平均寿命は百七年、宇宙生活者は八十九年である。この差は何か? 人類はその一生を宇宙船、ないしは宇宙ステーション等で生活出来るようになっていないからである。そこで私は、現在の人類を凌駕する新人類の誕生が必要であるとの結論に達した」

「その新人類は、平均寿命百五十年以上、IQ二百五十以上、治癒能力、反射速度、運動能力いずれも我々の数倍、そして、精神感応能力ESPを有していることが望ましい。何故なら、光速通信さえも届かない距離においては、精神感応テレパシーが必要不可欠であるからだ」

 こうして、スクルト博士を中心とするプロジェクト・チームは様々な障碍や試行錯誤の後、遺伝子工学の新分野を開拓したのである。彼らの研究の結晶である新人類は、「DNAアンドロイド」と名付けられた。


「アルピオン大佐、君が優秀な士官であることは私の耳にも入っている」
「……」
 オクタヴィアは、ユーリ=フランコが何を言わんとしているのか分からなかった。
「私の質問に対する君の回答は完璧だ。事実に触れず、公式の資料に記載してある内容だけを答える。嘘をついていないので、我々に弾劾されることもない……。しかし、君は私が誰だかを忘れているようだ」
 ユーリ=フランコが笑いながら言った。

「私は、あのジョウ=クェーサーと親友だった男だよ」
「……!」
(ユーリ=フランコ総帥は、全てを知っている?)
 オクタヴィアは驚きを辛うじて抑制した。

「アルピオン大佐、貴官に一つ質問したい」
 ファレン元帥が言った。
「何でしょうか?」
 オクタヴィアの碧眼が、銀髪の元帥を真っ直ぐに見つめた。

「昨年の十一月、惑星アルピナで<テュポーン>のファースト・ファミリーを、貴官の部下ジェシカ=アンドロメダ大尉が倒したとの記録がある。しかし、その直後、GPS特別技術部においてテア=スクルト元少佐の義手と同型の義手が製造されている。それも、アルピオン大佐の承認のもとにだ。何故、GPSを脱走したテア=スクルトの義手が必要だったのか。実は惑星アルピナの事件に、テア=スクルト元少佐が介入していたのではないのか?」
「……」
 オクタヴィアは言葉に詰まり、背中を冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。

(緊急評議委員会を甘く見すぎたわ。ここまでの情報を収集しているなんて……)
 彼女は、惑星アルピナでテアとジェシカが、<テュポーン>のソルジャー=シリウスを倒した件について、事実と異なる報告をしていたのである。何故なら、その時点でテアはGPSからA級指名手配を受けていたため、そのまま報告するとジェシカまでもが罪に問われることになったからである。

「どうした、オクタヴィア大佐。私の質問に答えられんのかね?」
 ファレン元帥が重ねて訊ねた。
「テア=スクルト元少佐は、惑星アルピナ事件に介入してはおりません。彼女の義手の製造を承認したのは確かに私ですが、それは別の理由からです」
 オクタヴィアは意を決して答えた。

「ほう、A級指名手配犯の義手を製造する理由とは、私には考えつかんが……」
 ファレン元帥が笑いながら言った。
「彼女の義手の製造を承認した理由は、ジェシカ=アンドロメダ大尉が惑星アルピナにおいて左腕を負傷したからです。元帥も御存知の通り、あの義手の開発には莫大な開発費がかかっております。それをアンドロメダ大尉用に再開発するよりは、若干のサイズ修正で転用する方がはるかに安価に済みます」

「アンドロメダ大尉が左腕を失ったというのか? そのような報告は初耳だが……」
 ファレン元帥の疑惑の視線が、オクタヴィアを貫いた。
「後ほど、当時の医学カルテと義手の詳細資料を提出させて頂きます」
 オクタヴィアが、ファレン元帥の視線を真っ直ぐに見つめ返しながら告げた。

「君が部下想いの上官であることは良く分かった。だが、それもあまり度が過ぎると我々は君を処分しなくてはならなくなる。その意味が分からない君でもあるまい。今回の義手の件については、君の言う通りの報告書を作成・・したまえ」
 ユーリ=フランコが助け船を出した。彼は、報告書を「提出」しろとは言わずに、「作成」しろと言ったのである。オクタヴィアはその意味を理解し、黙って頭を下げた。

「では、別の件についてスクルト元少佐の上官であるアルピオン大佐に質問したいのですが、よろしいですか?」
 五十代前半の男が、ファレン元帥に発言を求めた。GPS宇宙軍第一艦隊司令長官ジム=ゼリュード上級大将であった。
 彼は「銀河の虎」と異名をとる猛将で、艦隊戦において比肩する者がいないほどの軍歴を有していた。GPSに現存する十人の上級大将の筆頭でもある。ゼリュードはファレン元帥の許可を得て、オクタヴィアに向き直った。

「大佐もご承知とは思うが、今回のSHL大統領暗殺はいかに優れたESPとはいえ、テア=スクルト元少佐一人で行えるとは考えづらい。もし、彼女の単独犯行と仮定しても、彼女個人に何のメリットもないと断言できる。つまり、共犯者、いや、共謀組織が背後に存在することは間違いない」
「……」
 オクタヴィアも同意見であったが、ゼリュードの真意をつかみかねていた為、即答出来ずにいた。

「これは私の推測だが、スクルト元少佐は<テュポーン>の総本部を壊滅させたことがあることから、銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>が何らかの形で絡んでいると思われる。それについて、貴官の意見を訊きたい」
 ゼリュードの質問に対して、オクタヴィアは一瞬、躊躇した。

「意見はないのかね?」
 ゼリュードが重ねてオクタヴィアに訊ねた。
「私の推論でよろしければ……」
 オクタヴィアがマラドイカ元帥に発言を求めた。彼女はたった今、マラドイカ元帥から推論を発言することを注意されたばかりであったからである。マラドイカ元帥が渋い顔で頷くのを確認して、オクタヴィアが話し始めた。

「ゼリュード上級大将のおっしゃることは、ほぼ正しいと思います。若干補足させて頂けるならば、テア=スクルト元少佐は、おそらく自分の意志でロバート=グローバル大統領を暗殺したのではないと考えます。何故ならば、ゼリュード上級大将のお考えにもあった様に、SHL大統領を暗殺するメリットが存在しないことが第一の理由です。また、第二の理由は、今回の事件に二つの目的があるからです」
「二つの目的?」
 ファレン元帥が訊ねた。

「はい。一つは銀河系に大規模な混乱、または戦争を勃発させること。それにより、<テュポーン>が死の商人となって、莫大な利潤を得ることは間違いありません。その為には、GPSのエージェントによるSHLへの大規模な破壊工作などが必要です。これは、殉職したジェイ=マキシアン准将の報告書にも記載されていた<テュポーン>のプロジェクトの一つです」
「第三次DNA戦争を引き起こすつもりか!」
「たかだか麻薬ギルドの分際で……!」
 ゼリュードを始めとする上級大将たちが、吐き捨てるように言った。

「第二の目的というのは?」
 騒然とする上級大将たちを沈黙させる様に、ファレン元帥がオクタヴィアに訊ねた。
「<テュポーン>は、血の繋がりを大切にする集団です。そして、テア=スクルト元少佐は、人工惑星ジオイドで総統ジュピターのファースト・ファミリーを倒しています」
「つまり、復讐の為にスクルト少佐を利用したと言うのか……」
「はい。ただし、ただいま申し上げたことには証拠はありません。しかし、今回の事件の要因としては一考する価値があるかと思います」
 オクタヴィアがユーリ=フランコを見つめながら言った。

「オクタヴィア大佐、君の推論が正しければ、我々の採る方策は一つしか考えられん。それは、私自身がSHLへ出向き、謝罪することだ。そうせねば最悪の場合、GPSとSHLは全面戦争に突入する可能性もある。信頼できるSHを数名選び、護衛としてつけて欲しい。出発は明後日とする」
 ユーリ=フランコは即断した。
「危険です。お止め下さい。SHLへは我々三元帥の誰か一名が行けば充分です。総帥自らお出でなさることはありません」
 マラドイカ元帥がユーリ=フランコを制止した。

「ロバート=グローバルは私の旧友でもあるのだよ。彼の弔問も兼ねねばならん。諸卿らは、残って<テュポーン>に備えてくれたまえ」
 ユーリ=フランコは、三元帥の危惧を否定して言った。
「オクタヴィア大佐、SHの人選を頼む」
「はッ!」
 オクタヴィアが敬礼しながら答えた。

 オクタヴィア=アルピオンは、長年<テュポーン>を敵に廻して闘ってきた。彼女は<テュポーン>の真の実力を、GPSに匹敵するものと考えていた。その為に、SHの双璧とも言えるジェイ=マキシアンとテア=スクルトを、<テュポーン>の総本部人工惑星ジオイドに送ったのである。その結果、ジオイドは消滅させることができたが、その代償として彼女の片腕とも言えるジェイを失ったのだった。

 しかし、そのオクタヴィアにさえも、SHL大統領暗殺事件の背後にある第三の目的を看破出来なかった。そのことが、後日、銀河系を未曾有の大混乱に陥れる事になることに繋がるとは、今の彼女に想像も出来ない事であった。
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