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第1章過去と前世と贖罪と

外伝・将軍とセツナ①

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盛大なトランペットと共に広場に1人の男が現れた。
彼の登場と共に広間に整列している兵士達は敬礼をする。
男はそれを満足そうに見届けると、
整列している兵士達の真ん中を通り、
広間の奥にある王座へと座る。

「皆のものご苦労」

男はそうニヤリと笑う。
それは権力者が浮かべる絶対的な自信を含んだ笑みだった。
彼の名前はシン七世・カンザキ・ヒョウム。
この雪と氷に覆われた極寒の地、
ヒョウム国の皇帝であり、絶対的な権力を持つ支配者だった。

「さて今日の執務だが…」
「失礼します!」

その時、広間に30代程の鎧を着た男が現れる。

「皇帝陛下に讒言したく存じます」

うやうやしく男はそう頭を下げる。

「おお、ギデオン将軍ではないか。何だ。言ってみろ」
「陛下の…セツナ様の扱いはあまりにも酷すぎます…」

その言葉に広間に居る兵士から動揺が伝わる。
それも当然のはずである。
皇帝であるシン七世は逆らう者が嫌いなのだ。
今までに幾度となく、皇帝をいさめようとしてきた人間は居たが、
そのほとんどが何らかの罪を偽装されて殺されてしまった。
それゆえ、今では皇帝に讒言する者はめっきり減ってしまった。

「酷いとはどういうことだ?」

だが皇帝自身は不愉快そうにすることもなく、
むしろ面白がるようにギデオンの話を聞いていた。

「セツナ様が今寝込んでいる理由は陛下に拷問を受けたからだと…」
「ただのしつけだ。でなければあやつはすぐに付けあがるからな」
「治療医がこれ以上続けば、セツナ様の体力が持たないと言っていましたが…」
「それは違うな。
あやつは元々体力が無いのだ。だからすぐ寝込む」

一晩中、鞭で背中を叩き、拷問した挙句。
それで寝込めば、本人の体力が無いからだと言う。
その傲慢さにギデオンは吐き気がした。

「それと陛下はあまりにもセツナ様に入れ込み過ぎです。
あれでは他の側室が嫉妬してしまいます」

皇帝にはセツナを含めた何人かの側室は居るが、
ここのところその後宮にも皇帝は通っていなかった。
これでは嫉妬に狂った側室達が、セツナに何をするのかわからない。

「貴族の女など皆同じようなものだろう。
うるさいようなら殺してしまえ」

その言葉に皇帝は何ら側室の女達に、
愛情の欠片も注いでいないことが理解出来た。
側室の中には皇帝の子供を孕んだ女も居るというのにだ。

「セツナ様が正妃になるのかと危惧する家臣も居ます。」
「あれはただの玩具だ。
余の所有物となるためにこの世界にやってきたのだ。
正妃などにはさせんよ。子供が出来ても面倒だ。
それよりももっと上手い使い道がある」
「使い道…ですか?」

だがギデオンの問いかけに皇帝が答えることがなかった。
ただ意味深に笑うだけだった。

「それよりもギデオン将軍。
余に讒言したという事は…覚悟は出来ているな」
「はい…」
「本来であれば余に刃向かうというだけで重罪だが、
お前のような男を失うのは惜しい。特別に許してやろう。
だがセツナについてお前が意見することは許さぬ。
あやつは余の物だ。余の所有物なのだ。
よってどうを扱おうと余の勝手だ。
お前自身が意見することは許さぬ」
「しかしっ」

あれではあまりに可哀相ではないのか―――。
ただでさえ、別の世界からやってきたのに辿り着いたのが、
こんな男の元だなんて―――。

「ギデオンよ」

そう言うと皇帝は王座から立ち上がり、
つかつかとギデオンの元にまでやってくる。

「お前は病弱な妻が1人いたな」

耳元にそんなささやき声が聞こえた。
おそらくその会話を聞くものはこの場にギデオンしか居ないだろう。

「はい…」
「そしてその妻との間には、幼い娘が居る…。
その妻と娘がある日突然、
不審な死を遂げても誰が疑問に思うだろうか」

その言葉にギデオンは戦慄する。
それは暗にお前の妻と娘を殺すと脅しているのと同じだった。

「さて、賢いお前ならば、
どこの馬の骨ともしれん小娘と、自分の妻子。
選ぶ余地もなかろう」

最後にそう言うと皇帝はギデオンの側を離れる。

「さて、執務を再開しようか。
将軍よ。貴様の用件はこれで終わりだな。とっとと去るがいい」

そう言われてギデオンは逃げるように退出した。



セツナという名前のその少女が現れたのは突然のことだった。
皇帝がとある辺境の村で保護した異世界から来た少女なのだという。
黒髪に幼い顔立ちをしているが、17歳と聞いた時には驚いた。
何でもその村で迫害されていたらしく、
それを皇帝が保護したということだったが、
そんなことが嘘にすぎないということは、城にいる全員が知っている。

セツナはほとんど人間として扱われていなかった。
それこそ奴隷のように…いや実際にこの国に奴隷は存在しているが、
それ以上に酷い扱いを受けていた。

別の世界の人間ならば、王家のしきたりなど知らなくて当たり前。
何の後ろ盾もなくて当たり前。

だと言うのにこの城の連中ときたら、
―――セツナのことを礼儀作法も知らない田舎者と、陰で中傷していた。

にも関わらず皇帝自身がセツナに酷く入れ込んでいるのは確かだった。
皇帝は女性に対しては酷く冷たかった。
自分の側室ですら―――たとえ子供が出来たとしても、
その扱いは変わらない。
側室の女が子供を産んでも、なんら立場を優遇することも、
正妃にすることもなかったぐらいだ。

その皇帝がたった1人の女性に入れ込んでいる―――。
その事実は国の重鎮達を非常に焦らした。
ひょっとしたらセツナが正妃になってしまうのかもしれない。
だとしたら早いうちに取り行っておかなければ、
―――いやそれよりも殺してしまった方がいいのかもしれない。
そう思う連中も多かった。

だがセツナは厳重な警備態勢の中、城の中で監禁されている。
何度か宴の席には出ることもあったが、それも数回程度。
そのため城の中にはセツナと面識どころか、
顔すらも見たことがないと言う人間も多かった。

まるで宮中に投じられた一石の波紋―――それがセツナだった。

ギデオンにはそれが不吉に思えてならなかった。
皇帝はただセツナに恋着している訳では無い。
むしろ彼女を使って何か企んでいるような―――。

実際に宮中の中には、
皇帝がセツナを利用して何らかの呪術的措置をしているとの噂があった。
それが本当なのかどうか保証は無い。

たがもしそれが本当であるとするならば―――。

「ギデオン将軍」

廊下を歩いているとふいに背後から話しかけられ、ギデオンは後ろを振り返った。

そこには1人の兵士が立っていた。

「将軍…陛下に讒言なさったと聞きましたが、本当ですか?」
「ああ、いてもたってもいられなくなってな」
「ですがこんなことは、もうお止めください。
陛下は…あのお方には触れない方がいいのです」

その言葉にギデオンは周囲を見渡す。
幸いにして誰も居なかったが、
この会話が皇帝の耳に入れば首が飛ぶだろう。

「しかしセツナ様は……あのままでは」

幼く見えるせいだろうか、
どうしてもセツナを自分の娘と重ねてしまう。
ただでさえ、知らない場所で心細いだろう。
そしてあんな男に支配されているのだ。不幸でないはずがない。

「ですがあの人は別の世界から来た人でしょう…?
という事はそもそも我々とは違うじゃありませんか」
「………」

そう言われて確かにとは思った。
宮中の中では、別の世界から来たセツナをよく思っていない人間が多い。
その原因の最たるものはセツナが別の世界から来た人間だからだ。
ただでさえ、宮中と言うのは変化を拒む。
そこに得体の知れない人間が来れば、保守層からクレームが来る。
他国の人間ですらそうなのだから、異世界人であれば凄まじい嫌悪感だろう。

「けれど…あれではあまりにも…」
「将軍は自分のことをお考え下さい。
陛下は……あの方は逆らわない方がいいです」

そう言われ、何の反論も出来ずに将軍は頷いた。
実際に自分はどうすることも出来ないだろう。
セツナを助けるだけの力を持っていないのだ。

そして自分でも薄情なことに、
―――セツナと自分の家族を天秤にかければどこに傾くかははっきりしている。

「これは…私の予想ですけど、陛下は絶対にあのお方を手放さないでしょう。
手放すぐらいなら…きっと殺すでしょう」
「確かに…そんな予感はしている」
「ですから将軍も、あの方について考えるのはやめてください。
もう我々ではどうすることも出来ません」

兵士の言葉にギデオンは俯いた。
皇帝は誰に何を言われようとも、セツナを解放することなどありえないだろう。
もしも開放出来るとすれば――それは皇帝を殺すことだけだ。
それは即ち国家転覆。

だがそこまでして―――、
いやするほどの決断力をギデオンは持っていなかった。
そもそも面識がないセツナのために多くの犠牲を払うことなど、
そこまでの野心を持たない彼には出来そうになかった。

だがそれはすなわちセツナを見捨てるということ―――。

その決断はあまりにも重く、後味が悪いものだった―――。
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