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第八章 不夜城
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「ハァアアッ!」
裂帛の気合いとともに、セイリオスは右上段から袈裟懸けに大剣を振り抜いた。壮絶な白炎の覇気が白刃から放たれ、螺旋を描きながら悪魔伯爵へと一直線に翔破した。
「ふっ!」
だが、悪魔伯爵はニヤリと口元を浮かべると瞬時に結界を張り、セイリオスの白炎を飛散させた。
「くそっ!」
白炎の覇気が阻まれることを予想していたセイリオスは、立て続けに大剣を薙いだ。左腰から水平に右へ、右下から逆袈裟に左上へ……。次々と白刃から白炎の覇気を放ち、五柱の悪魔伯爵たちへ怒濤のごとく攻撃した。だが、そのすべてが悪魔伯爵たちの魔結界に阻まれ、霧散と化した。
「これで終わりか? ならば、こちらから行くぞ」
中央にいる悪魔伯爵がそう告げると、右手を開いてセイリオスへ突き出した。同時に、その手の平から、凄まじい覇気の奔流が放たれた。漆黒の魔覇気が螺旋を描きながら壮絶な速度でセイリオスに襲いかかった。
「くっ!」
セイリオスは左足を一歩引き、半身を仰け反らせて魔覇気の攻撃を避けた。だが、完全には避けられず、石化した左腕の肘から先が消滅した。
「ぐっあああ!」
激烈な痛みのあまり大剣を落とすと、セイリオスは失った左肘を右手で押さえながら片膝をついた。額から脂汗を流し、歯を食いしばって激痛を噛み殺すと、セイリオスは殺気の籠もった黒瞳で悪魔伯爵を睨めつけた。
(くそっ! 化け物めっ!)
剣士クラスSである自分を赤児の手を捻るように圧倒した悪魔伯爵の顔を、セイリオスは視線で射殺そうとするかのように見上げた。
(悪魔伯爵でさえこのレベルか? こいつらよりも格上の悪魔王ルシファーや悪魔大公たちからどうやってアストレア様を助け出せばいいんだ?)
思わず絶望に覆われそうになる気持ちを、セイリオスは歯を食いしばりながら奮い立たせた。
「アストレア様を攫った理由は何だ?」
左腕からの出血と激烈な痛みで今にも意識を失いそうになるのを堪えながら、セイリオスが訊ねた。セイリオスの足元には、文字通り血の池が出来ていた。
「それを知ってどうする? 我々にも及ばぬ貴様に、ルシファー様から女神アストレアを助け出すことなど不可能だぞ」
失血のあまり蒼白に変わっていくセイリオスの表情を冷酷に見据えながら、悪魔伯爵が告げた。
「悪魔の中には人の魂を貪る者もいると聞く。それが目的ならば、アストレア様の代わりに俺の魂をくれてやる」
壮絶な決意とともに、セイリオスが悪魔伯爵に告げた。自分の命と引き換えにアストレアが助かるのであれば、それで十分だった。だが、悪魔伯爵たちはセイリオスの言葉を聞いた途端に、大声で笑い出した。
「お前程度が女神アストレアと同等だと自惚れるな。それに、ルシファー様の目的は女神アストレアの魂ではない」
「では、何故アストレア様を攫った?」
心臓の鼓動に合わせて左肘から血が噴出し、セイリオスの視界は徐々に明るさを失っていった。体中から力が抜けていき、今にも倒れ込みそうだった。
「かつて、我々は魔王アリエルに殺された。次元の彼方に姿を消した魔王アリエルの代わりとして、その娘である女神アストレアに復讐するためだ。悪魔王ルシファー様は女神アストレアを心ゆくまで嬲った後、最も凄惨な方法で殺すだろう。貴様が女神アストレアの代わりになる意味などないと知れ」
「魔王アリエルに殺されただと? 殺された者が何故蘇る? 悪魔とて不死ではあるまい?」
悪魔伯爵の言葉に眉を顰めてセイリオスが訊ねた。
「我々は悪魔皇帝アモン様の魔覇気から生み出された。アモン様さえご存命であれば、何度でも蘇ることが可能だ」
悪魔皇帝アモンは、セイリオスの前世である勇者イシュタールが次元の彼方に封じたと伝えられていた。セイリオスに前世の記憶などないが、悪魔伯爵の言葉が本当であれば、悪魔皇帝アモンはどこかで生きているということだった。
「悪魔皇帝アモンだと? それは千二百年も前に、ユピテル皇国の開祖である勇者イシュタールが封印したはずだ。いかに悪魔とは言え、千二百年も封印されたままで生きているはずなどない」
セイリオスがそう告げた瞬間、悪魔伯爵たちは可笑しそうに笑った。
「悪魔皇帝アモン様が、たかだか人間の勇者などに封印されると思っているのか? アモン様は魔王アリエルによって次元の彼方に姿を消されただけだ」
「悪魔皇帝を魔王アリエルが……? では、勇者イシュタールが封印したと伝えられているのは?」
「魔王アリエルが勇者イシュタールに手柄を譲ったか、イシュタールが手柄を奪ったかのどちらかだろう。そんなことはどちらでもよい。確実なのは、悪魔王ルシファー様が悪魔皇帝アモン様の復活の儀式を行うということだけだ。女神アストレアはおそらくその儀式の贄とされるであろう」
「何だとっ!」
悪魔伯爵の説明に、セイリオスが愕然とした。千二百年もの間、人々に伝えられてきた勇者イシュタールの偉業が嘘であることもだが、それ以上に悪魔皇帝アモンの復活のためにアストレアが生け贄にされるということに、セイリオスはかつてない激烈な怒りを感じた。
「アストレア様を悪魔皇帝ごときの生け贄にするだと……?」
すぐ側に落とした大剣を掴むと、セイリオスはそれを地面に突き刺した。そして、大剣を杖代わりにして立ち上がると、凄まじい視線で悪魔伯爵たちを見据えた。
「舐めるのもいい加減にしろッ! そんなことは、この俺が許さんッ! 『剣の誓い』に賭けて、必ずアストレア様を救い出してやるッ!」
そう告げた瞬間、セイリオスの全身から激烈な覇気が燃え上がった。剣士クラスSを遥かに凌駕する白炎の覇気が、セイリオスの体を包み込むように一気に炎上し、周囲の大気さえ灼き尽くすほどの高熱を発した。
その白炎が右手で上段に掲げた大剣の白刃に収斂されていった。白刃が壮絶な白炎を纏い、直視できないほどの閃光を放った。
「何だ、こいつっ!」
「やばいぞっ!」
「結界を張れッ!」
五柱の悪魔伯爵たちが驚愕し、焦燥に駆られた声を上げた。そして、無詠唱で次々と目の前に強固な結界を形成した。それぞれの結界は、水龍との戦いで魔道士クラスSのアンナが張った結界を遥かに凌ぐ強度と厚さを持っていた。
「アストレア様を穢した貴様らは絶対に許さんッ! 二度と蘇らないように俺が消滅させてやるッ!」
セイリオスが渾身の力を込めて、大剣を上段から振り落とした。その瞬間、爆音とともに大気が震動し、大地が鳴動した。水龍のブレスなど遥かに超越する衝撃波が、超烈な奔流となって周囲を席巻し、凄まじい速度で悪魔伯爵たちに翔破した。
「馬鹿なッ!」
「ひぃいっ!」
悪魔侯爵たちの驚愕と断末魔の絶叫とを白熱の劫火が包み込み、大地を半円状に抉りながらすべてを焼き払った。五柱の悪魔伯爵たちは、肉片ひとつ残すこともなく魔覇気に還元されて飛散した。
すべての覇気を使い切ったセイリオスは、膝から崩れ落ちるとバタリと地面に倒れ込んだ。その左肘からはドクッドクッと鮮血が噴出し、セイリオスの生命を放出し続けていた。
(急がないと……アストレア様が……)
立ち上がろうとするセイリオスの意志を裏切って、彼の体は指一本たりとも動かなかった。限界を超えた覇気の使用と大量の失血で、セイリオスの体温は低下していき、緩慢な死へと向かって行った。
(アストレア様……)
愛する女性の名を呟こうとしたが、セイリオスの唇からはかすかな呻きが漏れただけであった。女神のような美貌を瞼の裏に描くと、セイリオスはそのまま意識を失った。
裂帛の気合いとともに、セイリオスは右上段から袈裟懸けに大剣を振り抜いた。壮絶な白炎の覇気が白刃から放たれ、螺旋を描きながら悪魔伯爵へと一直線に翔破した。
「ふっ!」
だが、悪魔伯爵はニヤリと口元を浮かべると瞬時に結界を張り、セイリオスの白炎を飛散させた。
「くそっ!」
白炎の覇気が阻まれることを予想していたセイリオスは、立て続けに大剣を薙いだ。左腰から水平に右へ、右下から逆袈裟に左上へ……。次々と白刃から白炎の覇気を放ち、五柱の悪魔伯爵たちへ怒濤のごとく攻撃した。だが、そのすべてが悪魔伯爵たちの魔結界に阻まれ、霧散と化した。
「これで終わりか? ならば、こちらから行くぞ」
中央にいる悪魔伯爵がそう告げると、右手を開いてセイリオスへ突き出した。同時に、その手の平から、凄まじい覇気の奔流が放たれた。漆黒の魔覇気が螺旋を描きながら壮絶な速度でセイリオスに襲いかかった。
「くっ!」
セイリオスは左足を一歩引き、半身を仰け反らせて魔覇気の攻撃を避けた。だが、完全には避けられず、石化した左腕の肘から先が消滅した。
「ぐっあああ!」
激烈な痛みのあまり大剣を落とすと、セイリオスは失った左肘を右手で押さえながら片膝をついた。額から脂汗を流し、歯を食いしばって激痛を噛み殺すと、セイリオスは殺気の籠もった黒瞳で悪魔伯爵を睨めつけた。
(くそっ! 化け物めっ!)
剣士クラスSである自分を赤児の手を捻るように圧倒した悪魔伯爵の顔を、セイリオスは視線で射殺そうとするかのように見上げた。
(悪魔伯爵でさえこのレベルか? こいつらよりも格上の悪魔王ルシファーや悪魔大公たちからどうやってアストレア様を助け出せばいいんだ?)
思わず絶望に覆われそうになる気持ちを、セイリオスは歯を食いしばりながら奮い立たせた。
「アストレア様を攫った理由は何だ?」
左腕からの出血と激烈な痛みで今にも意識を失いそうになるのを堪えながら、セイリオスが訊ねた。セイリオスの足元には、文字通り血の池が出来ていた。
「それを知ってどうする? 我々にも及ばぬ貴様に、ルシファー様から女神アストレアを助け出すことなど不可能だぞ」
失血のあまり蒼白に変わっていくセイリオスの表情を冷酷に見据えながら、悪魔伯爵が告げた。
「悪魔の中には人の魂を貪る者もいると聞く。それが目的ならば、アストレア様の代わりに俺の魂をくれてやる」
壮絶な決意とともに、セイリオスが悪魔伯爵に告げた。自分の命と引き換えにアストレアが助かるのであれば、それで十分だった。だが、悪魔伯爵たちはセイリオスの言葉を聞いた途端に、大声で笑い出した。
「お前程度が女神アストレアと同等だと自惚れるな。それに、ルシファー様の目的は女神アストレアの魂ではない」
「では、何故アストレア様を攫った?」
心臓の鼓動に合わせて左肘から血が噴出し、セイリオスの視界は徐々に明るさを失っていった。体中から力が抜けていき、今にも倒れ込みそうだった。
「かつて、我々は魔王アリエルに殺された。次元の彼方に姿を消した魔王アリエルの代わりとして、その娘である女神アストレアに復讐するためだ。悪魔王ルシファー様は女神アストレアを心ゆくまで嬲った後、最も凄惨な方法で殺すだろう。貴様が女神アストレアの代わりになる意味などないと知れ」
「魔王アリエルに殺されただと? 殺された者が何故蘇る? 悪魔とて不死ではあるまい?」
悪魔伯爵の言葉に眉を顰めてセイリオスが訊ねた。
「我々は悪魔皇帝アモン様の魔覇気から生み出された。アモン様さえご存命であれば、何度でも蘇ることが可能だ」
悪魔皇帝アモンは、セイリオスの前世である勇者イシュタールが次元の彼方に封じたと伝えられていた。セイリオスに前世の記憶などないが、悪魔伯爵の言葉が本当であれば、悪魔皇帝アモンはどこかで生きているということだった。
「悪魔皇帝アモンだと? それは千二百年も前に、ユピテル皇国の開祖である勇者イシュタールが封印したはずだ。いかに悪魔とは言え、千二百年も封印されたままで生きているはずなどない」
セイリオスがそう告げた瞬間、悪魔伯爵たちは可笑しそうに笑った。
「悪魔皇帝アモン様が、たかだか人間の勇者などに封印されると思っているのか? アモン様は魔王アリエルによって次元の彼方に姿を消されただけだ」
「悪魔皇帝を魔王アリエルが……? では、勇者イシュタールが封印したと伝えられているのは?」
「魔王アリエルが勇者イシュタールに手柄を譲ったか、イシュタールが手柄を奪ったかのどちらかだろう。そんなことはどちらでもよい。確実なのは、悪魔王ルシファー様が悪魔皇帝アモン様の復活の儀式を行うということだけだ。女神アストレアはおそらくその儀式の贄とされるであろう」
「何だとっ!」
悪魔伯爵の説明に、セイリオスが愕然とした。千二百年もの間、人々に伝えられてきた勇者イシュタールの偉業が嘘であることもだが、それ以上に悪魔皇帝アモンの復活のためにアストレアが生け贄にされるということに、セイリオスはかつてない激烈な怒りを感じた。
「アストレア様を悪魔皇帝ごときの生け贄にするだと……?」
すぐ側に落とした大剣を掴むと、セイリオスはそれを地面に突き刺した。そして、大剣を杖代わりにして立ち上がると、凄まじい視線で悪魔伯爵たちを見据えた。
「舐めるのもいい加減にしろッ! そんなことは、この俺が許さんッ! 『剣の誓い』に賭けて、必ずアストレア様を救い出してやるッ!」
そう告げた瞬間、セイリオスの全身から激烈な覇気が燃え上がった。剣士クラスSを遥かに凌駕する白炎の覇気が、セイリオスの体を包み込むように一気に炎上し、周囲の大気さえ灼き尽くすほどの高熱を発した。
その白炎が右手で上段に掲げた大剣の白刃に収斂されていった。白刃が壮絶な白炎を纏い、直視できないほどの閃光を放った。
「何だ、こいつっ!」
「やばいぞっ!」
「結界を張れッ!」
五柱の悪魔伯爵たちが驚愕し、焦燥に駆られた声を上げた。そして、無詠唱で次々と目の前に強固な結界を形成した。それぞれの結界は、水龍との戦いで魔道士クラスSのアンナが張った結界を遥かに凌ぐ強度と厚さを持っていた。
「アストレア様を穢した貴様らは絶対に許さんッ! 二度と蘇らないように俺が消滅させてやるッ!」
セイリオスが渾身の力を込めて、大剣を上段から振り落とした。その瞬間、爆音とともに大気が震動し、大地が鳴動した。水龍のブレスなど遥かに超越する衝撃波が、超烈な奔流となって周囲を席巻し、凄まじい速度で悪魔伯爵たちに翔破した。
「馬鹿なッ!」
「ひぃいっ!」
悪魔侯爵たちの驚愕と断末魔の絶叫とを白熱の劫火が包み込み、大地を半円状に抉りながらすべてを焼き払った。五柱の悪魔伯爵たちは、肉片ひとつ残すこともなく魔覇気に還元されて飛散した。
すべての覇気を使い切ったセイリオスは、膝から崩れ落ちるとバタリと地面に倒れ込んだ。その左肘からはドクッドクッと鮮血が噴出し、セイリオスの生命を放出し続けていた。
(急がないと……アストレア様が……)
立ち上がろうとするセイリオスの意志を裏切って、彼の体は指一本たりとも動かなかった。限界を超えた覇気の使用と大量の失血で、セイリオスの体温は低下していき、緩慢な死へと向かって行った。
(アストレア様……)
愛する女性の名を呟こうとしたが、セイリオスの唇からはかすかな呻きが漏れただけであった。女神のような美貌を瞼の裏に描くと、セイリオスはそのまま意識を失った。
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