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第2章翼蛇の杖と世界の危機

81・波乱の予感

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その日いつものように起きて、何となくギルドに向かった。
といっても魔族が出した大雪のせいで建物が崩壊してしまったため、
今あるギルドは目下立て直し中である。
といっても基礎はもう出来てるから、建物自体は使えるが、
二階がまだ出来ていないらしい。

「こんにちわー」
「ああ、こんにちわ」

私とガイが工事中のギルドの中に入ると、
受付嬢のイザベラが迎えてくれた。

「こんにちわ。久しぶりですね」

イザベラは私がこの町に来て仲良くなった最初の知り合いだ。
ここしばらくは町を離れていたが、
帰ってきて早速受付の仕事をしているみたいだ。

「本当に久しぶりだね。
しかし帰ってきたら町がこんなことになっているとは思わなかったよ」
「雪だらけですからね」
「それとあんたが聖眼持ちだとは思わなかったよ。
何か怪しいなとは思っていたけど」

ここに来た当初は私は金色の瞳を魔法で隠していたが、
今はもうバレたので隠していない。
あんまり特別扱いはされたくなかったし、
権力者に目を付けられたく無かったからだ。

「の、わりにはあんまり驚いてませんね」
「いや驚いたよ。でもあんまり特別扱いはされたくないんだろう?」

確かに聖眼持ちだとバレてから、
私を崇めたり、特別扱いしたりする人は多かった。
まぁ今も多いけど、私がそれとなく特別扱いされたくないと告げると、
普通に接してくれる人も増えた。
まぁそれでも未だに拝んでくる人も居るけど。

「それより私しばらくこの町を離れます」
「え? 何で?」
「この町に被害状況を確認するために視察団が来るんですよ。
で、私に会いたいとか言い出すことは予想出来るんで、
厄介なことに巻き込まれるより、逃げた方がいいと言われまして…」

私は声をひそめてそう言う。

「ああ、なるほどね。じゃあギルドマスターにそう伝えておくよ。
で、行き先はどうするんだい?」
「まだ決めてません」
「それなら北の港町オデットとかどうだい?
あそこは海の幸が豊富らしいよ」
「海の幸!?」

そう聞いて浮かんだのが、寿司だった。
寿司…そういえばこの世界に来て食べたこと無かったよね。
寿司かぁ…食べたいな。
この世界では魚は生では食べないらしいけど、
食べたらおいしいだろうなぁ。ぐふふふ。

「おい、よだれ出てるぞ」

そう隣に居たガイに言われ、私は慌てて口を拭う。

「まぁエドナに相談して決めますよ」

そう言ったものの、
心の中では港町で海の幸を食べると決めていた私だった。



「いいわよ」

エドナに港町に行かないかと言うと、快くOKしてくれた。

「俺も賛成だぜ。海って見たこと無いからな」

ガイも賛成し、めでたく港町オデットに行くことに決定した。

「しかし、あそこに行くのは久しぶりね」
「行ったことあるんですか?」
「あるわよ。
前に行った時はクラーケン被害に悩まされてたけど、どうなったかしら」
「クラーケン?」
「大型の魔物でね。船を襲うのよ」

どうもエドナ曰くクラーケンというのは海の魔物らしい。
大型船ぐらいのでかいタコみたいな魔物で、
船を襲うから船乗りには恐れられているらしい。
そんでエドナの昔所属していたチームがその調査に行って、
クラーケンを追い払ったらしい。
大型船ぐらいのサイズなのによく追い払ったな…。

「よく追い払えましたね…」
「クラーケンは大きな音に弱いのよ。
それに怯んでいる隙に、
大砲や弓や魔法で集中砲火を浴びせればそれ程怖い相手ではないわ」

さらっと言うけど、それでも普通は難しいだろう。
何か最近エドナは実はすごい人なんじゃないかと思えてくる。

だって魔族をエドナが倒したって言うと、大多数の人が納得してくれたし、
それだけの功績を残していることだけは確かだ。
それに右手が使えなくなっても魔族相手に対等に渡り合っていたし、
一体全盛期の彼女はどれだけ強かったんだとツッコミたくなる。
しかしそんな功績を残しているにも関わらず、
エドナ本人は自分は大したことはしていないと思っているのが玉にキズだ。
何か自己評価が低いんだよな、エドナは。

「でも楽しみですねー。お魚食べられると思うと嬉しいです」
「そんなに好きなの?」

この国では魚より断然肉派の人が多い。
理由は魚が長持ちしないからだろう。
冷蔵庫も普及してないから、魚は海沿いの人しか食べない。
こちらでは魚と言えば、干物か川魚というのが一般的だ。

「はい。一時魚料理を極めようとしたこともあるぐらいです。
エドナさんにも食べさせてあげますね」
「それは楽しみね。あなたの料理はおいしいから」
「マジか、魚って食ったことないけど旨いんだろうな~」

ガイが上機嫌にそう言った。
そういえばガイは妖精の里という森の深くある場所の出身だった。
魚なんて食べたことすらないかもしれない。
そういう私も最近は食べていなかった。

「そういえばこっちって魚を生では食べないんですよね?」
「は?」

そう言うとエドナに信じられないものを見るような顔をされた。

「やっぱりお刺身やお寿司って無いのかぁ…。
じゃあ自分で作るしかないか…」
「ちょっと待って…生で食べたら普通お腹壊さない?」
「新鮮なお魚なら大丈夫ですよ」
「いや、ちょっと待ってそれだけは無理」
「魚を生で食べるのか、楽しみだな!」

ドン引きした様子のエドナとは対照的にのほほんとガイはそう言う。
この反応は予想していたので、私は別に構わない。
どうしても食べられないなら、無理して食べること無いからな。

「個人の趣向はとやかくは言わないけど、
…あんまり魚を生で食べるとか言わない方が良いわよ。
奇人に見られるわ」

え? そこまで?
習慣が無いとはいえ、そこまで引かれるとは思わなかった。
まぁこれが普通の反応なら、あんまり人に言わない方がいいのかもな…。



そんなこんなで準備を済ませていると、
視察団が王都を出発したと伯爵夫人に教えてもらった。
それと同時に私達もそろそろ出発しようかという話になった。

「何かあったら連絡くださいね」
「ああ、ちゃんと知らせる」

いつものように私は伯爵夫人に呼び出されていた。
ちなみにここは執務室だ。
壁には並んだ本棚があり、
高そうなテーブルの上には書類の山が散らかっている。
なんか前見た時より、書類の山が増えた気がする。

「ところで視察団が来たら、補助金って降りるんですか?」
「その可能性は低いだろうな」
「どうしてですか?」
「視察団と言っても貴族の集まりだからな。
今までに何度も要請した援助が受けられなかったことがあった。
その度に資財を売り払うなり何なりしてきたのだが、
今回はさすがに難しいかもしれん」

伯爵夫人がそう言うのも無理は無い。
今までは何かある度に資財を売り払ったりして何とかやってこれたが、
今回はその規模が違う。
建物が受けた被害や雪の撤去作業などかかる費用が大きすぎる。
それも町全体がそうなっているのだから、なおさら悪い。
伯爵夫人曰く何らかの援助は国はしてくれるだろうけど、
期待は出来ないとのことだった。

「あ、そうだ。これ渡そうと思ってたんですよ」

私はアイテムボックスから金貨袋を取り出す。

「これじ…神様から渡されたんですけど、
私には多すぎるぐらいなので復興に使ってください」

そう言うと、
ぽかんとしていた伯爵夫人だったが金貨袋を見ると驚いたように声を上げた。

「お前は何を考えてるんだ!!」

伯爵夫人はそう怒鳴ると、
すぐに「いや、悪気は無い、悪気は無いのだろうけど…」
とブツブツ呟きだした。

「あのー、私何かしましたか?」

良かれと思ってしたのに何か問題だっただろうか、
そう思っていると、伯爵夫人は重たいため息を付いた。

「お前の世界では大金を知り合って間もない他人に渡すのが普通なのか…?」
「いえ、違います…」

何となく伯爵夫人の言いたいことを察して、私はそう言う。

「私は貴族だから、金のやり取りには慣れているが、
普通の人間ならこれだけの大金、見ただけで魔が差すぞ」
「あ、そうですよね」
「それとお前は悪気は無いのだろうけど、
金だけ相手に渡すのは相手の矜持を傷つけるぞ」
「きょうじ?」
「プライドだ」
「ああ、なるほど」

そう言われて、何だか納得した。
確かに私も困っているからといって、
いきなり金だけ渡されたら、怒る気がする。
そこら辺の配慮が全く足りていなかった。

「まぁ今は私の矜持よりも、
復興の方が大事だからこれはありがたく借りておく、
だがあくまで借りるだけだからな。時が来たらちゃんと返す」

別に返さなくて良いとは言えなかった。
伯爵夫人の性格から考えてそれだけは絶対に許さないだろうからだ。

「わかりました。でも返す日はいつでも良いです」
「ああ、それは助かる。
それよりも私はお前が善行を積まないといけないのは知っているから、
今回の行動は納得が行くんだが、他の人間はそうじゃないからな。
今回みたいなことをしたら、下手したら怒られるだけじゃすまないぞ」
「でも神殿に寄付した時は喜ばれたんですけど…」
「神殿は別だ。
神殿に寄付したりすることは、
自分が徳を積むことに繋がると言われているからな。
結果的に相手のためになるから、神官も喜んでそれを受け取るんだ。
だが普通の人間…特に信仰心の無い人間にやったらマズイぞ」
「肝に銘じておきます」

そう言ったものの、やっぱり人助けは難しいと思った。
困っている人が居るなら助ければそれでいいと思っていたが、
お金だけを渡せば、相手の自尊心を傷つけてしまう
私は変に恨みを買うのはごめんだ。
だだでさえ多大なカルマを背負っているのに、
これ以上変なことに巻き込まれたくない。

「しかしお前は少し配慮が足りない所があるな。見ていて不安になる」
「それエドナにも言われましたよ…」

どうも私はうっかりした所があるらしい。
エドナと出会った当初もよく失敗ばかりしていた。
それも普通ならやらないようなうっかりミスを連発していた。

「そんなに見ていて不安にさせますか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが…。
持っている能力のわりにあまりそれに頓着していないからな。
これだって普通、
何かあった時のために取って置こうと思うのが普通じゃないか?」

伯爵夫人は金貨袋を指差してそう言う。

「でも有効活用した方が良いでしょう?」
「それはそうだが…。
何だかお前のそうした純粋な性格が、
何か呼び寄せそうな気がするんだよな」

そう伯爵夫人はため息を吐いた。

「何かって何です?」
「トラブル」

そんな変なフラグを立てないでほしいと思ったが、
伯爵夫人のこの指摘が的中することになるとは、
この時は思ってもみなかった。
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