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第3章 火焔の女王

1.ハーレーを駆る女

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「やっぱり、400ccとは全然違うわ! ちょっとアクセルを開いただけで、凄い加速ね!」
 届いたばかりのハーレーダビットソン・STREET BOB 114で甲州街道を走りながら、咲希が嬉しそうに叫んだ。
 まだ慣らし運転のため回転数も三千回転以下に抑えているが、1,868ccの空冷型ミルウォーキーエイト・エンジンが、最大トルク155Nm、最大出力94HP/70kWの性能を遺憾なく発揮するのが今から楽しみだった。

 聖光学院大学からもスクールバスが出ている八王子教習所で、咲希は大型二輪の教習を終えたのだった。普通二輪の免許を持っているため、大型二輪の教習は学科が免除されて技能の十二時間だけだった。一日に最大二時間を受講できるため、技能講習に必要な日数は最短で六日間だった。

 咲希は四種類ある教習コースのうち、スーパープレミアムという最も高額なコースで卒業検定までのすべての予定を組んでもらい、最短の七日間で教習所を卒業することができた。学割が利くとはいえ、約十六万円の出費は痛かったが、ゴールデンウィーク中に講習を終えるためには背に腹は代えられなかった。

 八王子教習所への入校を予約したその足で、咲希は所沢にあるハーレーダビッドソン代理店に行き、STREET BOB 114の購入を決定した。ボディカラーは当然、レッドラインレッドと呼ばれる真紅だった。運良くキャンセルが出た在庫車両があったため、購入をその場で決定した。
 STREET BOB 114のシート高は680mmとCB400SFよりも75mmも低く、身長165cmの咲希でも楽に乗ることができた。

 カスタマイズの説明も受けたが、ヘルメットロックとサドルバッグを取り付けた以外はオリジナルのまま乗ることにした。荷物が多いときやちょっとした買い物に、サドルバッグがあるとないとでは便利さが大きく違うからだ。
 購入費用は現金一括振り込みにしたこともあり、オプションと保険料を合わせて二百六十万円だった。咲希にとっては生まれてから最も高額な買い物だったため、契約時には将成に同席してもらった。


「サドルバッグがあると、後ろに乗るのに邪魔ですわ。取り外しませんか?」
 ピリオンシートに座っている玉藻が文句を言った。
「だって、それがないと教科書とか運べないじゃない? イヤなら玉藻は電車で学校に行ってもいいわよ」
「冷たい言い方ですわ。そんなことをおっしゃると、こうしますわよ」
 ウエストに廻していた両手を上げると、玉藻は後ろから咲希の両胸を掴んできた。そして、手の平から軽く淫気を発して、咲希に放射した。

「ひゃあッ……!」
 両胸から凄まじい快感が脳天に駆け抜け、咲希はビクンと体を跳ねて顎を突き上げた。
「何するのよ、バカッ! 事故ったらどうするのよッ!」
 危うくハンドルを離しそうになり、咲希が真っ赤に顔を染めて怒鳴った。

わたくしをないがしろにする咲希が悪いのですわ。反省しないのでしたら、今度はもっと強いのをお見舞い致します」
「わ、分かったわよ! ごめん、あたしが悪かったわ! お願いだから、やめて!」
 運転中にイカされでもしたら絶対に事故ると思い、咲希が慌てて玉藻に謝った。

 咲耶のアドバイスに従って、咲希は玉藻に淫気を使わないように必死でお願いした。最初は不満そうにしていた玉藻だったが、咲耶が封印しようと考えていることを告げると渋々了承してくれた。だが、機嫌を損ねると、今のように軽い淫気を当ててくることだけはやめてくれなかった。今まではあまり実害はなかったが、さすがに運転中は洒落にならなかった。

「そうですわ! どうせなら、サイドカーを取り付けませんこと? あれならわたくしも乗っていて楽そうですわ」
「イヤよ、サイドカーって、格好悪いじゃない?」
 そう言った瞬間、玉藻の両手が再び咲希の胸を包み込んだ。
「ま、待ってッ! そのことは、後でよく話し合いましょうッ!」
 二度も淫気を当てられては堪らないと思い、咲希が慌てて叫んだ。

「前向きに検討してくださいますか?」
「う、うん……! でも、よく調べてからね!」
 胸から手を離そうとしない玉藻に、咲希は顔を引き攣らせながら叫んだ。
「わ、分かったわよッ! その代わり、デザインはあたしが決めるからねッ!」
「はい、ありがとうございます」
 満足そうな笑みを浮かべると、玉藻は両手を咲希のウェストに戻した。

(まったく……! 何でサイドカーなんて付けなくちゃならないのよ! せっかくのSTREET BOB 114の良さがなくなるじゃないの?)
 憧れのハーレーダビッドソンを手に入れたにも拘わらず、自分の好みと異なるカスタマイズを余儀なくされることになり、咲希は大きくため息をついた。


「うそ……! こんなにするのッ……?」
 昼休みにヒルトップの二階にあるカフェテリアでサイドカーを調べていた咲希が、驚愕の叫びを上げた。
「いくらくらいかかるんですか?」
 目の前でオレンジジュースを飲みながら、玉藻が咲希の顔を見つめて訊ねた。

「サイドカー本体が最低でも百六十万円以上……。取付費用や足回りの強化を含めたら、二百万から三百万よ! こんなの、新車一台買えちゃうじゃない!」
「結構しますね。でも、払えない金額ではありませんよね?」
 平然とした表情で玉藻が言った。たしかに払えなくはなかったが、問題はもう一つあった。

「そうだけど……。でも、受注生産だから、発注から取付まで早くて三年……普通は、五年くらいかかるみたいよ。大学卒業しちゃうじゃない?」
「そうなんですか? それは困りましたね……」
 飲み終えたオレンジジュースの氷をストローでカラカラとかき回しながら、玉藻が不満そうに告げた。

「ねえ、玉藻……、こうしない? ピリオンシートに背もたれを付けて、サドルバッグを外すの……。それなら、乗心地も大幅に変わるでしょ?」
「……。荷物はどこに入れるんですか?」
 ジト目で咲希を見つめながら、玉藻が訊ねた。まだサイドカーに未練があるようだった。

「そうね……。あたし一人の時はバックパックを背負えばいいし、二人乗りタンデムの時はアレ使えないかな?」
「アレとは……?」
 咲希が玉藻に顔を近づけて、小声で囁いた。
「前に、結界から金の延べ棒を取り出したでしょ? その要領でSTREET BOB 114に乗る前に荷物を結界内に送っておいて、駐車場とかで取り出せない?」
「なるほど……。できなくもないですが……」
 咲希の提案に、玉藻が興味を持ったように答えた。

「そうすれば、乗心地も改善されるし、手ぶらだから移動も楽よ……」
「でも、取り出したり入れたりするところを見られたらまずくないですか?」
「それは気をつければ……。そうだ、トイレの個室とかでやれば大丈夫じゃない?」
「分かりました。取りあえず、それで手を打ちましょう。その代わり、できるだけ早く背もたれを付けてくださいね」
 玉藻の言葉に、咲希は笑顔で大きく頷いた。

「任せておいてッ! 明日の午後にでもバイク屋に行ってくるわ。善は急げって言うしね!」
 明日は三限目の語学が休講であったことを思い出すと、咲希は嬉しそうな笑顔を浮かべながら告げた。これでサイドカーを付けなくて済みそうだったからだ。
「約束ですよ。もし、破ったらこれですよ……」
 そう告げると、玉藻は右手の平を開いて咲希に向けた。その手から妖気が溢れたのを感じ取ると、咲希は顔を引き攣らせながら言った。

「だ、大丈夫よッ! 絶対に明日取り付けてくるから……!」
 だが、ハーレー純正の背もたれバックレスパッドが取り寄せ品であることを咲希は知らなかった。発注から入荷までは早くて一週間かかったのだ。
 翌日、必死で玉藻に謝ったが許してもらえず、咲希は久しぶりに壮絶な淫気を何度も当てられて失神したのだった。


「いいですわね。これでしたら快適ですわ」
 サドルバッグを外してバックレスパッドを取り付けたピリオンシートで、玉藻が満足そうな笑みを浮かべながら告げた。
「そうでしょ? サイドカーよりも格好いいし、乗り降りだってその方が楽よ」
 サイドカーを取り付けずに済んだことにホッとして、咲希が笑顔を浮かべながら言った。

「それにしても、咲希は何でオートバイにこだわるんですか? 車の方が楽ではないんですか?」
 不思議そうな表情を浮かべて玉藻が訊ねてきた。
「高校二年の時に、初めて将成が運転するCB400SFに乗せてもらって、風を切って走る感覚が凄く気持ちよかったの。それからすぐに普通二輪の免許を取って、将成と同じバイクを買ってもらったのよ」
(その頃から将成さんと付き合っていたのですね……。あんな男に咲希はもったいないですわ!)

「えッ? 何か言った?」
「いいえ、何でもありません。それよりも最近、大学で咲希は噂になっておりますわよ。ハーレーを駆る美少女がいるって……」
(その噂も頭に来ますわ。咲希はわたくしのものだというのに……。もし咲希に言い寄ってくる男がいたら、私の火球で焼き殺してさしあげますわ)

「それって、玉藻とあたしを間違えてるんじゃないの? 玉藻の方があたしよりスタイルもいいし、色気だってずっとあるじゃない?」
 玉藻の言葉を咲希が笑いながら聞き流した。実際に美しさという点では甲乙付けがたかったが、色気と胸の大きさで咲希は大きく負けていたのだ。

「若い殿方というものは、色気よりも清楚さを好むものですわ。その点、普段の咲希は清楚な美人ですから……。もっとも、淫気を当てると別人のように淫らになりますけど……」
「ち、ちょっとッ……! 変なこと言わないでよッ!」
 笑いながら告げた玉藻の言葉に、カアッと顔を赤らめて咲希が文句を言った。

「あら、失礼いたしました。そろそろ着きますわよ……」
「まったく、もう……。人前でそんなこと言ったら許さないからね!」
 正門近くの駐車場にSTREET BOB 114を進入させると、咲希がいつもの場所に駐車させながら告げた。

 エンジンを停止させて左足でサイドスタンドを立てると、玉藻が降りたのを確認してから咲希はSTREET BOB 114から降り立った。二人乗りタンデムの場合は、後席者タンデマーが降りてからでないと、ドライバーは降りられないのだ。
 咲希は左ハンドルのヘルメットロックに、玉藻は後部ピリオンシートの左側にあるヘルメットロックにそれぞれのヘルメットを取り付けた。そしてお互いに頷き合うと、二人は並んで文学部のある三号館を目指して歩き出した。

(玉藻が言ってたことも、満更嘘じゃなさそうね。最近、あちこちから視線を感じるわ……)
 今もSTREET BOB 114を降りたときから、周囲の学生が自分たちを見つめていたことに咲希は気づいていた。
 スレンダーな肢体にピッタリとした黒いライディングジャケットを着ている咲希と、白いサマーセーターの胸部を豊かに盛り上げる玉藻の組み合わせは、男子学生の視線を釘付けにしているようだった。

(まあ、十人中九人は玉藻の胸を見ているんだろうけど、確かにあんまりいい気持ちはしないわね……)
「どうしました、咲希? もし不快なようでしたら、わたくしが追い払ってさしあげますけど……」
 咲希よりも遥かに気配に敏感な玉藻が、左手の平を上に向けながら告げた。その手に妖気が集まりだしたのに気づくと、咲希が慌てて言った。

「ダメよ、こんなところで……! あなたの正体がバレたら大騒ぎじゃ済まないわ!」
「まあ、そうですわね。でも、咲希にちょっかい出してきたら、本当に消し炭にしてあげますわ」
 恐ろしいセリフを平然とした表情で告げると、玉藻は妖気を消滅させた。

「大丈夫よ……。こう見えても、あたしだってそれなりに神気は使えるんだから……。それにいざとなったら咲耶だっているから、心配しないで……」
(そう言えば、この二、三日、咲耶の声を聞いてないわね? どうしたのかな?)
 不意に不安になって、咲希は咲耶に呼びかけた。

(咲耶、起きてる? 咲耶……?)
『何じゃ、うるさいのう……? 人が気持ちよく寝てるのを起こすでない』
 眠そうな声で、咲耶が答えてきた。
(ごめん……。最近、静かだからどうしたのかと思って……。体調でも悪いの?)
 普段騒がしい咲耶が大人しすぎるため、咲希は心配して訊ねた。

『うむ……。何故かこの数日、眠くてかなわぬ。緊急時以外、起こすでない……』
 そう告げると、再び咲耶は眠ってしまったようだった。
(どうしたんだろう? 今までこんなことなかったのに……?)
 赤塚公園で神気を使い切って眠っていた一年半を除き、咲耶が普段から眠り続けていたことなど一度もなかった。咲希は何故か嫌な予感がして、不安そうに表情を曇らせた。

「どうしました、咲希……?」
 咲希の様子を不審に思ったのか、星々の煌めきを映す黒瞳で玉藻が見つめてきた。
「ううん……、何でもないわ。それよりも、荷物をお願い……」
 三号館の女子トイレに近づいたことに気づくと、咲希が玉藻に頼んだ。このトイレの個室で、二人の荷物を結界から取りだしてもらうのだ。
「分かりました。ここで待っていてください」
 そう告げると、玉藻は一人でトイレに入っていった。

「咲希ちゃん?」
 突然、背後から声をかけられて、咲希は驚いて振り返った。そして、そこに立っていた男性の顔を見ると、咲希は嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「西条先輩! お久しぶりです!」
 高校時代の将成の親友で、男子剣道部の副主将を務めていた西条和馬だった。最後に会ったのは将成たちの卒業式なので、実に一年二ヶ月ぶりだった。

「ずいぶんと大人びたな。驚いたよ……」
「先輩こそ、凄く素敵になりましたね。今も剣道を続けているんですか?」
 紺色の剣道着と袴を身につけた西条の姿を見て、咲希は懐かしそうに告げた。高校の時よりも一回り大きくなったようで、見慣れた剣道着にも拘わらず堂々とした貫禄があった。

「ああ、剣道部に入ったからね。毎日ろくに授業にも出ずに、剣道一色の寂しい青春さ」
 そう言うと、西条は楽しそうに笑った。
「そう言えば、去年のインターハイで個人戦優勝したんだって? おめでとう!」
「ありがとうございます。でも、今はもう竹刀を握ってないんですけどね」
 インターハイで優勝したのは、昨年の八月だった。たった九ヶ月前のことだが、ずいぶんと昔のように咲希は感じた。

「そうか……。もったいないな。咲希ちゃんなら、全日本学生剣道優勝大会でも優勝できたかも知れないのに……」
「そんな……。高校とはレベルが違いすぎますよ。今は、将成と同じ天文旅行サークルに入ってるんです」
(そう言えば、最近将成から西条先輩の話を聞かないな……)

「そうなんだ。学部も違うし、部活も違うから最近はあんまり将成と連絡を取っていないんだ。あいつ、元気でやってるかい?」
「はい、今日も会うと思うので、西条先輩に連絡するように言っておきますね」
(やっぱり、疎遠になってたんだ。高校時代は毎日のように一緒にいたのに……)
 たった一年二ヶ月で、連絡さえ取らなくなってしまった二人の関係が咲希には寂しかった。

「頼むよ。近いうちに、また四人で会おうよ。えっと、何だっけ……?」
凪紗なぎさですか?」
「そうそう……、凪紗ちゃんだ。彼女も元気でやってる?」
「はい。凪紗とはクラスもサークルも一緒なんです」
(凪紗の名前も忘れちゃったなんて、何か悲しいな……)
 今の西条との間に大きな壁ができたようで、咲希は複雑な気持ちになった。

「咲希ッ! 何やっているのですか! 離れてくださいッ!」
 突然、後ろから玉藻の叫び声が聞こえた。驚いて振り向くと、玉藻が両手を西条に向かって付き出していた。その手の平に妖気が集まっていることに気づいて、咲希は驚愕した。
「何考えてるの、玉藻ッ! やめてッ!」
 だが、星々の煌めきを映す黒瞳に真剣な光を浮かべながら玉藻が叫んだ。

「それはわたくしのセリフですッ! すぐにその方から離れてくださいッ!」
 両腕を大きく頭上に掲げた玉藻を見て、咲希は思わず両手を広げて西条の前に立ちはだかった。サッカーのスローインに似たその動作は、玉藻が火球を放つときのものだった。
「だめッ、玉藻ッ……! 西条先輩、逃げてッ!」
「待ちなさいッ!」
 玉藻の声に、咲希は背後を振り返った。そこにはすでに西条の姿は消えていた。

 ガシャーンッ……!

 左手の窓ガラスが割れる音が響いた。驚いてそちらを振り向くと、ガラスを割って外に飛び出した西条が、凄まじい速度で走り去っていくのが見えた。それは咲希が神気を使って走る速度とほとんど変わらなかった。

(えッ……? どういうことッ……?)
 黒曜石の瞳を驚愕に見開きながら、咲希は小さくなっていく西条の背中を見つめた。
「どなたですの、今の方は……?」
 妖気を消滅させた玉藻が、咲希の隣に来て訊ねた。
「高校の剣道部の先輩……なんだけど……」
「今の方からは、わたくしと同じ匂いがしました。あの方は……妖魔ですわ」
 咲希の耳元に顔を寄せながら、玉藻が小声で囁いた。

「妖魔……?」
 驚きに眼を見開いて、咲希が玉藻の美しい貌を見つめた。
「妖気をゼロにできるところを見ると、それなりに高位の妖魔ですわ。おそらく、咲希に近づいたのも、偶然ではありませんわよ」
「そんな……」
 厳しい視線で西条が走り去った方向を見据えている玉藻を、咲希は茫然とした表情で見つめた。

 咲耶の原因不明の不調と、西条に扮した未知の妖魔の出現……。
 何かが起こりそうな予感が、咲希の心を重く支配した。その予感が良いものだとは、咲希には到底思えなかった。


「どう思う、大和……?」
 咲希からの連絡を受けて、天城色葉が隣にいる国城大和の顔を見つめた。聖光学院大学に妖魔U.E.が現れたと言うのだ。それも、咲希が通っていた高校の先輩に妖魔が扮していたそうだ。

九尾狐クミホ……玉藻が言うのなら、間違いないだろう。ああ見えて、三大妖魔の一人だからな……」
 宝治玉藻の美しい貌を思い出しながら、大和が告げた。高位の妖魔にも拘わらず、玉藻は何故か咲希を気に入っているようだった。

「戦力的には咲希と木花咲耶このはなさくや、玉藻がいれば十分過ぎるとは思うけど……。妖魔が知人に扮して咲希に接触してきた理由が分からないわね」
「そうだな……。咲希のSA係数は二一五〇だし、木花咲耶と玉藻については一万以上らしいから応援の必要はないな。下手に応援を出すと、彼女たちの戦いに巻き込まれるリスクの方が高い……」
 眉間に皺を寄せながら、大和が告げた。咲希の守護神である咲耶と三大妖魔の一人である玉藻がいれば、そこらの妖魔など敵ではなかった。

「咲希は玉藻のことを信用しているみたいだけど、実際のところ妖魔を信じられるのかしら……?」
「正直に言って、俺は何故咲希が玉藻を信用しているのか理解できない。守護神の木花咲耶ならともかく、玉藻には一度殺されそうになったんだろう?」
「あたしも大和の意見に同感よ。だから、咲希が玉藻……九尾狐クミホに操られている可能性もあると考えているわ」
 ブラウンがかった黒茶色の瞳に不安な色を浮かべながら、色葉が告げた。外見は咲希と同年代の美少女だが、玉藻はよわい三千年の大妖魔なのだ。

「当面の間は、将成に玉藻と咲希を監視させよう。彼なら咲希が玉藻に操られているかどうか、分かるはずだ」
「そうね……。あたしもそう思っていたわ。普段の咲希を一番よく知っている将成君なら、何かあればすぐに気づくはずよね。定期的に連絡を入れるように、将成君に指示しておくわ……」
 そう告げると、色葉はノートPCで将成宛のメールを打ち始めた。だが、そのメールによって引き起こされる事態について、色葉は予想さえもしていなかった。
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