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第3章 火焔の女王

6.四天王の脅威

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 夢を見ていた。
 その夢は、紛れもなく淫夢であった。
 夢の中で、咲希は暗黒の闇に犯されていた。闇が固まってできた長大な逸物に、咲希は激しく貫かれていた。同時に、別の逸物を口に咥えさせられ、濃密な闇に白い乳房を揉みしだかれていた。突き勃った媚芯をね回され、剥き出された真紅の真珠を擦られて転がされた。

「ひぃいいッ……!」
 壮絶な快感が脳髄をトロトロに灼き溶かし、全身の細胞一つ一つまでもが快絶に熔解させられた。何度絶頂オーガズムに達しても闇の凌辱は続き、幾たび極致感オルガスムスを極めても姦淫は止むことがなかった。随喜の涙が止めどなく流れ落ち、ネットリとした白濁の涎が何本も糸を引いて垂れ落ちた。秘唇から迸る蜜液は弧を描いて潮流と化し、黄金の水までも勢いよく噴出した。

(だめぇえッ……! 狂うぅッ……! 死ぬぅうッ……! また、イグぅうッ……!)
 限界を遥かに超越する快絶の奔流に、咲希の意識は真っ白に染まり、その裸身はドロドロに熔解していった。
 その狂態をもう一人の咲希が、上空から俯瞰ふかんしていた。
(これは夢だわッ……! こんなこと、現実に起こるはずがないッ!)
 そのことに気づいた瞬間、咲希の意識は急速に浮上した。


「おはようございます、咲希……」
 目の前に、妖艶な微笑を浮かべる玉藻の美貌があった。
「おはよう、玉藻……」
 そう告げた瞬間、咲希は昨夜受けた玉藻の凄絶な愛撫を思い出した。凄まじい淫気を当てられながら、数え切れないほどの歓悦の頂点を極めた自分の姿が脳裏に蘇った。

「ご気分はいかがですか、咲希……?」
 咲希の体を気遣うような眼差しで、玉藻が訊ねてきた。その意味を知ると、咲希は羞恥のあまり真っ赤に顔を染めた。
「玉藻……、あたし……」
「昨夜の咲希、凄かったですわ。あんなに悦んでくれるなんて、わたくしした・・甲斐がありましたわ」
 玉藻の言葉に、咲希はカアッと耳まで赤く染まった。自分がどれほど狂わされたのかを思い出したのだ。

「玉藻、お願い……。もう、あんなことはやめて……」
「え……? 何でですの? 咲希もとっても気持ちよさそうでしたわよ?」
 キョトンとした表情を浮かべながら、玉藻が訊ねた。
「お、女同士で……あんなこと、おかしいわ……」
「愛し合うのに、男とか女とかは関係ありませんわ。わたくしは咲希のことが大好きですから、気持ちよくしてあげたいだけですわ……」
 妖艶な微笑を浮かべながら、淫魔らしい言葉を玉藻が告げた。

「あたしも、玉藻のことは好きよ。でも、あなたとは友達でいたいわ。ああいう関係にはなりたくないの……」
「好き同士であれば、愛し合うのは普通のことではありませんか?」
 咲希のモラルは、妖魔である玉藻には理解できないようだった。
「ああいうことを抜きで、友達というか……親友でいることってできないかな?」
「咲希はわたくしに愛されるのが嫌なのですか?」
 不意に悲しそうな表情を浮かべて、玉藻が訊ねてきた。

「違うわ。イヤじゃない……。玉藻に愛されるとドキドキするし、凄く気持ちよくなるわ……」
「それなら、何も問題ないのではありませんか?」
 咲希の言葉を聞いて、玉藻が嬉しそうに微笑んだ。
「違うの……。あたし、怖いの……」
「えッ……?」
「玉藻に愛されるのが、怖いのよ……」
 思わず、咲希は本当の気持ちを口走った。そして、躊躇ちゅうちょしながら赤面すると、恥ずかしそうに呟いた。

「あたし、今まで将成しか知らなかったわ。でも、玉藻に抱かれると、将成よりもずっと気持ちよくなっちゃうの……」
「咲希……」
 玉藻にも咲希が何がいいたいのか、分かってきた。星々の煌めきを映す黒瞳で、玉藻が真っ直ぐに咲希の黒曜石の瞳を見つめた。

「玉藻は淫魔だから、当然と言えば当然なのかも知れないけど……。あたし、あんなに気持ちいいことなんて今まで知らなかったわ……」
 将成が聞いたら自信を喪失しそうなことを、咲希は恥ずかしそうに告げた。
「昨日もそうだった……。あたし、自分がこわれるかと思うくらい気持ちよかったわ。だからこそ、怖いの……。こんなこと続けられたら、あたしおかしくなっちゃう……」
「咲希……」
 予想もしないことを赤裸々に話す咲希を、玉藻は愛おしそうに見つめた。

「あたし、凄くイヤらしくなって、玉藻なしではいられなっちゃうわ。前に咲耶が言ってたの……。淫魔に堕とされた者は二度と元に戻れないって……。あたし、玉藻に堕とされそうで怖いのよ……」
 そう告げると、咲希は真っ赤に赤面しながら玉藻の黒瞳を見つめた。

(まったく、咲耶も余計なことを……。もう少しで、咲希をわたくしのものにできそうだというのに……。でも、そんなことに怯える咲希も可愛いですわ。確かに、完全に堕として言いなりにするよりは、今のままの咲希の方が魅力的かも知れませんわね……?)
 三千年を生きる大淫魔は心の中で計算すると、顔にはまったく出さずに微笑を浮かべながら告げた。

「分かりましたわ。咲希とは友人……親友でいましょう」
「ホントにッ……? ありがとう、玉藻ッ! 凄く嬉しいッ!」
 満面に笑みを浮かべながら、咲希が玉藻に抱きついた。そのかぐわしい黒髪を撫ぜながら、玉藻は咲希に大切なことを約束させるのを忘れなかった。
「でも、一つだけお願いがあります。昨日のように、本当に辛いときには神気を分けてくれませんか?」
「も、もちろんよ……。それとこれとは別だから、安心して……」
 カアッと顔を赤らめると、咲希は恥ずかしそうに告げた。

(最低でも週に一、二回は神気をいただかないと辛くなることは、今は黙っていましょう……)
 神々が神饌しんせんと呼ばれる食事からを取り込むように、淫魔である玉藻は定期的に人間から精気を受ける必要があるのだ。
(神気をいただくときには、きちんと九尾狐クミホ愛撫おれいをしてあげますから、楽しみにしていてくださいね……)

「じゃあ、そろそろシャワーを浴びて学校に行きましょうか……?」
 嬉しそうな笑顔を浮かべながら、咲希がベッドから起き上がった。その白い裸身を見つめながら、玉藻は妖艶な微笑みを浮かべた。
「そうですわね。先に浴びてきていいですわよ」
「うん、ありがとう……」

 そう告げると、咲希は生まれたままの姿でベッドを降り立ち、浴室へと向かって歩き出した。その白い背中を見つめる淫魔の微笑に、どのような意味が込められているのか咲希はまったく気づいていなかった。


「ろ、六千万ッ……!」
 提示された妖魔U.E.殲滅の報酬額に、咲希は驚愕のあまり黒曜石の瞳を見開いて叫んだ。それは昨日、西条に扮した妖魔を倒した報酬の金額であった。

「そうなのよ……。今まで、S.A.P.が殲滅した妖魔は、最も高いSA係数でも二百三十なの。通常は五十以下の妖魔がほとんどだったわ。だから、規定では妖魔のSA係数掛ける一万円が殲滅の報酬額になっているの……」
 大きなため息をつきながら、天城色葉が説明をした。まさか、推定予想値六千以上の妖魔が存在し、それを斃す者が出てくるなど想定さえされていなかったのだ。

「今回の妖魔のSA係数は六千以上らしいが、六千で確定されることになったんだ。だから、その一万倍が殲滅報酬額になるので、六千万ってことらしい……」
 色葉の隣に座っている国城大和も、同じように盛大なため息をつきながら告げた。

「今回は仕方ないけど、すぐにでも規定を改定しないとS.A.P.は破産するわね……」
「まったくだ……。九尾狐クミホ……ゴホン、宝治さんのSA係数は一万以上だし……。宝治さんクラスの妖魔の存在も確認されているからな……」
 苦笑いを浮かべた色葉に同調しながら、大和が玉藻を見つめて告げた。

「結構いい金額をいただけるのですね? 咲希は何か欲しい物はありますか?」
「念願のハーレーを買ったばっかりだし、特にこれと言って欲しい物はないかな……?」
 玉藻の言葉に、嬉しそうな表情を浮かべながら咲希が答えた。今すぐ必要な物はなくても、六千万の現金報酬は十分に魅力的なものだった。

「それなら、ベッドを買い替えませんか?」
「そうね、それいいかも……。今のは実家から持ってきた古い奴だし、シングルに二人で寝るのも狭いからね……」
 玉藻の提案に、咲希が飛びついた。だが、寝室は六畳しかなく、クローゼットが置いてあるため大きなベッドを入れるには狭いことを思い出した。

「でも、あの部屋にダブルベッドとか入るかな……?」
「いっそのこと、もっと広い部屋に引っ越しません? そうすれば、わたくしの服とかも増やせるのですが……」
「それも悪くないけど、あの部屋を借りてまだ二ヶ月よ。もったいなくない?」
「六千万円もいただけるのでしたら、少しくらいは贅沢してもよろしいのではありませんか?」
 色葉たちの存在を完全に忘れ去って、咲希と玉藻は報酬の使い道を議論し始めた。その様子を真剣な表情で見つめながら、色葉は大和と眼で会話した。

(どう思う……? こうしていると普通の友人みたいだけど……)
(そうだな。九尾狐クミホに咲希が操られているって感じはしないな……)
(そうね……。念のため、もう少し様子を見ましょう)
(分かった。気をつけて見てみよう……)
 大和は色葉に頷くと、咲希に向かって言った。

「部屋なら借りるより買った方がいいんじゃないか? 家賃を払うのもローンを払うのもそれほど変わらないし……。それに、自己所有にしておけばいざという時に転売もできるぞ」
「部屋を買うって、マンションを購入するって意味ですか?」
 大和の提案に驚いて、咲希が訊ねた。十八歳の女子大生が、マンションを買うなど聞いたことがなかった。

「そうね。十八なら成人だから、売買契約は可能ね。場所や利便性によって違うけど、2LDKなら四、五千万あればそれなりの物が買えるしね……」
「中古なら、三千万くらいであると思うぞ……」
 笑いながら告げる色葉たちの言葉に、咲希は唖然とした。

「まあ、買うか買わないかは物件をよく調べてから判断すればいいさ。今はネットさえあれば、何でも調べられるからな……」
「はあ……」
 とんでもない方向に話が展開しすぎて、咲希にはついていけなかった。

「ところで、昨日の犠牲者……早瀬凪紗なぎささんだっけ? の容態はどうだ?」
 凪紗は昨日からS.A.P.が提携している総合病院に入院をしていた。外傷はかすり傷程度だったが、精神的・肉体的なストレスによって一過性全健忘を発症してしまったのだ。つまり、昨日一日の記憶が完全に抜け落ちた状態だった。

「記憶喪失の症状は改善されていないようです。ですが、あたしはこのまま昨日のことを忘れてしまった方が凪紗のためだと思います……」
 悲痛な表情を浮かべながら、咲希が告げた。高校時代に憧れていた先輩が妖魔であり、その妖魔に凌辱されたなどという記憶はない方がよかった。

「そうだな……。恐らく、早瀬さん自身が昨日の記憶を封印したいと思っているんだろう。ただ、万一思い出したときがやっかいだな……」
「そうね……。女にとって強姦されることほどショックなことはないわ。まして、その相手が妖魔だなんて……」
 そう告げた途端、色葉はハッとして玉藻の貌を見つめた。三千年も生きる大妖魔が目の前にいることを忘れていたのだ。

「ごめんなさい、宝治さん……。あなたが妖魔だってことを忘れていたわ……」
「いえ……。構いませんわ。妖魔は人に恐れられる存在ですから……」
(咲希もわたくしに抱かれたくないというのは、わたくしが妖魔だからでしょうか……?)
 玉藻が隣に座る咲希の顔を見つめた。その視線に気づいて、咲希が微笑を浮かべた。

「あたしは玉藻が妖魔だろうが神だろうが、関係ないわ。玉藻は玉藻だしね……」
「ありがとうございます、咲希……」
 咲希の言葉に、玉藻が心から嬉しそうな笑顔で答えた。そのやり取りを見て、色葉は再び大和に視線を送った。
(やはり、この二人の間に主従関係はなさそうね)
(そうだな。単なる仲の良い友人って感じだ……)

「それから、妖魔が化けていた西条和馬本人は無事なのか?」
 話題を変えるように、大和が咲希に訊ねた。
「はい。本物の西条先輩は、昨日から法事で九州の親戚の家に行っているようです。帰ってくるのは明後日の予定です」
 高校時代に登録した西条の携帯番号に、咲希は電話を掛けてみたのだ。その結果、昨日は西条が大学にいなかったことが判明した。

「それにしても、今回の妖魔は何故、西条和馬の記憶を持っていたのかしら?」
 真剣な表情を浮かべながら、色葉が独り言のように呟いた。そのことは、咲希にとっても大きな疑問だった。
「記憶の転写……」
 不意に、星々の煌めきを映す黒瞳に真剣な光を映しながら玉藻が告げた。

「記憶の転写って……?」
 初めて耳にする言葉に、咲希が怪訝な表情を浮かべた。
「以前に咲耶もやったと言っていましたわよね? 記憶を上書きしたと……。その応用ですわ。他人の記憶を別の人間に転写コピーすることですわ」
「記憶をコピーするの……?」
「はい。ただし、よほど力がある神か妖魔にしか不可能です。わたくしにはできません……」
 玉藻の言葉に、色葉と大和が驚愕した。

「三大妖魔と呼ばれるあなたにも不可能なの……?」
「はい。わたくしが知る範囲でそれが可能な方は、アマテラス、ツクヨミ、タケミカヅチ……そして、私の兄です」
 そのいずれもが、神々の頂点とも言える力の持ち主たちだった。

「あなたの兄って……?」
 九尾狐クミホに兄がいると知り、色葉が驚きの表情を浮かべた。
「三大妖魔の一人、阿修羅アスラです」
「阿修羅だとッ……?」
 大和が驚愕の叫びを上げた。その横では、色葉が驚きに黒茶色の瞳を大きく見開いた。だが、玉藻は阿修羅の正体が素戔嗚尊スサノオのみことであることを告げなかったことに咲希は気づいた。そして、そのことから話を逸らすために、話題を変えた。

「玉藻、今の四柱よにんが今回の事件に関係しているとは思えないわ。やはり、黒幕は夜叉ヤクシャだと思う?」
「まず、間違いありませんね。私がいると知った上で、兄がこんなことを仕掛けるはずはありませんから、残る可能性は夜叉ヤクシャしか考えられません」
 星々の煌めきを映す黒瞳で咲希を見つめながら、玉藻が頷いた。

「つまり、夜叉ヤクシャもそれだけの力を持っているってこと?」
「恐らく……。二千年前、咲耶でさえ夜叉ヤクシャと引き分けるのが精一杯だったはずです。二千年の時があれば、夜叉ヤクシャの力も大きく増していると思われます」
 咲希の質問に頷きながら、玉藻が真剣な表情で告げた。

「二千年って……?」
「どういうことだ……?」
 咲耶と夜叉ヤクシャのしがらみを知らない色葉たちが、驚愕の表情を浮かべた。それに対して、咲希が簡単に説明をした。

夜叉ヤクシャは咲耶の夫である瓊瓊杵尊ニニギのみことを殺したんです。その敵討ちのために、二千年前に咲耶は夜叉ヤクシャに戦いを挑んだんです。しかし、三日三晩戦っても決着がつかず、咲耶の姉である磐長姫いわながひめの仲裁で引き分けに終わったそうです」
「あの時の戦いは壮絶でしたわ……」
 玉藻の言葉に、咲希が黒曜石の瞳を大きく見開いて叫んだ。

「玉藻、その戦いを知っているのッ……?」
「はい。兄と二人で遠くから見ておりましたわ。空は割れ、大地は裂け、山々は次々と噴火しておりました。数キロ離れたところにいた私たちにも、二人が激突する覇気が伝わって参りましたわ。兄が結界を張っていなければ、わたくしも無事では済まなかったかもしれません」
 ニッコリと微笑みながら告げた玉藻の言葉に、咲希たちは愕然として言葉を失った。まさかそれほどの戦いだったとは、咲希も初めて知った。

「あの戦いのせいで地形が変わり、南の方に大きな島ができましたわ。たしか、大島と名付けられたと思います……」
「なッ……!」
「大島ッ……?」
「そんなッ……?」
 平然と告げた玉藻の言葉に、咲希たちは驚愕の叫びを上げた。伊豆諸島最大の島を隆起させるほどの戦いなど、咲希には想像さえできなかった。

「話が逸れましたわね。それだけの力を持つ夜叉ヤクシャですから、記憶の転写など造作もないことだと思いますわ。あなた方の使っているSA係数とかいう単位を例にすれば分かりやすいかも知れませんわね。わたくしの力を一万とおっしゃいましたので、それを基準にするのであれば、咲耶は一万三千くらいだと思いますわ」
「い、一万三千……?」
 大和が茫然とした表情で呟いた。それを艶然と見つめると、玉藻が楽しそうに続けた。

夜叉ヤクシャは、一万五千と言ったところでしょうか?」
「一万五千って……?」
 今度は色葉が驚愕に黒茶色の瞳を大きく見開いた。
阿修羅アスラはどのくらいなの……?」
 最強の武神と呼ばれる素戔嗚尊の力がどれ程のものなのか、咲希は興味本位で訊ねた。

「兄は別格ですわ……。おそらく、二、三十万かそれ以上だと……」
「に、二、三十万って……?」
 想像を遥かに超える数値に、咲希は言葉を失った。そして、最も知りたいことを恐る恐る訊ねてみた。
「天照皇大御神さまは……?」
 咲希の質問に、玉藻は美しく弧を描く眉をひそめて考え込んだ。

「測れないのでは……?」
「え……? 測れないって……?」
 玉藻の言葉の意味が分からず、咲希が問い返した。
「あのお方の力は無限ですので……。太陽神の名の通り、太陽そのものだとお考えください。太陽が爆発したら、どれほどの力か想像がつきますか?」
 玉藻の説明を聞いて、咲希はアマテラスの力を想像することを諦めた。もし太陽が爆発したら、太陽系そのものが吹き飛ぶことは間違いなかったからだ。

「コホン……。話を戻しましょう。今回の事件の黒幕が夜叉ヤクシャだとしたら、咲希の中にいる木花咲耶と宝治さんの二人がかりなら倒せるのかしら?」
わたくしに咲耶と組めとおっしゃるのですか? そんなこと絶対にお断り致しますわ」
 色葉の提案を玉藻は一考もせずに却下した。八百年間も封印された怨みは、一朝一夕では消えないようだと咲希は思った。

「で、でも……、それほどの相手なら二人が協力しないと……」
夜叉ヤクシャとの戦いに手を出そうものなら、わたくしが咲耶に殺されてしまいますわ。咲耶の目的は、瓊瓊杵ニニギの仇討ちですのよ。夫の敵討ちというのは、自分一人の力で成し遂げるのが妻の役目だと咲耶は申すでしょう?」
「玉藻……」
 どうやら封印された怨みよりも、咲耶の気持ちを汲んで協力することを拒んだのだと知り、咲希は玉藻を見直した。

「まあ、わたくしには咲耶のプライドなど関係ありませんが……。もし、咲耶が危なくなったら、手を貸してさしあげるつもりですわ。咲耶が負けるということは、咲希が殺されるという意味ですから……。そうなる前に、兄を呼んででも助けてさしあげますわ」
 ニヤリと妖艶な笑みを浮かべながら、玉藻が咲希の顔を見つめた。
「玉藻……!」
 心から嬉しそうな表情を浮かべて、咲希が玉藻を見つめ返した。咲耶には申し訳ないが、素戔嗚尊の力を借りることが出来れば、夜叉ヤクシャを斃すことは不可能ではないと考えたのだ。

「でも、その前に、夜叉ヤクシャ四天王が来ますわよ」
「四天王……?」
 そんな存在がいるなど、咲希は初耳だった。
「恐らく、昨日の妖魔は四天王の一人、武羅奴ブラドだと思いますわ。夜叉ヤクシャが<黒牙刀>を渡す相手となれば、四天王以外に考えられませんから……」

「四天王って、その武羅奴くらいの強さなの?」
 あの程度であれば、咲希一人の力でも何とかなりそうだった。
「武羅奴は四天王の中で最弱ですわ。SA係数も六千くらいだと言っておりましたわね。他の三人はいずれも、一万以上はあるはずです。わたくしが直接会ったことがあるのは、迦美羅カーミラという女吸血鬼だけですが……」

「一万以上って……」
 九尾狐クミホこと、玉藻のSA係数が一万程度だと推定されていた。他の三人は、玉藻と同レベルかそれ以上の存在だと言うことだった。
「他の二人の名前や特徴は分かるの?」
 ゴクリと生唾を飲み込みながら、咲希が訊ねた。

「迦美羅は四天王第三席ですわ。第二席は火允カインという人類初の吸血鬼ですわ。正確に言えば、夜叉ヤクシャによって最初に吸血鬼にされた人間ということですわね」
「人類で最初の吸血鬼、火允……」
 その名前に不吉なものを感じて、咲希はブルッと体を震わせた。

「そして、四天王筆頭は無名ムナですわ」
「無名……?」
 名前らしくない名前に、咲希が首を捻った。
「無名というのはその名の通り、名前がないのです。夜叉ヤクシャを除いて、無名に会った者は誰もいないと言われております。名前、年齢、性別、能力……そのすべてが謎なのです。実在するのかさえ疑われている存在ですわ」
 玉藻の説明に、咲希は茫然とした。それが本当であれば、隣にいたとしても無名とは気づかないに違いなかった。

「まあ、次に来るとしたら、順番からして迦美羅ですわね。でも、迦美羅の狙いは咲希や咲耶ではなく、わたくしの可能性が高いと思いますけれども……」
 ニヤリと妖艶な笑みを浮かべながら、玉藻が楽しそうに告げた。
「何で、玉藻が狙われるの?」
「昔、迦美羅の顔をわたくしが焼き払ったからですわ」
「か、顔を焼いた……?」
 平然と告げた玉藻の言葉に、咲希が驚愕した。

「迦美羅はわたくしだけでなく、兄までも侮辱したのですから当然の報いですわ。わたくし妖気のろいを込めた火焔で半顔を焼いたので、今も醜く爛れた姿のはずですわ」
 三大妖魔の名に相応しい凄愴な笑みを浮かべながら、玉藻が平然と告げた。その美貌を見つめながら、咲希は心の中で思った。
(玉藻ってキレると怖いんだ……。気をつけよう……)
 色葉と大和は顔を引き攣らせながら、目の前に座る玉藻の姿を見つめていた。
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