なんとなく

荒俣凡三郎

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8月

蝉の妖精

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 むせかえるような草の匂いで目が覚めた。時計を見ると、投稿時間にはまだ時間がある時間帯だった。それで胸をなで下ろす。ここのところ授業に遅刻気味だったから、今日はちゃんといけそうな気がした。

 私の隣では知らない男が寝ていた。白いボロボロのシャツを着て、すり切れそうなハーフパンツを履いている。色は青と紺のストライプ。足は裸足だが、土足と変わらないくらい汚れている。

 その姿を数秒見つめ、首をかしげた。
 本当に知らない男だ。男は死んでいるかのように動かない。

 すっと首筋に手を伸ばす。当てた指先からは脈が感じられなかった。
 私は近くに転がっていた携帯電話を手に取り、警察へと電話をかけた。

「あの、知らない男の人が隣にいるんですけど、それで、えと、死んでるみたいで」

 それからすぐに警察が来た。念のためか、救急車とセットできていて、写真やらテープやらいろいろ貼ったり撮ったりした挙げ句、私は警察署へと連れて行かれた。

「あの、学校、いかなきゃいけないんですけど」

 恐る恐る伝えると、学校の先生の机のようなデスクを挟み、強面の刑事と名乗った男が顔をしかめた。

「あのね、人が死んでるの。それも何件も。しかも君のところで何件も。証拠がないから逮捕できないけどね。これは大変なことなんだよ」

「・・・はぁ」

 そんなことをいわれても知らないものは知らない。男はいったいなんだったのか。昨日は確か、いつも通りお風呂に入って寝たはずなのだ。

「私、三日前、死にかけの蝉を助けました。庭に穴を掘って埋めてあげたから、それかも!!」

 何がだ、と軽く一蹴される。

「だから蝉が私に恩返しにきたんです」

 これには答えず、しばらく放置された。
 結局、今日も学校にいけそうにない。遅刻どころか欠席になるとは。せっかく早く起きたのに。

 それからしばらくして、私は釈放されることになった。親族に連絡して、と言われたが私は首を振った。知り合いでもいいと言われたから、知っている番号にかけた。

「私。迎えに来て」
「どこにいるの」

 電話の向こうから懐かしい草の匂いがした。
「警察署」
「・・・またか」
 深いため息をつくのがわかった。

「またかって言わないでよ。私にもよくわからないんだから」
「そうだな、おまえはいつもそうだからな。あぁ今年も八月がきたんだな」

 それから私を引き取りに来てくれたのは、二十代後半の男だ。痩せ細った体躯に半年は好き放題に伸ばした髪、薄いめがねに気だるそうな口元が特徴的だ。

「やぁやっちん」
「やぁじゃない。高校卒業してからこれで何人目だ」

 私は彼の元へ歩きよると、間違いを訂正すべく、鼻の頭を指さした。
「私は高校卒業してない」
 彼は不満げに眉を潜めて言った。
「してんだよ。覚えてなくても」
 私は驚いた。
「え! 覚えてなくても卒業できるの!?」
「できるよ」
 えー、と驚く私をよそに彼は「ほら、いくぞ」と歩き出した。
「うん!」
 空からは、干からびるような日差しがアスファルトを強く照らしていた。
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