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第1章過去と前世と贖罪と
外伝・三世目の正直⑥
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久しぶりに再会した友人が自分を好きだと言う…。
この状況は一体何なんだろうか。
エドナはセツナに押し倒され、そのまま呆然としていた。
「……いつから私の事をそんな目で見ていたの?」
そしてやっと言葉にできたのは、告白の返事ではなく別の質問だった。
「もちろん…あなたが死んでからですよ。
ずっとあなたを探していて―――、
どんなに疲れていても人込みの中で似てる人が居れば、目が奪われた。
そうしているうちに気が付いたんです。
これはきっと恋だって―――」
とろけるような熱視線、恋情に支配されたような顔。
その言葉は絶対に嘘ではないだろう。
セツナはこんな事を冗談で言う人間では無い。
「わ……私は今は男だけど、前は女で…」
心臓が今にも破裂しそうなレベルで脈打っている。
頬に汗が伝う。セツナの視線を見るのが少し怖くてエドナは顔を逸らす。
「そんなこと私は気にしません」
「わ…わた、し、が…気にするのよ…」
「あなたが誰でも、あなたなら誰でもいい」
「え?」
「あなたが男でも女でも、美しくても醜くても、子供でも大人でも、
私はあなたを愛しています。
あなたが誰であっても、どんな姿をしていても私の愛は変わりません」
その目は本気。
もしもエドナがまた女に生まれ変わっていても、
同じような告白をしていたかもしれない。
「そんなことって…前のあなたなら…」
記憶の中ではセツナは同性愛者ではなかった。
というか女同士だなんて無理と言っていたような気がする。
だと言うのに彼女が自分に思いを寄せる理由がわからない。
「前の私? 30年前のことですか?」
そう言われてエドナはハッとした。
そうだ今まで普通に話していたが、
セツナとエドナの間には30年の隔たりがある。
エドナは普通に転生を果たしたため、特に変化はしていない。
ロディの意識は残っているが、
それでも20歳で死んだ時以来、何も変わっていないのだ。
だがセツナは違う。
エドナの知っているセツナよりも30年も年を取っているのだ。
と言う事は感情も変化する。
以前のセツナのエドナに対する感情は憧れ程度のものだろう。
だが憧れも突き詰めれば恋に変わる。恋は次第に愛へと変化する。
30年もエドナを探し続けていたのだ。
どこかでボタンがかけちがい、
エドナへの執着が愛に変わったとしても不思議では無い。
(やばい…)
エドナは戦慄した。
相手は地獄神アビスから最強の魔力を与えられた史上最強魔法使い。
そして今のエドナでは、その実力も経験もセツナには敵わない。
エドナの年齢とロディの年齢を足しても、セツナには届かない。
圧倒的な実力の差、圧倒的な経験の差。
しかも相手は国の英雄である。
絶対的な権力の差も彼女は持っているのだ。
彼女から逃れる方法など、この世には存在しないのかもしれない。
というかどんな姿でもいいと言っている時点で、
普通の男女の愛も超越している。
(どうしてこうなったの…)
どうしてもこうしても、
セツナがこうなった原因は確実にエドナが死んだせいだろう。
おそらくエドナがあの時、死なずにいたらこうはならなかった。
2人の関係は恋愛には至らず、
普通に健全で綺麗なままの友情で終わっていたはずだ。
あるいはひょっとしたら、
…セツナは元々思い込みが激しい性格だったのかもしれない。
優しい性格ではあったけれども、妙に根に持つところもあったし、
その思い込みの激しさが、
30年の間で変にこじれてしまったのかもしれない。
「返事を聞かせてください」
そう言われてエドナは困り果てた。
頭が混乱してまとまらない。
確かに今現在は男だが、女の意識がまだ強く残っているのだ。
そして変わってしまったセツナにも慣れない。
突然の状況に頭が混乱して、ついていかない。
(あ)
その時ふとセツナの手からわずかに震えが伝わってくるのを感じた。
「そうか…」
セツナもきっと怖いのだ。エドナに拒絶されることが――。
そう考えると、
自分の動揺していた心がすうっと静まっていくのが分かった。
変化していないエドナと、変化してしまったセツナ。
この壁はきっと崩そうと思っても崩せないだろう。
だけど理解することならできる。
彼女だって怖いのだ。
だとしたら自分が怖がっていてどうするのだ。
「あのね。はっきり言うけど、
私は死んだ時から、何も成長していないの。
だからいきなりあなたが大きくなっていて、
好きだと言われてもよくわからない」
「そう…ですよね」
この返答は予想していたのか、セツナの表情は暗くなる。
「私はエドナさんの意思を尊重します。
あなたがもし私のことが嫌いなら、すぐにこの場を去ります。
そしてもう二度とあなたの前に姿を表さないでしょう…」
「馬鹿なこと言わないで」
「え?」
「私はあなたのこと嫌いじゃない。
嫌いじゃないから、側に居てもいいと思う。
でも好きとか愛しているとか、
そういうのはまだちょっとよくわからないわ」
「じゃあ、一緒に居てくれるんですか?」
「そうよ」
「エドナさん……ッ!!」
「んっ、むぅ…」
突然唇を奪われ、エドナは目を丸くする。
当然のごとく、今現在のエドナはファーストキスである。
そういえば前世でもキスをした事はあまり無かったような気がする。
口の中に舌を入れられ、舌を絡められる。
目を開ければ鮮やかな金色の目がそこにあった。
頭の中がぼーっとして、意識がまとまらない。
「好きです。愛しています」
そして顔が離れると、とろけるような目でセツナにそう言われた。
「…ちょと待って、私の意思は尊重してくれるんじゃないの?」
「ダメです。今だけは自分を抑えられそうにありません…」
そう言うとセツナは上着を脱ぎ始める。
そして上着を全て脱いで、シャツだけになるとエドナを見下ろした。
「ちょっと待って!」
「待ちません。もう待ちたくありません。
あなたは絶対に離さない。離したくないっ…。
だから――――私の初めてもらってくれませんか?」
顔を赤らめながら、そう言うセツナ。
それを見てエドナの中で、何かの糸が切れた気がした。
「はぁぁぁぁぁ。このバカ」
「ば、バカってなんですか!?
乙女の一世一代の告白を…って、え」
エドナはセツナの肩を掴むと、キスをした。
「痛くしても知らないわよ。
私だって女性とするのは初めてなんだから」
「はい…………ん?」
先ほどまで、恋する乙女のように顔を赤らめていたセツナ。
しかし突然険しい顔になると、エドナの肩をつかんだ。
「女性とするのは初めてってことは、
男性とシたことあるんですか?」
「ひっ」
その金色の瞳の奥に昏い炎が宿っていた。
それは明らかに嫉妬と言う名の炎だろう。
「あ、前に強姦されたって言ったじゃない…」
そう言うが、きっと目は泳ぎまくっていることだろう。
そして今のセツナはその動揺を見逃さない。
「それにしては随分とこなれた感じで言いましたよね」
「あ、あう…」
エドナにはかつて付き合っていた恋人が居た。
それ以前にも何度か告白されて付き合った男もいる。
エドナはトラウマのせいで男性と性交渉は出来ないのだが、
二人っきりになった途端に襲われたこともあった。
当然その後には別れたが、
おかげで男性の苦手意識はその後も消えることはなかった。
「へぇぇぇ…」
その話を…聞き出したセツナの表情は…、
それこそ口元は笑っているが、目は全く笑っていない。
「とりあえずその男の名前と顔の特徴を教えてください」
「そ、そんなこともう覚えてないわよ」
これは嘘である。ちゃんとその男の顔も名前も覚えていたが、
それを伝えてしまえば、今のセツナなら秘密裏に殺しかねない。
「そうですか。でも当時の状況知る人間に話を聞けばいいだけのことです。
実は凄く残念だったんですよ。
エドナさんに酷いことした男共は、
ベアトリクスさんが全員成敗したみたいですから、
楽しみですね。その男をどう始末するのか」
「30年以上前の事で始末する必要はないんじゃないの…?」
恐る恐るそう言うとセツナは鼻で笑った。
「ハッ、心の傷を抱えている女性に無理やり迫る男は死ねばいいんです」
心底侮蔑するようにセツナはそう言った。
「あなた…この30年間のうちに何があったの?」
「まぁ色々ありましたからね。
そんなことよりも、早くしましょうよ。
私とシたいんですよね」
そう言われるが、
先ほどの一連の出来事のせいですっかりやる気は萎えてしまった。
それにだ。自分の直感が告げているのだ。
今の状態でセツナと関係を持つのは危険だと。
「あのさ、やっぱりそういうことはできないわ」
「え、なんでですか?」
セツナは拍子抜けしたようにそう言った。
そりゃそうだろう。
さっきまでやる気だったのにいきなり無理と言われたのだから。
「正直自分でもヘタレだとは思うけど…。
よく考えてみたらね。私はまだあなたのこともよく知らないの。
だって私たちの付き合いはたったの2ヶ月でしょ?
あなたは30年ぶりかもしれないけど、私にとっては昨日今日の出来事なの。
だからもうちょっとお互いのことをよく知ってから、
そういうことをした方がいいと思うの」
「据え膳食わぬは何とやらって言葉を知らないんですか…?」
セツナは恨めしそうにそう言った。
正直自分でも、男としてそれはどうなのかとは思ったが、
流されてそういうことをして後で後悔しても遅いのだ。
「それに今の私では残念ながら全くと言っていいほど経済力がないの。
万が一、子供ができても確実に養えないわ。
それに大賢者ともあろう方が少年と肉体関係を持ったと知られたら、
これを機会にあなたを潰そうとする人間も出てくるんじゃないの?
だからせめて私が大人になってから、そういうことをしましょう」
「何言ってるんですか。
今の私の影響力なら、その程度のことでは潰されません。
それだけの社会的な地位は築いているんですよ」
「だとしても、今のあなたは相当忙しいんでしょう。
だからそういう行為をするにしても、
ちゃんと予定をたててスケジュール管理しないとダメだと思うの。
万が一に仕事を優先させすぎて、
子供が流産してしまったりしたらあなたもショックでしょう。
自分の体をもう少し気遣って欲しいのよ」
「え? 私の体を?」
「そうよ。それにそういうことをするのは、
ちゃんと結婚してからの方がいいじゃない。
私がちゃんとした大人になって、
式を挙げてからそうした方がいいと思うの」
「それって私と結婚してくれるってことですか!?」
「いやそれは…まだわからないけど、
もしするなら結婚してからの方がいいじゃない。
それに今の私には家族も居るし、
自分自身の感情を優先させてそういうことをするわけにもいかないの」
エドナは今の家族に対して深い愛情を持っている。
前世は家族の愛情を受けたことは無かったが、現世では深い愛情もらった。
だからこそ、自分の息子が大賢者を孕ましたなんてことで、
父親が非難される姿を見たくない。
そう説明するとセツナは恥じるように謝った。
「エドナさん……ごめんなさい」
そう言うとセツナはエドナから、離れる。
その隙にエドナは起き上がった。
「私はあなたに出逢えたのが嬉しくて、
自分の感情を優先させていました…。
そうですよね。
あなたの都合や今の家族の都合を無視するわけにはいきませんよね」
「そういうことはもっとよく考えてからした方がいいと思うの。
それに自分の体も気遣ってほしいの」
「ごめんなさい…。
エドナさんがそこまで私のことを考えてくれているのに、
私は―――。
生体魔法で排卵モードにしてから、性交渉におよび、
あなたの精子を確実に受精させて、妊娠するつもりでした。
そしてあなたに責任を取らせるつもりでしたが、
あなたの都合を無視して、そんなことはしない方がいいですね」
「は…? 何で…?」
末恐ろしい告白にエドナは目を丸くする。
「だって世の中は早い者勝ちなんですよ?
ぼさってしてたら、誰かに取られるんです。それも横から!
そのデメリットを考えたら、
早いうちに手を打たないと駄目なんですよ!
世の中はスピードなんです!!」
その顔は大賢者としての威厳というより、そして恋する乙女というより、
完全に…、そう完全に実業家の顔をしていた。
「…あなたこの30年間のうちに本当に何があったの?」
そうロディは深いため息を吐いた。
◆
「と言うわけでロディ君を私にください」
その日の晩、大賢者モニカと、息子のロディが夜遅くに帰ってきた。
そして大事な話があると言ってきた。
ポーラはすでに寝ていたので、この場にはいない。
だがいなくてよかったとロディの父は思った。
こんな話、ポーラが聞いたら、
ギャーギャー騒いで近所迷惑になっていただろう。
「は…はははは。すごい冗談ですね…」
「本気ですよ」
笑ってごまかそうとしたが、あっさりと否定された。
「あのさ。あなたは今の自分の持っている影響力を考えなさい」
大賢者の隣にいるのは、息子のロディなのだが、
その雰囲気は全く違っている。
普段の頑固で、生意気な部分はなりをひそめ、
大人びた雰囲気を持っていた。
「しかし生まれ変わりといってもにわかには信じられないのですが」
大賢者モニカが言った話はこうだ。
自分はかつて恋人がいたと、しかしその恋人は死んでしまった。
その死んでしまった恋人の生まれ変わりがロディであると。
さらにはロディは頭を打ったことで前世の記憶を思い出したと話した。
そして彼と一緒に暮らしたいと言ってきたのだ。
「本当ですよ。ねぇロディ君」
「そうよ…じゃない…そうだよ」
「確かに大賢者様が、結婚していないのはおかしいと思っていましたが、
まさか恋人が亡くなっていたとは…」
ちなみに父親は知らないことだが、
エドナとの関係はもう分かりやすく、
恋人であるという事にしておいた。
女同士だと知られては、ややこしいことになる。
「父さん…これは本当のことなんだ。
僕は彼女に出会って全て思い出したんだ」
「だが、一緒に暮らすってまだ子供なのに…」
「それについては心配ありません。
彼が大人になるまではプラトニックな関係を続けようと思います。
もちろんあなた方、家族は将来的に私の身内になるのですから、
経済的な支援をいたします」
「そ、そんな自分の子供を身売りに出すような事は出来ません」
「父さん、この人は今でこそ大賢者様だけど、
僕と最初出会った当時はうっかり森を焼き払ったり、
うっかり人前で空間術を使ったり、
うっかり行くなと言った場所に行ったりしたんだ。
僕が近くで見ていないと何をしでかすのか本当に解らないんだ
これは全人類の平和のためでもあるんだ」
「人を大量破壊兵器のように言わないでください」
「あのね。あなたは自覚していないようだから言うけど。
僕がもしまた何かあって死んだら、
それこそ発狂して世界を滅ぼすようなそんな危うさを持っているんだよ。
もしも今僕が死んでごらん?
そうならないって自信ある?」
「………」
そう言われ、本当に自信がないのか大賢者は黙り込む。
「それに僕がここに残りたいって言ったら、
それこそ絶対ここに永住するに決まってるよ。
そうなると多くの人に迷惑がかかる。
それよりは僕が直接、王都に向かう方が影響力が少なくて済む。
そういうわけで僕は王都に行きます。
これはもう決定事項だから、止めたって僕は出ていくよ」
「そうか…そこまで言うなら止めはしないが……。
もし母さんが帰ってきたら、お前から説明しておいてくれ……」
疲れたような表情で父はそう言った。
◆
そしてその翌日。手早く荷物をまとめたロディはモニカと共に、
王都にある彼女の屋敷へと向かうことにした。
「早く大人になってくださいね…」
馬車に揺られながらセツナはそう言った。
「確かに12歳じゃ結婚できないからね」
「はっ、結婚できないなら、出来るようにすればいいんでした!
私が国の上層部に訴えかければ、法律なんてちょちょいのちょ――」
「やめなさい!
そんなことをしたらあなたのこと嫌いになるわよ!」
エドナがそう言うとセツナはたちまち泣きそうな表情する。
「え、嫌です。嫌いにならないでください…」
「はぁ…あれから30年は経っているのに中身はまだ子供ね」
いやこれも自分の前だからかもしれない。
その時ふとエドナはあることに気がついた。
「ところであなたは、何でモニカって名乗っているの?」
「ああ、その名前はある方からいただいたんです」
「名前を?」
「そうです。せっかくもらったんで使わないと損でしょう」
「それは確かにそうだけど、なんでそんなに外見も若いの?」
今のセツナはどう見ても20代前半にしか見えない。
とても50代前には見えない程だ。
「私は普通の人より老化がゆっくりなんです。
だからこの肉体もまだ20代ぐらいのままです」
それは周りの人から変に思われないかと思ったが、
そういえばこの世界には、
先天的に普通の人間より年を取りにくい者も居た。
その末裔だと言えば、ごまかすことは可能だろう。
「なるほどね。それだと私の方が先に早く死ぬかもしれないわね」
「そうかもしれません。
でも寿命を延ばすことなら私には出来ます」
そう言うとセツナはエドナの手を握りしめた。
「それにもし死んでもどんなに時が流れても、
どんなに別人になっていても、必ずまた探します。
ずっと私はあなたのことを愛しています」
とろけるような熱視線。
唐突な愛の言葉にエドナは深く困惑してしまう。
よくよく考えてもみれば―――エドナはあまり愛されたことがないのだ。
エドナとしての人生を歩んできた時は、
他人に裏切られ、人間不信になっていた。
ひょっとしたら彼女を心のどこかで求めていたのかもしれない。
こんな風に自分の全てを愛してくれる人間を――――。
(でもそれが……まさかセツナだったとは)
あの小さな少女はもうこの世界のどこにもいない。
その事実が少し悲しいがそれでもエドナは出会ってしまった。
輪廻の果てにセツナと出会ってしまったのだ。
「あのさ…まだ好きとかそういうのはよくわからないけど…。
でもあなたは私の大切な人だから…」
そう照れながら言うと、セツナにまたぎゅうーと抱きしめられる。
「私も大好きです!! 愛しています!!」
「だからそれを止めろー!」
セツナの胸が背中に当たり、エドナは悲鳴のような声を出す。
女性としての意識は残っているものの、
肉体は男性であるため、密着されると動揺してしまう。
「はぁ…先が思いやられる」
付き合いはたったの2カ月だというのに、
ここまで想ってくれていたなんて…。
それに困惑はしても、嬉しく想わないはずがなかった。
せっかく記憶を思い出しても、
セツナに忘れ去られていたのでは悲しすぎる。
それに―――。
エドナとして生きた20年間の人生はあまり幸福なものではなかった。
それがセツナと出会ってから、人としての幸福を取り戻した気がする。
そもそもエドナのこれまでの人生は、誰からも必要とされていなかったのだ。
親に捨てられ、1人でずっと生きてきた。
強くなりたかった。どうしても強くなりたかった。
けれどその強さから得られた名声は彼女の思っているものとは違った。
そして自身の根幹。剣士であると言うアイデンティティすらも失った。
だからこそ逃げたのだ。逃げ出したのだ。
人々から向けられる同情の目線も、何もかもが彼女にとって苦痛だった。
だからこそ逃げたのだ。
そして剣士だと気がつかれないために魔法使いの格好をしてごまかした。
そんな時にエドナはセツナと出会った。
出会ったばかりのセツナは非常におっちょこちょいで、
目を離すとドジばかりしていた。
だからついつい助けてしまったのだが、
それが自分の人生を大きく変えることになるとは予想もしていなかった。
そして今ロディとして、
生まれ変わった自分の人生は一体どんな風になっていくのだろうか。
けれどそれもきっと上手くいくだろう。
隣に彼女が居てくれるのだから―――。
この状況は一体何なんだろうか。
エドナはセツナに押し倒され、そのまま呆然としていた。
「……いつから私の事をそんな目で見ていたの?」
そしてやっと言葉にできたのは、告白の返事ではなく別の質問だった。
「もちろん…あなたが死んでからですよ。
ずっとあなたを探していて―――、
どんなに疲れていても人込みの中で似てる人が居れば、目が奪われた。
そうしているうちに気が付いたんです。
これはきっと恋だって―――」
とろけるような熱視線、恋情に支配されたような顔。
その言葉は絶対に嘘ではないだろう。
セツナはこんな事を冗談で言う人間では無い。
「わ……私は今は男だけど、前は女で…」
心臓が今にも破裂しそうなレベルで脈打っている。
頬に汗が伝う。セツナの視線を見るのが少し怖くてエドナは顔を逸らす。
「そんなこと私は気にしません」
「わ…わた、し、が…気にするのよ…」
「あなたが誰でも、あなたなら誰でもいい」
「え?」
「あなたが男でも女でも、美しくても醜くても、子供でも大人でも、
私はあなたを愛しています。
あなたが誰であっても、どんな姿をしていても私の愛は変わりません」
その目は本気。
もしもエドナがまた女に生まれ変わっていても、
同じような告白をしていたかもしれない。
「そんなことって…前のあなたなら…」
記憶の中ではセツナは同性愛者ではなかった。
というか女同士だなんて無理と言っていたような気がする。
だと言うのに彼女が自分に思いを寄せる理由がわからない。
「前の私? 30年前のことですか?」
そう言われてエドナはハッとした。
そうだ今まで普通に話していたが、
セツナとエドナの間には30年の隔たりがある。
エドナは普通に転生を果たしたため、特に変化はしていない。
ロディの意識は残っているが、
それでも20歳で死んだ時以来、何も変わっていないのだ。
だがセツナは違う。
エドナの知っているセツナよりも30年も年を取っているのだ。
と言う事は感情も変化する。
以前のセツナのエドナに対する感情は憧れ程度のものだろう。
だが憧れも突き詰めれば恋に変わる。恋は次第に愛へと変化する。
30年もエドナを探し続けていたのだ。
どこかでボタンがかけちがい、
エドナへの執着が愛に変わったとしても不思議では無い。
(やばい…)
エドナは戦慄した。
相手は地獄神アビスから最強の魔力を与えられた史上最強魔法使い。
そして今のエドナでは、その実力も経験もセツナには敵わない。
エドナの年齢とロディの年齢を足しても、セツナには届かない。
圧倒的な実力の差、圧倒的な経験の差。
しかも相手は国の英雄である。
絶対的な権力の差も彼女は持っているのだ。
彼女から逃れる方法など、この世には存在しないのかもしれない。
というかどんな姿でもいいと言っている時点で、
普通の男女の愛も超越している。
(どうしてこうなったの…)
どうしてもこうしても、
セツナがこうなった原因は確実にエドナが死んだせいだろう。
おそらくエドナがあの時、死なずにいたらこうはならなかった。
2人の関係は恋愛には至らず、
普通に健全で綺麗なままの友情で終わっていたはずだ。
あるいはひょっとしたら、
…セツナは元々思い込みが激しい性格だったのかもしれない。
優しい性格ではあったけれども、妙に根に持つところもあったし、
その思い込みの激しさが、
30年の間で変にこじれてしまったのかもしれない。
「返事を聞かせてください」
そう言われてエドナは困り果てた。
頭が混乱してまとまらない。
確かに今現在は男だが、女の意識がまだ強く残っているのだ。
そして変わってしまったセツナにも慣れない。
突然の状況に頭が混乱して、ついていかない。
(あ)
その時ふとセツナの手からわずかに震えが伝わってくるのを感じた。
「そうか…」
セツナもきっと怖いのだ。エドナに拒絶されることが――。
そう考えると、
自分の動揺していた心がすうっと静まっていくのが分かった。
変化していないエドナと、変化してしまったセツナ。
この壁はきっと崩そうと思っても崩せないだろう。
だけど理解することならできる。
彼女だって怖いのだ。
だとしたら自分が怖がっていてどうするのだ。
「あのね。はっきり言うけど、
私は死んだ時から、何も成長していないの。
だからいきなりあなたが大きくなっていて、
好きだと言われてもよくわからない」
「そう…ですよね」
この返答は予想していたのか、セツナの表情は暗くなる。
「私はエドナさんの意思を尊重します。
あなたがもし私のことが嫌いなら、すぐにこの場を去ります。
そしてもう二度とあなたの前に姿を表さないでしょう…」
「馬鹿なこと言わないで」
「え?」
「私はあなたのこと嫌いじゃない。
嫌いじゃないから、側に居てもいいと思う。
でも好きとか愛しているとか、
そういうのはまだちょっとよくわからないわ」
「じゃあ、一緒に居てくれるんですか?」
「そうよ」
「エドナさん……ッ!!」
「んっ、むぅ…」
突然唇を奪われ、エドナは目を丸くする。
当然のごとく、今現在のエドナはファーストキスである。
そういえば前世でもキスをした事はあまり無かったような気がする。
口の中に舌を入れられ、舌を絡められる。
目を開ければ鮮やかな金色の目がそこにあった。
頭の中がぼーっとして、意識がまとまらない。
「好きです。愛しています」
そして顔が離れると、とろけるような目でセツナにそう言われた。
「…ちょと待って、私の意思は尊重してくれるんじゃないの?」
「ダメです。今だけは自分を抑えられそうにありません…」
そう言うとセツナは上着を脱ぎ始める。
そして上着を全て脱いで、シャツだけになるとエドナを見下ろした。
「ちょっと待って!」
「待ちません。もう待ちたくありません。
あなたは絶対に離さない。離したくないっ…。
だから――――私の初めてもらってくれませんか?」
顔を赤らめながら、そう言うセツナ。
それを見てエドナの中で、何かの糸が切れた気がした。
「はぁぁぁぁぁ。このバカ」
「ば、バカってなんですか!?
乙女の一世一代の告白を…って、え」
エドナはセツナの肩を掴むと、キスをした。
「痛くしても知らないわよ。
私だって女性とするのは初めてなんだから」
「はい…………ん?」
先ほどまで、恋する乙女のように顔を赤らめていたセツナ。
しかし突然険しい顔になると、エドナの肩をつかんだ。
「女性とするのは初めてってことは、
男性とシたことあるんですか?」
「ひっ」
その金色の瞳の奥に昏い炎が宿っていた。
それは明らかに嫉妬と言う名の炎だろう。
「あ、前に強姦されたって言ったじゃない…」
そう言うが、きっと目は泳ぎまくっていることだろう。
そして今のセツナはその動揺を見逃さない。
「それにしては随分とこなれた感じで言いましたよね」
「あ、あう…」
エドナにはかつて付き合っていた恋人が居た。
それ以前にも何度か告白されて付き合った男もいる。
エドナはトラウマのせいで男性と性交渉は出来ないのだが、
二人っきりになった途端に襲われたこともあった。
当然その後には別れたが、
おかげで男性の苦手意識はその後も消えることはなかった。
「へぇぇぇ…」
その話を…聞き出したセツナの表情は…、
それこそ口元は笑っているが、目は全く笑っていない。
「とりあえずその男の名前と顔の特徴を教えてください」
「そ、そんなこともう覚えてないわよ」
これは嘘である。ちゃんとその男の顔も名前も覚えていたが、
それを伝えてしまえば、今のセツナなら秘密裏に殺しかねない。
「そうですか。でも当時の状況知る人間に話を聞けばいいだけのことです。
実は凄く残念だったんですよ。
エドナさんに酷いことした男共は、
ベアトリクスさんが全員成敗したみたいですから、
楽しみですね。その男をどう始末するのか」
「30年以上前の事で始末する必要はないんじゃないの…?」
恐る恐るそう言うとセツナは鼻で笑った。
「ハッ、心の傷を抱えている女性に無理やり迫る男は死ねばいいんです」
心底侮蔑するようにセツナはそう言った。
「あなた…この30年間のうちに何があったの?」
「まぁ色々ありましたからね。
そんなことよりも、早くしましょうよ。
私とシたいんですよね」
そう言われるが、
先ほどの一連の出来事のせいですっかりやる気は萎えてしまった。
それにだ。自分の直感が告げているのだ。
今の状態でセツナと関係を持つのは危険だと。
「あのさ、やっぱりそういうことはできないわ」
「え、なんでですか?」
セツナは拍子抜けしたようにそう言った。
そりゃそうだろう。
さっきまでやる気だったのにいきなり無理と言われたのだから。
「正直自分でもヘタレだとは思うけど…。
よく考えてみたらね。私はまだあなたのこともよく知らないの。
だって私たちの付き合いはたったの2ヶ月でしょ?
あなたは30年ぶりかもしれないけど、私にとっては昨日今日の出来事なの。
だからもうちょっとお互いのことをよく知ってから、
そういうことをした方がいいと思うの」
「据え膳食わぬは何とやらって言葉を知らないんですか…?」
セツナは恨めしそうにそう言った。
正直自分でも、男としてそれはどうなのかとは思ったが、
流されてそういうことをして後で後悔しても遅いのだ。
「それに今の私では残念ながら全くと言っていいほど経済力がないの。
万が一、子供ができても確実に養えないわ。
それに大賢者ともあろう方が少年と肉体関係を持ったと知られたら、
これを機会にあなたを潰そうとする人間も出てくるんじゃないの?
だからせめて私が大人になってから、そういうことをしましょう」
「何言ってるんですか。
今の私の影響力なら、その程度のことでは潰されません。
それだけの社会的な地位は築いているんですよ」
「だとしても、今のあなたは相当忙しいんでしょう。
だからそういう行為をするにしても、
ちゃんと予定をたててスケジュール管理しないとダメだと思うの。
万が一に仕事を優先させすぎて、
子供が流産してしまったりしたらあなたもショックでしょう。
自分の体をもう少し気遣って欲しいのよ」
「え? 私の体を?」
「そうよ。それにそういうことをするのは、
ちゃんと結婚してからの方がいいじゃない。
私がちゃんとした大人になって、
式を挙げてからそうした方がいいと思うの」
「それって私と結婚してくれるってことですか!?」
「いやそれは…まだわからないけど、
もしするなら結婚してからの方がいいじゃない。
それに今の私には家族も居るし、
自分自身の感情を優先させてそういうことをするわけにもいかないの」
エドナは今の家族に対して深い愛情を持っている。
前世は家族の愛情を受けたことは無かったが、現世では深い愛情もらった。
だからこそ、自分の息子が大賢者を孕ましたなんてことで、
父親が非難される姿を見たくない。
そう説明するとセツナは恥じるように謝った。
「エドナさん……ごめんなさい」
そう言うとセツナはエドナから、離れる。
その隙にエドナは起き上がった。
「私はあなたに出逢えたのが嬉しくて、
自分の感情を優先させていました…。
そうですよね。
あなたの都合や今の家族の都合を無視するわけにはいきませんよね」
「そういうことはもっとよく考えてからした方がいいと思うの。
それに自分の体も気遣ってほしいの」
「ごめんなさい…。
エドナさんがそこまで私のことを考えてくれているのに、
私は―――。
生体魔法で排卵モードにしてから、性交渉におよび、
あなたの精子を確実に受精させて、妊娠するつもりでした。
そしてあなたに責任を取らせるつもりでしたが、
あなたの都合を無視して、そんなことはしない方がいいですね」
「は…? 何で…?」
末恐ろしい告白にエドナは目を丸くする。
「だって世の中は早い者勝ちなんですよ?
ぼさってしてたら、誰かに取られるんです。それも横から!
そのデメリットを考えたら、
早いうちに手を打たないと駄目なんですよ!
世の中はスピードなんです!!」
その顔は大賢者としての威厳というより、そして恋する乙女というより、
完全に…、そう完全に実業家の顔をしていた。
「…あなたこの30年間のうちに本当に何があったの?」
そうロディは深いため息を吐いた。
◆
「と言うわけでロディ君を私にください」
その日の晩、大賢者モニカと、息子のロディが夜遅くに帰ってきた。
そして大事な話があると言ってきた。
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ギャーギャー騒いで近所迷惑になっていただろう。
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「あのさ。あなたは今の自分の持っている影響力を考えなさい」
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その雰囲気は全く違っている。
普段の頑固で、生意気な部分はなりをひそめ、
大人びた雰囲気を持っていた。
「しかし生まれ変わりといってもにわかには信じられないのですが」
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その死んでしまった恋人の生まれ変わりがロディであると。
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そして彼と一緒に暮らしたいと言ってきたのだ。
「本当ですよ。ねぇロディ君」
「そうよ…じゃない…そうだよ」
「確かに大賢者様が、結婚していないのはおかしいと思っていましたが、
まさか恋人が亡くなっていたとは…」
ちなみに父親は知らないことだが、
エドナとの関係はもう分かりやすく、
恋人であるという事にしておいた。
女同士だと知られては、ややこしいことになる。
「父さん…これは本当のことなんだ。
僕は彼女に出会って全て思い出したんだ」
「だが、一緒に暮らすってまだ子供なのに…」
「それについては心配ありません。
彼が大人になるまではプラトニックな関係を続けようと思います。
もちろんあなた方、家族は将来的に私の身内になるのですから、
経済的な支援をいたします」
「そ、そんな自分の子供を身売りに出すような事は出来ません」
「父さん、この人は今でこそ大賢者様だけど、
僕と最初出会った当時はうっかり森を焼き払ったり、
うっかり人前で空間術を使ったり、
うっかり行くなと言った場所に行ったりしたんだ。
僕が近くで見ていないと何をしでかすのか本当に解らないんだ
これは全人類の平和のためでもあるんだ」
「人を大量破壊兵器のように言わないでください」
「あのね。あなたは自覚していないようだから言うけど。
僕がもしまた何かあって死んだら、
それこそ発狂して世界を滅ぼすようなそんな危うさを持っているんだよ。
もしも今僕が死んでごらん?
そうならないって自信ある?」
「………」
そう言われ、本当に自信がないのか大賢者は黙り込む。
「それに僕がここに残りたいって言ったら、
それこそ絶対ここに永住するに決まってるよ。
そうなると多くの人に迷惑がかかる。
それよりは僕が直接、王都に向かう方が影響力が少なくて済む。
そういうわけで僕は王都に行きます。
これはもう決定事項だから、止めたって僕は出ていくよ」
「そうか…そこまで言うなら止めはしないが……。
もし母さんが帰ってきたら、お前から説明しておいてくれ……」
疲れたような表情で父はそう言った。
◆
そしてその翌日。手早く荷物をまとめたロディはモニカと共に、
王都にある彼女の屋敷へと向かうことにした。
「早く大人になってくださいね…」
馬車に揺られながらセツナはそう言った。
「確かに12歳じゃ結婚できないからね」
「はっ、結婚できないなら、出来るようにすればいいんでした!
私が国の上層部に訴えかければ、法律なんてちょちょいのちょ――」
「やめなさい!
そんなことをしたらあなたのこと嫌いになるわよ!」
エドナがそう言うとセツナはたちまち泣きそうな表情する。
「え、嫌です。嫌いにならないでください…」
「はぁ…あれから30年は経っているのに中身はまだ子供ね」
いやこれも自分の前だからかもしれない。
その時ふとエドナはあることに気がついた。
「ところであなたは、何でモニカって名乗っているの?」
「ああ、その名前はある方からいただいたんです」
「名前を?」
「そうです。せっかくもらったんで使わないと損でしょう」
「それは確かにそうだけど、なんでそんなに外見も若いの?」
今のセツナはどう見ても20代前半にしか見えない。
とても50代前には見えない程だ。
「私は普通の人より老化がゆっくりなんです。
だからこの肉体もまだ20代ぐらいのままです」
それは周りの人から変に思われないかと思ったが、
そういえばこの世界には、
先天的に普通の人間より年を取りにくい者も居た。
その末裔だと言えば、ごまかすことは可能だろう。
「なるほどね。それだと私の方が先に早く死ぬかもしれないわね」
「そうかもしれません。
でも寿命を延ばすことなら私には出来ます」
そう言うとセツナはエドナの手を握りしめた。
「それにもし死んでもどんなに時が流れても、
どんなに別人になっていても、必ずまた探します。
ずっと私はあなたのことを愛しています」
とろけるような熱視線。
唐突な愛の言葉にエドナは深く困惑してしまう。
よくよく考えてもみれば―――エドナはあまり愛されたことがないのだ。
エドナとしての人生を歩んできた時は、
他人に裏切られ、人間不信になっていた。
ひょっとしたら彼女を心のどこかで求めていたのかもしれない。
こんな風に自分の全てを愛してくれる人間を――――。
(でもそれが……まさかセツナだったとは)
あの小さな少女はもうこの世界のどこにもいない。
その事実が少し悲しいがそれでもエドナは出会ってしまった。
輪廻の果てにセツナと出会ってしまったのだ。
「あのさ…まだ好きとかそういうのはよくわからないけど…。
でもあなたは私の大切な人だから…」
そう照れながら言うと、セツナにまたぎゅうーと抱きしめられる。
「私も大好きです!! 愛しています!!」
「だからそれを止めろー!」
セツナの胸が背中に当たり、エドナは悲鳴のような声を出す。
女性としての意識は残っているものの、
肉体は男性であるため、密着されると動揺してしまう。
「はぁ…先が思いやられる」
付き合いはたったの2カ月だというのに、
ここまで想ってくれていたなんて…。
それに困惑はしても、嬉しく想わないはずがなかった。
せっかく記憶を思い出しても、
セツナに忘れ去られていたのでは悲しすぎる。
それに―――。
エドナとして生きた20年間の人生はあまり幸福なものではなかった。
それがセツナと出会ってから、人としての幸福を取り戻した気がする。
そもそもエドナのこれまでの人生は、誰からも必要とされていなかったのだ。
親に捨てられ、1人でずっと生きてきた。
強くなりたかった。どうしても強くなりたかった。
けれどその強さから得られた名声は彼女の思っているものとは違った。
そして自身の根幹。剣士であると言うアイデンティティすらも失った。
だからこそ逃げたのだ。逃げ出したのだ。
人々から向けられる同情の目線も、何もかもが彼女にとって苦痛だった。
だからこそ逃げたのだ。
そして剣士だと気がつかれないために魔法使いの格好をしてごまかした。
そんな時にエドナはセツナと出会った。
出会ったばかりのセツナは非常におっちょこちょいで、
目を離すとドジばかりしていた。
だからついつい助けてしまったのだが、
それが自分の人生を大きく変えることになるとは予想もしていなかった。
そして今ロディとして、
生まれ変わった自分の人生は一体どんな風になっていくのだろうか。
けれどそれもきっと上手くいくだろう。
隣に彼女が居てくれるのだから―――。
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