上 下
175 / 315
第3章謎の少女とダンジョン革命

146・白のダンジョン③

しおりを挟む

「死んだって本当ですか?」
「ええ、死因はダンジョンを、
歩き回ったことによる体力と体温の低下による衰弱死よ」
「そんな、あの人の母親に何て言ったらいいのか」

あんなに息子さんのことを心配していたのに。
死んでしまうなんて…。

「…こんなの悲しすぎますよ」

この世界で冒険者が死んでしまうのはよくあることだが、
それでも子供を失った母親の気持ちを思うと悲しかった。

「悲しい…?
人が死ぬことが悲しい?」

少女は不思議そうな顔をした。

「普通は悲しいものじゃないですか」
「私には感情が無いから、分からないわ」
「感情がない?」
「機械だから、
このダンジョンを管理運営するためには余計な感情は不要よ」
「それってなんか悲しいですよ。
寂しくないんですか」

そう言うと少女は一瞬だけ悲しそうな顔をした。

「寂しい?
理解不能だわ。
とにかくあなたの探している男は死んだわ。
これ以上ダンジョンが壊されても困るから、出て行って」
「待ってください。せめて遺体だけでも家に帰してあげたいんです」
「本来であれは死体はでき次第、処分されるけど、
特別に次の階層に彼の死体を置いておくわ。
それを回収次第、すぐ出て行って」
「分かりました。迷惑かけてすみませんでした」

そう言うと、視界は暗転し、私は意識を失った。





「セツナ、セツナ!!」
「うぅ…」

目を開けるとエドナ達が心配そうな顔をしていた。

「いきなり倒れたから心配したじゃない!」
「あの、実はさっき…」

私は夢であったことをみんなに話した。

「…不思議な話だな」
「というかダンジョンを管理する存在なんて、
初めて聞いたわよ。
もしそんなのが居るなら歴史的発見よ」
「でも何だか悲しそうな人でした」

感情がないといったが、でも寂しいのかと聞いた時、
一瞬だけ悲しそうな顔をした。
本当に感情が無いならいいが、
もしあるならこんな寒いダンジョンの中でたった一人なんて、
かわいそうだ。

「それより本題を忘れていませんか」
「あ、そうだった。
次の階層に行こう。そこに死体があるはずだから」

そうして次の階層の階段を降りると、
そこに倒れた男の死体があった。
その側には手記のようなものがあった。
読んでみると、中にはこのようなことが書かれていた。

『お母さん、今までごめんなさい。
今になって自分の愚かさを反省しています。
俺は本当に馬鹿だった。
もっと真面目に働けばよかった。
もっと誠実に生きるべきだった。
後悔してももう遅いのは分かっています。
俺はもう動けない。ここで死ぬんだと思います。
でもせめてお母さん、あなたは幸せになってください。
俺がいなくてもどうか生きてください。
生きて――』

そこで手記は終わっていた。
覚悟していたとはいえ、いざ見ると落ち込んだ。
私がもっと早くダンジョンに入っていたら…、
助かったのかもしれないのに。

「前にも言いましたがその考えは傲慢です」

私の心を読んだフォルトゥーナが非難するような目で私を見た。

「あなたはこのダンジョンに入る前、
自分には助けられる力がありますと言いました。
助けられる力があるから助ける。
何故なら自分は強者だから、と考えていませんか?」
「えっと、それは…」
「弱者は強者が助けるべきだとあなたは言うと思いますが、
そもそも強者とは何です?」
「えっと強い人だよね」
「では明らかに強者であるギルドマスターは、
何故ダンジョンに捜索隊を派遣しなかったと思いますか?」
「それは…危険だし、多くの人が犠牲になるから」
「強者なのにですか?」
「強者だからっていって何でも出来るわけじゃないよ」

そう言うとフォルトゥーナは頷いた。

「そうですよ。セツナ。
本当の意味での強者はこの世界には存在しないんですよ。
弱者を強者が助けるのは理想ですが、
そもそも死が隣り合わせのこの世界では、
強者は常に弱者を救うことなど出来ないんです。
どんな強者でも死ぬことはあるし、間違いも犯します。
手に水をそそげば、必ずこぼれる水があります。
それが命です。
わたくし達が救えるのは手のひらに残った水だけです。
人が人を救うのは本当に難しいのです。
あなたは紛れもなく強者ですが、全知全能ではない。
そのことを忘れないでください」

かなりキツい言葉だった。
でもフォルトゥーナが正しい。
私は少し思い上がっていた。
私ならきっと大丈夫だろうと思っていた。
助けられると脳天気に思っていた。
でもこれが現実なのだ。
現実は甘くない。そのことを忘れていた。

「帰りましょう…」

私は遺体をアイテムボックスにしまった。
そして転移魔法で外に出て、
私達は白のダンジョンを後にした。





「あの子はどうだったんだい!!??」

ギルドに入るとあの冒険者の母親が居た。
ずっと待っていたのだろうか。

「残念ですが…」
「そんな助けてくれるって言ったじゃないか!!」
「すみません…。私の力不足です…」
「あの子はどこに…」

私が遺体を取り出すと、彼の母親は真っ青になった。

「そんな…!
こんなに冷たくなって…!」
「それと彼が最後に残した手記です」
「これは…馬鹿な子だよ」

手記の内容を見ると母親は涙を流した。
私は胸が痛くなった。
どうしても悲しんでいる姿が私のお母さんとダブって見える。
その悲しみは私のお母さんも味わったと思うから、
見ていて辛い。

「あの…」

少しでもこの人の悲しみが癒えるなら、私は何でもしたい。
死んだ人の代わりになるとは思わないけど、でも何か出来ないのか…。

「もうわたくし達が出来ることはありません」

フォルトゥーナが私の肩を触って言った。

「私がやれることは終わりました。
後は本人が乗り越えるしかありません」
「でも…」
「セツナ、帰りましょう」

エドナが優しくそう言った。
そして私はもやもやする気持ちを抱えながらギルドを後にした。





「強者って何だろうな」

部屋の窓から青い空を見ながら私はそう言った。

「私は強いと思っていたけど、なんか無力だ」

あれから三日後、あの冒険者の母親は死んだと聞いた。
自殺だった。自宅で首を吊ったらしい。
生きてという子供のメッセージは母親には届かなかった。
せめてもっと早く助けられていたら…、そういう後悔が抜けない。

「セツナ、ふざけたこと言うなよ」

ガイが怒ったようにそう言った。

「そもそもダンジョンなんていう場所は入っちゃいけないんだ。
こんなこと子供だって分かることだ。
あいつはもっと考えるべきだったんだ」
「その通りよ」

エドナが部屋に現れた。

「盗み聞きするつもりじゃないかったけど、
あんまり変なことを考えるべきじゃないわ」
「エドナ…」
「そもそも一番悪いのは誰?
息子と口論した母親?
それとも助けられなかったあなた?
いいえ、ダンジョンに入るなんていう無謀なことをしたあの男でしょう」
「でも、私は…」
「いい? フォルトゥーナが言っていたでしょう。
救える人間ばかりじゃないって、
あなたは優しいから、責任を感じているかもしれないけど、
自分から死にに行った男の死に責任を負う必要はないわ。
あなたは出来る限りのことをした。
だから自分を許してあげなさい」

エドナに頭を触られ、涙がこぼれた。

「でも私はこれからもこういうことがあったら、
助けにいくと思います…。
自分でも馬鹿だと思う…」
「いいのよ。細かいところは私達がフォローするから、
今はとにかく泣きなさい。全部吐き出してスッキリしなさい」

私は久しぶりにエドナの胸の中で泣いた。
泣いたら少しスッキリした。

今回のことは痛い教訓だった。
でもこれからも私は困っている人を助けるだろう。
でも救えなかった時は仕方が無いと受け入れることにしようと思った。
なぜなら私は神じゃないから、
全ての人は救えないし、また救おうと思うことは傲慢なんだ。
そう思った出来事だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱
ファンタジー
おっとりヲタク男子二十五歳成人。チート能力なし? まったく知らない世界に転生したようです。 何のヒントもないこの世界で、破滅フラグや地雷を踏まずに生き残れるか?! 頼れるのは己のみ、みたいです……? ※BLですがBがLな話は出て来ません。全年齢です。 私自身は全年齢の主人公ハーレムものBLだと思って書いてるけど、全く健全なファンタジー小説だとも言い張れるように書いております。つまり健全なお嬢さんの癖を歪めて火のないところへ煙を感じてほしい。 111話までは毎日更新。 それ以降は毎週金曜日20時に更新します。 カクヨムの方が文字数が多く、更新も先です。

神に同情された転生者物語

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。 すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。 悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。

二度目の転生は傍若無人に~元勇者ですが二度目『も』クズ貴族に囲まれていてイラッとしたのでチート無双します~

K1-M
ファンタジー
元日本人の俺は転生勇者として異世界で魔王との戦闘の果てに仲間の裏切りにより命を落とす。 次に目を覚ますと再び赤ちゃんになり二度目の転生をしていた。 生まれた先は下級貴族の五男坊。周りは貴族至上主義、人間族至上主義のクズばかり。 …決めた。最悪、この国をぶっ壊す覚悟で元勇者の力を使おう…と。 ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも掲載しています。

レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)

荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」 俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」 ハーデス 「では……」 俺 「だが断る!」 ハーデス 「むっ、今何と?」 俺 「断ると言ったんだ」 ハーデス 「なぜだ?」 俺 「……俺のレベルだ」 ハーデス 「……は?」 俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」 ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」 俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」 ハーデス 「……正気……なのか?」 俺 「もちろん」 異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。 たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ユウ
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

処理中です...