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第3章 火焔の女王

3.淫魔の口づけ

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 真っ赤な夕陽が海平線に沈み、夜のとばりが周囲を暗闇で包み込んだ。雲一つない夜空には満天の星々が煌めきを競い合い、寄せては返す波の音だけがシンとした静寂の中で響き渡っていた。その潮騒の音さえも打ち消すほど、早瀬凪紗なぎさの鼓動は激しく高鳴っていた。

(何なの、この怒濤どとうの展開は……? 一生分の倖せがまとめて来たみたい……。あたし、今日死ぬのかな……?)
 美しい夕陽が海平線に沈む幻想的な情景を見ながら、凪紗は窓際の特等席でフランス料理のフルコースに舌鼓を打った。オードブルから始まり、魚介類をふんだんに使ったコース料理は今まで食べたことがないほど美味しかった。その料理の味をさらに引き立てたのが、目の前に座っている男性だった。

 スポーツマンらしい爽やかなショートヘアに優しい微笑を浮かべながら、西条和馬は巧みな話術で凪紗を惹きつけた。高校時代の想い出や剣道部での失敗談を織り交ぜた西条の話を聞きながら、凪紗は今までで最高のディナーを心から楽しんだ。
 食事を終えると西条は、夜の海へと凪紗を誘った。五月も下旬ということもあって、浜辺には人ひとりいなかった。潮騒が奏でるオルゴールを耳にしながら、凪紗は隣に座る西条の精悍な横顔を見つめた。高校時代に憧れていた時よりも、凪紗の心の中で西条の存在がずっと大きくなっていた。

「西条先輩……」
 無意識に凪紗の唇から、高まる西条への想いが溢れ出た。その想いを遮るように、西条が右手の人差し指を立てて、凪紗の唇を塞いだ。
「和馬でいいよ……」
 整った容貌に微笑を浮かべながら、西条が凪紗に告げた。その言葉を耳にした瞬間、凪紗の心臓はドキンッと跳ね上がって激しく脈打った。

「和馬……さん……」
「和馬……。呼び捨てにして、凪紗……」
 優しい口調でそう告げられ、凪紗は初めて自分の名前を呼び捨てにされたことに気づいた。西条との距離が一気に近づいたような気がした。
「和馬……」
 慄えるような小声で西条の名を告げると、凪紗は嬉しさと恥ずかしさでカアッと顔を赤らめた。

「可愛いね、凪紗は……」
 西条の……和馬の右手が、凪紗の左頬を優しく包み込んだ。そして、精悍な顔がゆっくりと近づいてきた。
(キス……される……)
 思わず眼を閉じた瞬間に、凪紗は唇を塞がれた。和馬の舌が唇を割って挿し込まれ、凪紗を絡め取った。ネットリと舌を絡められると、紛れもない愉悦の戦慄が凪紗の背筋を走り抜けた。

「キスは初めて……?」
 二人の唇を繋ぐ細い糸が、星々の煌めきを反射して美しい光を放った。官能にトロンと蕩けた瞳で和馬を見つめながら、凪紗が小さく頷いた。本当は高校三年の時にバイトの先輩とキスをしたことがあったが、そんなことをわざわざ和馬に告げる必要はなかった。

「それなら、キスの仕方を俺が教えて上げるよ……」
 そう告げると、和馬が再び唇を塞いできた。今度は最初から濃厚に舌を絡め取られた。息もつけないほどの激しい口づけを、凪紗は生まれて初めて受けた。頭の芯がくらくらとして、体中から力が抜けていった。ゾクゾクとする官能が全身を駆け抜け、四肢の先端まで甘く痺れさせた。

「あッ……!」
 和馬は左手をジージャンの内側から背中に廻すと、慣れた手つきでプチンとブラジャーのホックを外した。同時にTシャツの裾から入れた右手で、ブラジャーのカップをずり上げて凪紗の左乳房を包み込んだ。

「待って、和馬……。ダメ、こんなところで……あッ、いやッ……!」
 左胸を優しく揉みしだかれ、固くなった媚芯を手の平で転がされると、凪紗はビクンと顎を突き上げた。抑えようもない快感が背筋を舐め上げ、脳天で甘く弾けた。
「和馬……だめ……んッ……!」
 凪紗の抗議の言葉を塞ぐように、和馬が唇を重ねてきた。白い乳房を揉みしだかれながら激しく舌を絡められると、紛れもない官能の炎が全身に燃え広がった。

(凄い……気持ちいい……)
 頭の芯がボーッと霞み、閉じた瞼の裏にチカチカと白い閃光が瞬いた。凪紗は無意識に両手を和馬の首に廻して、自ら積極的に舌を動かしていた。
「あッ……はぁあ……」
 細い唾液の糸を引きながら唇を離すと、官能にトロンと瞳を蕩かせながら凪紗が熱い喘ぎを漏らした。その表情を見つめながら、和馬がニヤリと笑みを浮かべた。

「可愛いね、凪紗は……。キスだけでこんなになるんだ……?」
 そう告げると和馬は右手で白い胸を揉みしだきながら、凪紗の首筋から左耳へと舌を這わした。ネットリと首筋を舐め上げられ、耳穴に熱い息を吹きかけられながらねぶられると、凪紗はビクンッと体を震わせながら喘いだ。抑えきれない快美の火柱が腰骨を熱く灼き溶かし、背筋を舐め上げて脳天で甘く弾けた。

「和馬……、だめ……。こんなところで……あッ、んあッ……」
 硬く尖りきった媚芯をコリコリと扱かれながら、凪紗が抑えきれない女の声を上げた。体中が蕩けて力が抜け落ち、凪紗はグッタリと和馬に総身を預けた。細い首筋が上気してほんのりと赤く染まっていた。

(あたし、このまま和馬に抱かれちゃうのかな……?)
 ボーッと霞む意識の中で、官能に慄えながら凪紗は思った。
「あッ、あぁッ……!」
 白い肌に赤い後が残るほど、和馬に首筋を強く吸われた。ゾクゾクとした官能の愉悦が全身を痺れさせ、凪紗は顎を突き上げながら大きく喘いだ。

 次の瞬間、壮絶な痛みとともに凄まじい歓悦が凪紗に襲いかかった。異様に伸びた和馬の犬歯が、凪紗の首筋に突き刺さったのだ。溢れ出た真紅の鮮血を、和馬がゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み始めた。
「ひぃいいッ……!」
 凄絶な快感が全身を駆け抜けて、凪紗が悲鳴を上げた。その瞬間、ビクンッビクンッと総身を痙攣させながら、凪紗は生まれて初めての絶頂オーガズムを極めた。

 夜の闇を支配する淫靡なる魔物……吸血鬼。
 その乱杭歯が首筋に刺さるとき、人はかつてない究極の快絶に達するという。どんな媚薬をも遥かに凌駕する快感に、一瞬のうちに男は射精し、女は壮絶な絶頂に狂わされた。

「あッ、あッ……あッ、ひぃいいッ……!」
(何、これッ……凄い……! おかしくなるッ……! だめぇえッ……!)
 快美の火柱が脳髄をドロドロに灼き溶かし、意識さえも真っ白に蕩かされた。凄絶な歓悦に全身の痙攣が止まらなくなり、涙と涎を垂れ流しながら凪紗は極致感オルガスムスに達し続けた。

(死ぬッ……誰か、助けて……)
 その意識を最後に、ガクリと首を折って凪紗は失神した。その表情は、凄愴な快絶に翻弄された女の悦びに蕩けきっていた。
 夜の海が奏でる潮騒の中で、ピチャピチャと血を啜る淫猥な音色だけが響き渡った。


 玉藻の言葉通り、鮮血に塗れた左肩の傷は信じられない速度で治癒していった。ガーゼを当てて応急手当をしている間に血管が塞がり、筋肉が再生して傷が塞がっていったのだ。
 だが、失った血液までは復元できないようで、玉藻は蒼白な表情のまま意識を失っていた。咲希は部員たちに手を貸してもらい、玉藻を道場の隣にある休憩室の長椅子に横たえた。

「ごめん、玉藻……。ありがとう……」
 玉藻の右手を握り締めながら、黒曜石の瞳に涙を浮かべて彼女の美貌を見つめた。大切な黒髪を斬り裂かれ、怒りに我を忘れた咲希を玉藻は命がけで止めてくれたのだ。あのまま<咲耶刀>を振り下ろしていたら、妖気を浄化するどころか髙峰を両断していたことに咲希は気づいた。

「咲希……」
 星々の煌めきを映す黒瞳を薄く見開きながら、玉藻が意識を取り戻した。咲希は両手で玉藻の右手を握り締めながら、身を乗り出して彼女の顔を見つめた。
「玉藻……! 大丈夫ッ?」
「あまり……大丈夫では……ありませんわ……。さすがに……つらい……です……」
 美しい貌を苦痛に歪ませながら、玉藻が苦しそうに告げた。

「ごめん、玉藻……。あたし……」
 故意ではなかったとは言え、玉藻に重傷を負わせてしまったことを咲希は心から詫びた。黒曜石の瞳から涙が溢れ出て、白い頬を伝って流れ落ちた。
「お願いが……ありますの……」
「何……? 何でも言って……!」
 長い漆黒の髪を揺らしながら、咲希が玉藻の貌を覗き込んだ。

「精気を……少し……分けてください……」
「精気……?」
 予想もしないことを告げられ、咲希が驚いて玉藻を見つめた。
「はい……。傷を治すのに……限界まで妖気を……使ってしまいました……。咲希の神気を……分けてくれませんか……」
「分かったわ! どうすればいいの?」
 両手に力を込めて、玉藻の右手を握り締めながら咲希が訊ねた。

「口づけを……」
「口づけって……? キスするってこと?」
 玉藻の言葉に驚いて、咲希が黒曜石の瞳を大きく見開いた。そんなことを要求されるとは、思いもしなかった。
「あたしが……淫魔だということは……咲耶から聞いていると……思います。淫魔は……人の精気を糧に……生きています……。その精気を……咲希の神気を……分けてくれませんか……?」
 話すのさえも辛そうに、玉藻が言葉を途切れさせながら告げた。

(本当に、淫魔だったんだ……)
 咲耶から聞いていたとはいえ、本人の口から伝えられたのは初めてだった。咲希は何度も淫気を当てられて失神させられたことを思い出すと、カアッと顔を赤らめた。玉藻の淫気を当てられると、将成に抱かれる以上の凄絶な快感が全身を駆け巡るのだ。

「分かったわ……。玉藻にキスすればいいのね……?」
 羞恥に顔を赤らめながら、咲希が玉藻に告げた。その言葉に小さく頷くと、玉藻が微笑みを浮かべながら言った。
「はい……お願いします……。ただし、今のわたくしは……加減ができないかも……知れません。覚悟はしておいて……ください……」
「加減……? 覚悟って……?」
 玉藻の言葉の意味が分からずに、咲希が首を捻りながら訊ねた。だが、それには答えずに、玉藻が苦しそうな表情で告げた。

「お願い……早く……」
 淫魔の名に恥じない妖艶な表情で、玉藻が喘ぐように告げた。その嬌艶な色香にドキリとしながら、咲希はゆっくりと顔を近づけて唇を重ねた。
 熱く濡れた舌が挿し込まれ、咲希の舌を絡め取った。ネットリと舌をねぶられた瞬間、想像を絶する快絶が咲希の全身を駆け抜けた。

「……ッ!」
(だめッ……これッ! おかしくなるッ!)
 本能的な恐怖を感じて、咲希は慌てて唇を離そうとした。だが、首に廻された玉藻の両手が、咲希の顔を強い力で引き寄せた。
(ひぃッ……! だめッ……! イッちゃうッ……! いやッ……イクッ!)
 かつてないほどの壮絶な快感が背筋を舐め上げ、脳天に凄まじい雷撃を落とした。一瞬たりとも我慢することができずに、ビクンッビックンッと激しく総身を痙攣させて咲希は絶頂を極めた。だが、歓喜を噛みしめる硬直さえ許してもらえず、次の大波が咲希を襲った。

(だめッ……だめぇッ! また、イクッ……! いやぁッ! イクぅッ……!)
 絶頂オーガズムの先にある極致感オルガスムスに、瞬く間に咲希は押し上げられた。しかし、玉藻の口づけは途切れることのない凄絶な快感のパルスを送り続けてきた。
 愉悦アクメに続く絶頂オーガズム……。その先にある極致感オルガスムス……。官能地獄とも言える超絶な極みの連鎖に、脳髄をトロトロに灼き溶かされ、全身の細胞さえもドロドロに熔解させられた。

(ひぃッ……イクッ! だめッ……狂うッ! こんなの、だめぇえッ……! また、イクッ……!)
 凄まじい快絶に全身の痙攣は止まらず、真っ赤に染まった目尻から随喜の涙を流し、口元から涎の糸を垂らしながら咲希は絶頂し続けた。目の前に白い閃光が瞬き、意識さえも真っ白に染め上げられた。まさしくそれは、生まれて初めて経験する絶頂地獄に他ならなかった。

(イクッ……! だめッ……! イクの、止まらないッ! 死ぬッ……! イグぅッ……!)
 ビックンッビックンッと激しく痙攣する肢体を、グッタリと脱力させて咲希は玉藻に体を預けるように崩れ落ちた。玉藻は満足そうな微笑を浮かべながら、咲希の耳元に妖艶な声で囁いた。
「ありがとうございます。だいぶ回復しましたわ……。もっと欲しいのですが、これ以上は咲希がこわれてしまいますわね……」
 ハァハアとせわしなく喘ぎながら痙攣を続ける咲希とは対照的に、玉藻はあでやかに輝く美貌に魔性の笑みを浮かべた。

(加減とか……覚悟とか……、これだったんだ……)
 今更ながら、玉藻が告げた言葉の意味に咲希は気づいた。これほどまでの超絶な快感を刻み込まれたのは、生まれて初めてだった。両胸の媚芯が痛いほどそそり勃ち、溢れた蜜液で下着がビッショリと濡れているのが自分でも分かった。
 女の悦びにトロンと蕩けきった瞳で、咲希は玉藻の美貌を見つめた。

「咲希の精気は凄く濃厚で美味しいですわ。それに、咲耶がいるおかげでどんなに精気を吸っても、咲希には影響ありませんしね……」
(それって……?)
 玉藻の言葉を聞いて、咲希はハッと気がついた。咲耶が告げた言葉が、咲希の脳裏に蘇った。

『あまり大丈夫とは言えぬ……。神気がどっさりと抜け落ちたようで、体が思うようにならぬのじゃ……』

(咲耶の神気が消失した原因って、もしかしたらこれじゃ……?)
 その考えに恐らく間違いないだろうと思いながら、咲希は玉藻に訊ねた。
「玉藻……、もしかして……時々、あたしから精気を吸ってるの……?」
「はい。咲希が寝ている間に、何度か……少しだけですけど……」
 何の悪気もない表情で、玉藻はあっさりと咲希の言葉を認めた。

「たぶん、その時には咲希も淫靡な夢を見ていたと思いますわ……」
「淫靡な夢って……」
 玉藻の言葉に、咲希はカアッと顔を赤らめた。今までに何度か夢の中で将成に抱かれたことを思い出したのだ。夢にも拘わらず、壮絶な快感が全身を駆け抜けて、咲希は何度も絶頂を極めた。朝、目を覚ますと、下着が濡れていたことが何度もあったのだ。
 それが夢ではなく、実際に玉藻の淫気によるものであったことを、咲希は実感を込めて知らされた。

「か、勝手に、人の神気を吸わないで……。それに、最近、神気が抜け落ちたって言って、咲耶がずっと寝てるのよ。これ以上神気を吸われたら、咲耶の生命が危ないんじゃないの?」
 咲耶の不調の原因を作っていたのが玉藻だと知り、咲希は驚いて文句を言った。
「あら、そうでしたの? それはよいことを聞きましたわ。咲希は気持ちよくなれるし、咲耶はわたくしを封印する力がなくなるしで、一石二鳥ではないですか?」

「玉藻ッ……!」
 玉藻の言葉にカアッと赤面しながら、咲希が叫んだ。その様子を楽しそうに見つめながら、玉藻が微笑みを浮かべた。
「心配しなくても大丈夫ですわ。口惜しいですが、咲耶の力はわたくしよりも上ですの。だから、わたくしが咲耶の神気をすべて吸うことは不可能ですわ。まあ、強いて言えば、激しい運動をして疲れた状態になっているだけですわよ。数日もすれば完全に恢復いたしますわ」
「それならいいけど……」
 玉藻の言葉に納得しそうになって、咲希は慌てて首を振った。

「ちっともよくないわ! 玉藻のせいで、何回もあんな夢を見たなんて……」
「あら、どんな夢でしたの? 教えてくださいませんか?」
 ニヤリと笑みを浮かべながら告げた玉藻に、咲希は真っ赤になって言葉に詰まった。将成に抱かれて何度も絶頂を極めたなど、言えるはずもなかった。

「と、とにかく、今みたいな緊急時以外にあたしから神気を吸うのはやめて……!」
「でも、数日に一度は精気を取らないと、私自身が保ちませんわ。咲希が精気をくれないとなると、身近なところでは将成さんからいただくしか……」
 玉藻の言葉に驚愕して、咲希が慌てて叫んだ。
「将成からなんて、もっとダメよッ!」
 三千年を生きる淫魔にあの口づけをされたら、将成が玉藻の虜になることは目に見えていた。

「でも、わたくしの口づけに耐えられる精気を持っている方など、ほとんどおりませんわ。それこそ、紂王ちゅうおうや幽王、鳥羽上皇のような方でないと……」
 歴史上の偉大な帝王たちの名を告げられ、咲希は言葉に詰まった。そのような偉人たちと同じレベルのを持つ者など、玉藻の言うとおり滅多に存在するはずはなかった。

(咲耶に相談したら、きっとすぐにでも封印しろって言うだろうな……)
 それが正しい選択なのかも知れなかったが、すでに咲希は玉藻に対して友情以上のものを感じていた。さっきも玉藻は生命を賭けて咲希を助けてくれたのだ。その玉藻を、再び何百年も眠らせることなど咲希にはできなかった。

「分かったわ……。どうしても我慢できなくなったら、あたしの神気を吸わせて上げる。その代わり、咲耶の神気は吸わないで……」
 だが、その提案は玉藻に一蹴された。
「でも、咲希の神気だけでは足りませんわ。こう言っては何ですが、わたくしの妖気を十としたら、咲希の神気は二か三くらいです。下手をしたらぜんぶ吸い尽くして、咲希を殺してしまうかもしれませんわ」

「そ、それは……」
 平然と告げた玉藻の言葉に、咲希は顔を引き攣らせた。彼女が三大妖魔と呼ばれる存在であることを、改めて咲希は実感した。
「咲耶の神気はわたくしを十とすれば、十二、三はあります。ですから、今までは妖気が減ってきたら、咲耶から七か八くらい神気をいただいておりましたの……。これからは、咲希から一、咲耶から四くらいいただくことにしますわ。神気を吸う回数は増えますが、一度に吸う量を抑えるように致します」

(つまり、いままでは妖気が十のうち、二か三くらいになったら神気を吸っていたってことね。それを五くらいになったら吸うようにするってことかしら……? まあ、そうしてくれた方が、咲耶の負担も減るからいいのかも……)
 だが、次に告げた玉藻の言葉で、咲希は大事なことを思い出した。

「そうした方が、気持ちよくなる回数も増えるから咲希も嬉しいですわよね? 神気を吸うのは咲希が一、咲耶が四の割合ですが、淫気による快感はすべて咲希一人のものですわ……」
「そ、それは……!」
 カアッと真っ赤に顔を染め上げて、咲希が抗議の言葉を告げようとした。さっきのような壮絶な官能地獄を何度も経験させられたら、自分を保つ自信が咲希にはなかった。

「いやでしたら、わたくしは構いませんわよ。その代わり、将成さんの神気を吸わせていただきますから……」
 ニヤリと笑みを浮かべながら、玉藻が告げた。どうやら、咲希の選択肢はあらかじめ決められていたようだった。

「わ、分かったわよ……。その代わり、約束して……。神気を吸うのは、あたしだけにして……。将成には絶対に手を出さないで……」
 三千年を生きる淫魔の魅力に勝てるとは思えずに、咲希は愛する将成を奪われないように玉藻に哀願した。その言葉を聞きながら、玉藻はニッコリと笑顔を浮かべた。

「心配しなくてもそんなことはいたしませんわ。わたくしが愛しいのは、咲希だけですから……」
 そう告げると、玉藻は咲希の背中に両手を廻して、優しく抱き寄せた。そして、驚く咲希の唇を塞ぐと、再び濃厚な口づけをした。そして、熱く甘い舌を挿し込むと、ネットリと舌を絡ませた。

(あッ……だめッ……! こんなの、また……)
 何度も絶頂を極めさせられた咲希の体は、玉藻の口づけに急速に燃え上がり始めた。紛れもない官能が背筋を舐め上げ、脳天に快美の火柱が落雷した。腰骨が熱く灼き溶け、全身の細胞一つ一つが官能の愉悦に慄えた。

(だめッ……! また、イッちゃうッ……! いやッ……! イクッ……!)
 ビックンッビックンッと激しく痙攣すると、総身を大きく仰け反らせながら咲希は絶頂オーガズムを極めた。ガクガクと硬直しながら歓喜の快絶を噛みしめると、グッタリと全身を弛緩させて玉藻にもたれかかった。
 黒曜石の瞳は官能にトロンと蕩けて随喜の涙を溢れさせ、口元からはネットリとした涎の糸が垂れ落ちた。茫然と玉藻を見つめるその表情は、凄絶な快美の奔流に翻弄された女そのものであった。

「その淫らな咲希の貌が、わたくしは大好きですわ。咲希はわたくしのものだということを、その体に刻みつけてさしあげますわ」
 そう告げると、玉藻は再び咲希の唇を塞いだ。甘い吐息と切ない嬌声が、剣道場の隣にある休憩室の中に響き渡った。
 その日、玉藻の宣言通り、咲希は淫魔の口づけを全身に刻みつけられた。
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