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第五話 ウソ

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「少し疲れた?」


縁は心配そうに私を見つめた。


嘘をついた罪悪感が


胸を締め付けていく。


それでも私は笑う。



「ううん、平気」


「ほんと?ちょっとほっぺ赤いみたいだ」


「きっと縁といるからだよ」


まるで赤ずきんちゃんの


狼のような言い訳で


私はおどけて見せた。







【surgicalmask~第五話 ウソ】





「ソフトクリーム買ってくる!」


「うん、その間に検温しとくね」


縁は売店の行列に並んで


ちゃんと測れよ!と合図を送る。


私は小さく手を振って


看護師の咲良さんから


渡されていた体温計を


脇に挟んだ。



今の体温計は


測り終えるのが早い。


あっという間に


検温終了音が鳴った。



「…え?」


表示部に出たデジタル数字は


37・7℃を弾き出している。



もう一度、測り直すも


数字は変わることがなかった。





これじゃあ


すぐに病院へ


帰らなきゃならない…。


でも。


売店に並んだ縁の姿を見る。



今日は縁の誕生日なんだ。




白血病が再発する前は


毎日のように


学校帰りデートしてた。


あんなにキスが好きだった。



あんなに大きな愛で


私を包んでくれるのに。



私は何も、出来てない。


来年…の今日


私は縁の隣に


居られるかどうかも


わからない…。



涙ぐむ目


縁に知られないよう


そっと拭う。




今日くらい


いいよね。


咲良さん


ごめんなさい。



私は、体温計を


バッグの中深くへと


滑り込ませた。





「結月っ」


ようやくソフトクリームを


買った縁が笑顔で駆け寄ってくる。


「バニラ?チョコ?」


「チョコがいい!」


「好きだもんな」


そう笑ってベンチの


私の隣へ縁は腰掛けて言った。


「熱は?」


「ないよ、大丈夫」


「ほんとに?」


どこかおかしいところでも


あったのだろうか。


内心焦りながら


平常心を保って頷いた。



「平気、平気!縁はほんとに心配症だね」


「だってさ、なんかあったら困るよ。俺、きっと結月がいなくなったら生きていけない」

いつになく真剣な表情で

アスファルトに視線を落とす。



私に何かあったら。

私がいなくなったら。


膝に置かれた縁の拳が震えていた。


つきん、つきんと心が痛む。


うまく、嘘をつくんだ、私。


今日だけ。今日だけだよ。



「大丈夫、何ともないよ」


「よかった……」


縁はやっと信じてくれたみたいだ。


大きな口でバニラのソフトを


頬張ると、おおよそ半分が縁の


胃袋へと落ちていった。



「すご、大きい口!」


「ゆふきもたへな?とけふよ」


「何言ってるのかわかんない」



私が笑うと縁も笑う。


入院してから


何かを一緒に食べる事も


なくなった。


マスクをとらなきゃ


ならないからだ。



だから


こうしてマスクを


顎にひっかけて


ふたりで頬張るソフトクリームは


とても美味しい。


何より、縁の顔が見えるから。



一足先にソフトクリームを


食べ終えた縁は


未だソフトクリームを


舐め続ける私の顔を


しげしげと見つめた。



「何?」


「少し疲れた?」


「ううん」


「ちょっとほっぺ赤いみたいだ」


「きっと縁といるからだよ」


まるで赤ずきんちゃんの


狼のような言い訳で


私はおどけて見せた。



「はずっ!」


縁はそう言いながらも


顔を赤く染めて


照れくさそうに頭をかき


次の言葉を繋ぐ。


「調子ほんとに大丈夫ならさ」


「うん?」


「もう1箇所、行きたいところがあるんだ、……行ける?」



デート延長の誘いだ。



熱のことは気になる。


でも、縁の側にいたい。


奇跡みたいな今日を


私は終わらせたくなかった。



だから私は



「結月?」



黙り込んだ私を心配そうに


見つめる縁に


「うん、行く!」


精一杯の笑顔を向けたんだ。





「じゃあ早速行こっ!」


縁は、私の手を引く。


その笑顔が、


ふわふわと揺れる気がした。



神様、お願い


偽りでもいい。


せめてデートが終わるまで


再発する前の


元気な私でいさせて

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