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第3章謎の少女とダンジョン革命
108・パン屋革命
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その時私はアアルの近くにあるドルイドの森で採取をしていた。
「えっと、これは見つけたしこれは…」
私は木に生えているキノコを手に取る。
【アカツキキノコ】
真っ赤な傘が特徴のキノコ。毒々しい外見だが食べられる。
ステータス魔法を使えば、
どんな素材がどんな効果を持っているか一目瞭然である。
私はキノコをアイテムボックスに入れる。
「エドナー、他に良い素材あった?」
「ええ、見つけたわ」
エドナが草を持ってくる。
【風日草】
薬草の原料となる草。そのまま食べても疲労回復の効果がある。
「風日草で間違いないね」
「しかしあなたの力って便利ね。
図鑑が無くても調べられるし、採取場所も分かるんだから」
基本的にエリアマップを使えば、
どこに何の素材があるかは一目瞭然である。
念じれば地図上で素材場所のアイコンが表示されるので、
便利と言ったら便利だ。
「確かに反則的な力ですね」
そうフォルトゥーナも言う。
「まぁ確かにこいつの持ってる力は反則的だぜ」
そうガイも言った。
そんなに反則的な力だらうか。
まぁエリアマップなんて魔法は存在しないからな。
図書館で魔法について調べた時にも載ってなかったし。
そんな事を言いながら、採取しながら移動すると、
薬草の群生地を見つけた。
「いっぱいあるし、取っておこう」
「そうね」
そうしてみんなで薬草を採取する。
だが前にエドナに言われた通り、小さな薬草は採らない。
根こそぎ取ってしまったら、薬草が繁殖出来なくなるからな。
「しかし採取というのも面白いですね」
「フォルトゥーナはしたことないの?」
「わたくしは採取より性技の方が得意ですね」
「正義かー、確かに清らかな感じだけど」
「そっちの正義ではありませんよ」
「?」
何のことだろうか?
正義じゃなかったら、他にどんなせいぎがあるんだろう。
「ま、こんなもんかな」
取った薬草をまとめてアイテムボックスに仕舞う。
そしてアアルに戻ろうとした時また魔物が現れた。
「やれやれ、エドナ、フォルトゥーナ、行くよ」
「ええ」
「はい」
そうしてあっさり魔物を殲滅させると、アアルに戻る私達だった。
◆
「相変わらず仕事が早いねぇ」
ギルドに行って、
依頼の品を見せるとイザベラはどこか達観したように言った。
普通ギルドの依頼って、引き受けてから3日ぐらいかけて、
素材を採取し、依頼を解決するのが普通だ。
物によっては1週間もかかることもある。
それを私達は数時間で目的の物を持って来たんだから、普通は驚くだろう。
だがそういった事情についてイザベラが問いただすことは無い。
変に聞き出して、
怒った私達がアアルから離れたギルドに移ったら大変だからだ。
まぁ不審がられてはいるが、
さすがに私がエリアマップが使えることは気づいてないだろう。
だってあれは本来存在しないはずの魔法だからな。
「セツナの持ってくる薬草は質が高くて助かるよ。
折れて無いし、変に枯れてることも無いし」
「そんなの当たり前じゃないですか」
エドナには依頼主の想像以上の結果を出せと教わっている。
私達は女だがら、侮られることも多いが、
求めた結果以上のことをやる私達を他の人間は放っておかないだろう。
現に最近では指名依頼も増えてきた。
「それを理解してない冒険者も多いのさ。
出来ない依頼を引き受けて結局ドタキャンしたり、
粗悪な物を持ってきたり…、セツナはそういう事をしないから助かるよ」
ほら、求めた結果以上のことをやれば、
こういう風に認めてくれる人が現れる。
「ところでセツナ。トッドに何をやったんだい?
何か別人のように良い奴になっているんだけど…」
あのバトルの後、トッドは『金色の黎明』の傘下に入った。
エドナ達に相談したところ、
本人も希望しているし、傘下があればお金も入るし、
トッドは『金色の黎明』の傘下に入ることになった。
以前のトッドは生意気で、
私の悪い噂を広めたみたいにギルドで問題を起こしていたが、
今のトッドは以前とは違って、真人間になった。
その変わりようから、以前のトッドを知る者は、
地獄が本当にあるのではないのかと思い始め、行動を改めた。
結果的に冒険者同士のいざこざが減り、ギルドマスターにお礼を言われた。
ちなみに私の悪い噂はトッドが言った人全員に訂正して回ったので、
もう私の悪い噂を信じる者は居ない。
「ところでセツナに指名依頼が来てるんだけど」
「え、私にですか」
「これはチームというより、セツナに対する個人的な依頼だね」
「じゃあ、私一人で行った方が良いですか?」
「そうだね。それと依頼については直接会って話したいってさ。どうする?」
「じゃあ引き受けましょうか」
そうして私は依頼を引き受け、
イザベラに住所を教えてもらい、エドナ達と別れ、一人で依頼の場所まで行った。
「パン屋さん…?」
指定された住所に行くと建っていたのは小さなパン屋さんだった。
看板にはポールベーカリーと書かれていた。
だがあまり繁盛している様子はない。
現に店が開いているのに客一人居ない。
「すいませーん。ギルドの依頼でやってきた冒険者ですが」
そう中に入って言うが反応はない。
どうしたのだろうかと思った時、中から声が聞こえてきた。
「やっぱり無理だよ…」
「やってみねぇと分からねぇだろうが!!」
何だろうか、ケンカでもしてるのかな。
「あの、すみませーん」
すると今度は聞こえたのか、中から二人の男女が現れる。
年は二人とも40代ぐらいだろうか。
様子からして二人は夫婦だろううか。
「いらしゃいませー」
「あ、私は客ではありません。
ギルドから依頼を受けて来ました」
「じゃあ、あなたがセツナさん?」
「そうです」
「こんな子供が本当に冒険者なのか?」
「あんた、失礼だよ。セツナさんだね。
私はマーゴ。こっちは夫のポールだよ」
そう女性が言う。
「それで私に何の依頼ですか?」
「お前は変わった料理を作れるんだろう。
確かフレンチトーストと言ったか」
そうポールさんが言う。
確か前に泊まっていた宿の従業員にフレンチトーストの作り方を教えたが、
その話を聞いたのだろうか。
「あんなにパンが柔らかい料理は初めて食べた。
お前なら分かるんじゃないのか、パンを柔らかくする方法を」
「パンを柔らかくする方法ですか」
確かにこの世界のパンはあまり柔らかくない。
基本的にちぎってスープなどに漬けて食べるのが一般的だ。
「今までに色々な方法を試してみたが駄目だった。
どうやってもパンは柔らかくならねぇ。
パンが柔らかくなれば、店ももっと繁盛すると思うんだが」
パンねぇ…。私は料理好きだからパンは作ったことはある。
だがそれは機械を頼ったもの。どれだけ力になれるか分からない。
それを伝えると、それでもいいから力を貸してくれと言われた。
どうやらポールさんはパンに関しては並々ならぬ情熱を持っているらしい。
誰もが諦めたパンを柔らかくする方法をどうしても見つけたいと言った。
まぁ私もこの世界のパンが固いのは、どうにかならないかと思っていたので、
出来る限りのことをやるつもりだ。
「じゃあ、早速パンを作りましょう」
そうして仕事場の方に移動すると早速パンを作ることにした。
配合法だけ見ても分からないから実際に作って見た方が早い。
「じゃあ作るから見てくれ」
そう言うとポールさんは大きなボウルに小麦粉を入れ、秤で量る。
そしてそこにイーストと卵などを加えて、水を入れる。
そこまでは普通のパンの作り方と変わらない。
「あの水少なすぎませんか」
「え? いつもはこれぐらいでやるんだが…」
小麦粉の量に対し、水の量がこれでは少なすぎる。
まぁこの世界では水は貴重なものだ。
基本的に買うのが当たり前なので、
ケチりたくなる気持ちは分かるが、これでは水が少なすぎる。
私は水を足すように言い、ポールさんは材料をかき混ぜていく。
ちなみに材料は手作業でかき混ぜる。
そしてかき混ぜた生地を発酵させる。
「あれタイマーを使わないんですか」
「タイマー?」
生地の発酵させる時、何も見ずに発酵させることに私は驚いた。
どうやらこの世界には時計は普及していないため、
職人の勘で、パンの発酵具合を確かめるらしい。
「あの。今度、パンの発酵具合を見る時はこれ使ってください」
私はアイテムボックスから創造スキルで作っておいたタイマーを取り出す。
「これは何だ?」
「数字を入力すれば、その時間になった時に音が鳴って知らせてくれます」
「そんな便利な物があるのか!?」
ポールさんは驚いたように言う。
「これがあればもうパンを焦がすこともないっ。
言い値で買おう。いくらする?」
「それでしたら、タダで差し上げますよ」
「本当か? ありがとう!」
まぁタイマーは五分と入力すれば、五分後に音が鳴って知らせてくれるからな。
料理の時に必要かと思って創造スキルで作っておいたが、
こんなに喜ばれるとは思わなかった。
私はポールさんにタイマーの使い方を教えると、
とりあえず1時間後に音が鳴るように設定しておいた。
そして発酵が終わると、今度は生地を切り分けて、形を作る。
「え、そのまま焼くんですか?」
すぐに切り分けたパンを釜の中に入れようとするポールさんを止める。
「何か問題があるのか?」
「あのですね。パンは生地から切り分けたら、最低でも15分は置いた方が良いです」
これをベンチタイムと呼ぶのだが、
こうすることで生地の緊張が解け、柔らかくなるのだ。
「なるほどしばらく置いておいた方がいいのか」
「あんた、勉強になるね」
私が言ったことを一語一句逃さないためなのか、
奥さんのマーゴさんがメモを取る。
そしてタイマーが15分経って鳴ると、ようやくパンを釜の中に入れる。
そうして焼けたパンを食べるがまだ固い。
「普段より柔らかくなってるな」
「いえいえ、これじゃあ駄目ですよ」
この状態でもかなり柔らかくなった方だが、日本で食べた柔らかいパンにはほど遠い。
一体何が原因なのか。
「うーん、何が原因なんだろう」
こね方が足りないのかな。それとも水のせい?
うーん、何が原因なんだ?
「あ、そうだ。ステータス魔法で分かるかな」
私はステータス魔法を使ってみることにした。
【固いパン】
ポールベーカリーのポールが作ったパン。
イーストの保存方法が原因で固くなっている。
原因はイースト?
ちょっと聞いてみるか。
「あのイーストってどう保存してるんですか?」
「普通にそこらに置いてあるが…」
それはまずい。イーストは常温では保存してはいけない。
空気に触れた時点でイーストは活動し始めている。
その活動を最小限にするためには冷蔵庫に入れるのが業界の常識である。
「冷蔵庫には入れないんですか?」
「冷蔵庫?」
ああ、そうかこの世界には冷蔵庫は無いのか。
それは後で創造スキルで作って後で渡すとして、
パンが固くなっていたのはイーストが原因か。
常温で保管していたせいで、
仕舞っている間にイーストがすでに活動してしまっていて、
パンに混ぜた時には活動出来ない状態になっていたわけか。
そういえば発酵させた時も、あんまり膨らまなかった気がする。
私はポールさんにイーストは常温では保存してはいけないことを伝えた。
するともう何ヶ月もイーストを常温で置いておいたことが判明。
そりゃ膨らまないわけだわ。菌が働けないわけだからな。
現に新品のイーストを買ってもらい、
それで私が言う通りに調合したら、柔らかいパンが出来た。
「美味しい、これなら売れるぞ!」
「あんた、良かったね…グス」
ようやく柔らかいパンが出来て、夫婦は涙を流して喜んだ。
それを見て私も嬉しくなった。
それに、だ。ようやく固いパンでなく、
柔らかいパンを食べることが出来て私も安心した。
だって日本ではフランスパンぐらいしか固いパンって無かったしな。
そんなこんなで後日、魔力で動くミニ冷蔵庫を作って持っていき、
今まであったイーストを処分して、新しいイーストを冷蔵庫に保管してもらった。
そして私の言った通りにパンを作るようになると、
これが売れに売れ、評判が評判を呼び、ポールベーカリーは繁盛することになった。
すると他のパン屋からもパンが柔らかくなる方法を教えてくれと言われ、
これだとポールベーカリーの売り上げが落ちると思ったので、
ポールさんに相談すると、自分達が作り方を独占するより、
多くの人に柔らかいパンを食べてもらった方が良いと言うので、
パンが柔らかくなる方法を広めておいた。
おかげで善行も積めたが、
まぁそのせいでミニ冷蔵庫をたくさん作ることになって、
ちょっと疲れた。
だがそのおかげで柔らかいパンの作り方はアアルを飛び越えて、
周辺の村や町や王都にまで広がるのだが、それはまた別の話。
「えっと、これは見つけたしこれは…」
私は木に生えているキノコを手に取る。
【アカツキキノコ】
真っ赤な傘が特徴のキノコ。毒々しい外見だが食べられる。
ステータス魔法を使えば、
どんな素材がどんな効果を持っているか一目瞭然である。
私はキノコをアイテムボックスに入れる。
「エドナー、他に良い素材あった?」
「ええ、見つけたわ」
エドナが草を持ってくる。
【風日草】
薬草の原料となる草。そのまま食べても疲労回復の効果がある。
「風日草で間違いないね」
「しかしあなたの力って便利ね。
図鑑が無くても調べられるし、採取場所も分かるんだから」
基本的にエリアマップを使えば、
どこに何の素材があるかは一目瞭然である。
念じれば地図上で素材場所のアイコンが表示されるので、
便利と言ったら便利だ。
「確かに反則的な力ですね」
そうフォルトゥーナも言う。
「まぁ確かにこいつの持ってる力は反則的だぜ」
そうガイも言った。
そんなに反則的な力だらうか。
まぁエリアマップなんて魔法は存在しないからな。
図書館で魔法について調べた時にも載ってなかったし。
そんな事を言いながら、採取しながら移動すると、
薬草の群生地を見つけた。
「いっぱいあるし、取っておこう」
「そうね」
そうしてみんなで薬草を採取する。
だが前にエドナに言われた通り、小さな薬草は採らない。
根こそぎ取ってしまったら、薬草が繁殖出来なくなるからな。
「しかし採取というのも面白いですね」
「フォルトゥーナはしたことないの?」
「わたくしは採取より性技の方が得意ですね」
「正義かー、確かに清らかな感じだけど」
「そっちの正義ではありませんよ」
「?」
何のことだろうか?
正義じゃなかったら、他にどんなせいぎがあるんだろう。
「ま、こんなもんかな」
取った薬草をまとめてアイテムボックスに仕舞う。
そしてアアルに戻ろうとした時また魔物が現れた。
「やれやれ、エドナ、フォルトゥーナ、行くよ」
「ええ」
「はい」
そうしてあっさり魔物を殲滅させると、アアルに戻る私達だった。
◆
「相変わらず仕事が早いねぇ」
ギルドに行って、
依頼の品を見せるとイザベラはどこか達観したように言った。
普通ギルドの依頼って、引き受けてから3日ぐらいかけて、
素材を採取し、依頼を解決するのが普通だ。
物によっては1週間もかかることもある。
それを私達は数時間で目的の物を持って来たんだから、普通は驚くだろう。
だがそういった事情についてイザベラが問いただすことは無い。
変に聞き出して、
怒った私達がアアルから離れたギルドに移ったら大変だからだ。
まぁ不審がられてはいるが、
さすがに私がエリアマップが使えることは気づいてないだろう。
だってあれは本来存在しないはずの魔法だからな。
「セツナの持ってくる薬草は質が高くて助かるよ。
折れて無いし、変に枯れてることも無いし」
「そんなの当たり前じゃないですか」
エドナには依頼主の想像以上の結果を出せと教わっている。
私達は女だがら、侮られることも多いが、
求めた結果以上のことをやる私達を他の人間は放っておかないだろう。
現に最近では指名依頼も増えてきた。
「それを理解してない冒険者も多いのさ。
出来ない依頼を引き受けて結局ドタキャンしたり、
粗悪な物を持ってきたり…、セツナはそういう事をしないから助かるよ」
ほら、求めた結果以上のことをやれば、
こういう風に認めてくれる人が現れる。
「ところでセツナ。トッドに何をやったんだい?
何か別人のように良い奴になっているんだけど…」
あのバトルの後、トッドは『金色の黎明』の傘下に入った。
エドナ達に相談したところ、
本人も希望しているし、傘下があればお金も入るし、
トッドは『金色の黎明』の傘下に入ることになった。
以前のトッドは生意気で、
私の悪い噂を広めたみたいにギルドで問題を起こしていたが、
今のトッドは以前とは違って、真人間になった。
その変わりようから、以前のトッドを知る者は、
地獄が本当にあるのではないのかと思い始め、行動を改めた。
結果的に冒険者同士のいざこざが減り、ギルドマスターにお礼を言われた。
ちなみに私の悪い噂はトッドが言った人全員に訂正して回ったので、
もう私の悪い噂を信じる者は居ない。
「ところでセツナに指名依頼が来てるんだけど」
「え、私にですか」
「これはチームというより、セツナに対する個人的な依頼だね」
「じゃあ、私一人で行った方が良いですか?」
「そうだね。それと依頼については直接会って話したいってさ。どうする?」
「じゃあ引き受けましょうか」
そうして私は依頼を引き受け、
イザベラに住所を教えてもらい、エドナ達と別れ、一人で依頼の場所まで行った。
「パン屋さん…?」
指定された住所に行くと建っていたのは小さなパン屋さんだった。
看板にはポールベーカリーと書かれていた。
だがあまり繁盛している様子はない。
現に店が開いているのに客一人居ない。
「すいませーん。ギルドの依頼でやってきた冒険者ですが」
そう中に入って言うが反応はない。
どうしたのだろうかと思った時、中から声が聞こえてきた。
「やっぱり無理だよ…」
「やってみねぇと分からねぇだろうが!!」
何だろうか、ケンカでもしてるのかな。
「あの、すみませーん」
すると今度は聞こえたのか、中から二人の男女が現れる。
年は二人とも40代ぐらいだろうか。
様子からして二人は夫婦だろううか。
「いらしゃいませー」
「あ、私は客ではありません。
ギルドから依頼を受けて来ました」
「じゃあ、あなたがセツナさん?」
「そうです」
「こんな子供が本当に冒険者なのか?」
「あんた、失礼だよ。セツナさんだね。
私はマーゴ。こっちは夫のポールだよ」
そう女性が言う。
「それで私に何の依頼ですか?」
「お前は変わった料理を作れるんだろう。
確かフレンチトーストと言ったか」
そうポールさんが言う。
確か前に泊まっていた宿の従業員にフレンチトーストの作り方を教えたが、
その話を聞いたのだろうか。
「あんなにパンが柔らかい料理は初めて食べた。
お前なら分かるんじゃないのか、パンを柔らかくする方法を」
「パンを柔らかくする方法ですか」
確かにこの世界のパンはあまり柔らかくない。
基本的にちぎってスープなどに漬けて食べるのが一般的だ。
「今までに色々な方法を試してみたが駄目だった。
どうやってもパンは柔らかくならねぇ。
パンが柔らかくなれば、店ももっと繁盛すると思うんだが」
パンねぇ…。私は料理好きだからパンは作ったことはある。
だがそれは機械を頼ったもの。どれだけ力になれるか分からない。
それを伝えると、それでもいいから力を貸してくれと言われた。
どうやらポールさんはパンに関しては並々ならぬ情熱を持っているらしい。
誰もが諦めたパンを柔らかくする方法をどうしても見つけたいと言った。
まぁ私もこの世界のパンが固いのは、どうにかならないかと思っていたので、
出来る限りのことをやるつもりだ。
「じゃあ、早速パンを作りましょう」
そうして仕事場の方に移動すると早速パンを作ることにした。
配合法だけ見ても分からないから実際に作って見た方が早い。
「じゃあ作るから見てくれ」
そう言うとポールさんは大きなボウルに小麦粉を入れ、秤で量る。
そしてそこにイーストと卵などを加えて、水を入れる。
そこまでは普通のパンの作り方と変わらない。
「あの水少なすぎませんか」
「え? いつもはこれぐらいでやるんだが…」
小麦粉の量に対し、水の量がこれでは少なすぎる。
まぁこの世界では水は貴重なものだ。
基本的に買うのが当たり前なので、
ケチりたくなる気持ちは分かるが、これでは水が少なすぎる。
私は水を足すように言い、ポールさんは材料をかき混ぜていく。
ちなみに材料は手作業でかき混ぜる。
そしてかき混ぜた生地を発酵させる。
「あれタイマーを使わないんですか」
「タイマー?」
生地の発酵させる時、何も見ずに発酵させることに私は驚いた。
どうやらこの世界には時計は普及していないため、
職人の勘で、パンの発酵具合を確かめるらしい。
「あの。今度、パンの発酵具合を見る時はこれ使ってください」
私はアイテムボックスから創造スキルで作っておいたタイマーを取り出す。
「これは何だ?」
「数字を入力すれば、その時間になった時に音が鳴って知らせてくれます」
「そんな便利な物があるのか!?」
ポールさんは驚いたように言う。
「これがあればもうパンを焦がすこともないっ。
言い値で買おう。いくらする?」
「それでしたら、タダで差し上げますよ」
「本当か? ありがとう!」
まぁタイマーは五分と入力すれば、五分後に音が鳴って知らせてくれるからな。
料理の時に必要かと思って創造スキルで作っておいたが、
こんなに喜ばれるとは思わなかった。
私はポールさんにタイマーの使い方を教えると、
とりあえず1時間後に音が鳴るように設定しておいた。
そして発酵が終わると、今度は生地を切り分けて、形を作る。
「え、そのまま焼くんですか?」
すぐに切り分けたパンを釜の中に入れようとするポールさんを止める。
「何か問題があるのか?」
「あのですね。パンは生地から切り分けたら、最低でも15分は置いた方が良いです」
これをベンチタイムと呼ぶのだが、
こうすることで生地の緊張が解け、柔らかくなるのだ。
「なるほどしばらく置いておいた方がいいのか」
「あんた、勉強になるね」
私が言ったことを一語一句逃さないためなのか、
奥さんのマーゴさんがメモを取る。
そしてタイマーが15分経って鳴ると、ようやくパンを釜の中に入れる。
そうして焼けたパンを食べるがまだ固い。
「普段より柔らかくなってるな」
「いえいえ、これじゃあ駄目ですよ」
この状態でもかなり柔らかくなった方だが、日本で食べた柔らかいパンにはほど遠い。
一体何が原因なのか。
「うーん、何が原因なんだろう」
こね方が足りないのかな。それとも水のせい?
うーん、何が原因なんだ?
「あ、そうだ。ステータス魔法で分かるかな」
私はステータス魔法を使ってみることにした。
【固いパン】
ポールベーカリーのポールが作ったパン。
イーストの保存方法が原因で固くなっている。
原因はイースト?
ちょっと聞いてみるか。
「あのイーストってどう保存してるんですか?」
「普通にそこらに置いてあるが…」
それはまずい。イーストは常温では保存してはいけない。
空気に触れた時点でイーストは活動し始めている。
その活動を最小限にするためには冷蔵庫に入れるのが業界の常識である。
「冷蔵庫には入れないんですか?」
「冷蔵庫?」
ああ、そうかこの世界には冷蔵庫は無いのか。
それは後で創造スキルで作って後で渡すとして、
パンが固くなっていたのはイーストが原因か。
常温で保管していたせいで、
仕舞っている間にイーストがすでに活動してしまっていて、
パンに混ぜた時には活動出来ない状態になっていたわけか。
そういえば発酵させた時も、あんまり膨らまなかった気がする。
私はポールさんにイーストは常温では保存してはいけないことを伝えた。
するともう何ヶ月もイーストを常温で置いておいたことが判明。
そりゃ膨らまないわけだわ。菌が働けないわけだからな。
現に新品のイーストを買ってもらい、
それで私が言う通りに調合したら、柔らかいパンが出来た。
「美味しい、これなら売れるぞ!」
「あんた、良かったね…グス」
ようやく柔らかいパンが出来て、夫婦は涙を流して喜んだ。
それを見て私も嬉しくなった。
それに、だ。ようやく固いパンでなく、
柔らかいパンを食べることが出来て私も安心した。
だって日本ではフランスパンぐらいしか固いパンって無かったしな。
そんなこんなで後日、魔力で動くミニ冷蔵庫を作って持っていき、
今まであったイーストを処分して、新しいイーストを冷蔵庫に保管してもらった。
そして私の言った通りにパンを作るようになると、
これが売れに売れ、評判が評判を呼び、ポールベーカリーは繁盛することになった。
すると他のパン屋からもパンが柔らかくなる方法を教えてくれと言われ、
これだとポールベーカリーの売り上げが落ちると思ったので、
ポールさんに相談すると、自分達が作り方を独占するより、
多くの人に柔らかいパンを食べてもらった方が良いと言うので、
パンが柔らかくなる方法を広めておいた。
おかげで善行も積めたが、
まぁそのせいでミニ冷蔵庫をたくさん作ることになって、
ちょっと疲れた。
だがそのおかげで柔らかいパンの作り方はアアルを飛び越えて、
周辺の村や町や王都にまで広がるのだが、それはまた別の話。
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完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
「残念でした~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~ん笑」と女神に言われ異世界転生させられましたが、転移先がレベルアップの実の宝庫でした
御浦祥太
ファンタジー
どこにでもいる高校生、朝比奈結人《あさひなゆいと》は修学旅行で京都を訪れた際に、突然清水寺から落下してしまう。不思議な空間にワープした結人は女神を名乗る女性に会い、自分がこれから異世界転生することを告げられる。
異世界と聞いて結人は、何かチートのような特別なスキルがもらえるのか女神に尋ねるが、返ってきたのは「残念でした~~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~~ん(笑)」という強烈な言葉だった。
女神の言葉に落胆しつつも異世界に転生させられる結人。
――しかし、彼は知らなかった。
転移先がまさかの禁断のレベルアップの実の群生地であり、その実を食べることで自身のレベルが世界最高となることを――
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