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第1章 女豹蹂躙

5 ヴァルプルギスの夜

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 <櫻華会>事務所の三階にある応接室のソファに、三人の男が腰を下ろしていた。窓側の奥に<櫻華会>若頭の神崎純一郎が座り、その正面に<星月夜シュテルネンナハト>の白銀龍成が腰掛けていた。龍成の右隣には<ゆずりは探偵事務所>の錦織雄作が鋭い目つきで神崎を見据えていた。

「単刀直入に言おう。ゆずりは瑞紀は敵の手に落ちた。相手は<蛇咬会じゃこうかい>、またはその関連組織だと思う……」
 テーブルに置かれた瑞紀のバッグ……エルメスのバーキンを見つめながら神崎が告げた。

「正確に言えば、瑞紀を拉致したのは<蛇咬会じゃこうかい>の関連組織である<玉龍会ぎょくりゅうかい>だ」
「<玉龍会ぎょくりゅうかい>……。やつらか……?」
 龍成の言葉に、神崎が険しい表情を浮かべた。
「瑞紀が乗った黒いワンボックスは、<玉龍会ぎょくりゅうかい>のフロント企業の名義だった」
 神崎の質問に頷くと、龍成が<星月夜シュテルネンナハト>の調査結果を告げた。

「お前のところと<玉龍会ぎょくりゅうかい>は、昔からいざこざが多かったな?」
「ああ……。シマが接してるからな。抗争に発展しそうになったことも、一度や二度じゃねえ」
 錦織の言葉に神崎が頷いた。歌舞伎町から花園神社一帯が<櫻華会>のシマだった。新宿でも最も繁華街が多い旨みのある地区である。他の組織がそれを狙って手ぐすね引いているのは当然だった。

「<玉龍会ぎょくりゅうかい>のシマは、百人町の大久保駅から新大久保駅にかけてだ。韓国人や中国人も多く、治安も最悪な場所だったな……」
「ああ……。今でも、うちの若い奴らは一人では出かけねえ場所だ。二十二口径じゃ安心して歩けねえ……」
 現在の新宿自治区においては、銃刀法という言葉は形骸化されていた。発砲事件は日常茶飯事で、その半数以上は暴力団やマフィアではなく一般市民が起こしているものだった。<ゆずりは探偵事務所>が銃撃を受けた程度のことは、新宿自治区内で珍しいことではなかったのだ。

「問題は瑞紀がベレッタM93Rを持っていないことだ。ベレッタさえあれば、<玉龍会ぎょくりゅうかい>程度の組織なら瑞紀は単独でも制圧できる」
 龍成が瑞紀のバーキンからベレッタM93Rを取り出した。そして、93Rそれ自体が瑞紀であるかのように愛おしそうにじっと見つめた。

「それは俺も同感だ。だが、逆に言えば、ベレッタM93Rがなければ瑞紀も単なる女に過ぎない。そして、<玉龍会ぎょくりゅうかい>会長の周俊傑シュウ・シュンジエは、紛れもないサディストだ。ヤツに乳房を切り落とされたり、アソコを焼かれた女も多い」
 神崎がそう告げた瞬間、バキンッと言う音とともに木製の応接卓の天板にヒビが入った。龍成が左義手で天板を叩きつけたのだ。
「そんなことをしてみろッ! 俺が必ず殺してやるッ!」

「落ち着け、白銀さんッ! あんたたちは大事なことを忘れてないかッ? 最初に攫われたのはうちの姫……七瀬美咲だ。所長と違って、彼女は普通の女子大生だ。銃を撃ったこともなければ、殴り合いの喧嘩さえしたことがないただの・・・女の子だ。俺はそっちの方が心配だ……」
 錦織の言葉に、龍成がフウッと肩の力を抜いて告げた。
「悪かった、錦織さん……。あなたの言うとおりだ……」

「<玉龍会ぎょくりゅうかい>の本部はここ……大久保駅と新大久保駅の中間にある六階建てのビルだ」
 内ポケットから新宿区の地図を取り出して応接卓の上に広げると、赤丸が付いている箇所を神崎が指で指した。
「構成員は約三十名……。だがこれは、<蛇咬会じゃこうかい>からの応援がいなければという前提の人数だ」

「<星月夜シュテルネンナハト>特別捜査部の特別捜査官エージェント全員を動かす。完全武装した二十四人の特別捜査官エージェントなら、<蛇咬会じゃこうかい>の応援があったとしても制圧可能だ」
 その時、龍成のリスト・タブレットに着信があった。表示された名前は、西園寺凛桜りおだった。

「白銀だ。ワンボックスの行き先が分かったのか?」
 通話スイッチを押してスピーカーに設定すると同時に、龍成が訊ねた。
『はい。調布飛行場ですッ! ターゲットは、そこから飛行機に乗り換えました。Nシステムでは飛行機の追跡は不可能ですッ!』
 Nシステムとは、警察庁が管轄する「自動車ナンバー自動読取装置」のことだ。全国の高速道路や主要道路に設置され、主に犯罪捜査に使われている。<星月夜シュテルネンナハト>の情報網は、このNシステムにもリンクしていた。だが、Nシステムの対象は、自動車のみだった。

「飛行場だと……? <星月夜シュテルネンナハト>統合作戦本部長名で離陸を阻止しろッ!」
「すでにやりました! でも、だめですッ! 相手は外交特権を使って離陸してしまいましたッ!」
 凛桜の言葉に、龍成が歯がみした。まさか、外交特権まで持っているとは、予想さえもしていなかった。

 外交特権とは、外交使節団や外交官に与えられる不可侵権と治外法権のことだ。不可侵権とは、生命・身体・自由・名誉・館邸・公文書・通信などを侵されない権利である。そして、治外法権とは、刑事・民事・行政の各裁判権、警察権、租税権、役務・社会保障などの行政権から免除される特権だ。これを行使されたら、日本のいかなる法律や命令もその効力を失ってしまう。

「行き先は分かるか……?」
 龍成の言葉に、凛桜は一瞬の間を置いて答えた。
「燃料残量と航続距離、フライトコンピューターのログから計算すると、伊豆諸島のどこかだと推測されますッ!」
「伊豆諸島だと……」
 神崎が愕然とした表情で呟いた。

「正確な場所は不明だが、伊豆諸島には<蛇咬会じゃこうかい>本部があるっていう噂だ……」
「何だとッ……!」
 神崎が告げた言葉を聞き、龍成が思わず声を荒げた。<星月夜シュテルネンナハト>の情報力を持ってしても、今まで<蛇咬会じゃこうかい>本部の位置は掴めていなかったのだ。

「<蛇咬会じゃこうかい>の構成員は三千人以上だと言われている。本部にどのくらいいるか知らねえが、二十人ちょっとの特別捜査官エージェントで制圧するのは不可能だぞ……」
 龍成が神崎を凄まじい目つきで睨みつけると、席を立った。そして、ベレッタM93Rを手に取ると、神崎たちに背を向けて応接室の入口に向かって歩き出した。

「おい、白銀ッ! どこへ行くッ! まだ、話は終わってねえぞッ!」
「白銀さんッ! 落ち着けッ! 自棄やけになっても所長や姫は助けられないぞッ!」
 神崎と錦織の制止の言葉を背中で聞くと、龍成が短く告げた。
「ここから先は、俺がやるッ! 瑞紀たちは必ず助けるッ!」
「おい、白銀ッ……!」
「白銀さんッ……!」
 龍成はドアを乱暴に開けると、応接室から出て行った。残された二人は、呆然とお互いの顔を見つめ合った。

(瑞紀ッ……! どんな手を使っても、お前を助けるッ! 待っていてくれッ……!)
 噛みしめた唇から血が流れていることも気にせず、龍成が左拳を握り締めた。だが、今の龍成には瑞紀を救出する方法を何も思いつかなかった。龍成の右手には、持ち主のいないベレッタM93Rが握られていた。


「ここは……?」
 意識を取り戻すと、瑞紀は周囲を見廻した。豪華な天蓋つきのベッドに寝かされていた。キングサイズのベッドは広く、百六十五センチの瑞紀の体が小さく思えた。両手の拘束は解かれていたが、全裸だった。どのくらいの時間、意識を失っていたのかは不明だが、体の疲れはかなり回復していた。

(クロロフォルムを嗅がされた……?)
 頭痛と吐き気があることから、意識を失っている間にクロロフォルムなどの麻酔薬を使われた可能性が強かった。
(思っていたよりも長い時間、眠らされていた……?)
 部屋の中には時計がなく、四方すべて壁のため時間が分からなかった。もしかしたら、京王プラザホテルで車に乗ってから、一日以上経過しているのかも知れないと瑞紀は思った。

 裸身を隠そうにも着る物は何もなく、ベッドの上には毛布一枚置かれていなかった。シーツを剥がそうとしたが、マットレスを包み込むボックスタイプであったため諦めた。
(女を裸のまま放置しておくなんて、何考えてるのよ……)
 羞恥と怒りを感じたが、それをぶつける相手も見当たらなかった。

 百平方メートルは優にある広い寝室を捜索してみたが、クローゼットを開けても洋服はおろか下着一枚入っていなかった。部屋には入口の他にドアが二枚あった。それがトイレと浴室であることを知ると、瑞紀はまずトイレで小用を足した。そして、浴室に入ると急いでシャワーを浴び、ヘアシャンプーとボディシャンプーを使って体を清めた。車の中で凄まじい凌辱を受けたため、体の匂いが気になっていたのだ。

 浴室のクローゼットには、バスタオルが一枚だけ入っていた。それで髪や全身の水滴を拭うと、そのまま体に巻き付けて裸身を隠した。寝室に戻ると、喉の渇きと空腹を覚えた。設置されていた冷蔵庫を開けると、ラッピングされたサンドイッチが銀のトレイに置かれていた。飲み物は五百ミリリットルのペットボトルに入ったミネラルウォーターが一本だけあった。

 誰が用意したかも分からない食べ物や飲み物を取ることは不安だったが、戦うにしても逃げるにしても体力は必要だと思い、瑞紀はそれらに口を付けた。トマトとスライスチーズとレタスを挟んだサンドイッチは思いの外に美味で、冷たいミネラルウォーターは渇いた喉を潤してくれた。

 軽い食事を済ませると、瑞紀はベッドに腰掛けながら情報を整理した。
(ここがどこだか分からないけど、美咲もここにいるのかしら……?)
 ワンボックスの中で受けた凌辱を思い出し、美咲の安否が気になった。
(あの子があんなことをされたら、自殺するかも知れない……)
 瑞紀も若い女性だ。強姦されるのは恐ろしいし、凌辱には恐怖と嫌悪感がある。特に十八歳の時に受けた凌辱は、いまだに悪夢として夢に見る。
(美咲にあんな思いだけはして欲しくない……)

 愛用のベレッタM93Rを持っていないことも不安だった。合気道二段の腕前で、右腕の義手は成人男性の六倍の筋力があると言っても、銃を向けられたら為す術がないのだ。
(トカレフでもいいから、何とか手に入れられないかしら……?)
 命中精度はベレッタM93Rよりも遥かに劣るトカレフだが、貫通力だけを見れば93R以上の威力がある。マガジンの装弾数は八発しかなく3点射スリー・ポイント・バースト機構もついていないが、ないよりは遥かにマシだった。

 その時、入口のドアがノックされた。瑞紀が顔を上げてドアを見つめると、一人の男が入ってきた。その男の顔に、瑞紀は見覚えがあった。忘れようとしても何度も夢に出てくる顔だった。
「あなたは……!?」
「久しぶりだな、瑞紀……。七年ぶりか……? 美しくなったものだ」
 男が優しげな瞳で瑞紀を見つめながら告げた。その優しさに隠された残忍さを知る瑞紀は、怯えながら男の名を呟いた。

王雲嵐ワン・ウンラン……」
 七年前に十八歳の瑞紀を拉致監禁し、処女だった彼女を五日間凌辱した男だった。瑞紀の左胸に真紅の薔薇を彫らせた男でもあった。そして、中国系最大のマフィア<蛇咬会じゃこうかい>の会長こそ、この王雲嵐その人だった。

「七年もの間、どんなにお前と会いたかったことか……。昨年は一度手にしながらも、李昊天リ・ハオティエンを射殺してお前が逃げたと聞いたとき、どれほど残念に思ったことか……。だが、やはり私とお前の運命は繋がっていた」
「こ……来ない……で……」
 その美しい黒瞳に紛れもない恐怖を映しながら、瑞紀はベッドの上を後ずさった。七年前の凌辱の記憶が、瑞紀の脳裏にはっきりと蘇った。

(また、犯される……。恐い……。助けて、龍成……)
 恐怖のあまり、瑞紀の黒瞳から涙が溢れ出た。全身がガクッガクッと震え、鳥肌が沸き立った。処女を散らされ、気が狂うまで犯され、刺青タトゥまで彫られた記憶は、簡単に消えるものではなかった。いや、消えるどころか、瑞紀の心の奥に刻みつけられた悪夢そのものであった。

「安心したまえ、瑞紀……。今回は前のように無理矢理君を抱いたりはしない。君は自ら私に抱いてくださいと懇願することになるのだ」
「どういう……意味……?」
 自分から抱いて欲しいなどと、口が裂けても言うはずはなかった。瑞紀は全身を襲う恐怖を、強い意志の力で抑えながら王を見つめた。

「七瀬美咲……」
「美咲をどうしたのッ……!?」
 不覚にも、恐怖のあまり瑞紀は美咲の存在を忘れていた。
(美咲を助けたければ、ワンに抱かれろっていうこと……?)
『自分から私に抱いてくださいと懇願することになる』と告げた言葉の意味が、瑞紀にははっきりと分かった。

「私は美咲を歓待している。彼女は今、生まれて初めての悦びに打ち震えているよ」
 王がそう告げた瞬間、壁に掛けられた八十インチのモニターに美咲の姿が映し出された。その衝撃の姿を眼にして、瑞紀は悲鳴を上げた。
「美咲ッ……! ひどいッ……! こんなッ……!」
 モニターに映された美咲は二人の男に犯されていた。四つん這いにされながら後ろから男に貫かれ、目の前に立つ男のモノを口に咥えさせられていた。

「ひどいかね? 私には美咲が悦んでいるようにしか思えないが……」
 その言葉を証明するかのように、美咲の声がスピーカーから響き渡った。その声は、紛れもなく快感に溺れる女の嬌声に他ならなかった。そして、美咲の表情に気づいた瞬間、瑞紀は愕然とした。に貫かれ、を口に含みながら、美咲は恍惚の表情を浮かべていたのだ。

「んッ……んくッ……んあッ……ん、んッ……」
 長大なを激しく左手で扱きながら、美咲は一心不乱に頭を動かしていた。喉の奥までを咥え込んでいることは明白だった。
「ぷはぁ……おねがい……早く、入れて……欲しいの……もう、我慢できない……」
 猛りきったを口から離すと、美咲は涎を垂れ流しながら潤んだ眼で哀願した。その様子を見て、瑞紀は呆然として言葉を失った。そこには普段の可愛らしい美咲の姿は影も形もなかった。セックスの快感に溺れ、自ら官能を貪るそのものだった。

 四つん這いにされていた美咲が、喘ぎながら仰け反るように半身を起こした。そして、背後の男に寄りかかると、大きく胸を反らせた。小ぶりだが形の良い胸の中心には、薄紅色の乳首が痛いほどそそり勃っていた。
「早く……ここに……美咲のオマ×コに……そのチ×ポを……入れてッ……」
 その言葉を耳にしたとき、瑞紀は衝撃のあまり黒瞳を大きく見開いた。美咲が後ろから貫かれていたのは、花唇ではなかったのだ。花唇の後ろにある尻穴だった。

「美咲……! うそッ……!?」
 尻穴アナルを性行為に使うということは、瑞紀も聞いたことがあった。だが、そんなことをしたいと思ったこともないし、見たこともなかった。当然、瑞紀自身もアナル・セックスの経験など一度もなかった。

 男が美咲の花唇に猛りきったモノを押しつけた。そして、ズブリと花唇に押し入り、一気に奥まで挿し込んだ。前と後ろから二本のに貫かれ、美咲が大きく仰け反りながら喘いだ。その瞳から随喜の涙を流し、唇からはネットリとした涎を垂れ流しながら悶え啼いた。
「あぁああッ……! いいッ……! 気持ちいいッ……! 凄いッ……! 狂っちゃうッ……! アッ、アッ、アアッ、アァアアッ……!」
 美咲の体がビックンッビックンッと激しく痙攣した。花唇と尻穴を同時に犯されながら、美咲が絶頂オーガズムを極めたのだ。だが、官能の愉悦に硬直している美咲を、男たちは前後から激しく貫き続けた。

「ひぃいいいッ……! 凄いぃッ……! 気持ち……いいッ……! また、イッちゃうッ……! イクッ……! イクぅ……ぅうううッ……!」
 男を咥え込んでいる美咲の花唇から、プシャアッと愛蜜が迸った。涙と涎を垂れ流し、真っ赤に染まった顔を激しく振りまくると、美咲は茶色い髪を振り乱しながら何度も絶頂オーガズムを極めた。赤く染まった全身は痙攣と硬直を繰り返し、花唇から迸る愛蜜は白い太股を伝ってシーツに大きな染みを描いた。

「美咲……そんな……」
 初めて見る壮絶なセックスに、瑞紀はショックのあまり言葉を失った。前と後ろから同時に貫かれていることも衝撃だったが、それ以上に美咲の変わりようが信じられなかった。そこには可愛らしく清楚な美咲の面影はまったくなかった。
 王は瑞紀の様子を満足そうに見つめると、モニターのスイッチをオフにした。悶え啼く美咲の嬌声が消え、部屋の中に静寂が戻った。

「美咲に……何をしたの……?」
 快感に悶えていたとはいえ、美咲の様子は尋常ではなかった。瑞紀はキッと王を睨みつけながら訊ねた。
「<サキュバス>……」
 口元に笑いを浮かべながら、王が瑞紀の問いに短く答えた。

「<サキュバス>ですってッ……!」
 衝撃と怒りを映した黒瞳で、瑞紀が王を見据えた。
 <蛇咬会じゃこうかい>が元締めとなっている合成麻薬<サキュバス>は、薬物依存性が非常に高く、危険な向精神薬ドラッグだった。女性がこれを使われると、性欲が急激に増大し、正常な判断力を失うことから<女夢魔サキュバス>の名がつけられたとも言われいた。

「美咲をすぐに解放してッ! このままじゃ、廃人になっちゃうわッ!」
 瑞紀の怒りを聞き流すと、王が笑みを浮かべながら告げた。
「だから、最初に私が言っただろう……? お前は自分から私に抱いてくださいと懇願すると……」
「……」
(私を抱くためだけに、美咲をあんな目に……。絶対に許せないッ……!)

「どうした、瑞紀……? 今ならまだ美咲を元に戻すことができるぞ。だが、あと数回<サキュバス>を使ったら、二度と元には戻らない。美咲がどうなるかは、お前次第だ……」
(私が王に抱かれても、美咲を解放するとは限らない……。でも、拒絶したら、美咲は必ず廃人にされる……)
 二択を迫られているように見えて、実際には瑞紀に選択の余地など残されていなかった。可能性は低くても、瑞紀は王の要求を呑むしかないのだ。

「分かった……。私はあなたの物になる。でも、その前に美咲を解放して……」
「彼女の生殺与奪の権は、私にあると思うのだが……」
 王が楽しそうな笑みを浮かべながら告げた。彼の言うことは事実だった。王には先に美咲を解放するメリットなど一つもないのだ。交渉のテーブルにさえ載せてもらえず、瑞紀は唇を噛みしめた。

「では、私があなたの物になれば、美咲を解放してくれるという保証は……?」
「信じてもらうしかないな。私ほど紳士はなかなかいないと思うが……」
(どの口がそんな世迷い言をッ……!)
 にべもない王の台詞に、瑞紀は怒りを込めた黒瞳で彼を睨みつけた。王が信頼に足る紳士であるのなら、そもそも美咲や瑞紀を拉致することなどあり得ないのだ。

「分かったわ……。あなたを信じる……。その代わり、美咲を解放するという約束は必ず守って……」
 もはや、一縷の望みを託すしか瑞紀に残された選択はなかった。その可能性がどんなに低くても、ゼロでない限りそれに賭けるしかなかった。

「よかろう。では、立ってそのバスタオルを床に落としたまえ……。そして、先ほど告げた言葉を自分の口から私に言うのだ……」
「……」
 ベッドから降りて床に立った瞬間、瑞紀はすべてを悟った。
(そうか……! 食事をさせて体力を回復させ、シャワーで体を清めさせ、バスタオルを一枚だけ残したのは……。すべて、この屈辱を私に与えるためだったんだッ……!)
 自ら裸身を晒し、憎むべき相手に抱かれることを懇願する。女にとって、何にも勝る屈辱以外の何ものでもなかった。だが、瑞紀はそれを行わなければならなかった。

(悔しいッ……! こんな男に屈するなんてッ……!)
 瑞紀は震える手で体に巻いたバスタオルを外すと、床に落とした。豊かな白い胸が……。引き締まったウェストが……。柔らかい叢が……。そして、慎ましやかな花唇が……。瑞紀の美しい裸身すべてが王の眼に晒された。

「王……さま……。お願いします……。私を抱いて……ください……」
 黒曜石のように輝く瞳から涙が溢れ出て、白い頬を伝って流れ落ちた。
(龍成……ごめん……。愛してる……。さようなら……)
 瑞紀は心の中で、最愛の男との別れを告げた。
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